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第八番歌:しるしなき物思ふ(序・一)

     序

 去年の如月十一日は、(わたくし)の二十回目の誕生日でした。

 誕生日は、おめでたいことなのだそうです。(はな)()さんは、毎年、家族と使用人が一日では食べきれない量のごちそうが出されると話していました。大人が二人入ってもまだ余裕がある金魚鉢に、数種類の果物をスプーンでくり抜いたものと、華火さんが好きな色である緑色の、メロン味のゼリーを詰めて炭酸水で満たしたデザートが、強敵なのだそうです。五段重ねの特大ショートケーキを見せられるだけで、おなかがいっぱいになって苦しいのに、いやにはならない、と嬉しそうに言っていました。全部、叔母さんの手作りだと聞いて驚きました。叔母さんとは、華火さんのお母さんです。私の母と、華火さんのお母さんは、姉妹なのです。体型と性格は対照的ですが、確かに血はつながっています。

 きみえさんは、お父さんが前もって注文していた誕生日ケーキを受け取りに行き、お母さんが、きみえさんの食べたい物を作ってくれるようです。プレゼントは、お姉さんが選んできてくれるそうです。そして、大学では、お友達と、所属している茶道部の方々にそれぞれお祝いされていると聞いています。きみえさんは、どんな人ともお話ができて、仲良くなれるという長所を持っていますので、私の他にも、お友達がたくさんいるのです。きみえさんのお友達を紹介されたことがありました。どなたも、細かいことは気にしない、他人の悪口を言わない、私のような独活(うど)の大木にも厚く接してくださる、素敵な方でした。「独活の大木」の使い方は、合っていたでしょうか。今月に読み始めた本で知った言葉で、辞典で意味を確かめてみたのですが、少し不安です。

 私の家では、誕生日は、特別な日ではありませんでした。365日ある中の、ただの1日にすぎないので、前日と同じように、仕事をして、食事をとって、翌日の準備をして、体を休めます。自宅兼研究所で、父は新素材の開発を、母は食品改良の実験をしていました。兄は、連携をとっている企業のもとで技術を教えた後、論文を書くため自室に閉じこもりました。普段とは違うことをすることはなく、一歳年をとるだけ。それが、誕生日であり、それが、普通だと思っていました。

唯音(いおん)さんのバースデーパーティーをぜひ開かせてください」

 当日、登校前に緒賀(おが)()さんに、声をかけられました。緒賀根さんは、研究所で働かれている研究員です。私が中学校に入学した年に入られたので、長くお付き合いをしています。

「所長と副所長、次期所長はお忙しくて、今までお祝いできなかったんですよね……? 私達有志で、代わりにさせてもらえませんか。ささやかですが」

 二十歳は節目でもありますし、と緒賀根さんは付け加えました。

「学校から帰ったら、第三会議室へいらしてください。貸し切りでお誕生日会をいたします」

 仕事の上での関わりだから、と境界線を引いてきた私は、自分が恥ずかしく思いました。私のことを気にかけてくださっていた、緒賀根さんの心遣いは温かいものでした。

 最後の講義が終わると、寄り道をせずにまっすぐ、迅速に、会場へ向かいました。いつもより一本早い、急行電車に乗っていますのに、まだ自宅の最寄り駅に着かないのか、落ち着きがありませんでした。私としたことが、つり革にカチカチと爪を立ててしまっていました。私が生まれた日を、他人に祝われることが、嬉しかったのでしょう。研究員の方々を、簡潔に他人と言いましたが、家族よりも情が深い人達を、なにか別の呼び方ができないものか、道すがら考えていました。

「唯音さん、ハッピーバースデー!」

 会議室が、絵本で見るような、愉快で優しい部屋に変わっていました。ホイル加工の折り紙が、輪飾りになって壁を華やかにさせていました。小学生が対象の講座に用いる、元素周期表パネルを組み合わせたお祝いの文字には、つい笑ってしまいました。私が、時間が余った際に作っていたカルメ焼きが、お皿に積まれていたことも忘れられません。私の習慣を知っていてくださったのでしょうか。誰かに見てもらえていることに、胸の奥まで温かい水がしみわたるような感覚がしました。

