2 異世界転生したらペタペタ美少女と出会いました(1)
「ちくしょう。どこに帰ればいいんだよ……」
家に帰って、ベッドに突っ伏して泣きじゃくりたい。けれど、俺の家はイービスの家だ。おまけに足が伸ばせるほどのベッドも俺にはない。
俺が家賃を払っている邸宅なのに、メイン寝室はイービスのもので、俺の部屋は階段下の倉庫。
メイン食堂で俺が給料を払っているシェフの料理をイービスが食らってる間に、俺は残飯を漁る。
俺が雇っているメイドは、俺の洗濯をしてくれるわけでもなく、自分で裏庭の井戸で手洗いしていたなあ……。そういえば、イービスにはサウナのある風呂も入り放題だけど、俺は臭くなると井戸の水を浴びていたっけ……。
あまりいい思い出がないそんな邸宅でも、思い出すのはイービスのことばかりだ。
ふらふらとあてどなく歩いていると、この世界に転生してからのことが思い出された。
俺がこの世界に生まれ変わったことに気がついたのは、生後半年も経った頃だ。
俺が腹を空かせて泣くと、父さんや近所のおばちゃん達が山羊の乳を哺乳瓶で飲ませてくれた。
どうやら母さんは出産時に亡くなったらしい。
「|ふぎゃああ、ふっぎゃああ《この世界でもノーおっぱいかよ。チクショー!》」
思えば中身が四十代のおやじに乳を吸われずにしてこの世を去った母の人は幸せだったのかもしれない。どうか、母の人もどこかの異世界で転生して幸せに暮らしていてほしい。
そんな状況だったが、俺はわくわくしていた。
なにせ異世界転生だ。
それもおばちゃんずの話を盗み聞いたところによると、この世界には魔術があるらしい。さらには冒険者ギルドもダンジョンもあるらしい!!
(ということは、転生者である俺はチート持ちに違いない!!)
なんの脈絡もなく、そう確信した。
手をニギニギする。ぷくぷくの赤ちゃんの手だ。
(剣は……まだ持てない。本は……ない。うち、貧乏かよ!? だとすると今できるのは……)
前世で読んでいたネット小説やアニメなどの知識をフル活用すると、魔力上げが一番だ。
(確か、魔力を使い切ると、次に回復するときに増えているんだっけか? そんな筋トレのような訓練法法だったよな?)
凡人の前世の知識チートなんて、そんなものである。
(えっと……。多分、目をつぶって……)
くーくーくー。
(はっ! 寝てしまった!! 赤ちゃんだから仕方がないのか! いかんいかん)
今度こそと思い、目を閉じる。
体の中心……つまりへその辺りに力を入れて……、体に循環する力を思い浮かべる。
(ん? なんか腹の当たりがムズムズと……? これが魔力か?)
「ふぎゃあ! ふぎゃあ! ふぎゃあ!!」
――おもらしだった。
そんなこんなで、最初に魔力を感じ取ることには苦労したけれど、いったん魔力を集める感じをつかめると、今度は魔術を使う特訓をした。
アニメや漫画を思い出しては、イメージングした。まさに前世の知識チートである。
ちなみに、最初に練習する魔術は風魔術がおすすめだ。暑くて寝苦しい日にも、扇風機みたいに気持ちよく眠ることが出来る。うっかり最初に火魔術を使ったら、ベビー布団に火がつきそうになった。あの時は、必死におむつを外して……。ま、その後は俺が生きてるってことで詳しく話す必要はないだろう。
ところでその痕跡を見つけたのは、焦げた臭いに気づいた近所のおばちゃんずだった。タバコの火の不始末と、父さんははめっちゃ怒られていたなあ……。
その後は思いのほかサクサクと魔力アップがすすんだ。
魔力を使い切ると気を失うから、世話をしてくれた近所のおばちゃんずは手のかからないよく寝る赤ちゃんだと思っていたようだ。
ま、そんな父さんも、近所のおばちゃんずもみんな死んじまった。この世界には、わくわくするような魔術もダンジョンもある。けれど人を襲い、食おうとする魔物もいるからだ。
そして俺はたった十歳にして、この世界で一人になった。
