70話 魔法陣【前編】
―――エルフェル・ブルグ、滞在3日目
オレたちは、ある場所を訪れていた。
サディエルは精密検査の為に、オレとアルム、リレルの3人は情報収集の為に。
そして、目的地に到着してソレを見た瞬間、オレは思わず口を開けて驚きの声を上げた。
「……うわぁ……今までで1番大きい建物だ」
例えるなら国会議事堂、のような建物がそこにあった。
「魔術省に王都図書館が併設された建物だからな」
「この世界のすべての英知が集う場所とも言われている、由緒ある場所ってやつだ」
「各国や街で出版された書物も、全て初版で収められております」
「本当にオレの所で言う、国立国会図書館だな……変なところで似ている」
だけど、以前サディエルが『俺たちの世界で、分からないことがあったらとりあえずココを訪れろ』って言っていた意味も納得である。
いくら魔術省と併設とは言え、こんなデカイ図書館があるならば、間違いない評価だと思う。
思うのだが、ここから目的の本を探すのはいささか骨が折れる作業になりそうだ。
本来ならば、この世界の文字が読めないオレは戦力外も良いところなのだが、今回は少しばかり話が異なる。
これだけ大きな場所、大きな図書館ともなれば、本を持ってきて戻す、と言う単純作業すら重労働となってしまう。
その為、オレはアルムとリレルが本を確認している間に、次に読む本を持って来たり、返したりする作業を担当ことになったのだ。
それに、暇になったらサディエルの様子も見に行けるわけで、併設施設万歳! である。
「それじゃ、俺はこっちだから」
「あぁ」
「検査、頑張ってくださいね」
「またあとでね、サディエル!」
互いに手を振って、サディエルは左の通路、オレたちは右の通路を進む。
うーん、最近仕方ないとはいえ、サディエルと別行動が多くなって少し寂しいな。
「そう言えば、精密検査って何するんだろう」
「大半は痣に関する調査を兼ねた検査だろうな」
「そうですね、魔術省が担当するのですから必然的にそうなります。ここの方々は優秀ですし……バークライスさんも、いらっしゃいます……」
あ、リレルの声のトーンが下がった。
同時に、アルムの顔色も悪くなる。
「それに、最初の報告から2か月弱で、操られたサディエルからガランドを引きはがす術を開発した精鋭部隊が揃っている場所だ。上手くいけば、滞在中に痣を無効化にしてくれるかもしれない」
「そうだと、いいんだけど……」
「浮かない顔ですね、ヒロト。こういう場合、もしかしてあまり上手くいかないことが多いのですか?」
リレルの問いかけに、オレは小さく頷く。
「大半は展開上の都合ってやつで、治ったら相手との因果関係崩れるから、結構な確率で失敗するんだよね」
「………どっちが勝つんだろうな。この場合」
「現実が勝つのか、ファンタジーが勝つのか、ってことですか」
オレたちの間に沈黙が流れる。
まだ早い時間のお陰で、人通りが無いから救いだけど、なんつー会話しているんだろうな。
「ごめん、自分で話題振っといてなんだけど、言うんじゃなかった」
「いや、その覚悟も必要だから問題ない」
「そうですね。がっかりしなくて済むので、助かりました。ありがとうございます、ヒロト」
「オレ、2人の優しさに泣きそう……」
本音を言えば、ここで痣が何とかなってくれるのが一番良いんだけど。
最低でも操られる効果ぐらいが消えてくれれば、サディエルだって精神的に安定しそうだし。
(上手くいけば良いな……)
オレはちらりと後方を見る。
すでにサディエルの姿は見えなかった。目的の部屋に入ったのか、曲がり角で曲がったのかは分からない。
「ヒロト、着いたぞ」
アルムに声をかけられて、オレは軽く頭を振ってから視線を進行方向に戻す。
受付窓口で、昨日受け取った入館許可証を提出し、オレたちは図書館へと足を踏み入れる。
「……すっげぇ」
目の前に広がった光景は、壮大の一言でしか表現出来そうになかった。
見渡す限り本、本、本。
それが見える範囲で1階から5階まで各フロアに、所狭しと格納されているその光景。
凄まじいな……
「これだけの量だと、天日干しするだけでも1年余裕で掛かりそう……」
