3-4 ヘアバングローブ
俺の視線が背後に向いていることに気づき、ピンギとメシスも振り返る。
「女の子ッス。1人で大丈夫ッスかね」
「冒険者みたいです」
オンナっけがなくて退屈していた。
ナンパをたくらむが、逆に少女のほうが俺たちに向かって歩いてくる。こちらから声を掛けるのはやめ、素知らぬ振りでジャーキーをかじる。
「こっちに来るッス。アニキ、知り合いッス?」
「いいや」
5mぐらいまで近寄ってくると、少女は立ち止まった。青いヘアーバンドで金髪ボブヘア、細い眉を吊り上げながら、俺たちを見下ろす。
子分どもが鼻の下を伸ばしながら腰を上げた。
「こ、こんにちはッス」
「ボクたちに何か?」
「あなたたち――」
少女はエメラルドグリーンの瞳を注ぎながら、ちょっと甲高い声を尖らせる。
「ププンデッタ村に行くランカーでしょう。誰の依頼で警護するの」
「へっ?」
「え?」
デブ僧侶と変態賢者は間抜けな顔でぽかんと口を開ける。両手に青いグローブの少女はじっとヒョロガリコンビを見つめる。俺はジャーキーを噛みちぎる。
なんて答えようか。
ヘアバングローブが、ププンデッタ村のネコどもを虐殺しに行くようには見えない。
じゃあ、ヘアバングローブの言葉の通り、ププンデッタ村を守るためだと嘘をついても、ナンパに成功するような雰囲気でもない。ヘアバングローブはププンデッタ村を警護するランカーを敵視しているふうである。
しらばっくれればいいか。
「違いますよ」
俺はズボンの草を払いながら腰を上げていった。
「我々はLvアップをするためにうろついているだけさ」
アッシュグレーの髪を風にさらさらとなびかせ、優しいお兄さんのようにして微笑む。
ヘアバングローブは勝ち気なエメラルドグリーンの瞳のままでいる。
「虚言ね」
桃色の唇をへの字に曲げ、俺たち3人を見やっていく。
「あなたたちみたいな冒険者がLvアップ目的でここをうろつくはずがない。青い髪のあなたはLv35、太ったあなたもLv29、灰色のあなたなんてLv44じゃない」
ぽかんとした。メシスとピンギも顔を見合わせた。
「ど、どうして、お嬢さんは、オデたちのLvがわかるんス? オデ、キミと会ったことないッス」
「質問しているのは私だけど? 私の質問に答えたら教えてあげるけど?」
むう――。なんて勝ち気なオンナ……。こういう気の強いオンナもいいな……。こぶりな細面の顔ながら、小さい体からその気の強さを放っているさまがなんとも。
「申し訳ない、嘘をついた」
俺は頭をぽりぽりとかいて、自嘲するように笑う。
「本当はさ、Gを稼いでいるんだ。お金がないのを言うのが恥ずかしくて。この辺りのモンスターはわりと倒しやすいからさ、それで小銭をちょっと」
「ふーん」
ヘアバングローブは納得半分、疑い半分、という具合である。
「それで、質問に答えたから、今度はこっちの質問に答えてくれるかな。キミはどうして俺たちのLvがわかったんだい?」
「そういうスキルが私にはあるから。それだけ。わかった? それじゃ」
ヘアバングローブは生意気に吐き捨てると、俺たちの脇を通り抜け、ずんずんと歩いていってしまう。
俺はヒョロガリコンビに振り返る。
「女の子が1人だと大変だから、付いていこうか。キミたち、後ろを付いていってあげな」
下僕どもはうなずき、バッグを背負うと、ヘアバングローブの後ろを追いかけていく。
「何? どうして付いてくるの?」
「女の子が1人だと危ないから付いていきなさいって、先生が」
「先生?」
俺は笑った。
