1-11 飲み屋街
夕方、噴水広場に戻ってくる。途中、カフェがあったので、テイクアウトのカフェラッテをすすりつつ、噴水の石囲いに腰かける。
物売りのおばあさんたちは消えていて、それと代わって、けっこうな数のオンナが歩いている。せわしげにどこかへ走りすぎていくオンナ、待ち合わせ中らしきオンナ、友人同士で会話をはずませているオンナ。
1人の背の高いオンナがやって来る。ため息をつきながら、俺のとなり、石囲いに腰かけた。
「もう……。遅刻かと思ったらまだ来てないし……」
背丈が170cmぐらい。ため息をつきながら腕時計を何度も確認している。
電気も存在しない中世世界なのに、どうして腕時計があるのかは疑問だ。ねじ回し式にしては、小ぶりだし。
むしろ、それをネタに声を掛ける。
「すいません、それってどうやって動いているんですか?」
「えっ?」
黒髪襟フリルは青い目を広げた。微笑み会釈をすると、友人的な笑みを口許に浮かべ、俺に腕時計を向けてくる。
「聖魔力だけど、珍しいところある?」
聖魔力……。またしても、理屈がわからなくなってくる。だが、今はそんなのどうでもいい。
「自分は田舎者で」
「ふふ」
オンナは軽やかに笑う。
「腕時計を見たことがない田舎ってよっぽどじゃない?」
「そう。よっぽどの田舎」
「この町に馴染んでいるようだけど」
「まだ、この町は2日目だよ」
黒髪襟フリルは笑みを浮かたまま、広場の先のほうへ視線を向ける。靴のかかとで鼻歌でも口ずさむようにして、石畳をコツコツと叩いている。
俺はカフェラッテをすすりながら噴水を眺める。
「来ないわね」
と、黒髪襟フリルはつぶやく。
「ボーイフレンドと待ち合わせ?」
「そんなところ。夜になれば仲間とパブばっかり遊びに行くような冒険者」
「キミはなんの仕事を?」
「市場で経理作業。毎日、帳簿とにらめっこ。そういうあなたは? 冒険者さんなのはわかるけれど、ジョブは何?」
「武士」
「なにそれ?」
「話の続きは食事と一緒にどう? 美味しいお店、知っている?」
「うーん、お好みは?」
おどけた調子でまぶたを広げ、すっかり俺のフレンドだ。
「お任せするよ」
「ふふ。じゃあ、あと5分だけ時間を頂戴。私にも一応約束があるから」
「了解。早く時間はすぎてほしいけどね」
そうして、5分経っても黒髪襟フリルの相手はやって来なかった。
「行こうか」
俺が黒髪襟フリルに右手を差し出すと、彼女は俺の右手ではなく、右腕に笑顔で腕を絡めてきた。
アビトレンヌという名の23歳らしい。
ダイニングバーにやって来、葡萄酒をたしなみつつ、サラダやチーズ、ピザで腹を満たしていった。
妹と2人暮らしということだが、その妹はバカンス旅行中だそうで、
「ウチで飲みなおす?」
などと、俺はなんら努力もせずに今晩の寝床を確保する。
「ところでさ、聖魔力って何? 聖なる力と一緒?」
「やだ。レシピットって何も知らなさすぎて可愛いんだけど。学校で勉強しなかったの? 聖なる力はメディア世界に漂うエナジーで、聖魔力はワグル人が編み出した聖なる力の抽出エナジー。私の時計もエナジーがなくなったら、近所のワグル人のおばあちゃんのお店に行って、聖魔力で吹き込んでもらうよ」
「ふーん」
代金を気前よく払ってやり、店をあとにする。ほろ酔いのアビトレンヌは俺の腕に絡みついてくる。
「レシピットっていい匂いする。香水つけてる?」
姿形どころか匂いまで備え付けているだんて、俺は無敵じゃないだろうか。などと、口許をゆるませながら路地を行くと、路上にうずくまっている何者かが視界に入った。
「どうしたの? 知り合い?」
知り合いといえば知り合いだが、かぎりなく赤の他人に近い。
ここは飲み屋街なのだが、酔っぱらっているのではなさそうだ。両肩が震えている。泣きべそをかいているらしい。
俺は吐息をつき、アビトレンヌに笑みを返した。
「ごめん、ちょっと野暮用で。すぐに追いかけるけど、万が一のために住所を教えてくれないかな」
アビトレンヌは両手を広げて、手のひらを上に向けた。そのまま鼻で笑ってみせる。バッグからメモ帳を取り出してくる。
「私の酔いがさめないうちにね」
ウインクを残して去っていったアビトレンヌを見送った。
いまだ丸くなっている青髪をつま先で軽く小突いてみる。
「こんなところで何をやっているんだ」
青髪はのっそりと顔を上げてきた。やはり、生意気クソガキのメシス・セージだった。薄暗闇でも、まぶたの中がうるんでいるのがわかる。
誰なのかわかったのだろう、急に眉間にしわを集め、生気を戻したかのように睨みつけてきた。
「何をやっていたっていいじゃないか」
餓鬼。ぴったりの表現だ。
「今日の昼間、あそこのステーキハウスにいたろう。一緒にいたオッサン2人は仲間じゃないのか」
「関係ないだろ」
と、真っ赤な目をしたまま腰を上げた。俺から逃げるようにしてどこかへ歩み出す。
「俺に関係があるかないかは、俺が決めることだ。俺がお前っていう人間を知った以上、俺には関係がある」
ガキは足を止めていた。ふいに振り返ってきた、涙をぼろぼろと流しだした。
