第十一番歌:八雲たつ アダタラマユミ(四―一)
四
研究棟屋上に、ふみか、唯音、華火、夕陽、萌子が集った。十五時五十七分と四十二秒、隊員専用の通信機は一様にデジタル式で時を刻んでいた。
「先従隗始っ、呼びつけといて本人来てねえって、どーいうこった」
「オ仕事デ、スケジュール過密なんスよ。センセですカラ☆」
招き猫のジェスチャーをしてみせた萌子に、華火は唇をとんがらせた。
「まゆみ先生なのかな? 変身させないで活動って、らしくないというか」
先ほど図書室で借りた文庫本を開きかけて閉じ、ふみかが言った。変身とは、彼女達「日本文学課外研究部隊」がユニフォームに着替えることである。
「うちも、あれ? て思てたわぁ。二〇三教室の貼り紙にお名前書いてはれへんかったやろ?」
「…………です」
柵に両の手を乗せて、夕陽はキャンパスを眺めていた。折り返したカーディガンが暖かそうだ。唯音はというと、いつになく落ち着きなさげに辺りを見回してばかりいた。
十五時五九分ちょうど、扉が軽快に開いた。
「ごめんねー! ぎりぎりになっちゃった」
「まゆみ先生」「まゆみさん……」「まゆみっ!」「安達太良先生」「まゆみセンセ☆」
白いスーツとストラップヒール靴、銀の弓のペンダント、切りそろえられた短髪。日本文学国語学科の准教授、日本文学課外研究部隊の顧問および司令官、安達太良まゆみの御越しだ。
「来いっつっといて、べったとかねえだろよ。べったらまゆみ」
「べったら漬け、キムチ、お水を抜いてカレーナンバーワン! 私の名前は、安達太良まゆみ!」
お約束のやりとりをこなした後、
「あらー。私は『来い』っつっといていないわよ? てっきり、隊長の大和さんが提案したんじゃないかしらと」
「え、わ、私してないんですけど」
「朝に貼ってあったんを、ふみちゃん、いえ大和さんと拝見しましたけれどぉ……『十六時、研究棟屋上に来られたし。変身不要』て」
続いて萌子がジャンピング挙手なるものをして、
「萌子、はなっちにメールもらッタんスけド、まゆみセンセ発信ト伺イまシタよ? ガチでセンセじゃナイんスか? はなっちハ嘘ツケまセンし」
「あたぼうだろっ。変身いらんってこった、文学PR活動はしねえのかってな。あたしは姉ちゃんが教えてくれたまんまにメールしたぞ」
「むひょ? いおりんセンパイの悪戯っスか?」
「姉ちゃんが、んな悪逆非道なことするかってんだ。そーだろ?」
唯音が細い息をはいた。
「私は、掲示物を、見た……」
まゆみ先生が、きょとんとされた。
「ん? それじゃあここに集合と誘ったのは、だあれ?」
スーツのポケットから、四つ折りにしたA4用紙を展げる。活動場所の二〇三教室に貼ってあった物だ。隊員達が寄せ合って文面を確かめた。
「パソコン打ちじゃねえかよっ」
「ゆうセンパイが言ッテたみたイニ、ノーネームっスね」
「私は筆ペンよー。ちゃんと結びに名前を入れています」
「ちょ、ちょっと、だったら……私たち、どうして集められたの?」
「うち達にご用があるんか、困らせたかったんか……」
静かに紙を凝視していた唯音が、深刻の衣を着せて物を申した。
「罠……ですね」
湖面のような瞳が波たち、まゆみ先生を映した。そして、手を突き出し、映した人間を押し飛ばした。
「姉ちゃん!?」「いおりんセンパイ!」
寡黙だが冷徹ではないはずの唯音が、なぜ。華火と萌子は、若すぎるため深奥にあるものを読みとれなかった。
「ふう……、寿命縮みそうでしたよ」
