2-4 スーパーポジティヴマン
「次は1人で来るって言っていたのにィ」
オーガニックガールはメニューを渡してきながら、半分ジョーク、半分不満げの笑みだった。
俺はハンバーグが目に入ったが、ピーナッツバターにメニューを奪われる。PBは炭酸水とチーズ抜きのピザを注文する。
オーガニックガールが立ち去ると、PBがテーブル越しにぐっと身を乗り出してくる。
「俺がノヌーさんのパーティに入ったとき、もう1人メンバーがいた。僧侶のジョブで、レベルは30ぐらいだった」
パワー系のパーティーにあって、唯一、回復魔法を扱える奴なので、重宝されていた。
しかし、何らかの理由でイセエビにたてついた。その晩、正体不明の者たちに襲撃され、プリマムから出ていくよう脅迫まで受けた。
結局、ギルドまで脱退したらしい。
「ノヌーさんの教え子たちが襲ったに決まっている」
「教え子?」
「元パーティーメンバーだ。独立したあともノヌーさんと付き合いがあって、新たなパーティーで哲学を広めているんだ」
鼻で笑ってしまった。
「その哲学っていうのは、肉を食べるなっていうやつですか」
「根本的には、私利私欲で冒険をするだけではなく、メディアのこの世界をよりよくするために冒険をするという考え方だ」
まったくもって、どうでもいい。批判もしないし、賛同もしない。ご勝手にどうぞ。
「悪いことばかりじゃないからな。レベルだってすぐに上がっただろう。俺も入った当初はLv15だった。今じゃ、そういうメリットを考えれば、悪くないパーティーだ」
炭酸水とピザが運ばれてきた。これえぇっぽちも刺激がない、クッソつまらない料理だった。
「しばらくすると、ノヌーさんの言っていることがなんとなくわかってくるさ。食肉を断つと、なんとなく、体が軽くなってくる」
俺は適当にうなずいた。PBが洗脳されているとは思えないが、自分に言い聞かせているだけだ。
食事を終え、PBのオゴリだった。当然だ、あんなものを食わせやがって。
「ごちそうさまでした、また、明日もよろしくお願いします」
説教が通じたと思っているのか、PB先輩は、気分よさそうに手をかかげ、夜の町へと消えていく。
邪魔者がようやく去った。オーガニックガール目当てに店のドアを開ける。
「おかえりなさい。どうしたんです?」
「戻ってくるのがわかっていたような顔だね」
テーブル席に再び腰かけると、オーガニックガールは口もとに含んだ笑みを浮かべながら、メニューを差し出してくる。
「酒場に行くような雰囲気じゃなかったし」
「どれぐらい待てば、キミの行きつけの酒場に行ける?」
「ほんのチョット」
と、彼女は人差し指と親指とで「ほんのチョット」をはさんで見せてくる。
俺は炭酸水を注文する。オーガニックガールはすぐに運んでくる。
「飲み終わるまでには帰り支度を整えておくね」
今夜はこの炭酸水のように軽やかに弾けさせてもらうぜ。昨晩は湿気た連中と湿気たパブで湿気た料理に湿気た説教という四重苦だった。
私服に着替えてきたオーガニックガールとともに店を出る。
茶髪を夜風にそよがせるやいなや、腕を組んできた。白い布地に包まれた柔らかい体で密着してくる。
こういうことさ。ケガレだろうがなんだろうが、オンナを誘うには関係ない。
オーガニックガールは20歳で、クレリスという。行きつけのバーは、バーというより、カフェだった。黄金色の照明が木造の椅子やテーブルに照って明るい。
「ノヌーさんのパーティーメンバーになったの?」
カルーアミルクに唇を寄せつつ、クレリスが俺に向ける眼差しはすでに「フレンド」である。
「まあね。彼らのこと知っているの?」
「ノヌーさんはよく来るから、お知り合いの人たちと」
「お知り合い?」
クレリスの妙な言い方に引っかかった。パーティーメンバーとは別の物言いだ。
詳しく訊ねてみると、イセエビは週1程度でクレリスの店にやって来る。連れの人間は冒険者のときもあるし、見てくれの服装が貴族のようなときもある。
「ノヌーさんは、いつもはお知り合いの人たちと畑の話をしている。菜食主義よね、あの人。そういう人向けの畑に出資もしているみたい。ウチの店のオーナーも投資してみないかって持ちかけられたんだって」
出資……、投資……、トンデモ野郎の香りがプンプンするな……。
「オーナーは断ったみたいだけどね。貴族と付き合っている冒険者にロクな人間はいないって。ウチのオーナー、堅物オバアちゃんだから」
きな臭い話はそこそこにし、当然ながら宿泊先はクレリスの住まいとなる。
1人暮らしというわりにレンガづくりの平屋の1軒屋だった。
ほろ酔いのクレリスと一夜を共にする。
朝、目覚め、たかだがレストランのスタッフが、1軒屋に住めるものなのかとふと思う。収入はカンチェロとさして変わらないはずだ。
ところが、なんてことはなかった。朝食がてらに話を聞いていたら、例のカタブツのオーナーとやらは、クレリスの祖母だった。
何十年も昔から商売をしているクレリス祖母は、従業員用の社宅を何軒か所有しており、孫娘がちゃっかり使用している。
