84話 コンビネーション【後編】
―――エルフェル・ブルグ、滞在11日目
【ほんじつ、ごぜんジュウジに、クレインさんノおやしきないにある、トクベツくんれんじょうに、しゅうごう!】
「……ひらがなとカタカナだけだと、やっぱ読みづらい」
起き抜けに、部屋のドアの下に手紙が挟まっているのに気づいたオレは、それを引っこ抜いて中身を確認した。
そしたら、この日本語の羅列である。
差出人は、奇特にもオレの世界の文字を覚えたい! と、豪語したサディエルしかいない。
早めに漢字を覚えて貰おう……と、オレはひっそりと決意する。
手紙をテーブルに置き、まずは早朝のトレーニングの為に服を着替え、軽く寝癖が無いかだけチェックして中庭へと向かう。
中庭には、既にアルムとリレルの姿があった。
「アルム、リレル、おはよう」
「よぉ、おはようヒロト」
「おはようございます、ヒロト。サディエルからの挑戦状は受け取りましたか?」
「受け取った。前みたいに暗号文状態じゃなくて、ちゃんとオレの所の文字だったよ。で、その当人は?」
「助っ人さんを迎えに行っているよ。指定時間までには戻るって言っていた」
と言う事は、今朝のトレーニングはサディエル抜きか。
まぁ、彼の場合は元々オレらよりトレーニング内容が多くて、最近は1時間早く運動していることが多い。
時間が合わないのは今更な状態だし、行き先も分かっているなら特段気にする必要もないか。
「助っ人さん、結局誰か見当付かなかったよな」
「大半の場合は僕らでもなんとかなるさ。気楽に行こう」
「そうですね。私たちだって強くなっておりますし、並みのお相手に負けない自信はあります」
確かに、誰が相手でもやることは変わりないわけだし。
オレは普段のサディエルを見習って、2人を信頼して頑張って前衛をやるだけ。
昨日のうちに、とりあえず最低限の声掛けについて、あれこれ2人からレクチャーを受けた。
基本的に戦闘時は、誰に対して、どういう指示かを、単純明快に伝えることが重要になる。
その指示に対して『何で』『どうして』と悩む前に、体を動かすことが大切だ。
一瞬の疑問が命取りになる。
それが前衛という立ち位置だと、そりゃもう実例交えて説明されましたとも。
とは言え、オレの体力はサディエルと比較したら天と地の差がある。
こちらが取れる戦法は速攻、つまりは短期決戦だ。
オレの体力がもつ間に、と言う事である。
「この3か月と数日のトレーニングによって、どれぐらいの持久力が付いたのか。まだ完全に "3割ぐらいの力で全力疾走を10分間" は、無理だけど、近いところまでは出来るようになったし」
先日、試しに走ってみたら9分後半までは行けた。
ようやく、サディエルたちが作った目的達成表、その大きめの目標である最低限の体力確保が達成出来そうなんだよな。
「今回のコンビネーションの試験で、完全達成にしてやる!」
「ほぅ、威勢が良いな。その心意気は良し」
そこに聞き覚えがある声が響き、同時にアルムとリレルの顔色が一瞬で悪くなった。
オレは慌てて声のした方向、つまりは後方を見ると……
「おはよう諸君。今日はよろしく頼むよ」
私服姿のバークライスさんが立っていた。
「えっと……おはようございます、バークライスさん。よろしくお願いします、って?」
「ヒロト君、呆けた顔をするな。今日は、お前たちの対戦相手として、ここに居る」
「たい……せん……?」
「相手……ええええぇ!?」
青ざめた表情のまま、アルムとリレルはゆっくり、ゆっくりと後ずさりをする。
回れ右して走りだろうとした瞬間、2人は誰かにそれを阻まれた。
「お2人とも、何方へ向かわれるのですか? 敵前逃亡はよろしくないかと」
アルムとリレルの肩を掴んで、動けなくしたのはレックスさんだった。
「皆様、おはようございます。本日から3日間、よろしくお願い致します」
「……へ? え? レックスさん?」
オレも状況が理解出来ず、バークライスさん、レックスさん、アルム、リレルと4人の顔を順番に確認する。
