3-10 英雄
ププンデッタ族の族長は、集落で一番高い高床式住居におり、10数匹のネコどもに囲まれる中で頭を抱えて縮こまっていた。
「この灰色髪の青年は乱暴者に違いにゃあけど、悪い御仁じゃにゃあ」
兵隊長ネコの説得に応じ、ヒゲの長い族長ネコは囲みを取り払ったが、その場に正座し、ぶるぶると震えている。
俺がどっかりとあぐらを組んで座ると、ピンギとメシスも後ろにのっそりと座り、突っ立つばかりのアニーに目くばせして、俺の隣に座らせる。
「望み通り、訊きたいことを訊け」
アニーは唇を噛みしめながらうつむく。
兵隊長ネコが歩み寄ってき、なぜか、アニーの肩を肉球の手でポンポンと叩き、慰める。素早い逃亡だったくせに、放棄したのをうやむやに持っていこうとしてやがる。
瞼の裾を拭いながら、アニーは口を開く。
「まずはごめんなさい。乱暴をしたことをお詫びします」
「め、滅相もなかです」
と、族長ネコは首をぶるぶると振り、兵隊長ネコがアニーにこそこそと耳打ちする。
「暴れたのは灰色髪にゃけん。お嬢さんが泣くことはないですがにゃ」
「ありがとう、ネコさん。それで、族長、私が聞きたいのは、本当はこの村にゴミなんか流れてきていないってことなの。だってね、あなたたちが訴えたマントン伯爵は、川にゴミなんか流していないの」
「し、知らんですがにゃ。ゴミは流れてきたけんにゃ。マントン伯爵はなんとでも言うけんがにゃ」
震え通しながらも、族長ネコは否定に必死であった。アニーがゴミの証拠がないことを提示しても、写真を取るのを忘れたという謎の言い分だった。
「虚言だと証言してください。だって、そのせいで、私の友人の、マントン伯爵の家族がつらい目にあっているんです」
「ワイらとて、つらい目にあっているがにゃ。そうだにゃ、みんな」
族長が呼びかけると、取り巻きネコどもは、ぎこちなくうなずいた。
「族長! 男がすたるじゃにゃあがにゃ! 女の子を泣かせておいて、恥ずかしくにゃあのがにゃ!」
「黙っていりゃにゃあ! おにゃあにおりゃあの気の何がわかるんがにゃ!」
すると、兵隊長ネコは族長ネコに掴み掛っていき、取り巻きネコどもも騒ぎ始め、俺たちをよそにくんずほぐれつの取っ組み合いを始めた。
バカネコどもの仲間割れにアニーはうろたえる。ピンギとメシスがなだめてかかるが、ちょこまかと動き回って手が付けられない。
「おおいっ!」
頭に来た俺は、ドンッ、と、鞘先を床に叩きつけ、
「族長さんよォ! 証言するよなァ!? ゾロスト伯爵に依頼されて、ゴミが流れてきただなんてでっち上げた、間違いねえなァ!?」
ネコの住居内はしんと静まり返った。俺は親指で鍔を持ち上げる。鞘から覗いた刃が妖しくきらめき、ネコどもは生唾を飲み込む。取り巻きネコどもが一斉に族長ネコに視線を寄せる。
「ゾロスト伯爵って。そうなの? レイジー」
「ぞ、ぞ、存じ上げてにゃかあです!」
「ほほう。ならば、ここにいる皆様方になぜ俺がその名を出したか教えてやろう」
俺はズタ袋の中から昨晩の戦利品の輪っかを放り投げた。
連中は、はた、として輪っかを見つめたが、そのうち、見覚えのあるものだと気づいたのだろう、理解できたやつから順に震え始め、悲鳴を漏らすやつもいた。
「なかなか口を割らなかったが、右手の生爪から順に、けど、爪を全部剥いでも言わなかったからよ、奥歯を抜いてやった。そうしたら、出てきたわけだ、ゾロストって名前がな」
族長ネコは震え上がりながら頭を抱え始める。