「他にも4軒、レストランをやっていて、私のお店は私の従姉が店長。パパとママはパン屋さん。お兄ちゃんは叔父さんのお店で修行中」
「てことは、クレリスは貴族?」
「そんなわけないじゃん。オバアちゃんは2番街でお貴族さん相手のレストランをやっているけど、心ない人は、オーナーが平民だって知ると、顔をしかめていくんだって。そういう差別意識、今どき信じられない」
どうやら、俺は地雷を踏みかけている。デリカシーのない男にはなりたくない。心身ともにイケメンでなければならない。
「この黒いパンを食べたのは初めてだけど、モッチリかつ噛みごたえがあって、チーズとよく合うね」
「でしょう?」
クレリスは得意げに笑んだ。オヤジのパン屋の商品だという。時折、自分もパンを焼くだのと饒舌になり、すっかり機嫌を取り戻す。
クレリスの家をあとにし、イセエビパーティーの待ち合わせ場所のギルドに向かう。
すでに朝は過ぎている。レンガづくりの住宅がひしめき合う路地は、洗濯物を干している婦人や、走り回る幼児たち、住宅の屋根にのぼって修繕をしている職人など、それぞれの平穏な日常がゆっくりと流れている。
旅人風の俺が日本刀をぶら下げて行く。この日常に見慣れぬ人間であるから、当然、誰の目にも異色だ。
婦人は家事の手を止め、幼児は立ち止まって見上げてき、職人は上空からじいっと見つめてくる。
そう。俺は非日常な物体だ。なぜなら、何人たりにも束縛されない、超絶楽天野郎だからだ。
ポジティブマンでいるためには心身共に健康でなければならない。健康であるためには、くだらないストレスを一晩にして薙ぎ払うことだ。その手段こそ、オンナだ。フレンドだ。欲望を満たすことだ。
イセエビたちのくだらない顔をおがまなくてはならない俺だが、足取りは軽い。
なぜなら、セフレがまた1人増えたんだからな。
「今日は病院を訪問し、闘病中の子供たちと交流する」
ハァ?
「不満か、レシピット」
イセエビに刺すような視線を向けられ、俺はあわてて首を振る。自分でもうっかり顔に出てしまったのがわかった。余計焦った。こんな予定には、驚愕せずにいられねえだろう。
「レシピット、私たちにはこういう活動も必要なんだよ」
穏やかな口調ながらも、セロリババアは説教である。
「モンスターを倒して、レベルを上げて、自分のことばかりに一生懸命になっても、そんなのはただの一人よがりじゃない? だって、私たちは人々とつながっているからこそ生きていける。食材を作ってくれる人だったり、家を作ってくれる人だったり、だったら、私たちも誰かのために何かをすべきじゃない? 私たち、冒険者ができるようなことを」
俺は握りしめた拳を背中に隠していた。顔だけはうんうんとうなずいていた。セロリババアの説教ったら反吐が出そうだ。脳髄に会心の一撃をブチコミたい。
「スピーディにレベルアップしたい気持ちも理解できなくもない、だが、マインドを落ち着かせることも必要だ」
「ミスター・ノヌーの言う通り。我々が勇気を与えるのと引き換えに、我々も勇気を貰うのだ」
アタマがおかしくなっちまいそうだぜ……。
そうか、PBはこのように我慢ばかりでおかしくなっちまったのか。
目を向けると、PBは納得げにウンウンとうなずいている。
「ボクはつねづね悩んでいました。社会貢献のこれっぽちもできない自分自身に。今日の目的は、今後のきっかけになりそうです」
街の中心へと引き返した狂信者たちに俺はついていく。いたって素直で爽やかな少年を演じる。
それにしても、このイセエビ、自分の意に反した人間には制裁を加え、夜な夜などこぞの貴族とビジネストーク、小金持ちには投資を持ちかけてやがるという。
そんなやつが闘病中の子供を応援しに行く?
何かしらの下心しかねえじゃねえか。
すると、思った通りだった。
石造りのデカい病院にやって来て、イセエビたちを出迎えたのは、そこの病院の事務方らしきオバサン、そして、もう一人、メガネをかけたアラサーぐらいの黒髪のオンナ、こいつがなんと、イセエビの慈善行為(偽善行為)の取材者だった!
「ノヌーさん。こちらのサワヤカイケメン君は新入りさん?」
「ええ。つい、2、3日前から。ヴァーバといいますが、18歳ですでにLv30。将来有望ですよ」
「Lv30!? たった18歳でLv30に達したのはプリマムギルド史上最速じゃない!? あ、メンゴメンゴ。私はプリマムギルド広報課のレンテス・パブリース。次の機会にはあなたの取材もさせてね」
仕事大好き人間といった感じのレンテス・パブリースは、アグレッシブなウインクを俺に与えてきた。俺は苦笑を返す。セフレに悪くはないが、イセエビの偽善っぷりのせいで、今の俺はナンパの気分じゃない。
それに、デカい病院の中に入ると、事務職員のオンナから、看護師のオンナまでが、そこかしこに行きかっている。
……。
で、あれば、イセエビの偽善に乗っかって、俺も「勇気を与える者」を演じるべきじゃないか。そうだ、こんな好機はない。この病院に顔パスで出入りできるぐらい、今日の偽善行為を活躍の場とするべきだ。




