3-11 苦闘
俺の目は輝いた。俺の血潮は滾った。獲物はあっちからやって来た。
鞘から抜き身を晒す。ここぞとばかりに駆け出す。窓を飛びぬけていく。
高床式住居から柵門の門前へと降りていく。陰鬱なネコの住処から、青く広大な草原へと飛び出す。
風が中空をせせらぎ泳ぐ。薫りは草花にかぐわしい。
たまらん――!
目の前には見るからに獰猛そうな連中が3人。
かつてのハゲダルマボールよりも、2倍は巨大なタンクトップ筋肉ダルマ野郎。
その脇に背丈が半分ほど、若めの男が黒ずくめの服の両手から小刀を光らせる。黒い目をヘビのようにうずまかせて、俺を見つめてくる。
ぼそっと呟く。
「灰色赤目。サムライソード。手配書のガキだ」
すると、シルバーのパーマがかった長髪をたなびかせる奴、口もとをいびつにゆがめながらおもむろに弓を引きしぼり、
ビュッ
と、矢は真一文字に空を切り裂いてくる。かわした。と、思ったら、矢じりは俺の頬の肉を削っていった。
血が生温かくつたう。つたうままにそのまま舐めてみれば、鉄の味だ。
「よくよけたな、クソガキ」
三十路前と思わしきシルバーパーマは、吐いた言葉とともに弓を放り捨て、背中から巨大な鉈を抜いてくる。
俺と似たような旅装束をしているが、仕草といい気配といい、完全に裏社会のプロである。
転瞬。
黒装束のチビが両刀を振りかぶりながら飛び込んでくる。ギラギラとうずまく黒い目。俺は横転して避けていく。
が、反撃態勢に立ち上がったところ、タンクトップ筋肉ダルマが体格に似合わないスピードで駆けこんでき、どでかい拳が俺の顔面に打ち込まれる――。
吹っ飛ばされた。直されたばかりの柵門に打ち付けられる。そのまま板を破り、集落へと転がり回っていく。
激痛……。潰された鼻を押さえながら腰を上げ、
「オラアッ!」
頭上でシルバーパーマが鉈を振りかぶっていた。やはり暗黒街のプロは違う。俺に息をもつかせてくれない。
日本刀を斜にし、強烈に振り下ろされてきた鉈を受ける。
「さすが、俺らモーイン団に喧嘩を売ってきてくれた野郎だぜ! 楽しませてくれよなあ!」
「黙れこのチリチリロン毛野郎!」
「黙るのはオメエだ! このクソガキ!」
シルバーパーマが半身をひるがえす。そのまま、俺の横腹に回し蹴りを打ち込んでくる。
激烈なキックに吹っ飛ばされた。
高床式住居の柱に背骨から打ち付けられる。
「うう……」
情けない。激痛に苦悶のうめき。よだれまで垂らす始末。
それよりも……、シルバーパーマには怒号の罵りが効かなかった?