「うう。堪忍だがにゃあ。堪忍してくれがにゃあ。ゾロスト伯爵が50万Gをワイに押しつけてきたんがにゃあ。ワイはそんなのいらんかったにゃあ。でも、受け取っちまったにゃあ、裏切ったら、ワグル人のマフィアにワイらはいじめられるがにゃあ」
「大丈夫ですよ、族長さん」
と、メシスが急にしゃしゃり出てくる。
「先生が――、ボクたちがみなさんププンデッタ族を守りますから」
な、なんだ突然、この英雄――。
窓辺から舞い込んでくるそよ風、青い髪がさらさらとたなびき、自信に満ちた笑みを口もとに浮かべながら、細く吊り上がった目でネコどもを見回していく。
頼りないヒョロガリ体形も、賢者のローブに纏われ、日の陰った住居内にあって、匂い立つような鮮やかな青をしのばせている。
そして、賢者の杖を片手に光り輝かせながら、こう宣言した。
「だって、ボクたちはとても強いんですから」
乱暴者の俺とのコントラストのおかげで、メシス・セージはこの場だけ正真正銘の賢者だった。
計算高いのか、隠れたお調子者なのか、とにもかくにも、俺の弟子らしい振る舞いであることには違いない。
無論、「強さ」はすべて俺に依存しているが、ネコどもは神々しい賢者の様相に半ばひれ伏し、是非ともゾロスト伯爵から守ってくれ、と、証言をほぼ約束したのだった。
俺からすれば、証言者を得た以上、ゾロスト伯爵とやらを力でもってねじ伏せ、その首を警察に引き渡して終了だ。
しかし、アニーの面目を立て、我慢してやる。
ププンデッタ村を護衛しているランカーたちの行方がなくなったからには、ゾロスト伯爵は事態に勘付くはずで、メシスが正義の味方を気取ったので、村から離れられなくなった。
村の出入り口の柵門にもっとも近い高床式住居を、俺たち4人は与えられた。ここで見張っていてくれ、と。
トラ模様の毛皮が敷かれていたので、俺はそこに寝転がる。
「今後はどうするつもりだ、賢者さん」
「えっ? どうするって、先生はどうするつもりで?」
さすがだ。ハッタリだけは一級品で、あとは何も成長していない。
開かれた窓辺に立ってピンギは外を眺め、アニーは大きなため息をついてから、ゆっくりと床に腰かけていく。
「マントンのオジ様をここに連れてきて、族長と一緒にプリマム議会に訴えてもらおう。そうすれば、議会はゾロスト伯爵を弾劾する裁判を開いてくれる」
「でも、アニーちゃん、それってッスよ」
窓辺のピンギが振り返ってきて、汗を拭きながら言った。弾劾裁判が開催され、ゾロスト伯爵が逮捕されるまで、自分たちはマントン伯爵とププンデッタ族をずっと守らなければならないのではないか、と。
「族長は言っていたッス。ワグル人のマフィアがどうのこうのって。でも、メシスさんが言ったッス。オデたちが守るって」
ピンギはメシスに視線の矛先を投げる。若干、苛立たしげに。暴力団の登場で完全にビビッてもいる。
かくいうメシスは、愛想笑いをしながら俺に顔を向けてき、責任放棄。
「仕方ない。守るしかない」
アニーが言う。くたびれた笑みを浮かべながら。
「でも、いいんだよ、ピギーもアスピーも。そこまで付き合う必要ないよ。これは私のしたこと。あなたたちにはあなたたちの自由と権利がある」
そこに俺の名を入れなかったのは、どういう意図なのか。俺の暴虐無人ぶりに名前すら出したくなくなったのか。
「まあさ、また、知らないうちにやっつけてくれるかもね。どこかの凶暴な男が」
名前すら出したくないらしい。しかし、アニーは言ったそばからきつく俺を睨んでくる。
「説明してよ。警護していたランカーをどうしたのか、そして、どうしてスキルを隠していたのか」
寝そべっていた俺は、のそりと体を起こし、吐息をつく。
