19 国王様に会いました
――魔術学園史上、最短記録で魔術師が誕生した。
その知らせに世界が沸いた。
今日は魔塔主催の魔術師誕生パーティである。そこには別国でありながらその首都に魔塔を抱いているイタリアル王国のみならず、近隣諸国の貴族たちが押し寄せていた。
「おめでとうございます」
「素晴らしい偉業ですわ」
貴婦人や令嬢たちが、おっぱいも露わな豪奢なドレスで俺にすり寄る。別にこの世界の倫理基準は、中世フランスのように、おっぱいよりも足を見せる方が恥ずかしいってわけじゃない。ただ単に、おっぱい星人の俺の好みをどこからか聞きつけて、意匠に反映させたからのようだ。
おそるべし貴族の情報網。
でも喜びは一瞬だった。女性たちの目はまさに狩りに来たハンター。
さすがの俺も、ガンガンと迫られるとちょっと引く。
「いや~。ははは……」
ああ、どうにか逃げたい。
こんなときにはミュウミュウが防波堤になってくれるんだけれど、どこにいるんだろう?
そういえば、今日のパーティーには、俺の仲間ってことでテマリも来ているはずだ。
あ~、いたいた!!
と、俺はドキッとした。
テマリは、宝石もレースも付いていないシンプルなマーメードドレスを着ている。そのおっぱいは小さくはないがスポーツ選手のようにプリンと引き締まっており、そのスカートは腰の辺りまで大胆なスリットが入っていて、テマリの脚線美を強調していた。
全体的に、テマリには健康的な美というものがある。
おっぱい派な俺だけれど、脚もありだな。なんてことを真剣に悩んでしまう。
「ご婦人ご令嬢方、アーク君をお借りしたいのですがよろしいですかな」
背後から声がかかる。
後ろにいたのは、学園でも授業をしている教授級の魔術師。ミュウミュウを溺愛しているおじいちゃんずのメンバーの一人だ。確か、俺の授業もダンジョン攻略を教えてくれていた……。
ご婦人ご令嬢方は、互いに目配せすると、名残惜しそうにその場を去ってくれた。先生、ありがとうございます。
「君に紹介したい方がいるんだが、付いてきてもらえるかね?」
ほう。教授級の魔術師がわざわざ紹介したいという相手。……権力者の匂いがするぜ。
「どなたですか?」
「イタリアル王国の国王じゃ」
「ぶっほぉっ――!!」
「なんじゃね?」
「こ、国王……!?」
権力者とは思ったけれど、のっけから最上位の権力者キタ――!!
「お、俺、いや、僕、礼儀とか、マナーとか、エチケットとか、作法とか何一つ分からないんですがっ! ど、どうしたら!?」
「かまわん、かまわん。向こうもそんなことは気にせんわい」
「いや、気にするでしょ――――!!」
先生が歩き始めると、目の前にいた人々は二手に分かれた。
すぐそこに国王らしき威厳のある人がいる。
「イタリアル国王よ。この者がこのたび魔術師になったアークじゃ」
「おお……。この者が……」
俺は、頭が真っ白になって、昔読んだ小説の騎士みたいに片膝を床につけて手を胸に当てて頭を垂れた。
「ア、アークと申します。平民ゆえ、名字はございません。この度は、若輩なわたくしの祝賀会にお越しいただき、誠にありがとうございます」
「ほう……」
その「ほう」に値踏みをするような口調が感じられて、背中から嫌な汗がドバドバ出る。なんだ? 俺、なんか、やらかしたか?
「わしに膝をつく必要はない。そなたはイタリアル王国の臣民では無く、魔塔の魔術師なのじゃから」
「は……はあ」
いいのか? と思いつつ、立ち上がる。
王様がじっと俺を見つめていた。
「アークとやら。そなた、最短記録で魔術師になったそうじゃな」
「は、はい」
「……おぬしの前の卒業最短記録保持者が誰かを知っておるか?」
「え? 俺の前?」
誰だっけ? 俺、知っている人?
「えっと……」
「現魔塔主じゃ」
「魔塔主……」
そういえば、俺、一回も魔塔主の姿を見たことないな。
「そして、儂の実の姉でもある」
「へ?」
俺は思わずガバッと顔を上げてしまった。王様の表情は……え? 怒ってるのコレ?
あ! もしかして、王族が作った記録を平民の俺が破った事に腹を立てているのか!? やべえ、やべえぞ、コレ。
「……して。そなたは、どんな魔術師になるつもりかね?」
「え?」
もしかしてその答えによっては、無礼討ち……。ひええええ。
ど、どう答えれば怒りを買わずにすむんだ? どう答えれば……。
「お、俺……じゃない、僕ですか? ぼ、僕は……」
「アーク君。大丈夫です。心のままに答えなさい」
ここまで連れてきてくれた先生――まるで階段下の男の子が行った魔術学校の校長先生によく似た老齢の先生が、温かい目を俺に向けていた。ダンジョン核を前にしたミュウミュウと同じ、慈悲の目だ。
瘴気とは恨み辛み……。
その恨み辛みは忘れなくてもいい。けれど、恨み辛みを果たすよりも幸せになる方法がある。
俺はまだはっきりとその方法が分からない。
まだ曖昧で、まだ虚ろげで、まだ言語化できなくて……。
ただあのとき感じたあの安堵、ゆりかごに寝かされたようなあの安らぎ。
きっとそれが浄化魔術の根源。
王様の顔を初めてじっと見返した。
その瞳にあるのは、恨みでもつらみでもない。王家の人間に記録を破ったことに対する辛酸の想いでもない。
単純な不安。
そうか。不安なんだ。学長になった自分の姉の記録を打ち破った魔術師。大きな力を持っているくせに、平民ゆえにその思考や忠誠心の方向も不透明。イタリアル王国は魔術学園の敷地を別国として首都に擁するって歪な国土。もし俺が世界の平和ではなく、世界がメチャクチャになることを望むような魔術師だとしたら……。
そりゃ不安になるよな。
だったら、この質問にも真摯に答えなくちゃ。
どんな魔術師になりたいのか……。
……あれ? 俺は、どんな魔術師になるつもりだ?
魔術師になったら、それで終わりじゃない。
魔術師にもランクがある。最初になるのは初心者。仕事を一人でこなせるようになると一般級にランクアップして専門職に分かれ各分野で活躍する。その各分野でも超一流なるとなれる教授級。その教授級よりさらに高みにいる賢者級。
王様が聞いているのは、どんな分野で活躍したいのかということだろうか?
ミュウミュウみたいに、瘴気溜まりやダンジョン産の物を浄化する魔術師?
それとも各地を周り水害や干害の被害を復興させる魔術師?
ダンジョンから採れた素材や魔石、アイテムを使って魔道具を発展させていく魔術師?
俺がなりたいのは……。
ふと、俺に降り注ぐ温かな視線に気が付いた。確か、この先生が教えてくれていたのは……。
「ダンジョン……」
「ん?」
「ダンジョン魔術師になりたいです」
「ほう。ダンジョン魔術師に……」
ダンジョン魔術師。ダンジョンにばかりこもっていることから名付けられた「もぐら」という通称。
俺はダンジョンの楽しさ、それに悲哀に気付いたばかり。ダンジョンで新たな魔物と出会いたいし、新しい素材や新しいアイテムも手に入れたい。だから、そのダンジョンを駆け巡る魔術師になりたい!
「そうか、そうか。では、貴重な素材やアイテムが手に入った時は、ぜひとも我が国にも融通させて欲しいのお」
肩の力を抜いた王様は、ワーッハッハと笑った。