「実際、天日干し担当の作業員もいるぞ」
「居るんだ。いやまぁ、いないとまずいのか」
これだけの量を、受付とか館内警備とかしながらって、無理だよな、うん。
「ヒロト、こちらの利用方法ですが、読みたい本を見つけたら、まずあちらの受付で1度貸出申請を行います。それが終わったら、館内で読むことが許されます」
「一度、これ読みますって宣言しないとダメなのか」
オレの所だと、パソコンとかスマホとかで『コレ借りたいです!』って入力したら、受付担当が倉庫に保管されている本を持ってきて、借りるってスタイルなわけだけど。
こっちにパソコンもスマホも無いからな、こういう時ばかりはマジで欲しい、オレの世界の技術。
「盗難防止もあるからな。貴重な資料もあるわけだし」
「あと、館内は飲食禁止です」
「了解。とりあえず、まずは昼まで頑張ろう」
そんな会話をしながら、オレたちは目的の本があると思われる場所に到着する。
アルムたちが、早い段階で目星をつけていた場所、なわけだけど……
「アルム、いきなり厳重な扉が見えるんだけど」
「基本的に立ち入り禁止区画だからな」
開幕、立ち入り禁止区画とは。
オレは心の中でツッコミを入れている間に、アルムは扉に近づいて何かをしている。
しばらくすると、カチャリ、と鍵が開いた音がした。
「あれ、鍵使ったっけ?」
「魔力認証だ。ここは入れる人間が限られている」
「この国だと、バークライスさんたち上層部ぐらいで、あとはアルムのお師匠さんがご存命の時は入れたはずです」
「今回は、バークライスさんの許可を得ているから問題ない」
「へぇー………え?」
ちょっとまった。
予想外の話題が急に飛び出してきたんだけど。
「アルムのお師匠さん!?」
「いつだったか、一般的には"軍師"と呼ばれても相違ないって話しただろ。師匠はここの元指揮権者だったんだ」
えぇぇ……
リレルはこの国で、医者見習い。
アルムは国軍の指揮権者の弟子。
あれ、サディエルだけが凄い一般人に見えてきたんだけど。
オレは唖然茫然としている間に、アルムは重たいドアを開ける。
近くに置いてあったランプを手に取り、明かりを灯すと、どれもこれも辞書並みの分厚さを誇る本が多く並べられていた。
「まず心当たりがあるやつから行くか」
そう言うと、アルムは近くに置いてあった脚立を掴み、目的の棚の間に置く。
「ヒロト悪い、ランプ持っててくれ。ついでに、頭の上まで掲げてくれると助かる」
「分かった」
ランプを受け取り、オレは自分の頭より上まで持ち上げて、見やすいように少しばかり右に動かす。
明かりを頼りに、アルムは脚立を登って一番上の棚に手を伸ばし、背表紙が金色の文字で書かれた、1冊の青い本を取り出した。
「よしっ、有った。僕は受付に行ってくるから、2人は適当な場所に座っていてくれ。内容が内容だから、この区画内で」
「分かりました」
「了解」
アルムはそう言うと、受付に行くために一旦立ち入り禁止区画から出ていく。
その間に、オレたちは近くにあった椅子に座り、リレルは壁にかけられているランプを順番に灯して部屋を明るくしてゆく。
少しすると、先ほどの本と、途中で見つけたのか別の本も持ってアルムが戻ってきた。
「さてと」
椅子に座るや否や、アルムは荷物から1冊のノーツを取り出す。
ぱららっ、と捲っていきあるページでその手が止まる。
「魔法陣の絵?」
「あぁ、僕らとヒロトが最初に出会った、洞窟遺跡……そこに描かれていた魔法陣を模写したものだ」
「いつの間に……」
「ヒロトと出会うほんの直前だ。僕とリレルが先にあの部屋に入って、魔法陣を確認。サディエルは周囲の警戒の為に、しばらく部屋の外に居たんだ」
その間に、これを模写したんだ。と、アルムは説明してくる。
召喚される直前のことなら、オレは知らなくて当然だよな。
「ってことは、サディエルが入って来た時に?」
「そうだ。あいつが踏んだタイミングが、あの魔法陣の発動に必要な魔力が溜まった瞬間だったんだろうな」
もしかして、サディエルがあの時、オレをあっさり信じたのって……偶然とは言え、自分が魔法陣を踏んだタイミングだったから、召喚原因が自分じゃないか、と言う申し訳なさだったりして。
