2-7 ダンジョンに逝く(2)
5日も6日も費やして30万Gだなんて、コスパが悪いったらありゃしなかった。そのあいだにオンナを5人も6人も我慢しなきゃならねえってことだ。
そもそも、俺はオンナをカネで買うわけじゃねえ。30万Gの大金で何かがしたいわけでもねえ。
「レシピット、どうした? 何を言っている?」
イセエビが困惑していたが、俺は無視して脱出の魔法を唱えようとする――。
あ、いや、なんて魔法だったけ。忘れてしまった。トートバッグから白磁板を取り出す。
「ど、どうしたの、レシピット」
セロリババアがうろたえているが、俺は無視して白磁板をタッチ&スワイプ。
「レシピット!」
ハゲダルマボールが騒ぎ立てながら俺の左腕を取った。白磁板を操作させまいとしてきたので、俺は肉団子を睨みつる。
「汚ねえ手で気安く触ってんじゃねえ」
きょとんとしたハゲダルマボールの手を俺は振り払い、舌打ちしながら白磁板を眺める。
「レシピット。落ち着いて理由を話しなさい」
「黙れクソババア。何があろうとテメーらには関係ねえ」
「え、え?」
「レシピット!」
イセエビが突如として飛びついてき、馬鹿力で俺の両肩を押さえつけてくる。
「どういうことだ! なんのつもりだ!」
「うっせえ! 黙ってろ! この脳筋イセエビ野郎!」
イセエビは胸を押さえて苦しみ出し、「うう……」なんてうめきながら腰を丸めていく。ククッ。まったくもって伊勢海老じゃねえか。茹で上がっちゃたのか? ん?
教祖が苦しみ出したものだから、ハゲダルマボールが鬼の形相で武器を構える。俺はニヤニヤと笑う。
「あんたら気づいていないようだが、俺の怒号の罵りは人間にも通用するぜ」
ハゲダルマボールは「な、何っ」だなんて動揺している。フン、ザコが。
「ちょ、ちょっと、レシピット。待ってよ、どうしてそんなに怒っているの!」
「5~6日もこんなところに閉じ込めらるのはまっぴら御免だ。1日だってイヤなんだからよ」
「何を言ってるんだ! 冒険者ならそのぐらい当然だろうが! いつまでも下位Rankのままだぞ!」
「うっせえな。セフレのいねえお前にわかってたまるか――。デサタ!」
ニンゲングイに効果のなかった謎の魔法をためしに唱えてみた。
黄色の煙玉が右手に飛び出してき、ハゲダルマボールに投げつけてみる。途端、肉団子はアヘアヘ顔となってバッグを下ろし、財布を取り出してくる。
「レシピットっ! 裏切ったわね!」
「イネブ!」
詠唱とともに右手に出てきた青い煙玉を、発狂したセロリババアに投げつける。セロリババアは白目を剥いてひっくり返り、よだれをたらしながら熟睡する。
ハゲダルマがアヘアヘ顔で「G使いたいな……」と呟きながらさまよっている。
「だったら、俺によこせよ」
ハゲダルマボールは嬉々として俺に歩み寄ってきた。
「あげるよ!」
と、ラブレターでもくれるかのように、有り金すべてを俺に渡してきた。
さすがの俺もGを手にしながら呆然としてしまう。魔法がくだらなすぎて。いや、有効な魔法だな……。
とりあえず、マヒっているイセエビにも、眠っているセロリババアにもデサタをぶつける。2人ともすっくと起き上がり、俺に全財産を寄付してくれる。
ハゲダルマボールは423G、セロリババアは205G、イセエビは9,454G。チッ。こいつらの持ち金がこんなハシタガネのはずがねえ。BANKに預けているに違いねえが、さすがにキャッシュカードを分捕るわけにはいかん。
「さて」
もはやこいつらに用はねえ。イネブで熟睡させ、さっさとおさらばする。
いや、ふと思い直す。こいつら……、絶対に復讐してくるよな……。
とくに、弟子がいると噂のイセエビだけは、確実に息の根を止めるべき。
日本刀を抜いてき、よだれを垂らしているイセエビを見下ろしながら、振りかぶる。
「やめときな」
日本刀を下ろし、鞘に収める。振り返れば、やはり、ぬらりと立っているのは、ピーナッツバター色の髪を流した悪党だ。
鼻で笑いつつ、一歩、PBににじり寄る。