「ギガグレバズ!」
頭上の住居から詠唱が聞こえた、と同時に、シルバーパーマの足元が、ドゴン、と、爆発した。爆風がシルバーパーマから、駆け寄ってきていたタンクトップ筋肉ダルマ、黒装束のチビを吹っ飛ばす。
砂埃に煙る高床式住居群。屋根の上には青い髪のバカが悠然と見下ろしてきている。
俺の目前にシュタッと降り立ったのは金髪をたなびかせ、青いズボンに小ぶりのお尻。
「凶暴なあなたのお役はここまで。あとは私に任せて」
ピンギがドタドタとやって来て、俺に回復魔法を与えてくる。
「やめろ! お前じゃあいつらにはかなわねえ!」
言ったそばから、ビュッ、と、砂煙の向こうから矢じりが空を裂いてくる。
「痛っ」
アニーの肩口にぶっ刺さる。顔をゆがめる。俺が強引に抜き取る。
「だから言ったじゃねえか! 引っ込んでろ!」
アニーがピンギに回復してもらうのも束の間、今度は屋根の上に矢が放たれる。勘違いの間抜けが屋根から落ちてき、ドスン、と、地面に叩きつけられる。
手練れだ。
姿は見えないが、砂煙の向こうへと罵る。
「とっとと町に引っ込め! タンクトップクソハゲデブ野郎に、コウモリ陰気クソ野郎に、ブサイクパーマ野郎!」
すると、
「おい! オメエ、どうした!?」
シルバーパーマの声があった。
「アニキ……、どうしてか、効かないかもしんないッス……」
ピンギの肥えた顔が、みるみるうちに青ざめていく。
言う通り、煙が風に流されていき、その姿が見えてくると、倒れているのは筋肉ダルマ野郎だけで、黒装束チビと、シルバーパーマは苦しんでもいない。胸を押さえて苦しむ筋肉ダルマを2人でゆすっているだけだ。
俺は思わず笑ってしまう。まさか、こんなことがあるなんて。
「灰色赤目のクソガキの変な魔法はマジだったってことか。ブッキーの女々しい言い訳だろうと思っていたけどよ」
「ブッキーもハゲ。ディランもハゲ。ガキの魔法はハゲに効果的だろう」
違う。ハゲダルマボールには効いていた。
「しかし、ガキの群れのくせにギガグレバズだなんてな――」
シルバーパーマは口もとから垂れる血をぬぐいながらも、もう片手には何らかの瓶を取り出していた。
グビッ、と、その中身を一息に飲み込む。
「また飲んでる。オヤジに怒られるぞ」
シルバーパーマは長髪を揺らしながら、小刻みに頭をゆらし、
「キマってきたぜぇ……」
なんだか、ヤバそうなクスリらしい。次に俺に向いてきたときには、両まぶたの瞳孔が最高潮に拡張していた。
「待ってよ! あなたたちは何者! どうして私たちを襲うの!」
バカなアニー。
「ヤラせてくれよォ! 嬢ちゃん!」
鉈を振りかぶって飛び込んできたシルバーパーマ、俺は飛び跳ね、アニーの前に降り立ち、
「ナメてんじゃねえ! 隙だらけだっ!」
刀を横に倒し、体ごと突っ込んでいく。振りかぶったままのシルバーパーマの首元に刃先をぶち込んだ。ぶっ刺した。貫いた。
抜き取る。右足のブーツでシルバーパーマの腹を蹴り飛ばす。その影から飛び上がってきたのは黒装束のチビ―ー。
「シアドレス!」
ピンギが叫んだ。瞬間、俺の体がとてつもなく軽くなった。黒装束のチビが俺の懐に入り込んでくるよりも先に、俺のほうが先に振り抜ける。
「アセラーラ!」
俺が刀を振る直前、青髪変態の声が飛んできた。斜に下ろされていった俺の刀は黒装束の両刀に×の字で防がれたが、
俺の力はメシスの魔法で怪力となっており、そのままの打撃力で黒装束の両腕をへし折った。
「ぐわあっ」
叫びあげたチビの横腹に蹴りを一発、チビは強烈に吹っ飛んでいき、高床式住居の柱に打ち込まれ、そのまま気絶する。
目玉を引ん剝き、シルバーパーマは血みどろに悶え苦しんでいる。
「殺しはしねえ。とりあえず、ネコどもと一緒になって縄でぐるぐる巻きにでもしとけ」
アニーに命じたあと、俺は両肩で息を切るままに青空を仰ぐ。
なぜかはわからねえ。なぜかはわからねえが、危うかった。Lvアップしていなかったら殺られていた。
ププンデッタのネコども30匹ぐらいに荒縄で縛り上げられたゴロツキ3人は、ネコの薬草で最低限回復したが、
