75話 信頼と心配
「ヒロト?」
「……はい」
「私とアルムが怒っている理由ぐらいは、今の貴方ならば大方想像ついていらっしゃいますよね?」
「……はい、ごめんなさい」
魔術省にある特別入院室で、オレはリレルとアルムに囲まれて絶賛睨まれ中である。
隣にあるベッドで、サディエルはアワアワと2人をなだめようとするけど、声が出ないせいで何も言えずに、必死にジェスチャーをするが効果はない。
「何が、"ごめん" なんだ?」
「……最悪を考えず、1人で勝手に行ったこと……だよね」
カイン君……と言うか、魔王カイレスティンと2人っきりでサディエルを救出に行ってしまった。
直前に、2人はそれが危険だと必死に止めようとしてくれていたのに。
それで怒っているものだと、オレは思っていた。
「違う」
「違います」
だが、2人はあっさりと否定し一刀両断して来た。
じゃあ、何だろう……?
オレが首を捻ると、リレルは小さいため息を吐いた後……
「何故、"私とアルムも一緒に行く"、と言う選択肢を思いつかなかったんですか!」
そう、叫ぶように言った。
「え? いや、だって……」
「あの魔王は、ヒロトがいないとサディエルを探せない、とは言った。だが、僕らも付いて行ってはいけない、とは一言も言ってなかったんだぞ」
え? あれ?
オレは必死に、あの時の会話を思い返す。
魔王カイレスティンは……確か……
『だって、ヒロト兄ちゃんを支点にしないと探せないから。ここに居る人への説明はミリィ、頼む』
『いけませんヒロト! それは承知しかねます!』
『同感だ。最悪を考えろ! それなら僕かリレルが……』
『ヒロト兄ちゃんじゃないとダメなんだよ。異界の人間であり、"縁ある者" だからね』
オレがいないと、サディエルを探せない。
ここに残る人がいるならば、ミリィちゃんが説明する。
オレの代わりに、アルムかリレルが行っては意味がない。
「本当だ……言ってない……」
うっそだろ!? オレが1人で勝手に勘違いしてたってこと!?
いや、あの場面であぁ言う展開なら……展開……なら……
あぁ、そうか。その考えが、ファンタジーだ。
それで納得するのは、成功すると保障されている架空の物語の人物たちだけ。
だけど、アルムやリレルはそうじゃない。この世界に、オレの目の前で間違いなく生きている人間で……どうなるか、なんてわからないから、心配してくれ……
魔族関連だからって、いつも通り……あるあるな展開だって、無意識に思って、オレは……
「そうです! どれだけ……どれだけ心配したと思ってるんですか……! 魔王と2人っきりでサディエルを助けに行くとか、正気じゃありませんよ、本来ならば!」
「お前のことだから、元の世界の "お決まり" を元に、その選択をしたことは分かっている。だがな、僕らはその辺りはお前から聞いた範囲しか知らないんだぞ!? こんな展開あるとは聞いてない!」
「アルム……リレル……ごめんなさい……!」
2人を、すごく心配させてしまった。
結果オーライだった、なんて言えるわけがない。
結果的に上手くいったから良かったけど……いくら、魔王が近くに居て、今回は味方だと分かっていたとしても。
それでも、2人のことを蔑ろにしちゃいけなかったんだ……!