6人のランカーたちはフィアダイル山で拷問し、谷底に捨ててきたと話した。殺したのかと問いただされ、死んだかもしれないが、生きているかもしれないと答えた。
「どちらにせよ、生きていたら俺に復讐してくる。復讐がなかったら、死んでいるってことだ」
開き直っている俺に小娘は何か言いたげであったが、重い溜め息を震わせたあと、スキルの件を訊いてきた。
「オンナの前だからだ。見っともない真似はしたくなかったからだ」
「なに、それ」
思わぬ答えだったらしく、アニーは唖然としたが、俺は鼻で笑いながら立ち上がり、窓辺に歩み寄る。ピンギの肩に手を置きつつ、窓の外へ瞼をしかめる。
「けど、もう、どうでもよくなったぜ。にっちもさっちもいかなくなったからな。オンナの前で見っともなかろうが、お前に反吐に思われようが、前に進まなきゃ意味がねえ」
そういうことだ、と、言って、俺は小娘に向き直り、細い眉をしかめたままに押し黙っているアニーを見下ろす。
「このさい俺のことはどうでもいいだろ。前に進むか立ち止まるかだ。俺はワグル人がどうのこうのなんてわからねえ。教えろ」
「その前に約束してよ。私とあなたは一応はパーティーの仲間。金輪際、人を殺めないって約束して」
「俺を殺そうとしてきたやつには正当防衛だ」
「正当防衛かどうかは私が決める」
さっきまでわんわん泣いていたくせに、眼差しはすっかり正義漢に燃え立っている。勝気さを取り戻したアニーの姿は、やはり、フレンド候補に悪くないと俺に思わせるが、このレシピット・ヴァーバはアン様にすっかり嫌われてしまったから。
「好きにしろ。ただ、これだけは言わせろ。お前が俺にどんなに悪態をつこうと、俺はお前を殺さねえ。なぜなら、お前は今まで見てきたオンナの中で一番イイオンナだからだ」
途端に、桃艶のある白い肌が紅潮していく。俺がけらけらと笑っていると、我慢ならないといった様子で、子供みたいに立ち上がり、わめいた。
「バッカじゃないの!」
「で、ワグル人ってのはなんなんだ。教えろ」
グローブを軋ませながら右手に拳を握りしめつつ、しばらくの間は俺を血走った目で睨みつけてきていたが、鼻息を蒸気のように発すると、ドカン、と、その場に座り、無知な俺たちへ説明し始めた。
ワグル人は俺たちと同じ人間族で、メディア世界のいたるところに散らばっているが、そこかしこで迫害をされてもいる流浪の民族でもあるらしい。
「聖魔力が扱えるから、それをやっかむ人々がワグル人を差別してきたの。聖魔力で他の民族を滅ぼしかねない、国を滅ぼしかねないって」
しかし、聖魔力に頼っている生活なのだから、矛盾もしている。ワグル人の人間も、聖魔力で他の民族を攻撃しようものなら、世界から殲滅されてしまうことは承知している。
そうした差別と矛盾の中から、ならず者が出現してくるのは自然の摂理だが、ワグル人だからならず者だとは限らない。族長の言っていた『ワグル人のマフィア』などとは、ほぼ、先入観から来る妄想に違いないとアニーは言う。
「確かにゾロスト伯爵は大物だし、プリマムのワグル人コミュニティを代表する人だけど、さすがにマフィアとは通じていないはず」
アニーは貴族のお嬢さん視線から物事を話しているが、間違いなく引っ付いているに決まっている。
マフィアといえば、あいつ……、キャバレーで暴れた時に乗り込んできた用心棒は、どこかに所属していることを名乗っていたような。あれがワグル人だかどうかは知らんが。
メシスにあのときのことを訊ねようとする。と、外を眺めながらのメシスが突然うろたえ騒いだ。
「先生! 門の前にヤバそうなのが何人か来ました! 先生! お願いします!」