何とか逃げようともがいていたアルムとリレルは、そのうち抵抗をやめて、頭を抱え始めた。
「……おい、どういうことだサディエル!?」
「この組み合わせは、ひどくありませんか!?」
「ひどくないぞ。これが最適解だ」
そこに、サディエルが姿を現す。
彼はオレらを見渡した後、いっそ清々しいほどの笑顔で、こう言い切ってくれた。
「今回のコンビネーション試験の後半戦は、俺とバークライスさん、レックスさんのチームと対決して貰う」
この3人が、オレらの対戦相手。
え? ちょっと待って。
レックスさんは、先日の話の流れからしてサディエル以上の体力持ちだし、クレインさんの護衛も出来るから、当然武術にも覚えがあるのは間違いない。
バークライスさんは、対魔族研究の総責任者。
肩書だけ見れば、研究者のポジションだから戦闘に疎そうなイメージではあるものの、アルムやリレルの反応からすると、一筋縄で行く相手ではなさそうだ。
「過剰戦力も良いところだ、こっちはヒロトが居るんだぞ!」
「そうですよ、何ですかこの戦力差は! どう頑張っても私たちに勝ち目があるようには……」
「何を甘ったれたことを言っているのだ、アルム、リレル」
カンッ! と、バークライスさんは手に持っていた杖を地面に叩きつける。
「サディエルから聞いたぞ。次に例の "顔の無い魔族"、ガランドだったか? あいつとの戦闘予定箇所は、エルフェル・ブルグから離れた場所になるのだろう」
「そうなりますと、今度はエルフェル・ブルグからの救援要請は難しいでしょう。その魔族も、今度こそ全力で皆様を襲うことになります。今まで以上に厳しい戦闘になることは明白です」
バークライスさんと、レックスさんの言葉にオレたちは息を飲む。
次にガランドと戦うタイミングは、事実上の最終決戦。
魔王様……カイン君から対抗手段を授かっているとは言え、次の戦闘はオレら4人だけで決着をつけることになる。
「だから、今回は遠慮なくメンバーを選出・編成させて貰った」
そう言いながら、サディエルは1歩前に出て、オレたちに語り掛ける。
「ガランドが俺に付けた痣は、まだ無効化に出来ていない。出発までに無効化にする目途も立っていない。となれば、俺を戦力として数えておくのは悪手だ」
「それは、そうかもだけど……けど、遅延性なわけだし!」
「いつ何時、急激に低下するかは分からない」
オレの反論を、サディエルはピシャリと遮った。
そうだ、以前話した弱体化効果がどういう形で発揮されるか……そのうちの1つとして、ソレを挙げていた。
『まず1つ目は弱体化効果だ。サディエル自身の身体能力を低下させてくる。効果の出方にもいくつか候補があって、痣を刻まれた直後から効果が出る、遅延性でゆっくりじわじわ、何かしらがトリガーとなって急に……だいたいこんな感じかな』
何かしらのトリガーで急に大きく弱体化する。
この可能性は魔族であるガランドとの戦闘に置いて、絶対に考慮すべき事項だ。
サディエルも同じことを考えたからこそ、自身を戦力に数えることを否定している。
「最悪の場合、こちらの戦力は3人。アルム、リレル、ヒロト……お前たちに頼るしか出来ないんだ」
「……サディエル」
「ったく、自分のことなのに、最悪どうにも出来ないどころか、足手まといの可能性の方が圧倒的に高くて嫌になる」
悔しそうにサディエルは拳を握る。
自分自身の手で何とかしたいだろうが、彼は本当に冷静だ。
そのギリギリのラインだけは、絶対に見誤らない。
「だからこそ、今回のこの試験は……今、揃えられる最高戦力で挑ませて貰う。どう頑張っても回避出来ないことであるならば、こちらだって相応の準備をして挑むべきだ」
「戦いは準備を念入りに行った方が勝ちます。準備がしっかり出来ていれば、実際の戦闘は大して苦労しません」
「よって、今から我らは、お前たちの中に僅かでも残っているであろう、本番での運頼みや気合で乗り切ろう、などと言う幻想を徹底的に砕いてやる」
殺気が、殺気が凄まじい。