「あなたたちは誰の命令でこの村を襲ってきたの」
当然ながらアニーの尋問には一切口を割らない。
不適に、あるいは、余裕たっぷりに口端で笑うだけである。
拷問してやりたいところだが、アニーが激怒するであろうし、どうせ、プロのこいつらは死んでも語らないだろう。
「やっぱり、マフィアがワイたちをいじめに来たがにゃあ」
族長ネコが呟き、取り巻きネコどもはニャアニャアと悲鳴を上げる。
モーイン団、と、ぬかしていた。たしかに俺が暴れまわったキャバレーの用心棒もそう名乗っていた。そして、黒装束のチビは、俺の顔を見て「手配書のガキだ」とも言った。
すっかり有名人か。裏社会では。
どちらにせよ、こいつらモーイン団は、ゾロスト伯爵の息のかかったワグル人に違いない。
気がかりなのは、シルバーパーマと黒装束チビには怒号の罵りが効かなかったこと。
俺は消去法から1つの仮説に行き着く。
無敵の罵りだったが、少なくともワグル人には効き目がない。
キャバレーの用心棒とタンクトップ肉だるまはワグル人ではなかった。モーイン団のすべての連中がワグル人ではないはずだ。
そもそも、こいつらは俺たちのようにジョブを持っていなそうだ。そのくせ、ランカー並みの強さだった。もしかしたら、聖魔力とやらで強靭な肉体を得ているのかもしれない。
「この先もアニキのスキルが通用しない連中が襲ってきたら、正直、オデたちは持たないッス」
バカのピンギがネコたちの前で言った。ネコたちは騒然とする。
急に俺たちを責め立ててきた。特にメシスに詰め寄った。
「賢者様はワイたちを守るって言ったですがにゃ!」
「大丈夫なんですかにゃ? 大丈夫なんですかにゃ? 賢者様!」
「い、いやっ、先生が、先生が--」
10数匹のネコどもに膝の周辺に群がられ、ハッタリ賢者は右往左往としてしまう。
「アニー」
俺は唇を噛みしめているだけのアニーを手招き、騒動の輪の中から外してくる。
勝ち気のはずのアニーは、ゴロツキどもとの戦闘で現実を知ってしまったのか、その眼差しははかない少女のものとなっている。
「お前の気持ちを優先したいのは山々だけど、ここで手をこまねているうちにゾロストの手先が次々に襲ってくる」
マントン伯爵を連れていくにしても、マントン伯爵の隠れ家はアニーしか知らない。マジカエでワープできない。マントン伯爵の隠れ家に向かっている最中、襲われないとも限らず、ププンデッタ村がどうなるかもわからない。
「もう、こっちから乗り込むしかねえ。ゾロストのところに」
「ゾロスト伯爵の所在はプリマムにあるんだよ。あなたの推測どおりだったら、伯爵はこういう人たちに警護されている。そうしたら、町が大騒ぎになってしまう」
「じゃあ、どうする。法的な手続きを踏むのなら、どれだけの時間がかかるんだ。ネコどもを丸め込んだ以上、お前やマントン伯爵だけの問題じゃなくなっているんだぞ」
アニーの瞼がふるえる。アニーの指先もふるえる。俺はただただアニーに向き合う。アニーはただただ感情の行き場を失っている。「だって――」と、喉から絞り出してくる。
「だって、勝てるのっ!?」
悲痛なわめきだった。騒乱のネコどもはぴたりと止まる。アニーの両瞼は涙を支えるので精一杯であった。皆がこちらに目を向けてくる。
アニーはたかだかの少女だ。テカテカ頭にハイキックをお見舞いされたときも意気消沈していた。
しかし、あのときは、俺たちが救ってやった。希望を見せてやった。
今、ゴロツキに危うく殺られかけた俺たちを見て、絶望的になっているのかもしれない。そして、悲観したところで、もう戻れない現実が、アニーに芽生えた恐怖心にさらに追い打ちをかけている。
エメラルドグリーンの瞳からぽろぽろと涙の玉が溢れ出てくる。なめらかな頬をつたい、いたいけな顎の先から地面へ、陽の光にきらめきながらこぼれていく。
「泣いてばかりだな、アニー」
俺は微笑みながら、彼女の頬を親指で撫でてやる。
アニーは嗚咽した。唇を震わせながら、肩も震わせ、両手で顔を覆った。そして、俺の胸に体を預けてきた。
華奢なアニー。その肩を抱きしめる。
「アニー。俺は勝つぜ。何があっても」