「チャイナ・ブルーです。みんなで唯音さんをイメージして、調合してみました。どうぞ」

 主催者の緒賀根さんが、漏斗に似たグラスをすすめてくださいました。冬でしたが寒さを感じさせない、穏やかにさせる青い液体が注がれていました。私は、のどが乾いていましたので、早速いただきました。


 チャイナ・ブルーを飲まなければ、良かったのです。しかし、過去の私が、この先に起こることを分かるはずがありません。予知能力は、存在しないのですから。グラスに口を付けたところから、私の記憶は曖昧でした。はっきりしてきたのは、会議室が荒れ果てていたあたりです。輪飾りが引き裂かれ、パネルは八割ほどはがされていました。机は列が乱され、椅子は蹴り倒されたのか、横に、逆さまになっていました。カルメ焼きなどのお菓子、軽食は床にこぼれて、原型が留められていません。強盗に入られたのでしょうか。研究員の方々は、私を哀れみを込めた目で見ていました。

「緒賀根さんは、どこ……」

 探していた人は、すぐに会えました。私があまり会いたくない人と、顔をつき合わせていました。緒賀根さんは、気味が悪いほど真っ白な顔をさせて、唇を震わせて、正面にいる方に言いました。

「申し訳、ございません……副所長…………」

 汚い物に対するような冷たいまなざしをした白衣の女性は、仁科研究所の副所長、私の母でした。


 緒賀根さんは、研究所を去りました。母が退職するよう責めたのです。(わたくし)は、母の発言を撤回してほしいと頼みました。言いたいことを上手に伝えにくくなった私は、持てる限りの言葉を使って、親に抗議しました。緒賀根さんは、悪いことをしていません。私のために誕生日を祝ってくださったのです。

「唯音ちゃんが、珍しく一生懸命にお願いしているんだよ。酉乃(とりの)さん、ここは穏便にね」

 所長の父が、母にそのようなことを言っていました。日頃は仕事に専念して、私を養育していない人が、父親役を演じていて、私は血を吐きたくなりました。母はといいますと、誰の意見にも耳を貸さず、考えを貫きました。そして、

「唯音、あなたは今後、一切飲酒をしてはなりません」

 音声ソフトの方がよほどましな凍った声で、母は私に命令しました。母の言葉は、絶対です。口答えをしたり、従わなければ、執拗に叱られます。私は、家族とは長い時間過ごしたくなかったため、最小限の返事をしました。

 二十回目の誕生日以来、お酒は全く飲んでいません。もし一滴でも摂取してしまえば、私は、私ではない怪物になりそうで、怖いのです。お酒を見かけると「飲酒をしてはなりません」が、繰り返し頭に流れるのです。

 四回生の夏休みに、散歩のふりをして、緒賀根さんの行方を追いました。緒賀根さんは、空満市の西端で、酒屋を営んでいました。ご実家を継がれたのですね。私は、気づかれないように観察をしていました。会わなくて構わないのです。緒賀根さんが、楽しく生活されているのですから。






     一

 吉なことが重なる一日だった。天気予報は、全国すべて晴れ。雲と雨、雪だって寄せつけぬ、お日様印がテレビの天気図を埋めていた。一限と二限が六十分でお開き(いずれの科目の先生も、株価を確かめるためだった)となり、三限の「図書館情報資源概論」は意見を求められなかった。四限の「中古文学研究B」は、担当の土御門先生が「やる気が切れた。呑まなやってられへん」と仰り、始まって十五分で終わった。さらに、放課後、研究棟に行くと、日文みな憧れの額田きみえ先輩とお会いできたではないか。

「そうそう、来年の卯月は、私、空高(そらこう)の先生なんだ」

「す、すごいなあ」

 二階の共同研究室まで、お供をいたして候。語彙力の無きいらへは、私、大和ふみかにて候。うわ、このごろ読んでいる連作の歴史推理物の影響をもろ受けちゃっているよ。

「なりたい職業に就けて、私、果報者だよ! 志望動機は最低だけどさ」

「え?」

「ごめんごめん、聞かなかったことで、よろしく」

 額田先輩は卒論の作業、私は二〇三教室の鍵を借りに用があった。先輩、やっぱりすらりとしているなあ。一七〇ぐらいあるよね。唯音(いおん)先輩と二人でいても、差がなさそうだもの。