がばりっ、とオレに何かが抱き着いてくる。
それは、泣いているリレルだった。
「本当ですよ……! サディエルもですが、ヒロトまでと思うと……! どれだけ、不安で、心配で……!」
「……リレル」
その時、頭に軽い痛みが走る。
視線を上に向けると、呆れ顔のアルムが右手を軽く振っていた。
どうやら、今の衝撃はアルムによるものだったらしい。
「戦術論のやり直し確定だ。覚悟しろよ」
「……アルム……うん、ごめん。もう一回、鍛え直してくれる?」
「当然だ。ったく、無茶の専売特許はサディエルだけにしろ!」
あ、サディエルに飛び火した。
今まで静かに事の成り行きを見守っていたサディエルが、急に飛んできた精神的なデッドボールに被弾して、頬を引きつらせている。
バンバンバン! と、抗議せんとばかりに自身に掛かっているシーツを叩くが……
「埃が舞う! やめろアホ!」
「…………」
サディエルは、しょぼーんってAAが、今まさに似合いそうなぐらいに、しょんぼりした表情を浮かべた。
「とりあえず、今ので全員納得したから、この件はここまでだ」
そう宣言すると、リレルはオレから離れて涙を拭う。
そして、真剣な表情でオレたちはアルムを見る。
「考えなきゃならんことが増えた以上、一旦状況整理が必要だが……まずは」
オレたちの視線は、一斉にサディエルに向けられた。
当の本人は、申し訳なさそうに眉を下げる。
「痣でつけられる効果が、無制限だって事実をどうするかだな」
「しかも、ガランドだけが付けられる、というわけじゃなく、どんな魔族でも可能というおまけつきです」
今回分かったことで、大問題な点はまさにそこだ。
これまでは、痣をつけたガランドのみが追加効果を付与出来るって、こちらも無意識に近い感覚でいた。
だけど、あのローブを着ていた魔族が、痣を介してサディエルの声を封じて、体の動きすらも制御してきた……これはかなりまずいのでは。
「幸いなのは、ガランドに協力していた別の魔族を消滅させることが出来たこと、だが……」
「今後、ガランドに協力を申し出る者が、現れないとも限りませんね」
「だーいぶまずい状況だよね、これ……いっそのこと、エルフェル・ブルグ滞在中にもう1回襲撃してこないかな、その方が援護を頼める分、まだ楽な気がする」
うーん、とオレたち3人は頭を悩ませる。
その間に、サディエルはノートを手に取って、何かを書き込む。
あぁ、なるほど、筆談か。
声が出ないなら、筆談じゃないと意思を伝えるのは難しいよな。
オレの世界みたいに、ハンドサインとか、手話があるようにも思えないわけだし。
「………!」
書き終わったのか、サディエルがオレたちにノートの1ページを見せてくる。
そのページには、2行の文字が書かれていた。
上段にはこの世界の言語で書かれた文字。
下段には……
【ト理アえ数、世異み通毛ンさ尾う毛手、葉ーク雷異ト差ン立血野シ時尾ア尾五う】
「……何、これ」
日本語の文字、なわけだけど……何だこの暗号文。
それ以前に、何でサディエル、オレの世界の言語を書いてるの!?
「あー、そいやサディエルの奴、時々目標達成表に貼られたヒロトの世界の文字見て、何かやってたな……」
「え? もしかしてサディエル、オレの世界の文字、覚えようとしていたの!?」
その問いかけに、サディエルはこくり、と頷く。
いつの間にそんなことを……そんな素振り、気づかなかったんだけど。
「ヒロトが私たちの言語を覚えている暇はありませんが、こちらは覚えようと思えば出来ますものね」
「いや、だからって独学で……オレの故郷の言語は、覚えるのが難しいって世界中から太鼓判押されているのに」
日本人であるオレですら、日本語が難しいわけなんだが。
と言うか、この難解暗号文と化している日本語を見ると、大昔、黒船で来た外国人たちはどうやって日本人と交流したんだと本気で疑問に思う。
翻訳するのにも一苦労なんだが……
「えーっと? とりあえすう……じゃない、とりあえず。よいみつうけ、んさおう、けて?」
ダメだ、読んでみても言葉にならない。
なんとなーく、音としては合ってる気がするんだけど、このニアピン感よ。
「はーく、らいいとさ、んたちちのし、ときおあおごう……えーっと……」
「"とりあえず、精密検査を受けてバークライトさんたちの指示を仰ごう" って、書いてあるはずだ。1行目の文字と、2行目の文字は同じ意味なんだろ?」
