3-6 貴族娘のたしなみ
今夜はステーキハウスでメシと行きたいところだ。
しかし、Rank:Hの冒険者が豪奢な真似をしていると、アニーに疑われてしまう。
ピンギの提案で、お決まりのラーハ屋である。
「定食セット3Gなんス。でも、安いけどウマイんス。アニーちゃんもきっと気に入るッス」
パーティーにオンナが加わったもんだから、すっかり浮かれてやがる。
「3Gなんて安いんだね。いつも家で自炊だから、そういうお店はあんまり知らないんだ」
アニーはおそらく貴族の娘だ。ラーハ屋の狭さと男臭さと小汚さによって、パーティーから脱け出してしまわないか心配になってくるが、
「自炊ってどういうことッス? 家族と一緒に住んでいるんじゃないんス?」
「家出中。てか、勘当中。うん、どっちかな」
なんだか、大丈夫そうだ。
ラーハ屋は、狭い店内、小さいテーブル、人が2人並んで座るのがやっとのこと。
向かいに座ったデブとヒョロは凹凸でちょうどいいが、俺とアニーはちょっと腕を動かせば肩が触れ合う狭さ。
俺は苦笑する。
「悪いね、こんな狭いところで。俺たちは貧乏冒険者だから」
凸凹が無言で俺を見つめてくるが、アニーは「全然」と首を振りながらメニューを手に取る。
「これぐらいのほうが遠慮しなくて済むし」
「でもさ、伯爵の娘さんと友達なぐらいだから、アニーもそれなりの家の子なんだろう?」
「そうかもしれないけど、15歳のときに教会でジョブを貰ったせいで勘当されたの。――ねえ、ピギー。どれが美味しいの?」
「ピギー?」
「そう。ピンギだからピギーでしょ?」
アニーは向かいのデブと一緒にメニュー表を覗く。ピンギはこういうのに慣れていないらしく、目が泳ぎっぱなしである。
と。今度は俺に体を寄せてきながらメニュー表を見せてきて、
「レイジーは何?」
つぶらなエメラルドグリーンを持ち上げてきながら、まったくもって思いもよらない呼び名だった。ピンギならず、百戦錬磨の俺でさえ、ヤラれてしまいそうになる。
「れ、レイジーって、どういうこと?」
「レシピットだからレイジーでしょ?」
「そ、そういうのって、アニーちゃんとか、お友達の間では当然なんス?」
「当然……、そうだね、当然って言えば当然。だって、仲間内で本名を呼ぶわけにはいかないでしょ?」
謎だ。貴族の作法なのだろうか。逆に自分が情けなくもなってくる。俺が一般民衆であるからこそ、アニーのやり方にドギマギしちまっているんだ。
「じゃ、じゃあ、ボクは。ボクは?」
興奮気味の青髪。違った意味でドギマギしている。
「メシス? メシスは何? メッシ?」
「え?」
「うーん、友人のマージャはあだ名をつけるのが得意なんだけどね。多分、マージャはメシスを……、アスピーって付ける。うん、アスピー。緑色の細長い野菜があるじゃない? あれ」
それってアスパラガスのことじゃ。メシス・アスピーはどんよりと視線を落とし、俺は笑いをこらえる。なぜか、ピギーも優越感に浸った笑みである。
「じゃあ、私はピギーのおすすめのジャックランタン丼。レイジーは?」
「バナナフィッシュの塩焼き」
ピンギが厨房のほっかむりババアを呼んで定食を注文する。
メモ用紙に4人分の定食をメモ書きしていったババアは、厨房に入っていきながら、ナイフで何かをさばいているジジイにがなり声を立てて注文内容を伝える。
「アニーさんはプリマムの出身なんですか?」
「生まれはブラカンドっていう田舎の村。4歳からプリマムだけど。あなたたちは?」
デブとヒョロはどこそこのド田舎村の名前を出して、俺は「アンビリコ」と答える。
「えっ? そうだったんス? 初耳ッス」
「だから、ダンジョンに行きたがらないんですか?」
「まあね」
アニーが加わったせいで、下僕どもが生き生きとし始めている。オンナの前だと俺がおとなしくなることをわかっていやがる。
「え? レイジーとピギーは兄弟なのに出身が違うの?」
「ハハッ。オデが尊敬の意味を込めてアニキって呼んでいるだけッス。アニキはいつもハチャメチャッスけど、10回に1回は男気を見せ――痛ッ!」
このお喋りデブ野郎が余計なことばかり口走っているので、膨れた足を思いきり踏みつけてやる。
アニーは、怒りの俺と苦痛のデブを交互に見比べて、軽やかに笑う。
「意外。レイジーは冷たい人だと思ったけど」
「冷たい、俺が?」
「うん。現実の多様性を俯瞰しているような冷たさ」
……。
俺が目を点にして沈黙していると、ニヤニヤと笑っている下僕どもの姿に気づいた。こいつらだってアニーの言っている意味がわからねえはずだ。今すぐにでもぶっ殺してやりたいが、イカしたオンナの前で暴力を振るうわけにはいかない俺だった。
