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霜月に参る 序



 光陰が、霜月十日の的を射貫き、その先の的へ着実に進んでいた。



娘子(むすめご)よ、娘子よ】

 初めて耳にしたような、でも、聞き慣れたような、どうだったか戸惑う声に呼ばれた―そんな気がした。

【娘子よ、神無月に集ひし、五色五人の娘子よ】

 男の人のものにも女の人のものにも思えるし、幼いように、若いように、老いたようにも感じられる、魔法みたいな声の色だった。五人ということは……そっか、私だけじゃないんだ。他に呼ばれた人が誰なのか、私には分かる。当然だけれど、その人たちにも。


 神無月、私たちは、安達(あだ)太良(たら)まゆみ先生に(いざな)われ、(そら)(みつ)大学にて「日本文学課外研究部隊」として放課後、活動することになった。

 その活動とは、「世界に誇れる日本文学を、講義以外でも読み解き研究し、さらに日本文学を広める」なんだけれど、ただの文学勉強会、輪講みたいなものではなかった。教室を出て、キャンパスの各所で「文学PR活動」をしてきたんだ。古典や小説の寸劇、短歌や俳諧の発表会、図書館の特集を提案したっけ。文学に登場した料理を再現したり、銀河鉄道の模型を家にある物で作ってみたりもやったなあ。


「ひと月って早いよね……」

 帰宅部だった一回生の去年から進級した今年の長月までは、牛車でのんびりお散歩な感じだったのが、蒸気機関車に乗り換えてびゅんびゅん飛ばしているんだもの。私の大学生活も文明開化したものだよ、あはれ…………じゃなくて。

「どうして私が、こんな所に」

 床に就いていたんだから、寝間着(母が安売り市で勝ち取った赤い花柄のパジャマ)なのはしかたないとして。ここは、どこよ。空に浮かんでいるんですけど。夜更けの茄子紺と、朝焼けの杏色が二層になりながらも、少し重なっていて、きれいなのはきれいだ。

「早朝ドッキリにしテハ、ファンタスティックっス☆」

 うわあ、まぶしい。いや、服装がね。最近の女子が好むという、綿菓子のようなもこもこ素材のルームウェアを、黒髪の美少女が、カワイく着こなしていた。

 彼女は、与謝野(よさの)・コスフィオレ・萌子(もえこ)ちゃん。アニメ「絶対天使 ☆ マキシマムザハート」の主人公に傾倒し、コスプレ、(ポエム)、童話いろいろ大好きな、空満大学文学部日本文学国語学科の一回生。来月十九歳になる、私の後輩だ。

「レジュメ作るん終わってきりがえぇから、早めに寝てたんやけどぉ」

 暖かそうだなあ。簡単に描かれたとら猫の顔がいっぱい並んでいて、癒やされる。都会に住んでいると、着ている物まで魅力たっぷりだよね……。

 大都市・泰盤(たいばん)市に暮らし、そこの方言でしゃべる彼女は、本居(もとおり)夕陽(ゆうひ)ちゃん。驚くべきほどの記憶力と豊かな知識を持ちながら、奢ることなく努力し続けている、空満大学文学部日本文学国語学科二回生。先月二十一歳になった、私の……親友だよ。

「残念無念っ、できたてのたい焼き食べられるとこだったんだぞっ! 正夢にしたかったのによっ!」

 え、えーと、浴衣ですか? 年中半袖の体操服で、大の字になってお休みしていそうな図が灰になっちゃったよ。六角形みたいなのは、麻の葉柄っていうんだったかな。

 彼女は、夏祭(なつまつり)(はな)()ちゃん。小柄だけれど、実は葉月に十八歳を迎えた、空満高校の三年生。古典は苦手だって言っていたけれど、入隊して授業で当てられてもちゃんと答えられるようになったらしい。机に向かうよりも体を動かすことが大好きな、皆の妹分だ。

「法則、無視されている……です」

 どうしてつなぎなんだろう。実験か発明の合間にうとうとされていたとか? 胸に仁科(にしな)研究所って札が付いているし。実家のお手伝いだったのかもね。

 寡黙な背高のっぽの彼女は、仁科(にしな)唯音(いおん)先輩。来年の如月に二十二歳の、空満大学理学部化学科の四回生。化学者でもあり小説家でもあるお祖父さんみたいになりたくて、文学PR活動を通して日本文学を学んでいるよ。たまに面白い物を発明する、皆のお姉さんだね。

