68話 人類の盾
「これなんかどう?」
「んー……どうだろう」
「素直に食べ物にしましょうか?」
エルフェル・ブルグ滞在2日目の午後。
オレは、昼頃にようやく起きてきたアルムやリレルと一緒に、レックスさんが準備してくれた昼食を食べた後、最も店が多い中央通りに来ていた。
と言うか、昨日の時点で確か朝食と夕食だけだって言っていたのに、『今日はこうなると思っておりましたので』と、何事も無かったかのように昼食を準備された時は普通にビビった。
流石、バトラーにしてヴァレットも兼任しているレックスさんだ。
気配りや心配り、その他もろもろが完璧すぎる……かっこいい……絶対にモテるタイプだ。
レディーファーストとかも卒なくこなすんだろうな、あぁいう人って。
んで、今、オレたちが何をやっているのか、と言うと……クレインさんへのお礼の品を見繕っている最中だ。
「下手な芸術品はあの屋敷には合わないし、偽物なんかつかまされた日には目も当てられん」
「かといって、私たちの資金ですと……あまり高価なモノは買えませんよ」
「こういう場合、ダンジョンとか、魔物討伐で一山当てるとかは?」
「……この近辺に、そんな未開拓のダンジョンがあると思うか?」
「ないよねぇ……」
オレはちらりと周囲を確認する。
これまでに立ち寄った国も、活気に満ち溢れて、多くの人が居たけど……その比じゃない。
多くの冒険者や魔術師と思われる人、この国の軍人なのか軍服を身に纏った人もいれば、一般市民の皆さんと、多くが行き交っている。
さすが、対魔族及び魔物への対抗手段を研究する最前線の城塞都市だ。
すぐ近くに、魔族の領地があるとは思えない活気である。
……そう、すぐ近くに『魔族の領地』があるのに、だ。
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―――聖王都 エルフェル・ブルグ
この国は、何千年か前まではただの小国だったそうだ。
しかし、魔族との対立が決定的になった時、この国の運命も決定付けられた。
エルフェル・ブルグが不幸だったのは、『始まりの魔族』と呼ばれる、現魔王が領地としていた場所に、最も近かったこと。
連峰と呼ぶに相応しい標高を持つ、多くの山々に自然城壁の如く囲まれていたこと。
この2つの条件が重なった結果、魔族との対立当初は事実上の生贄もしくは防波堤としての役割を担えと、各国の時の国王たちに命じられたそうだ。
通常であれば、そんな小国はあっという間に滅ぼされていただろう。
しかし、当時の国民と、その決定に反発した各国の有識者たちがエルフェル・ブルグに集結、徹底的な籠城戦を行いながら必死に魔族や魔物に対する研究を続けていった。
長い籠城戦の末、地道に積み重ねられていった知識と経験、多くのルールが完成し……やがて、エルフェル・ブルグと他の国々の立場が逆転する。
これまでの恨み辛みから、多くの国々を見捨てる、と言う選択肢もきっとあっただろう。
だけど、エルフェル・ブルグは敢えて、自分たちが長年培った知識や経験、ルールを全土で共有するという選択をした。
偽善だと、何が目的だと、さんざん疑念の目を向けられたそうだ。
果てには、魔族と共謀して、油断した隙にこちらを滅ぼすのじゃないかと勘繰った者すらいた。
―――もちろん、我々とて何も打算が無くこの提案をしたわけではない。
これからを生きる、罪なき人々を救う為に、未来の為に提案している。
当時のエルフェル・ブルグを治める国王は、各国にそう宣言したそうだ。
―――我が国は長年、魔族や魔物と対立してきた。
だが、そんな我々でも限界がやがてくる。
いや、もう限界が見え始めている。
その限界を無くすには、人類すべての協力が必要不可欠だ。
人材、資材、資金、各国の歴史と知恵。
協力するものが多ければ多いほど、我らは負けない。
これは、人類を災厄から守り続ける為の提案だ。
我々はこれからも、世界の盾となり続ける。
その盾を壊さぬ為の、提案だ。
これが、この世界で最も有名な演説、らしい。
この演説でも、やはり賛否はあり、なかなか纏まらなかったものの、エルフェル・ブルグは地道にこれまでの研究結果を共有し続け、その結果と実績を持って、人々から信頼を勝ち取っていった。
そして現在、エルフェル・ブルグは確固たる地位を持ち、こうして繁栄している。
何とも長い、英雄譚のような歴史を持った場所。
国民1人1人が英雄だと言わんばかりの国。
それが、オレたちが目的地としていた、聖王都 エルフェル・ブルグである。
長々と語ったが、オレの世界で分かりやすく一言で済ませる場合、こう言えば通じるだろう。
『ラストダンジョン前にある国』
身も蓋もないというなかれ、オレもそう思う。
おまけに、この一言で結構な人数にだいたい通じそうなのが、なんか釈然としない。
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(普通ならば、元凶である魔族や魔王を倒すぞ! って、なりそうなもんだけどな)
街並みを眺めつつ、オレはそんなことを思う。
もちろん、そんな提案がなかったわけじゃないらしい。
百年か二百年ほど前までは、一応そんな人たちが魔王討伐なんてものを掲げていたそうだ。
結果はまぁ、この状況からしてお察しだったわけだが。