「キミのLvを聞いていなかった。まさか俺たちより上のはずがないだろ? 1人だけでここを抜けていくのは大変じゃないのか?」
「心配無用だけど。確かに私のLvはあなたたちの半分ぐらい。でも、私はモンスターから逃げられるだけの素早さがある。じゃなかったら、ここまでも来られなかったでしょ?」
「キミはこれからププンデッタ村に行くの?」
「あなたたちには関係ない」
ヘアバングローブはぷいっと顔を背けて歩き出す。子分2人が俺をうかがってくるので、顎をくいっと出す。
だだっ広い草原をヘアバングローブは歩く。僧侶デブと賢者変態がストーカーみたいにして付いていく。俺はストーカーを監視しながら歩いていく。
そのうち、2匹の「アバレライオン」に出くわした。ヨダレをダラダラと垂らしながら首を上下に大きく振って入れ込んでいる。
ヘアバングローブは身構えつつじりじりと横に回り、逃げようとしている。
「ピンギ、メシス。彼女を助けてあげろ」
デブと青ヒョロは俺に戦わされているときはあれだけ嫌々としていたくせに、ここぞとばかりに真面目な顔でこくりとうなずいた。すかさずアバレライオンの前に躍り出た。
「デジャギ!」
と、デブが叫びながら杖を振り払う。放射された竜巻がアバレライオン2匹を斬り刻んでいく。
「グレバズ!」
と、青ヒョロが高々と上げた右手を振り下ろす。黄色い大きな玉がアバレライオンに飛んでいき、バーンッと破裂して、その衝撃がアバレライオンを吹っ飛ばす。
が、アバレライオンはヨダレを振り乱しながらすぐに起き上がる。1匹が青ヒョロに飛びかかっていき、顔面をドゴッとパンチ、ぶっ倒れるヒョロメシス、もう1匹もデブに飛びかかっており、首元に噛み付いて、“痛恨の一撃”。
「グエッ」
ピンギはうめき上げながらアバレライオンに組み伏せられてしまう。
バカが……。全然カッコつかねえ……。どうして一発で仕留められねえんだ……。
ヘアバングローブは最初こそ逃走するつもりだったのだろうが、2人のバカ、特にデブのほうが噛み付かれたまま組み伏せられているので、腰を落として青いグローブの拳をかまえる。
俺はあわてて飛び入っていき、キサイパを唱える。掌からの噴水をアバレライオン2匹にまとめて浴びせる。
猛獣は、アルコール中毒っぽい症状を起こしてひっくり返る。んで、日本刀で切り刻んで、煙にさせる。
「大丈夫? 怪我はない?」
俺は振り返ってヘアバングローブに微笑んだが、ヘアバングローブはエメラルドグリーンの瞳で俺をじいっと見つめてくる。
そうして、首をおさえていまだ悶えているデブと、頬をさすりながら「デレクペ」と回復魔法を唱えているヒョロを見やる。
「この人たちこそ大丈夫?」
「彼らは賢者と僧侶だから。すぐに回復できる。気にすることはない」
「そう。でも、本当に私は大丈夫。さっきのモンスターからも何度も逃げてきた」
「倒していけばキミだって経験値が上がるだろう?」
ヘアバングローブは小生意気な加減で、小さな鼻を突き上げる。
「そうだね。でも、私はどっちだっていいんだけど。あなたたちに迷惑かけたくないだけ」
「どっちだっていいのなら行き先まで送るよ」
「好きにすれば」
ヘアバングローブは背中を返し、再び歩き始めた。
俺はヘアバングローブに気づかれないよう、情けないばかりのヒョロとデブの頬にビンタをかました。
ププンデッタ村は遠目から見てもおかしい連中の集まりだということがわかる。
茅葺き屋根の物見櫓が東西南北四方に1棟ずつ建っており、高床式建造物もちらほらと見受けられる。
弥生時代?