(かしま)しい、静かにせよ】

 課外活動にできたくせで、五人は横並びの一列になって気をつけをしてしまう。風の音だけになると、真っ白な毛をした立派な猪が目の前に姿を現していた。

「てめえ、こないだの山の神っ!」

 こら、華火ちゃん、神様に指差しちゃだめだって。

「再戦挑もうってのか? ならお望みどおりやってや」

【過ちなり。早飲みすな】

 懐の広い白猪は、短く諭すのみにとどまった。

「また会ったね、神様」

 私の声に、猪は水晶玉のような目をいっそう澄ませた。

 私たちを集めた白い猪は、神無月の晦日(つごもり)に戦った相手だ。『古事記』、『日本書紀』に登場する、(ヤマト)(タケルノ)(ミコト)に祟った、山の神様だよ。まゆみ先生の命をめぐって、皆で知恵と力をを合わせて倒したんだ。

【吾は、夢を渡り、(いつ)の夢を結び、降り来た】

 あ、夢の中だったのね。びっくりするほどのことじゃないや。現実のように意識があって、しっかり会話できているのは、普通は珍しいことだよ。でも、それ以上に珍しいというかありえないというか、おかしな事には慣れっこだから、気にしなくなっちゃった。

「神様が、どないなご用でいらっしゃったんですかぁ?」

「ゴ託宣っスよー☆」

 眠りに入っていても、にぎやかな萌子ちゃんが空に跳ねる。ちょっと、どさくさにまぎれて夕陽ちゃんの胸を揺さぶらないの。同性でも許されないことがあります。

「神サマが夢ニおいでニなル、トいエバ、ゴ託宣じゃナイっスか☆ 一生ニ有ルか無イかデス、オラクル ☆ ミラクルっスよ、生きテテ良カッた、ひゃほーい!」

 (そら)(みつ)の地発祥の宗教・空満神道の信者である萌子ちゃんは、それはもう信仰心が篤い、大教会の娘さんでありまして。神様には、初詣にお願い事するだけの私には、お告げをいただけるのはありがたいってことが、とんと分からないんだよなあ。

「んなわけねえだろ、よさのあきこっ。わざわざ話しに行くたあ」

【左様】

「マジでっ!?」

 口をあんぐりさせる華火ちゃんに、萌子ちゃんはこぶしをきゅっとしめてみせる。ちなみに与謝野明子は、萌子ちゃんの本名です。残念だよね、日が三つの方じゃないもの。

二言(ふたこと)あり、訊け、聞け、聴け】

 唯音先輩以外、列が乱れていたので拝聴する態勢を整える。先輩……寝ていらっしゃらないよね? 呼吸はされているようだから、生きているのは確かだ。

【一つ、アダタラマユミが宿す(こと)なる力の事】

『!!』

 動揺を隠せるわけがない。私たちの顧問には、ご本人だって気づかずの秘密があった。まゆみ先生の持つ「特別な力」が、よしなき女子学生の日常を、戦いへと「引き」ずりこんじゃったんだ。

 日本文学課外研究部隊には、もうひとつの名前がある。


  スーパーヒロインズ!


 戦隊もの好きな顧問が考えた愛称のはずが、本当に戦うことになるだなんて。いわゆるなんとか戦隊は、悪の組織から市民を守って、野望を阻止するでしょ。しかし、スーパーヒロインズ! の相手は、世界の害になる存在に比べたらたいしたことないんだけれども、放っておいたらまずいものなんだよね……。

 私たちが倒すべきもの―まゆみ先生が持つ「特別な力」が生み出した超常現象。先祖の神、アヅサユミにお父さんを蘇らせる願いをかけたがため、償いとして、あらゆる物事を「引く」という「特別な力」を宿してしまったんだ。使い方しだいでは恐ろしいこの力、幸か不幸か、先生は力を宿していることはご存知ではなく、なおかつ、使いこなせず暴走させている始末。先生が深い眠りにつき、白い雲を「引き」連れて、異常が「引き」起こされる。力を起こす「引き」金が何であるのかは、明らかになっていない。

【殊なる力の勢い、増したり、心して戦え】

 (きのう)(あした)(はざま)を思わせる虚空に、山をもなでられそうな風が吹く。私は、神様のすぐそばにいるのか……。あの山の卯の花、雪の色は、こちらに(いま)す猪が生んだのだろうか。