それなら、確かにサディエルの行動にも納得出来るかも。
けど、あの魔法陣はアルムたちの見立てだと、意図的に狙って……と言うのは無理なはずだから、サディエルのせいじゃないと思うんだけど。
今度、それとなーく聞いてみよう。
彼の性格だから、絶対に気にしているだろうし。
「んで、僕の記憶が間違いじゃなければ、これと似たモノがこの本に……あった」
辞書のように分厚い本を捲り、お目当てのページに辿り着く。
そこには、アルムがメモした魔法陣とほぼ同じと言っていいものが描かれていた。
細部までどうかはわからないけど、見た限りでは、違いがあるようには見えない。
「なんて書いてあるの?」
「まだ魔族がいない時代にあった、とある屋敷の主人が行った、殺人事件についての記述だな」
うわぁ、いきなり物騒な単語が飛び出した。
「元々、あの洞窟遺跡はその屋敷の主人が所有している土地の一つだったらしい。そこで、自身の娘や息子、孫に、屋敷の使用人らの魔力を強奪して衰弱死させている」
「魔力を強奪……? あれ、けど確か他人の魔力って、奪ったところで扱えないんだよね」
以前、リレルから教わったこの世界の魔術に関することを思い出して、オレはそう問いかける。
「はい、本来であれば」
「相応の時間を掛ければ出来なくはない。とはいえ、1人分の魔力に対して、10年近い時間をつきっきりで中和する必要がある。相当精神がいかれてないと無理だし、1人分の魔力で何を増殖出来るかっていったら、水1摘を、コップの1杯ぐらいにする程度だ」
非効率的……
そりゃ、平均寿命が20~30歳になるわけだ。
「その人物がやろうとしたことは、妻の蘇生。相当若く亡くなったんだろう。最初に娘、次に息子、その後に孫娘、使用人と合計6名、約60年以上の時間を掛けているな」
「つまり、あの魔法陣は」
「死者蘇生の魔法陣、になるはずだった……が、正解だな。術を試行する頃には、当人も相当目が悪くなっていたのか、異なる結果を出す陣を描いていた事に気づかなかったんだろう」
本来は死者蘇生に使われるはずだった魔法陣、か。
「だが、集めた魔力は死者蘇生するにはあまりにも不十分。いわば、コップ6杯分の血液量にしかならない。近親者の魔力を使っているとしても、足りなさ過ぎた。そして主人の命も残り僅かだから、焦って事を仕損じたと言う事だろう」
「なるほど、無理やり魔法陣を発動した結果、この事件が明るみになったわけですね」
「あぁ、屋敷の主人が変死体で発見されてな。その周囲の遺骨から事件が発覚……と言うのが、ここに記載されている内容だ」
「一見するだけなら、何の関係なさそうではあるけど……オレが召喚された魔法陣が、それなんだよね」
オレの問いかけに、アルムが頷く。
「けど、これで1つ分かったな。あの魔法陣を再度発動させるのに必要な魔力は、ざっくり言うと6人分……いや、7人分か。軽く見積もっても数千年単位でしか、あの魔法陣が動く魔力は溜まらない、という予想は当たりのようだ」
「そっか。屋敷の主人の魔力も消費されているはずだから、7人ってわけか」
って、それってさ。
「オレが帰る為には、その魔力をどうやって調達するかってことになるよね……」
だいぶ、ムリゲーなのでは?
以前、ちょっと思った諦めないといけない可能性が再度脳裏を過る。
「7人分の魔力、ですか……確かに難しいですね」
「難しいな」
「いきなり頓挫した気がする」
オレはテーブルに突っ伏す。
少なくとも普通の手段での魔力確保は絶対に無理だ。
となると、通常じゃない手段を考慮しないといけなくなるわけで……
「魔力の塊のようなモノが無いか、調べる必要があるかな」
「そうですね、何かいいものがあれば良いのですが」
通常じゃ無理、魔力がたくさん、人間の容量じゃきつい。
「……ん? あれ?」
ちょっと、ピンと来たかもしれない。
うん、出来る出来ないかは二の次として、可能性が1つあるんじゃないか?
「ヒロト、どうした?」
「何か思いつきましたか」
「……あのさ、魔族って、魔力容量……どれぐらいかな?」