「先輩、抱えこまずに仰ってくださいよぉ。先生、痛いところはありませんかぁ」
心を「ことば」で表現したものをより深く読む学びを受けて二年目のふみかと夕陽は、理由が潜んでいることを察していた。二人が受け止めたおかげで、顧問はどこも打たずにすんだのだった。
「つつがなし、よ。仁科さん、私を助けてくれたのよね?」
顧問の問いに、青白い顔が、かすかに動いた。
「まゆみさんが、狙われている……です」
当初、まゆみ先生が立っていた地点に落ちていた物を拾って言った。つまめるぐらいの紅色の玉だった。
「鉄球っスか!? リアル東郷どんガ狙撃ヲ!?」
「ビー玉だよ、萌子ちゃん。おはじきの横にだいたい売られているものに、こういうのあるんだ」
「あっぱれね、大和さん。赤い閃光、おはじき名人!」
「ふた言、余計なんですけど」
ふみかの古い別名はさておき、ビー玉を先生に撃ったのは何者か。
「暗殺するにしちゃ、頼りねえ弾丸だよなっ。だけどよ、ヘタすりゃケガすっぞ。早撃ちだったんだろ?」
「まゆみさんを、ずっと、見ていた……です」
唯音は、いち早く殺気を察知していたようだ。
「犯人は、まだ、ここにいる……」
「そんなら今度は、あたしらがご挨拶やってやろうじゃねえかっ!」
華火が、スカートにしのばせていたピンポン球を三、四個指の間にはさみはじめた。唯音は追従して、ベストの裏に引っかけていた、三角形をつなぎ合わせた意匠の、コード無しドライヤーみたいな物を構えた。
「姉ちゃんっ、そいつはどこにかくれんぼしてんだっ!?」
「四時の方向……です」
「よっしゃ!」
華火は、ピンポン球を投げた。発明が得意な唯音が、護身のために作ってくれた、小型花火である。威嚇用のものの、戦いにおいてはすさまじい破壊力を振るった。
「焦熱地獄っ! 首は、はなび様が取ってやらあっ!」
が、常磐色の炎はあがらず、通常の、火花だけがパチパチさえずっていた。
「なっ、弱っちいじゃねえかっ!」
「華火さん、下がって……です」
三角形のドライヤーを目標の方角に向けて、唯音が前に出た。これも、彼女が発明した護身用の武器、空気砲を応用したピストルだ。
引き金を寄せ、薄い青の空気弾を放つ。戦いの際は、法則をねじ曲げて標的を貫いたり、傷を負わせたりできるのだが……、
「普通の、空気砲……ですか」
おそらく標的が身を隠しているだろうところまでは届かず、景色に溶けた。
「変身してねえからかっ? たかが服一着でっ!」
「圧力、速度を、調整する……」
新たな花火玉を持ち、銃の調整ダイヤルを回す二人に、赤い直線が走った。
「いてっ!!」「……!」
華火の指から花火玉がすべり、唯音は痛みについ反射で銃を手放してしまった。二人の足元には、常磐色の玉の他に、あのビー玉が一個転がっていた。
「油断大敵っ、こいつ荒事に慣れてやがるぞ」
ふみか、夕陽、萌子がうっすら汗を垂らし、まゆみ先生に背をみせて囲む。
「萌子のマキシマムザ・ラブビーム☆ デ、あブリ出シテあげマス☆」
「防御は任せてや。うちのリボンで、バリアを張るわ」
萌子が黒髪を払いあげると、隠れていた腰に杖が差さっていた。アニメ「絶対天使 ☆ マキシマムザハート」の初期天恵聖物「麗しのカムパネルラ」という杖は、頭部が、星と天使の羽で飾られた大きなハートの、ピンク色の少女趣味満載な武器であった。夕陽は、栗色のふんわりうねった髪に結んだ黄色いリボンを相手がいると思われる方へそよがせた。共に戦う親友の武器に並ぶよう「結び玉の緒」と愛称がつけられた万能の髪飾りだ。