それから数年後。俺は流れ流れて、優しい人の多い、居心地のいい村になんとなく住み着いた。
その頃には俺は魔術をかなり使えるようになっていたから、一人で魔物を狩ることもできるようになっていた。
魔物の肉は極上品だ。冒険者ギルドでも、子供の頃はずいぶんと買いたたかれた。年齢制限で冒険者にはなれなかったんだけど、ギルドってやつらは冒険者のためのものだから、冒険者以外から買い取る場合は適正価格なんて無視しやがるからな。
ま、それでも今では実績がついてきたからか、まともな値段で買い取ってもらえるようになった。中には、「早く冒険者になれ」なんて、気安く頭を叩いてくるようなギルド職員もいる。
一生この村で魔物を狩りながら冒険者として暮らす……。
赤ん坊の頃に夢見ていたような、冒険の日々ではないけれど、安寧なのほほんとした生活。まあ、それもいいなぁ~と漠然と思っていた。
――しかし、俺が村を出る日は唐突に来た。
『探査』
俺は、いつものように森の端で探知魔術を展開した。
魔術はイメージで幅が広がる。
頭の中に、クォーン、クォーンとソナー音が森に広がるのをイメージして、その反射音をとらえる。その反射音を立体として構築すると、目の前に立体地図が浮かび上がってきた。地形だけではなく、生き物の場所も鮮明になる。
もちろん、最初から昆虫や小さな生き物は除外している。そんなものまで魔術で探知していたら頭がパンクするからな。
普段は行かないような森の奥に、巨大な反応を見つける。
「ん?」
あの大きさと形は……オークだ。
「やったぜ! ワイルドボアでもいればいいと思っていたけど、オークたぁついてるぜ!!」
何せオークは、うまい魔物肉の中でも極上のうまさだ。
(角煮に生姜焼き、ああ……ローストポークならぬローストオークでもいいなあ)
口の中によだれが湧き上がる。
もちろん、自分で食べられない量は冒険者ギルドに売るつもりだ。冒険者ギルドでは肉以外にも、角や皮なんかも魔道具や薬の素材になるからって、なんでも買い取ってくれる。
十五歳になったら冒険者になれって勧誘がうるさいが。
「よし」
俺は足に力をぐっと込めて地面を踏みしめる。
『俊足』
スピードに特化した身体強化魔術をかけて、バンと地面を蹴る。チーターのような速さ、隼のように宙を滑るように障害物を避けながらで森を駆け抜けた。
遠くにオークの姿が目視できるようになってきた。風をビュンビュンと切りながら、距離を縮めていく。
「お、いたいた。ちょうどいい、なんか食ってんな。周りへの注意がおそろかになってやがるぜ」
俺は手刀に魔力をまとわせた。そして……。
『風刃』
すれ違いざま、オークの首を切り飛ばす。
ドオンとうるさい音が鳴り響くが、気にするこっちゃない。どうせ、俺一人だ。
すぐさまオークの足に縄を引っかけて、近くのぶっとい枝に逆さに吊す。血抜きのためだ。
本来ならこのサイズのオークの血抜きには数時間はかかるだろう。けれど、そんなに待てない。
『重力』
まあ重力っていうか、圧力だな。圧力をかけて死んでいるのに心臓だけを動かして、血を外に追い出す。するとほんの数分で血抜きの完成。
この魔術を考えたヤツ、天才。それって俺!!
「ふん、ふふん♪」
なんか調子がいいな! 今朝のクソが調子よかったからか!?
クルッとターン! 華麗にターン! ターンがてらに腹に縦に切れ目を入れる。臓物も出すためだ。豚の臓物なら食べられるけれど、オークは悪食過ぎるからな! 腹の中から人間なんて出てきた日にゃ……おえっ!
「あの……」
ん? 何か聞こえたか? まさかな。こんな森の奥で……。気のせい、気のせい。さくさく行こう――!!
「あの……」
あれ? 本当に聞こえた?
きょろっと周りを見渡すと、バチッと誰かと目が合った。
「きゃっひいいいいいいいいいいいい!!」
思わず飛び上がって驚いてしまった。
その誰かは、銀髪の十二才くらいの美少女だった。少女も驚きで目をこぼれんばかりに大きく見開いている。




