86話 3対3【1】
「たーのもーう!!」
「何ですか、その掛け声」
「オレの所だと、道場破りのテンプレ掛け声!」
リレルからのツッコミを軽く流しながら、オレは特別訓練所のドアを景気良く開ける。
急な音だったせいで、中で待っていたバークライスさんとレックスさんが、驚いてこちらを見てきた。
「来たのか」
「はい、お待たせしました!……って、サディエル、寝てる?」
よく見ると、毛布に包まってサディエルが寝ている。
オレらより早く起きていたのもあるから、眠くなったとか。
「サディエル、彼らが来ましたよ」
「………んん? あぁ、来たのか。ふぁぁ………え、来ている?」
ゆっくりと起き上がり、目を擦りながらこちらを見て……大慌てで立ち上がる。
「バークライスさん、レックスさん!? 起こしてくれるって……!」
「すまない、急だったもので」
「"たーのもーう"、と元気よくいらっしゃったもので」
「えっと……なんというか、ごめん、サディエル」
あちらがプチパニックである。
うん、ごめん、慌てさせて……
「模擬戦しようってのに、気楽だなお前。寝不足なのか?」
「……まぁそんなところだよ、アルム」
毛布を畳んで、邪魔にならない場所に置きながらサディエルは若干あいまいに答える。
「大丈夫なのかよ、サディエル」
「心配いらないさ。体調は万全だし、本気で戦えるからな」
ぐいっと背伸びをして、両腕をぐるぐると回す。
準備が終わったのか、サディエルは改めてオレたちを見る。
「さてと、まずはルールの再確認をするぞ。今回は3対3のチーム戦。互いに訓練用の武器を使用して、攻撃を1発でも貰ったら、その試合中は戦闘不能判定。どっちかのパーティが壊滅で1試合を終了とする。ここまでは問題無いか?」
「僕らの方は問題なしだ」
「分かった。で、訓練用の武器は……」
「それでは皆様、こちらをご利用ください」
そう言いながら、レックスさんがガラガラと様々な武器を乗せた荷台を持って来た。
剣に槍、弓などの一通りの武器種が揃っていて、どれもこれも殺傷力が無い木で作成されていたり、矛先が布などで保護されていたりしている。
その荷台に近づき、オレは剣、リレルは槍を、アルムは弓矢とそれぞれ普段が使っている武器を手に取った。
続いて、サディエルたちが荷台から武器を取り出す。
バークライスさんは、予想通り杖……ガランドとの戦闘でも杖を携えていたから、ここは妥当である。
で、次からが問題だった。
サディエルが手に取ったのは、槍。
そして、レックスさんが剣を持った。
「槍!? 剣じゃなくて!?」
「うわ、びっくりした。取り間違えじゃないよ、俺は以前、槍を使っていたんだ」
オレの絶叫を聞いて、サディエルは慌てて自分が手に取った武器が間違いないか確認してから答えてくれる。
慣れた手つきでクルクルと棒のように槍を回す。
「ってことは……あれ、まさか」
「今日の俺は中衛だ。でもって……」
「私が前衛となります」
レックスさんが、サディエルにとって前衛の師匠だって聞いていたから、幸いにも驚きのダメージはなかった。
だけど、正直サディエルが前衛じゃないと言うだけで、かなりまずい。
オレが知っているサディエルの動きは、あくまでも前衛としてのもの。
中衛としての動きは1度も見ていないわけで、数少ないこちらのアドバンテージが、今この瞬間消滅したと言っていい。
「さて、それじゃあ……1戦目を始めよう」
合図と同時に、サディエルたちが武器を構えた。
オレたちも慌てて武器を構え、迎撃体制を取る。
「それではヒロト様、お覚悟を」
「リレル、お前の相手は俺だ」
「ではアルム。来い」
そう宣言するや否や、レックスさんはオレに向かって来た。
サディエルはリレルへ。
バークライスさんは、アルムに向かって杖を向ける。
目の前まで迫ったレックスさんの剣撃を、オレは剣を横に構えて受け止めた。
「あっぶな!?」
「初撃回避はお見事です」
そのまま腕力差が出始めて、オレはじわじわと腰を落としさざるおえなくなる。
リレルみたいにカウンターって動きが全然出来ない……!