アルムの問いかけに、サディエルは正解! と両手で丸を作る。
「あのさ、サディエル……」
「……?」
「オレがこの世界の言語読めないからって、わざわざこっちの言語を独学で覚えてくれたのは嬉しいけど……ごめん、ただの暗号文で分からない」
再び、サディエルがしょんぼりとした顔をする。
いや、うん、本当に、ごめん……これは解読無理じゃないというか、ニアピンでちょっとあれ? って首傾げないといけなくてつらい。
「今度、ひらがな、カタカナ、漢字の順で教えるよ。受験勉強の一環にもなるから、手伝ってくれる?」
「………!」
オレの言葉を聞いて、サディエルは嬉しそうな顔をする。
そのまま、再びノートに何かを書き込もうとして……
「サディエル、私たちの言語だけにしてください」
「………」
リレルに釘を指されて、少し残念そうに文字を見せてくる。
「……"わかった、絶対教えてくれよ" だとさ」
「了解。で、話を戻すけど、やっぱり魔術省の人たちに検査して貰った方がいいんだよね?」
「それが一番だろうな。僕らがあれこれうんうん唸って議論するよりは、確実なはずだ」
そう言うと、アルムはベッドの脇にある資料を手に取る。
サディエルが攫われたせいで、かなり予定がずれ込んでしまった、4日間ほどの入院及び検査予定表だ。
仕切り直しということで、今日は足の治療だけして、この特別入院室に居るわけだけど……
「となると、4日間で僕らは別の方向から情報を探るしかないな。何を、どこで、どうやって調べるか……これを纏めよう」
「分かった」
「承知しました」
とりあえず、サディエルが精密検査を受けている間の予定は立った。
順調に問題が山積みになっていくせいで、何から手を付ければいいかがゴチャゴチャになりそうだけど、こういう時こそしっかりと勝ち筋と、負け筋を見極めないとな。
よしっ、頑張ろう!
―――コンコンコン
オレがそう決意した矢先、部屋がノックされる。
「はーい、どちら様ですか?」
『あぁ、みんな居たか。アークシェイドだ』
おろ、アークさんか。
もしかして、トラブルがあったことを聞きつけて、って感じかな。
耳が早いもんなぁ……この人。
「今開けます!」
オレは部屋の出入口まで行き、ガチャリとドアを開ける。
「よっ、また何かあったって聞いたから、顔見に来た」
「やっぱり……情報早いですね」
「まぁな。よぉ、サディ、大丈夫か?」
アークさんの言葉に、サディエルはひらひらと手を振って答える。
言葉での返答がなく、アークさんは首を傾げた。
「サディエル、今ちょっと声が出ない状態になってて……」
「……お前、本当に貧乏くじだけは良く引くな」
呆れたように言うアークさんに、サディエルは苦笑いで返す。
「貧乏くじっていや、ここに来る途中に懐かしい顔と会ってさ、ついでに連れてきた」
「懐かしい?」
「………??」
「あぁ、おれとサディにとってはな。入ってくれ」
アークさんが部屋の外に声を掛ける。
部屋に入って来たのは……
「やぁ、サディエル君。久しぶり」
「お久しぶりです」
見た目は、とても若い夫婦。
うん、ただの若い夫婦……に、見える。
「………!」
「懐かしいだろ。カインさんと、ミリィさんだ」
………ん?
とんでもない単語と言うか、名前が飛び出して、オレは頬が引きつる感覚を覚える。
同様に、びしりっ、と固まったアルムとリレル。
「7年ぶりかな? 君のご実家のお店、この前寄らせて貰ったよ。相変わらず品揃えが良くて素晴らしかった」
「林檎は蜜が沢山入っていて、とても美味しかったです。それで、その林檎を使ったアップルパイを焼いたので、どうぞ、皆さんで召し上がってください」
そう言いながら、サディエルと握手を交わす若旦那さんと、アップルパイを渡す若奥様……じゃなくて。
ああああ、そう言えば助けに行った時、サディエルはオレが彼を『カイン君』って呼んでるシーンを1度も見てないんだった!
呼んでいたタイミングは、気絶していたし!
オレは叫びだす前に、必死に部屋のドアを閉める。
最悪、これだけはやっとかないと、魔術省が大パニックになりかねない。
パタンと、閉まった音を確認して……よし!
オレはツカツカツカ、と若旦那の方に近づいて、ガシッ、と肩を掴む。
「何やってんですか、魔王様!?」