「ねえ、スーパーヒロインズ! って、『をこ』なの?」
明らかな侮蔑が、空に響もした。次いで派手な笑い声が六人の聴覚をかき回した。
「皆、菊池寛の『形』を読んだことないの? アヅサユミに引かれたわりには、ヒロインのこと、なんにも分かっていないよね」
黒縁メガネのつるを押さえて、夕陽が怪訝な顔をした。
「ふみちゃんの声を借りてるん? そうやないな、似せている……ゆうんやろか」
それを聞き、華火が歯をきしらせて、
「ふみかを自信過剰にさせた、偽物の声だっ。あたしらを草木皆兵させてえのか知らんが、だまされねえぞっ!」
ポニーテールも彼女の感情につながって、逆立ちそうだった。ふみかに似せた声は、しばしけたけた笑って、冷たい調子に変わった。
「じゃあ、守ってみせてよ。先に現実を突きつけておくけれど、あなたたちが戦えるのは―ヒロインに変身した時だけだから」
紅色の光線が五筋、等間隔に並んでまゆみ先生の頭上めがけて下ろされた。コンクリートに、物騒な鈍い和音が響いた。
「へえ……皆、仲良しなんだね」
まゆみ先生に指一本ふれさせぬよう、ふみか達が立ちはだかって横に長い壁になった。五人の数センチ前に、底がひび割れかけたビー玉がそれぞれ地に着いていた。
「どっちが降参するか、勝負しよう! 私は負けないけれどもね!」
ビー玉の流星群が、襲い来る。日本文学課外研究部隊は、屋上のすみずみまで使い、押しくらまんじゅう・鬼ごっこ・かけくらべをする。もちろん、たとえである。フォークダンス、にすれば洒落ていたのかもしれない。ガラスが原料の弾が無かりせば、平和な遊びにならまし。
「こっちだ、まゆみっ!」
「三時の方向へ、下がる……です」
「センセ、萌子ト全力デ退避っスよー!」
「伏せてください、先生!」
「あ、危ない!」
隊員に上着の裾をつかまれ、腕を引かれ、肩を組まれ、覆いかぶさられ、背を押され、司令官に息つく暇は乞うたとしても許されなかった。赤い縦縞の間を通り抜けながら、司令官は夕空を見据えた。
「私にご用なのでしょ? だったら彼女達を逃がしなさい」
気丈な物言いに、ビー玉の少女はつまらなさそうに答える。
「だめだよ。そんなことしたら意味ないもの。面白味に欠けるし」
「面白味のためにやるには、度が過ぎているわよ」
「教師面しないでくれるかなー。さあ、ヒロインズ、この状況、ひっくり返してみてよ」
挑発だ、むきになっちゃだめ。ふみかは心の中で自らに言い聞かせていた。けれども、自分の偽者の声に沸きたつ気持ちは、食い止められずにいた。
「こういう時に、奇跡を起こせられるのなら……」
赤いパーカーの腹部ポケットにしまっている円い武器は、なぜかひんやりしていた。戦闘のけりをつける時は、魂が宿っているみたいなのに。
「てっ!」
「はう……!」
出入り口側で華火が、反対の柵側で夕陽が倒れた。
「ビー玉なんざに足をすくわれるたあ、咬牙切歯っ!」
上体を起こし、足首をおさえる華火。外されて用済みになったあまたの紅の玉が、思わぬ伏兵になって相手にひと泡ふかせたようだ。
「はぁ、はぁ……あかん……しんどい、かも、しれ……へん……」
呼吸が乱れて、うずくまる夕陽。五人の中では基礎体力が低く、ふっくらした体型の彼女にとって、激しい運動だった。走るのに不向きな丈の長いスカートが、からまったせいもあるだろう。
「おおー、二人脱落させちゃおうっと!」
まだ立てない華火と夕陽に、無情な流れ星が落ちる!
