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「で、誰なんですか、あの女の人?」
あたしは……楽屋で「悪堕ちフォーム」と称する世にも馬鹿馬鹿しいエロ衣装に着替えながら、化粧台に置いてる携帯電話に向かって話していた。
『本物の佐伯漣だ……』
「誰?」
音量を最大にしてるんで、師匠の声は……楽屋中に響く。
瑠華ちゃんは、その師匠の一言を聞いて……当然の疑問を口に出す。
『わからん……。だが……警察のデータベースで顔照合をやったら、本物だった』
「何で、師匠が警察のデータベースにアクセス出来るんですか?」
『最近の警察は、そんなモノだ。公安は仕事が無くなって「関東難民」を監視対象にして、組対はヤクザよりタチが悪くなってる。民間人でも金やコネがある人間が、警察の機密情報にアクセス出来るなど、可愛いものだ』
あ〜あ……。
だからか……。
警察より「正義の味方」が頼りにされてんのは……。
「だから、佐伯漣って誰なんですか?」
『広島を実効支配してる「神政会」の幹部なのは確かだが……具体的にどんな地位なのかは不明』
何だよ……それ……。
『警察のデータベースには……危険度SSSの「異能力者」として登録されているが、具体的な能力や経歴や犯罪歴は……最高クラスの機密情報で、警察内に居る我々のSの権限ではアクセス不能』
「あの……それ……超危険い人なのは確かだけど……どんだけ危険いのかは不明って事ですか?」
『ただ……1つだけ、変な情報が有る』
「何ですか?」
『去年の3月のJR久留米駅近辺の壊滅事件の時に……久留米市内から警察官が顔照合をした履歴が有ったそうだ。照合の結果は……本人に間違いなし』
「どうなってんですか?」
『わからん……。何で、ここに来たのかも、何がしたいのかも一切不明だ。ただ、くれぐれも慎重に行動しろ。ニトログリセリンを運ぶ時のように、離婚寸前の嫁の機嫌を取る時のようにな』
「ね……ねえ……まさか……たった1人で……あの事件を引き起したなんて事は……?」
師匠が電話を切ると……瑠華ちゃんが、そんな事を言い出した。
「魔法でも超能力でも……妖怪系の人の力でも……そんなの聞いた事ないよ。駅ビルに大穴あけるとか……しかも、地震まで起きたんでしょ? そんな事出来る人なんて居る訳が……」
居る筈がない。
あんな無茶苦茶な真似を1人の人間の「異能力」でやったんなら……不謹慎だけど、十年前の富士の噴火……あの富士山の形が変り、首都圏が壊滅するクラスの自然災害が誰かの異能力によって引き起されたかも……なんて馬鹿な事まで疑わなければいけなくなる。
もし……そんな事になれば……。
自然災害だと思ってたものが……誰かの異能力で引き起されたモノで……この世の中が……あたし達が……全人類が無事なのは……その誰かが、たまたま、気紛れで人間を生かしておいてやるかと思ってるだけだとしたら……。
全人類を滅ぼさないでおいてやるか……と思ってる誰かが……何かの気紛れで、考えを一八〇度変えたら、あっと言う間に人間が滅んでしまうとしたら……。
全人類が滅ばないまでも……誰かの気紛れで……十年前の富士の噴火みたいな事が……また起きるとしたら……。
居る筈がない。
絶対に居る筈がない……。
もし……本当に居るどころか……そんな人間が居ると信じる人達が一定数を超えただけで……世の中が無茶苦茶になるのだけは確かだけど……どこまで無茶苦茶になるか想像も付かない。