集落の出入口らしき柵門の前には、6~7人、冒険者ふうゴロツキがあぐらをかいて座っている。
そこへ、ヘアバングローブは、小さい体を勝ち気に張り立てて、ずんずんと歩いていく。
「アニキ、ど、どうするんス?」
俺たちの姿に気づいて、冒険者たちは一斉に腰を上げていた。
角の生えた兜をかぶっている奴、頭に輪っかをはめているマント姿の奴、左腕に盾をそなえている奴、槍を持っている奴、素手の奴、冒険者の特徴はそれぞれいろいろだった。
とはいえ、全員が、中年のオッサンである。
連中に警戒心はない。ヘアバングローブを余裕綽々で待ちかまえている。緊迫しているのはヘアバングローブだけである。
オッサンパーティーの1人、兜姿の無精髭の濃い奴が、燻製を噛みながら声を張り上げた。
「お嬢ちゃーん。今度はパーティーを組んできたのー? ダーメ。それじゃあ、ワンパンだけじゃ済まないよ?」
ヘアバングローブは足を止める。カマヒゲ野郎に睨みを据える。
「あの人たちは関係ない。勝手に付いてきているだけ。族長に用があるのは私だけ」
「だーかーら! 会わせないって何度言ったらおわかりー?」
マジで気ッ持ち悪い……。甲冑をガチムチマッチョで膨らませている見た目だけは、ただのならず者なのに。
「私はププンデッタ族の人たちに害を与えるわけじゃない。そこを通しなさい」
「はいはーいわかりました! 5秒数えるうちにあっちを向いて帰りなさい? じゃないと、今日ばっかりは本当にボッコボコにしちゃうよー?」
カマヒゲ野郎は革手袋の右手をかかげる。
「5、4、――」
と、指を折って数え始める。
ヘアバングローブは拳をにぎり、じっと突っ立っている。
すると、3秒前、サテンの漢服を着ているテカテカ坊主頭が、ヘアバングローブの前にものすごい速さで移動してきた。まるで、瞬間移動、ヘアバングローブの頭部に上段回し蹴りを打ち込む。
ヘアバングローブは人形みたいにして10mぐらい吹っ飛んだ。
俺はあわててヘアバングローブに駆け寄る。仰向けに倒れ伏した華奢な体を抱き上げる。
ヘアバングローブは顔をしかめ、「う……」と桃色の唇からうめきをもらしている。
「ジャマ。タオす。5秒マてない」
テカテカ坊主頭は冷えきった表情でこちらを見つめてきており、
「あっらー、イケメンちゃんじゃない! 見かけない顔ね! あなた!」
カマヒゲ野郎がガチムチマッチョの身をくねらせている。俺は吐き気をもよおすも、カマヒゲ野郎を颯爽と睨みつける。
「女の子を蹴飛ばすだなんてひどいですね。あなたたちは一体何者なんです」
「ネコさんたちのガードマンよ? もしかしてイケメンちゃんもクエスト希望者? やーめーてー。そのイケメン顔もボッコボコにしなくちゃいけないじゃなーい」
すると、頭に輪っかを嵌めている緑髪の野郎が、背中に背負っている大剣に手もかけずに俺に一歩進み出てき、腕組みをしたままに言う。
「小僧、さっさと帰りな」
鼻で笑いながら、グリーンヘアーのオッサンは、俺をナメきっている。
「おおかた10万Gに目がくらんだんだろ? 俺たちは平均Lv55、Rank:Aのパーティー。蹴り1発でお前の息の音を止められるぞ」
「ハハッ、左様ですか」
俺はナメきられていることに噴火寸前だったが、両手に抱いたヘアバングローブを抱え直す。
愚者のマントを風にたなびかせ、若作りのブサイク中年野郎に向かい合う。
「我々は決してププンデッタ村を襲いに来たわけではありませんが、命を惜しんで言うとおりにしましょう。ただ、あなたたちは誰かに依頼されてここを通させないんでしょうね」
「何を言っている? 俺たちはプリマム市民を代表してここを守っているんだぞ」
「そういうことにしておきましょう」
俺は踵を返し、マジカエを唱える。抱きかかえているヘアバングローブと、うろたえているばかりの子分たちとともに、イキがりオッサンどもの前から立ち去った。