「華火さん…………!」
「サセまセンよ!!」
唯音と萌子が、身を投げん勢いで駆けた。華火は唯音に抱きかかえられ、夕陽は萌子に地面からはがされた。
「もうやめてよ、イタいから」
これまでの直線よりも太いものが、二組に飛んでいった。いずれも命中し、四人は床に叩きつけられた。
「四つ一組で発射したんだ。当たってくれて、やったねー」
「……やめてほしいのは、そっちだよ」
ふみかが、手をパーカーのポケットへ乱暴に突っ込み、円く平たい武器を引っぱってきた。おはじきにもできるパッチン留め「ことのはじき」だ。
「大和さん、怒ってはダメよ」
後ろにいてもらったまゆみ先生の忠告に、ふみかは毅然としていた。
「怒ってなんかないです。大丈夫、皆は私が守るから」
脈拍に合わせて、「ことのはじき」が温まってゆく。やれる、反撃ができる気がする。
「やるんだ。変身していなくても、奇跡は……きっと!」
大学生になる前のふみかには、こんな夢見がちなことを言葉にしなかった。考えもしなかった。ヒロイン・ふみかレッドに変身して戦ってきた毎日が、彼女を強くさせたのだ。
「やまと歌は、天地だって動かせる! ふみかシュート!!」
手のひらの「ことのはじき」が、大和ふみかによって弾かれる。ふみかレッドみたいに、緋色の閃光は放たれなかったが、髪飾りは、止まない紅い玉の雨のひと粒を払った。
「できた!」
「……だから、変身しないとまともに戦えないんだって」
異様に低くなった偽者のふみかの声と共に、夕陽達を傷つけた四発一組が、大和ふみかの横腹を殴った。
「うっ!!」
「大和さん!」
吹っ飛ばされた教え子に、まゆみ先生はヒール靴が折れても構うものかと走り寄った。
「すみ、ま……せん、私、無理だ、った…………」
痛みに耐えんと抗うふみかに、まゆみ先生は休むよう促した。
「いいえ、謝ることはないわ。ありがとう……」
できるのなら、唯音、華火、夕陽、萌子もこちらへ連れ戻して、我が身を的にしてでも解放してやりたい。しかし、ここで倒れては、かばってくれた五人の真心に背いてしまう。
まゆみの決断は、早かった。
「大和さん、仁科さん、夏祭さん、本居さん、与謝野さん。私が、覆すわ。大事な学生を巻き添えにしたこと、許すまじ!」
ビー玉の村雨に、安達太良まゆみは堂々と立ち、和歌を詠んだ。
「火詠・巻第十五・第三七二四番歌! 君がゆく 道の長手を 繰り畳ね 焼き滅ぼさむ 天の火もがも!!」
まゆみを中心に、焔が荒波のように場を喰らいつくす。その色は、自然でも人工でも創りだせない、純白。散らかっていたビー玉は、溶けて飴状になり、熱風が吸い上げて掃き清めた。
「うそ、うそだ。勝つのは私、私なの!」
太い赤線が、まゆみを真っ二つに切りかかろうとするも、屋上にくねる焔がゴムのように伸びて、防ぎ、線を抹消した。
「何なの、反則でしょ、それ……」
「反則じゃないでしょ。私達をおびき寄せて不意打ちをしてくれたあなたに、戦法をとやかく言う筋合いはないわ」
あまりのまぶしさに、ふみかは目を覚ました。周りが白く、焼けそうで、顔を上げられない。そばには、遠くにいたはずの仲間が横たわっている。まさか、先生が「特別な力」を……!?
「あらー、起こしちゃったかしら……」
「え、ま、まゆみ先生?」
力を発動している間は、眠っているのでは? どうして、お元気な姿でいらっしゃるのか。
「なにも口外するものじゃないものね、説明するわ」
まゆみ先生は、いつもの太陽のような笑顔で話した。
「これは、詠唱。望みを叶える術『呪い』の一種よ。私は、あなた達を助けるために『萬葉集』の歌を詠んだ。火の力で災いをねじ伏せて、あなた達に安全なところをこしらえたのよ。安心なさいな、その火は、私とあなた達は燃やさない」
ふみかは、開いた口をふさいで、試しに焔を触ってみた。ふみか達と先生を仕切っていた真っ白な火は、熱くなかった。まるで雲をつかんでいるみたいだった。
「世界には、現実の境を超える物事があるのよ。広く『奇跡』と呼ばれているわね。『奇跡』は、神様の特技とは限らないの。今は納得できなくとも、いずれ分かるわ」