「ふみかちゃんは、将来考えていたりするの?」

 理知的な広いおでこが、蛍光灯に照らされていた。サーモンピンクの上着は、革製だろうか。先輩のあふれる自信を、引き出している。

「い、いや、まだですよ」

「二回だもん、学業やバイトでバタつくよね。あれあれ、唯音だ。おーい!」

 先を、音を立てずに歩いていた人に呼びかける。ワイシャツに、濃い青にも見える黒っぽいベストとズボンのやせ型の女性だ。酒場でカクテルを供していそうな格好である。

「聴講帰り?」

「……です」

 私より長めの短髪が、かすかに揺れる。唯音先輩は、極端にしゃべれないんだ。言葉の組み立てが、難しいみたい。文章を書くのにも、膨大な労力がいるそうだ。

「日文の授業、ちょこちょこ行ってノートきっちり書いているんだって? まゆみ先生仰っていたよー」

「興味が、あるから……」

「私、化学科の聴講したいんだけど、卒論がね……。あと、ついていけるかなーって」

「きみえさんは、できる……です」

「マジマジ? ほんとほんと?」

 文系と理系は分かり合えないんじゃないかって、思っていたが、この二人には、境界線は引かれていないみたいだ。どうやって知り合ったのかな。四年間、どんな話をしてきたんだろう。私も、日文に入って出会ったお友達―夕陽(ゆうひ)ちゃんと、そうなれるかな。

「それでそれでー、ん?」

 額田先輩は会話を中断して、耳に手を添えた。地面に打ちつける激しい音の群れが聞こえた。歴史文化学科の小作業場になっている、廊下の開けた所にはまっている窓が、濡れている。

「やだやだ、雨、降ってきた感じ?」

 研究棟が滝行でもしているかのように、水をかぶっている。木々が、一斉に折れ曲がりそうになって揺らぎだす。

「最近のにわか雨は、台風みたいで困るよね……洗濯やり直しだ」

「降水確率、〇パーセント……」

「え、えらいことになりましたよね」

 肩を落として歩調が心もとなくなる額田先輩。唯音先輩は、鞄に収めていた大きめの便利な端末をいじって、天気を確かめた。私は、我ながら情けないほどに間抜けな受け答えをしていた。

「これは、卒論をしっかりやんなさいというあれかな」

「おぼし召し……ですか」

「それそれ!」

 空満神道の本殿周辺には「おかえリフレクター」なる、宗教的な結界があったんじゃなかったっけ。内嶺県に雨雲がいらしても、人類のふるさとには無効だという逸話が。まあ、(そら)満王命(みつおうのみこと)にも弱っている日はあるよね。

「失礼しまーす!」

 前向き思考ですっかりはつらつさを取り戻した額田先輩が、元気いっぱいに共同研究室へ入った。

「しんとしているけど、なんかあった……」

 奥にある応接兼休憩間にて、とにかく体の大きな人と、ご利益ありそうな坊主頭のおじいちゃん先生が立っていた。前者は事務助手、後者は「翻刻の翁」こと土御門(つちみかど)隆彬(たかあき)先生だ。

「どうしたんですか」

「……額田かや。ほれ」

 畳んだままの扇を、先方に向けられた。先生の頬が、ほんのり赤くなっているのが気にかかる。

 長椅子を、三人の女子が囲んでいた。皆、日本文学課外研究部隊の隊員だ。左には夕陽ちゃん、右には附属高校生の華火ちゃん。真ん中で萌子ちゃんが頭と手を振って祈禱をしている。

「ふみちゃん、唯音先輩。あんな、安達太良先生がぁ」

 夕陽ちゃんのカーディガンの袖をつまみ、華火ちゃんが前に出た。

「まゆみのやつ、気絶しちまったんだっ。あたしらは介抱中っ。すまんが、言えるこたそんだけだっ」

 日本文学課外研究部隊の顧問・日文二回生の担任である安達太良まゆみ先生が、突然意識を失ったという。華火ちゃんの「そんだけ」の意味は、私と唯音先輩には充分わかっていた。

 額田先輩は、うろたえていた事務助手を励ましつつ状況を訊ねていた。

「医務室に連れていこうとしたら、豪雨でしょうー。僕お手あげよー」

 萌子ちゃんは、長椅子に寝ているまゆみ先生を、空満神道信者として世話していた。「神が、我が子である人間に、自分自身を見つめなおす機会をあげている」という空満神道の「病」ではないことは明らかでありながら。事務助手の不安を除こうとしたのだろう。日本文学課外研究部隊以外の人を、巻き込みたくないから。