「こいつらは俺が始末した。30万Gのカネはお預けだぜ」
「お前が何を言っているのかよくわからないけど、ノヌーを殺すのはやめといたほうがいい。余計な罪を犯すだけだ」
「こいつは間違いなく俺に復讐してくる。こいつがそういう人間だと俺に教えたのはパイセンだろう」
「復讐してくるだろう。ただ、ノヌーはプリマムの牢獄行きだ。牢獄からじゃ、レシピットに手は出せない」
俺は眉をひそめた。PBはフフッと笑う。クソッタレ、してやられたような気分だ。
「あんた、警察か」
「違う。ただし、王立騎士隊の元一員ではある」
「チッ。気に入らねえパイセンだ」
「俺はレシピットが気に入っているよ。本音はもうちょっと旅をしたかったな。まあ、ノヌーがギルドマスターに接触してしまったから、大人の事情ってやつでね」
「どうでもいいぜ、そんなもの」
ペッ、と、唾を吐き飛ばす。脱出魔法のフガムでダンジョンをおさらばし、マジカエでさっさとプリマムの町に帰った。
ギルドの裏庭で、白い椅子にふんぞり返っていると、デブとガリがトボトボとした足並みでやって来る。
「アニキ……、お詫びの機会を作ってくれて、あ、ありがとうございます……」
「先生。メールを貰って、ピンギさんは泣いて喜んだぐらいなので、どうか、お許しください」
「フン。そんなことよりだ」
俺は白磁板のステータスを子分どもに見せてやる。
◇
名前:レシピット・ヴァーバ
Lv:30 Rank:H 職業:愚者
称号:GGハンター
スキル:
怒号の罵り
魔法:
ガズ フォメント プロベ リジュアナ
デガズ マジカエ イネブ デサタ フガム
所持金 11,909G
◇
「ええっ!?」
子分どもは飛び跳ねて驚き、
「アニキ! ついこの間までLv14ぐらいだったじゃないッスか!? いくらなんでもとんでもないスピードッス! ど、ど、どういうことッス!?」
「マジカエもフガムも覚えています! Gも、いっぱい……」
「クックック。キミたちの一番の兄貴分であり、一番の師匠である、このレシピット・ヴァーバ様が、キミたちをこれからいいところに連れて行ってやろう」
俺はマジカエを唱え、愛弟子たちとともに山の中腹に降り立つ。
「こ、ここは……、まさか……」
「フィアダイル山だ」
ウオーッ、と、肉まんじゅうが突如として吠えたてたので、俺はびっくりした。柄に合わず野獣の咆哮であった。両ひざを地べたにつけ、曇天模様の空に向かってガッツポーズまでした。
「と、ということは、先生……、あの、ゴールドグーイが」
「俺の称号を見なかったのか、GGハンターだぞ」
「すごい……、すごすぎる……」
メシスは唖然茫然、目を丸くしてどこか明後日の方向を見つめる。
「オラァッ! いつまでバカみてえに感動に浸ってやがんだ! さっさとLvアップに行くぞ!」
ピンギとメシスは意気揚々として駆け出す。まるで子供だ。無論、バカどもが俺に依存することに変わりはない。ゴールドグーイに出くわせば、始末の方法は俺のスキル、俺の攻撃、すべてが俺だ。
「上がったッ! Lvがあっという間に3も上がったッス!」
飛び跳ねている子分どもをよそに、俺も1ぐらいは上がったかと思い白磁板を確認する。
と、ギルドのトップサイトに、抜き差しならぬニュースが掲載されている。
【ジョー・ノヌー容疑者 詐欺行為で逮捕
慈善活動家でも知られている冒険者のジョー・ノヌー容疑者が、昨日、アンビリコにてプリマム王立騎士隊により捕縛された。
容疑者はプリマム国の50歳の男性に事業実態のない投資話を持ちかけ、5万Gをだまし取った疑い。
他にも多数の被害者がいると見て、プリマム警備局はノヌー容疑者を慎重に追及していく模様】
国家の犬ことPBは、「大人の事情」とへらへら笑ってやがった。俺はイセエビから痛手を受けていないし、むしろ、いい思いをさせてくれた。なので、逆にPBのほうが怪しくなってきてしまう。
ギルドマスターに接触したから、イセエビは捕まった。
どうにも関わり合いたくねえ「大人の事情」だ。