【アダタラマユミを止められる者、五色五人の娘子のみ―】

「理由は、何……ですか」

 長細い腕を天高く上げて、訊ねる唯音先輩。気になることは神様にも普通に問える理系女子。動機の半分は皆を代表して、と信じたい。

【汝らに、種、蒔かれき、蒔かれし種、芽吹きて育まれたり】

「種ハ、才能ミタいなモノっスな!?」

 白猪の鼻から、ゆるやかな息がはかれた。

(たが)えてはおらぬ】

安達(あだ)太良(たら)先生の力を抑えられる才能が、うち達に偶然あったゆうんですね。いただいたからには、フルに活用せぇへんとあかん」

 夕陽ちゃんは、いつだって真摯に取り組んでいる。私も見習いたいけれど、荷が重いなあ。あなたは選ばれた人なんです、なんていきなり言い渡されても、すぐに意識が変われるような、高い志はあいにく、ね。

 これまでに、スーパーヒロインズ! は、『萬葉集』の野守、百人一首の坊主ども、『徒然草』の猫又、『蛙合』の蛙軍団、『檸檬』の画集を積まれてできた塔、白猪などとの戦闘を経験した。いずれも日本文学に関する相手だった……『竹取物語』、『若菜集』もあったな。楽に倒せるものじゃなかったが、文学的な作戦で乗り越えてきた。大丈夫、どれだけ先生の力が強まっても、負けない。

【一つ、アダタラマユミに、兆しあり―】

 砂を雑にかき混ぜられたみたいな、耳障りな音が神秘的な空を汚す。先生の身に、何かが起こったようだけれど、続きが、まったくもって聞き取れない。白猪も、伝えようとしているが、ざらざらした音に邪魔されて、思い通りにできず。

【―守れ、護れ―】

 とりあえず、先生を守り抜けばいいんだね。でも、何から……? 先生が狙われているっていうの? 特別な力が、原因なんだろうか。

【―れ―】

 白猪を、あきれるほど暗い、黒々とした雲が隠した。助けにいこうとしたが、私たちの手足に、黒い雲がまとわりついて、動きようにも動けなかった。

「待って!!」

 茄子紺と(あんず)色が、雲の墨に場所を奪われてゆく。夕陽ちゃんが、唯音先輩が、華火ちゃんが、萌子ちゃんが、離ればなれになって、夢が断ち切られてしまった。

「誰なの、こんなことをして…………!」

 前も後も暗転している中、意識があるうちに雲に訊ねた。だけれど、答えてくれるよしも無く、目覚まし時計の甲高い音に全部持っていかれたのだった。



「…………後味悪くて、爪痕残すなんて、あぢきない夢だよ」

 毛布を折り返したまま、居間へ下りる。カスタネット、家においてあって助かった。弟よ、たまにはいい働きをするじゃないか。自室の押し入れに物を溜めて放置してくれたんだから。拍子を取るだけのお役目だ、地味なことこの上ない、いとうれし。一、二、三を繰り返すんだよね。音楽は中学校までだったから、演奏が決まったその日にアルバイト先で『おたまちゃんとおぼえよう! かんたんカスタネット』を貸してもらって練習したよ……。

「今日、まゆみ先生の誕生日だからね」

 霜月十一日、我らが顧問、戦隊ものなら司令官の位置づけのまゆみ先生がお生まれになった日だ。師いわく「惑わない年齢」なんだそう。はあ、母とほぼ同年代なのか……もっと若いと思ってた。でも、みずみずしい容貌だよなあ。

「夢の終わりなんかにこだわるより、この一日を楽しまなくっちゃ」

 大和ふみか、空満大学日本文学国語学科二回生。去る水無月で、二十歳になった。同級生によれば、枕詞「ぴちぴちの」を加えればなお良いらしい。日本文学課外研究部隊の隊長を任されています。名ばかりですけど、よろしく。

 

 空満の学び舎に、白い雲が群がる時、戦いの章が開かれる。憂ふなかれ、かこつなかれ。五色五人の娘が、必ずや空を取り戻す。

 緋色の乙女は登場し、隠したおはじきの才を活かして、戦にけりをつける。

 露草色の乙女は起動し、己の技術を以て作った空気の弾を込めた銃で、狙撃する。

 常磐色の乙女が降臨し、類いまれなる俊足と激しき火が、戦場に花を咲かせる。

 蒲公英色の乙女は参上し、世にも不思議なリボンで相手を翻弄し、裁きをくだす。

 撫子色の乙女は見参し、七変化し活躍する様は、あたかも万華鏡のごとし。


―日本文学の面白さを伝えゆく、五人の戦士。うるはしき国の一端に起こる、稀有な物語のはじまり、はじまり。



挿絵(By みてみん)

☆こちらのイラストは、漫画家の揚立しの先生に依頼して描いていただきました!☆

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