「わたしは、時さんと呑んでただけや。冷蔵庫にたまたま『濁酒(にごれるさけ)』があったさかい。安達太良嬢が来たころには、たまたま空いてしもうたんや。運が悪うかったんや。そないにショックやったんかいな。倒れんでもええやろ……」

 土御門先生がしゃっくりをする。酔ったら「ひっく」って言うものなんだ……。日文の先生は、お酒が好きだなあ。

「安達太良先生、おきませんれ~。わたしもおたすけしらす~」

 横の安楽椅子に、滑舌わろしな小太りおじいちゃんがもたれていた。(とき)(すすみ)(せい)先生、ぐでんぐでんだが、一応、学科主任の肩書きをお持ちだ。髪が黒々としており、七三分けができる量である。土御門先生よりもお年を召しているなんて信じられない(還暦越えなんだって)。

「ときときト、コラボっスか☆ 畏レ多クテ、萌子セラフィックダイアモンドバタフライっスよ」

 へべれけおじいちゃんと、ツインテール歌姫にコスフィオレした女子大生が、平癒を祈っているのが……まったくもって奇天烈だよ。お家が大教会、が共通点です。

「ふぬ……、酷い雨だ」

 白髪混じりのおじさん(ロマンスグレーのおじさまやよぉ 夕陽ちゃん談)が、肩をはたきながら来られた。

「本朝は、いつ熱帯の気候になったのかね?」

 共同研究室の扉は二枚の開き戸になっており、片方は錠をかけて固定してある。おじさんは広く厚い胸を張って、自由な方の扉を押さえていた。後に続く人……女性のためだ。

「学内であっても、折りたたみ傘は携帯するべきである」

 傘立てに雨具を差し込み終えて、巻き髪を束ねた女性がおじさんに並ぶ。口調とは不調和な妖艶さを香らせている。

 剛の者みたいなおじさんは、近松(ちかまつ)初徳(そめのり)先生。近世文学担当の教授だ。近世は、文学の時代区分でいえば、安土桃山時代から江戸時代まで。井原西鶴、松尾芭蕉、上田秋成が有名どころかな。

 まさしく「大人な」女性は、近現代文学の准教授・森エリス先生。近現代は、時代区分で最も新しい。明治時代から今、その先も、だね。一般に知られている「日本文学」は、この時代のものが多いんじゃないかな。漱石、芥川、あ、爆薬を開発した人の遺言による賞を受けるかどうかで騒がれている、ご存命の小説家もね。

「諸君はなにゆえ、一所(ひとところ)に…………安達太良さんでないかい」

 憩い場の上座を、痛々しげに近松先生は見ていた。うわあ、私は男前だろう、意識が全開だ。かなりおモテになられているそうですよね……。枯れていない。こっそり「現代版好色一代男」ってあだ名つけてます。

「ほひょ、近ちゃんセンセじゃナイっスかー☆ ラブパワー増シ増シ☆」

「ははは、私も与謝野さんに看護されたいものだね。ナースか……女医さんも()い」

「近松先生、笑えない冗談である。主任、水を」

「すみらせん森先生~」

 お正月とお盆の、親族大集合を想像させるんですけど。陰鬱な雰囲気になるよりかは、ましか。

「ふみかさん……」

 かげろうのごとく儚い声が、耳元に泳いできた。唯音先輩が首を外へと動かす。扇風機の方が、生き物くさいかも。

「猿……です」

 空満だもの、猿の一匹や二匹は普通でしょ。熊も下りてくるんですよ。う、地元だったか。ごめんなさい。先輩は視力が高いから、えらい雨が降っても、

「ほ、ほんとだ」

 猿だ。猿が、木に乗っかっていた。私たちをのぞいている。

「真っ白ですよね。色素が薄い……え、えーと、アルジャーノン」

「アルビノ……」

 平淡に正されちゃった。強調してくださっても、いいんだけれどなあ。

「毛が、濡れていない……です」

 目を凝らしてみれば、雨水に打たれていなくもない。猿がいる木だけが、まっすぐだし。さては、おかえリフレクターを……あほか。

「奇妙すぎて、神がかっていて、しかも白い」

「まゆみさんの、力……ですか」

「ですよね」

 気を失われていらっしゃいますし。下手人確定でございますよ。

「猿の元へ、行かなきゃ」

 唯音先輩の瞳が、やや揺らいだ。問いかけようとしている時のしぐさだ。

「うまく外に出られる方法があるのか、で合っていますか」

 頭が上下に振られた。先生方、事務助手と額田先輩に怪しまれずに出動するには、だね。

「なんとかしてみます」

 …………ひと芝居、打ちますか。どうか、切り抜けさせて!