「しかし、今の状況を打開する策を見いだせない状態では、合格点は程遠いですよ」
ふと、相手からの力が抜けた。
剣が離れた、と認識するよりも前に、オレ自身が踏ん張っていたままだったので、自分の剣をそのまま押し上げる形になり、バランスを崩してしまう。
その瞬間を狙い、レックスさんの剣がオレの脇腹に当たった。
「ヒロト様、戦闘不能です」
「……うわぁ」
あまりにも一瞬過ぎて、何も出来なかった。
これを何とかしないといけないって……相当な難易度になるぞ。
「他の皆様は……」
レックスさんの言葉を聞いて、オレは慌ててアルムとリレルに視線を向ける。
直後、アルムの方はバークライスさんの魔術に撃ち抜かれて、片膝をつく。
この時点で1対3の状況。
唯一残っているリレルが、サディエルとの槍捌きの応酬を繰り広げていた。
互いに先端部分を激しくぶつけ合い、どちらが先にバランスを、攻撃のテンポを崩すか、そんな打ち合い状態だ。
「アルム、大丈夫?」
オレは視線をリレルたちに向けながらも、アルムの元へ行く。
「あぁ。殺傷力がある魔術じゃなく、演習用だからな。ダメージはほぼないわけだが……やっぱきつい」
アルムの場合は、おまけで対戦相手がバークライスさんだってのも、多少なりともあるとは思うけど。
そんな会話をしている間にも、2人の攻防は続いていたのだが、ほんのわずかな隙を突いて、サディエルが大きく槍を動かしてリレルの矛先をずらす。
そのまま、1歩大きく踏み込み、彼女の喉元に槍を突き付けた。
「……参りました」
「全員戦闘不能だな。1戦目終了、ヒロトたちは作戦会議の時間いるだろ。終わったら声をかけてくれ」
サディエルは槍を引いて、バークライスさんとレックスさんのいる場所へ戻っていく。
予想はしていたし、どんな奇跡や偶然があっても難しいとはわかっていたけど、やはり結果はオレらの完敗となった。
―――それから、作戦会議して模擬戦、作戦会議して模擬戦を、何度か繰り返したものの結果は変わらず。
(負け前提ってのは、そりゃ百も承知だったけどさ……)
オレは肩で息をしながら、必死に目の前にいる3人を睨みつける。
正直ガランドともう直接戦った方が良いんじゃないのか? って思いたくなるんだけど。
ここから、状況を覆す作戦か。
崩せる場所は必ずどこかにあるはずだが、現時点では無理難題としか思えない。
オレたちの敗北回数が2桁を超えた時、試合終了と同時にバークライスさんが声を上げた。
「今日はこれまでにしよう、今のままでは結果が変わることもないだろうし。異論がある者はいるか?」
全員を見渡しながら、そう問いかける。
バークライスさんは、まずサディエルとレックスさんに視線を向けた。
「俺は問題なしです」
「同じく、本日はここまでで宜しいかと」
次に、オレらに視線が注がれる。
正直な所、意地はって『まだだ! まだやれる!』と、言う事だけは簡単だ。
だけど、今のオレらの目的はそこじゃないし、今日の分は達成した。
「……こっちも、異議なしで」
「今日は完敗になることぐらい、こっちも承知済みだからな」
「明日は、今日と同じ時間の開始でよろしいですか?」
リレルの問いかけを聞き、バークライスは視線をサディエルに移した。
彼はしばし考えこんだ後……
「あぁ、明日も午前10時から開始とする」
そう答えた。
となれば、次にやることはもう決めたわけだし、早めに動いてしまおう。
「了解、じゃあ明日。アルム、リレル、ちょっと付き合ってくれる?」
「もちろんだ」
「わかりました」
オレらは何とか立ち上がり、そのまま特別訓練場を出る。
それを、サディエルたちは黙って見送ったのだった。
「2人とも、疲れていると思うけど、1か所だけお願いしたい」
「構わないさ。それよりもヒロト、お前の方こそ休まなくていいのか」
「今、めっちゃ悔しくて休んで居たくない。それよりも、打開策を色々試したいから」
オレの返答を聞いて、アルムとリレルはしばし互いの顔を見る。
だが、すぐに不敵な笑みを浮かべ返してきた。
「それもそうだな。コテンパンにされるのは分かっていたとは言え、やっぱムカつくし」
「そうですね。それで、どちらへ行かれるのですか?」
「軍港、アークさんの所。オレら以外で、サディエルたちの事に一番詳しいのは、アークさんだ」
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「……うーん、アークの所に行ったのかもな」
レックスから渡された水を飲みながら、サディエルは独り言のように愚痴る。
「アークシェイド様の所ですか?」
「恐らくは、ですけど。それから、今日はなし崩し的に各個撃破の形を取り続けましたが、明日からは本格的にコンビネーションを組んでくると思います。ヒロトが対人戦に慣れる為、というのが今日のあちらの目的だったでしょうし」
「なるほど。目を慣れさせていた、ということか」
バークライスの言葉を聞いて、サディエルは頷く。
「となると、明日のあちらの作戦は……」
「その辺りは部屋に戻ってからにしよう。ここで長々と話していたら、お前の方もまずいだろう」
まずい、と言う部分にサディエルの動きが僅かに止まった。
肩を落としながら、彼は力なく笑う。
「サディエル、年長からの忠告を1つ」
「はい。何でしょう、バークライスさん」
「……"知られたくない事と言うのは、常に最悪な場面で露呈する" ものだ。気を付けろ」
その言葉を聞いて、サディエルはどう反応すべきか少し迷った感じで、視線を泳がした。
「嫌に実感籠ってますね。経験談とか?」
「茶化すな」
「すいません。けど、分かりました……気を付けます」