「冷たそうなんだけど、ハチャメチャで、でも、疑似的にお兄さんと呼ばれるのは、きっとレイジーが魅力的なのね」
「いやあ……、アハハ……」
「アスピーが先生って呼んでいるのもそういうこと?」
「ボクは先生の弟子です。プリマムに来たとき、占星術で著名な方に相談したところ、レシピット・ヴァーバという人を師と仰げばいいって教えられて、それで、先生を紹介してもらったんです」
青髪が軽快に話しているさなかから、俺とピンギは顔を見合わせていた。冗談で言っているのか、本気で言っているのか、まったくもって不明だった。こいつ、マジでヤベえ奴じゃ……。
「何を言ってんスか、メシスさん。不良の冒険者にいいようにされていたところをアニキに助けてもらっただけじゃないッスか」
「ハハッ! そうでした!」
メシスはようやくおどけ始め、どうやら、こいつなりのジョークだったらしい。オンナを目の前にして舞い上がっているのかもしれないが、パーフェクトにスベッている。
俺やピンギはおろか、アニーでさえ冷めた表情だ。
「メシス、メシを食い終わったら2人で話そうぜ。当然、わかっているよな」
「えっ? いや――」
「ところでアニーはパーティーを組んでいなかったの? まさか1人でLvを上げたわけじゃないだろ?」
ヤバい奴から話をすり替え、アニーもヒョロガリは見なかったことにしているふうに会話を取り戻す。
「ちょっと前までは友人同士でパーティーを組んでいたの。冒険者っていうより、お遊び程度だったけれど。でも、私なんかより、あなたたち3人のほうがびっくり。だって、レイジーもピギーも何歳なの? まだ、10代? 20代? レイジーなんてLv44じゃない。私と同じぐらいの年齢でそんな人、初めて見たけど、どういうことなの?」
「ゴールドグーイッス。アニキがトップランカーの人たちに付いていって、フィアダイル山でLvアップしたんス」
「そうなんだ。金色のグーイって、噂には聞いたことあるけど、本当にいるんだ」
「アニーもそこでLvアップすれば、ププンデッタ村の連中なんて一撃さ」
店のほっかむりババアが定食を運んできて、バナナフィッシュの塩焼き定食が俺の前に出される。ムギとマメが混じっているライスとスープ、そして、バナナみたいに曲がった魚1匹、塩をまぶされて皿の上に置かれている。
「でも、先生なら、あの人たちでも――」
「いや」
バナナフィッシュの身をほじくりながら、俺は首を振る。
怒号の罵りを使えば容易だとノーセンス青髪は言いたいのだろう。だが、フレンドの前で口汚い言葉は使いたくないのだ。
それに、あそこの柵門をあっさりと通過してしまうと、「みんなでやった感」が湧かない。アニーを今後も俺のフレンドにするためには、「みんなでやった感」を演出し、仲間意識を高めなければならん。
「それはそうと」
保留されていた質問があった。ジャックランタン丼の角煮を、一つずつ箸でつまんでいくアニーを眺める。
「アニーはどうして、俺たちのLvがわかるんだ?」
スキル、だと言った。晴眼という武術家スキルで、初対面でも相手のLvがわかるらしい。
「他に今現在体得しているのは、心眼突きとみなぎる力。会心の一撃を打ち込めやすいのと、攻撃力を2倍にするチャージスキル」
「じゃあ、ゴールドグーイも一撃で倒しやすい。そうすると、俺たちも楽だな。GG狩りが」
定食をむさぼるヒョロガリ凹凸コンビは、途端に箸の手を止め、揃って俺を見上げてくる。
俺は睨み返す。わかっているな、下僕ども。そろそろ、俺が言わなくてもわかるな?
すると、凸凹は不服そうにして、食事を再開する。
メシも平らげ、明日はフィアダイル山でLvアップ、9時にギルド前とあいなったが、話の流れで、アニーが52番街のアパートで1人暮らしだと知った。
聞いたことあるなと思い、そこは石造り長屋仕立て打ちっぱなし床のワンルームかと訊ねると、そうだとうなずく。
「どうして知っているの?」
「あっ、い、いや、アパートを探していて、物件めぐりのときにたまたま。そういうことで、また明日。9時にギルドの前で待っている」
「ありがとう。これから迷惑がかかるかもしれないけれど、よろしくね」
アニーは青いグローブの右手を笑顔で振りながら、街の夜へと消えていく。
「お前らァ、メスガキの前だからって、ナメたことしてくれてんじゃねえかァ」
うなり声とともに振り返る。と、誰もいなかった。デブもヒョロガリもすでに逃亡していた。
「クソッタレ!」
下僕どものナメた真似はともかく、アニーの住んでいるアパートはカンチェロと同じじゃねえか!
これじゃカンチェロの家に行っていると、アニーとばったり会っちまう可能性がある。
今夜はナンパもする気が起きなくて、クレリスの家に向かうこととした。