「て、てえへんだあ」

 皆の注意が、私に集まった。文学PRで鍛えられたのどが、こんなところで活かされるなんて。

「てえへんだ、てえへんだあ。唯音先輩が、C号棟にヒロイン服を忘れたんだって。ヒロインに変身しての日本文学課外研究部隊だってえのに、残念だあ」

 かわら版売りの語りになっているのは、読書中の小説に登場しているから。お気に入りの、地味な狂言回し役なんです。棒読みだが、ちゃんと聞いてもらえている。

「せやなぁ。雨やろうと雪やろうと槍やろうと、ユニフォームには袖を通さなあかんわ。安達太良先生にきつう言われてるもん」

 お、夕陽ちゃんが察してくれた。土御門先生にやたらと目配せしているのは、……なるほど、素晴らしい。参謀はひと味違うや。

(きん)(りつ)金科(きんか)っ、絶対(ぜったい)遵守(じゅんしゅ)っ、回収するしかねえだろっ!」

 華火ちゃんが出入り口に控える。俊足で一番乗りだ。ちゃっかり二〇三教室の鍵を手に入れている。でかしたよ。

「ヒロインズ出陣デスな、レッツゴー☆」

「やめなさい」

 C号棟へ走ろうと(いう体で)した、華火ちゃん、萌子ちゃん、唯音先輩、私、夕陽ちゃんを、近松先生が止めた。

「危ない真似をするでない。天候は荒れているのだよ、お嬢さん達」

 紳士な心の遣いどころじゃありませんてば。んもう。

「団子ニなレバ、吹キ飛バサれまセン。許可プリーズっスよ」

「せぬよ。可憐な乙女を雨風にさらわせるまい」

 ひえー、やめて、さぶいぼができたんですけど。あの唯音先輩まで、お顔を覆われているよ。録音して聞き直したうえで反省会してください。

「はあーあ、甘い、甘い。甘あて胃もたれしますぞ」

 孔雀が羽を披露するよう優雅に扇を広げて、ひとりの翁がゆるりと歩んだ。

「何だね?」

「そちは、娘らの、真の強さちゅうもんを分かっとりませんな」

 あごひげをもてあそびながら、助け船はふぉふぉふぉと笑った。

「乙女にはな、譲られへんことがあるんや。色男の看板は、錆びとるのかや?」

 ぐうの音も出ない近松先生。夕陽ちゃんの一手が決まった。私たちがやろうとしていることが何かを理解していらっしゃる唯一の人物、土御門先生だ。

「いや、しかしだね……」

「はああ~い、かまいらせんよ~」

 うとうとしていたはずの時進先生が、ご機嫌になって仰った。なお、枕代わりだった分厚い本の題名は『世界のお酒大全 激・最新版』である。

「主任としれ、命じま~す。土御門先生は~、日本文学課外研究部隊の臨時顧問になっていたらきら~す。う~い」

「時進さん、酔った勢いで命じられてもだね」

「主任命令には、従うべきである」

(もり)(くん)もなのかい…………。ならば、好きにしたまえ」

 あっさり(なのかは定かではないが。すねている裏返しか)折れて、近松先生は水屋へ退かれた。

「ふぉっふぉっふぉっ! 異議無しですな」

 毛筆書きの「雅」が特徴の扇が、土御門先生にひらひらさせられる。宮中に伝わる踊りなんだそう。華族は当たり前にできるんだってさあ。

「臨時顧問・土御門隆彬が指令や!」

 お酒が入っていても、役目はばっちり果たす。翁は「雅」で、五人の娘に道を示した。

「ヒロインとなり、ついでに文学魂で嵐の源を鎮めい。行きなされ、『スーパーヒロインズ!』よ!!」

『ラジャー!』


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