学級の集まりで、講義、課外活動、それ以外で、まゆみ先生に会ってきた。明日の活動、しあさっての「日本文学講読A」、来月の日本文学・国語学演習ガイダンス、その先、卒業まで、先生と顔を合わせるだろう。だけれど、嫌な予感がふみかの背筋を逆さまになぞるのだ。明日、ここにいらっしゃる「まゆみ先生」には、もう、会えないのではないか、と……。
「御託はどうでもいいから、さっさと負けてよ!」
ビー玉の少女が露骨に苛立ち、四発……いや、八発まとめた攻撃を、安達太良まゆみにしかけた。線が太くなりすぎて、柱に進化していた。まゆみは、案ずることなく、むしろ真理に至った様子で、紅色の柱を迎え入れようとしていた。
「そして、これは、私があの日に科せられた力―」
聞き間違いであってほしい、ふみかは願った。起き抜けに耳にした夕陽、唯音、華火、萌子も、同じく祈った。むなしくも、次に紡がれた言の葉で、その可能性は絶たれた。
「やうやく、私の記憶がまほなるものになったの。十二年前の行いと、償いを」
十二年前、まゆみは、父を蘇らせた。安達太良家の先祖、神アヅサユミの力を借りて。喜ばしい奇跡だったが、人の命を操ることは、人間の道を外れた行いであった。
まゆみの父は、奇跡を拒み、あるべき所へ帰った。「人を外れた行い」をしたまゆみには、「特別な力」を宿され、人と人ならざるものとの間にて生き続ける苦しみを科せられた。
神無月を始めに、スーパーヒロインズ! が解決してきた、日本文学の様々な時代の作品にちなんだありえない現象を現世に「引き」寄せ、「引き」起こした、神の座に限りなく近しい力―。
「矯むことができなくて、あなた達には負担をかけたわね。もう、心配いらないわよ。アヅサユミを使役し、命を意のままにした報い、この『引く』力、善きことに行使する!」
やめて! いけない……! もういいっ、たくさんだっ! 先生あきません! ストップ、ストップっスよ! 五色の声が、異様な焔に混じってこだまする。白さが常軌を逸していて、銀の光を帯びていた。
焔を越えた先に、神には及ばぬが人には納められない者が、朗々と唱えた。
空ニ満ツ アダタラマユミ 矢ヲ番ヒ 萬引キ引キ 言霊ムスブ!
空が白い雲で満たされ、雲より降る無数の白い矢が、紅の柱の行く手を阻む。矢は、コンクリートの地面に刺さり、続く矢が、先に着いた矢を裂いて鏃のあたりで止まり、また次の矢が、さらにその矢を裂いて止まりをして、曲線を形作った。曲線が八本できると、激しく光り輝き、肉の体に化けてうごめきだした。
赤いほおずきのような目玉、身はひとつであるが、頭と尾は八つ。体表に木々は生えていなく、谿八谷と峡八尾の長さではないものの、一から八の数字がふられており、五十メートルプールぐらいの高さはあった。お腹は、塩素の刺激臭香る水色のペンキでただれていた。
「ふうん、八岐大蛇を引いたんだ……。だからって、思い上がらないでよね!!」
ビー玉の少女は強がりでごまかしたつもりだろうが、焦りが見え見えだった。
「観念なさい」
八岐大蛇は、まゆみの前に荒ぶりはしなかった。主の望みを叶えるべく、八個かたまっていたビー玉を噛み砕き、粉々にした。災いの葉である紅色の柱は、あっけなく崩れ去ったのだった。
「うう……私が、負けるわけ」
大蛇が八本の尾を曇天へ振ると、災いの根だった少女の声がわなないた。
「きゃあああああああ!」
人型が、尾に放り投げられ、白い空に添える星となった。
「成敗できたわ…………ね……………………」
安達太良まゆみが気を失うと、八岐大蛇は白銀の泡になって消えた。空は未だ、晴れないままだった。
「……まゆみのやつ、記憶戻ったっつってたな」
覇気の無い表情で、華火はかすれ気味に言い、咳払いした。唯音がそばで、弱々しくうなずいた。
「力をコントロールされてはったなぁ……」
「心スタンバってナイ状態デ、ソレはキツいっスよ。萌子、ツイていケまセン……」
まゆみの寝顔に、垂れ目をいっそう下げる夕陽。萌子は、膝をついてうつむいていた。
「教えてよ、まゆみ先生……。先生は、先生でいてくれるんだよね?」
誰も答えられない質問が、雲の群れにしみた。ふみかの手には、奇跡を起こせられなかった「ことのはじき」が握られていた。