「何を言っているんだよ! あなたはボクを断ったじゃないか! だったら、あなたにだって関係ないだろ!」
「忠告したはずだ。ボディガードを雇えって。それとも、オッサン2人がボディガードか?」
すると、メシスはまた震え始めた。と、思いきや、その場に膝から崩れ落ち、路上に両手をついてオイオイと嗚咽をもらしだしたのだった。
やがて、泣きわめいてすっきりしたのか、メシスは俺に突き放されてから今までの経緯を話した。
賢者というジョブのおかげで、俺と会う前、すでに何件ものスカウトがMAILで来てたが、「愚者」のジョブが気になり、ランカーからの誘いを差し置いて、ひとますは俺に会いに来たそうだった。
俺との面接が失敗に終わると自暴自棄になり、スカウトの中でもRankがもっとも高いパーティを選んだ。
「ランカーのパーティに入ってヴァーバさんに復讐しようと思いました」
あのオッサン2人は、Rank:B、ピンギの見立てのとおりに剣士と盗賊のジョブで、剣士のLvは33、盗賊のLvは38だそうだ。
次の日の朝、面接を受けた。俺のときと同じように白磁板を見せたのが地獄の始まりだった。所持金の多さで当然合格。
「Lvアップの旅に連れていってくれると思いました」
ところが、まず最初に連れていかれたのは、ギルド内にあるBANK。
「武器と防具をそろえたいから預貯金を引き出そうって。これからパーティをやっていくんだから、みんな、いい武器、いい防具を身に着けたほうがいいだろうって」
言われるがままにBANKからカネを引き出し、その足でファッションストリートへ。剣士と盗賊のオッサンはしめて10,000Gをメシスに使わせたが、その中にメシスのものは含まれず。
ついで、昼メシにTボーンステーキと来たものだから、メシスは抗った。
『もちろん、僕のGじゃないですよね』
『授業料だと思ったら安いものじゃねえか』
剣士のオッサンがヘラヘラと笑うと、盗賊のオッサンが声をうならせてきた。
『メシス。俺とこいつはRank:Bだぞ? 言っていること、わかるよな?』
しかし、生意気クソガキは、武器と防具は百歩ゆずったものの、さすがにステーキは許せなかった。
『なぜパーティの仲間に授業料が必要なんですか。ランカーだからってなんなんですか。僕のGは僕のもの――』
反抗したメシスの首筋には、いつのまにやら、盗賊のオッサンのダガーナイフが添えられていた。
さすがにランカー、Lv1のメシスには、目にもとまらぬ動きだったそうで。
『お前のGはお前のものじゃねえだろ? お前のパパのものだろ? で、この状況、パパが助けてくれるのか? ん?ん?ん? てか、俺たちがイヤなの? じゃあ、死ぬ? ん?』
非の打ちどころがない脅迫っぷりに俺は感心する。俺も1度はそんなふうに脅迫してみたい。
都会の洗礼を浴びたメシスは、小悪党2人にビビッてしまい、その後は言われるがまま、されるがままに財布人間と化した。
そして、今現在、小悪党2人はキャバレーで豪遊しているという。もちろん、メシスのカネで。
「で、これからどうする」
俺の問いかけに、メシスは無言。何もない路上をじっと見つめているだけ。
「有り金すべてを使い果たされたあとは、お前のオヤジのところに押しかけるだろうな。俺があいつらの立場になって考えてみると、そうだな、手切れ金20万Gってところか」
メシスは無言。どころか、体育座りの両ひざに顔をうずめてしまう。
「チッ」
メシスの目線にかがんでいた俺は腰を持ち上げ、ベルトから旅人のナイフを抜き取ってくる。メシスの足元に放り捨てる。
「くれてやる。それであいつらを刺し殺してこい」
「えっ……?」
「心配するな。俺には刀がある。そのナイフは用済みだ」
「そ、そうじゃなくて、これでどうしろって」
「あいつらを殺せ。殺さなかったら、いつまでもこのままだぞ」
「そ、そ、そんなこと、できるわけが――。だいたいあいつらはランカーで、僕はただのLv1」
「何がランカーだ。何がLvだ。お前に足りないのは、何がなんでもやってやろうっていう気構えだ。気迫だ。大金を払って賢者になるとか、オヤジのカネを貯金しておくとか、自分だけの力でやり遂げようとしないあたりが、ああいう連中の付け入る隙だ」
俺の説教にメシスはうつむきながら肩を震わせて、いたく、感動していた。いや、していなかった。
「何を言っているんだ! 昨日だってそうだ! 自分勝手なことばっかり言って! 僕の何がわかる! できないことをさもできるかのように言って! あなたは僕の立場になって何も考えていない!」
「なんだと?」
「あなたが僕だったらそうします? できるわけないじゃないですか」
「フン。笑わせるな」
俺はメシスの襟首をつかんで持ち上げる。小悪党の居場所に連れていけと伝える。
「えっ? えっ?」
「お前と俺の違いを見せてやる。案内しろ」
「ちょ、ちょっと、どうするつもりなんですかっ。あなたは、だって、Rank:Hの――」
メシスを引きずっていき、小悪党が遊びほうけているキャバレーへと向かった。