本気でオレらを叩きつぶそうとする3人の表情に、息が詰まる。
想像以上に、とんでもないチームが相手であることは間違いない。
だけど……サディエルはハッキリと言ってくれた。
いつも通り、何故ここまで過剰戦力でオレらと相対するのかを。
「分かった。みんなから……皆さんから、1勝をもぎ取ればいいんですよね?」
「アルムやリレルよりも、ヒロト君の方がよっぽど肝も度胸も据わって居るな。恥ずかしくないのか、2人とも」
挑発するように、バークライスさんはアルムとリレルを見る。
僅かに眉を潜めながら、アルムとリレルは3人を睨みつけた。
「言いたい放題いってくれやがって……!」
「えぇ、私たちにだって意地があります。全力でお相手致します」
一触即発。
オレらとサディエルたちの間に、見えない火花がバチバチとぶつかり合った。
「試合開始は、みんなにも通達した通り午前10時から。それじゃ、俺らは先に行ってるから」
それだけ言うと、サディエルはバークライスさんたちと屋敷内へと消えて行った。
後に残ったオレたちは、地面に座り込んで、深い深いため息を吐く。
「……ラスボスを倒し終わったと思ったら、第二形態に変化して連戦になった気分だ」
今の気分は完全にコレだ。
いや、第二形態なんて生易しいレベルの変化じゃないけどね、正直なところ。
「はぁぁ……僕、一生分の度胸と根性を使い切らないといけないかも」
「同じくです。啖呵を切ってしまいましたよ、バークライスさん相手に……!」
「ねぇ、バークライスさんってそんなに怖い、というか、強いの?」
オレの問いかけに、2人はしばし沈黙する。
やがて、意を決したのか、アルムが答えを教えてくれた。
「あの人は……バークライス将軍は、対魔族研究の総責任者である前に、この国きっての魔術師だ」
「エルフェル・ブルグで1番強い人ってこと!?」
「端的に言うとそうなります。そして、サディエルがチームに選抜したもう1人……レックスさんの方は分かりませんが……」
「レックスは、サディエルの師匠じゃぞ」
そこに、クレインさんの声が響き渡る。
視線をそちらに向けると、苦笑いを浮かべながらこちらに歩いてくるクレインさんがいた。
「正確には、前衛としての師匠……とでも言うべきかの?」
「クレインさん、それはどういう……」
「サディエルは元々、前衛をやってはおらんかったんじゃ。アークシェイド君だったかな、彼が前衛で、サディエル君は中衛の立場だった」
クレインさんはアルムたちに視線を向ける。
「2人と組むに当たって、前衛の知識が乏しいからと、レックスの奴に頼み込んで特訓を付けて貰っておったからの」
「なるほど、師匠枠での抜擢って訳ですか」
「余計にまずいな。あのサディエルが師匠と認識している相手ってことだぞ」
「……サディエルは本気で、オレらを完封する気満々な編成を組んできたってことだよね?」
「あぁ。対ガランド戦を見据えて、ここで準備出来る最大戦力だ」
見ようによっては、ガランドよりもおっかないメンバーになる。
この国の最高位の魔術師である、バークライスさん。
あのサディエルの師匠に該当するであろう、レックスさん。
そして、オレらの手の内を完全に熟知して、なおかつ、実力を一切見誤らないサディエル。
「……ヒロト。今日の試合は、全敗を前提とする」
「アルム!? いきなりなにを弱気に……」
「弱気じゃありませんよ。今日の時点では、どうやってもこの戦力差を覆すことは不可能です」
「リレルの言う通りだ。まずは前衛として動いて、出来なかったことを徹底的に洗い出そう。僕らが彼らに勝てる道筋は今の所1つ……ヒロト、お前が鍵になる」
「オレが?」
少なくとも、この中では間違いなく一番弱いのがオレなのに?
思わず首を傾げていると、アルムはにやりと笑う。
その表情は、負けの為にやけくそになったものではない、ちゃんと勝利を見据えた笑みだ。
「あぁ。いつの時代も、相手の定石を破るのは、基礎を学んだ上で出てくる、"新人の突拍子もない戦術" だからな」