そんなお察しな結果を続ける勇者たちより、確実に命を守る研究と情報共有をするエルフェル・ブルグの方を人々が信用するのは、必然的だったのかもしれない。
(この世界に来た当初であれば、オレもどちらかというと勇者側目線だったんだろうけど……色々な国や街を見てきたら、流石にな……)
魔物襲撃に対する防衛ルール。
各ギルドを主体とした、情報伝達技術。
現存する魔物に対する、倒し方などの基礎情報。
成果がでない勇者よりも、成果を出し続けているエルフェル・ブルグを信用するわな。
魔王や魔族が仮にいなくなったとしても、魔物が消え去るわけでもないだろうし。
「ヒロト、これなんかどうだ?」
そんな思考の海に落ちていたオレに、アルムが声をかける。
おっと、いけない、いけない。クレインさんへのお礼の品を探している途中だった。
声のする方を見ると、少しだけ先の店でアルムが手を振っている。
慌てて駆け寄ると、多くの綺麗な宝石のような、原石が並べられたお店だった。
「おぉ、すげぇ。こっちはラピスラズリ、そっちがアイオライトで、これは……ラピスラズリに似ているけど、パイライトが入ってないから、ソーダライトかな?」
「詳しいんですね、ヒロト」
「姉ちゃんが鉱石類に興味持ってて、それで覚えた」
いつだったか、バイト代を貯めてでっかい原石買って来た時は、びっくりしたけどな。
とは言え、鉱石というよりは宝石、と言っても良いぐらいに透明度の高い石もあったから、つい興味本位で覚えた程度だけど。
「オレの所だと、パワーストーンって言ってお守りみたいな効果があると信じられているし、いいんじゃないかな」
「よしっ、ならこれを買うか。ヒロト、どれがおススメだ?」
「んーっと……クレインさんに贈るわけだから、仕事関連の方がいいよな」
オレは並べられた石を眺める。
確か、仕事関連に良い石があったはずだ。緑っぽかったはずだけど……あった!
「これが良いと思う。クリソプレーズって言って、仕事の成功や、目標達成へと導く石って言われている」
透明度の高い、エメラルドグリーンの石を指さす。
「いいんじゃないか」
「決まりですね。すいません、こちら宜しいですか?」
リレルが財布を取り出しながら、店員さんに声を掛ける。
これでクレインさんへのお礼の品は大丈夫そうかな。
意外と早めに決まってよかった。
「この後はどうする?」
「一度、病院に寄ろう。サディエルの様子も気になるし、目が覚めたなら検査を受けているかもしれないからな」
そういえば、精密検査があるんだった。
病院に行ったら、また完全にダウンしたサディエルがお出迎え、なんてことありえそう。
注射嫌だー、検査嫌だー、とへこんでいる姿を想像して苦笑いを浮かべる。
「遅いぞ、置いてくからな!」
「ひどーい! 兄ちゃんまってよー!」
そこに、兄妹と思われる声が聞こえてきた。
ちらりと、その声の方向を見ると、後ろ姿ではあるものの、幼い兄妹が仲良く駆けて行く姿が見えた。
楽しげに走っていく姿は、最初の国で出会った、あの幼い兄妹を思い起こさせる。
(どうしてるかな、カイン君に、ミリィちゃんは)
『行っちゃうの?』
『あぁ。ごめんな、先にゴールした方にお菓子をプレゼントって言ったけど……』
『いいよ! そのかわり、今度街にきたら何かちょーだい!』
『うん! ちょーだいね!』
約束ごとを思い出して、オレはクスリと笑ってしまう。
「お待たせしました。あら、どうしました、ヒロト」
「ん? ちょっと思い出し笑い。サディエルの所に行こうぜ」
リレルの言葉にそう返しながら、オレは歩き始める。
賑やかな中央通りを抜けて、少しばかり静かな道を進むと、目的地である病院が見えた。
今朝ぶりの病院は、さすがに営業時間なだけあって受診を待つ人や、面会に来た人たちで溢れかえっていた。
昨日と同じように、リレルが受付で面会手続きを済ませて、サディエルがいる病室へと向かう。
彼の部屋のドアをノックすると……
『誰だ?』
聞き覚えの無いような、聞いたことがあるような声が聞こえた。
その声を認識した瞬間、アルムとリレルの表情が一変する。
「………ヒロト、悪い。僕は一旦帰る」
「同じく、帰らせていただきます」
「え!? ちょ、2人とも!?」
ぎこちない動きで逃げ出そうとした2人よりも早く、病室のドアが開く。
「人の声を聴いて逃亡とは、いい度胸をしているな? 2人とも」
そこに立っていたのは、先日オレたちを助けてくれたバークライスさんだった。
あの時と違って、かなりラフな格好をしており、完全にオフと言うか、業務外といういで立ちである。
「バークライス……将軍……」
「今は業務中じゃないから、"将軍"はつけなくていい。入ったらどうだ」
ぎろりっ、と睨まれて2人は恐縮してしまう。
うわぁ……かなり怖い。
「おっ、3人とも来てくれたのか。入って来いよ」
そこに、サディエルの呑気な声が響く。
この時ばかりは、サディエルのポジティブと言うか、コミュ力と言うか、そういうものが心底便利だと思う。
とは言え、ここで石像のように固まった2人を置いて入るわけにもいかない。
ため息ひとつ、オレは2人の後ろに回って、ぐいぐいと背中を押す。
「ヒロト!?」
「ちょっと待ってください、まだ心の準備が……!」
「男は度胸、女も度胸、みんな度胸。はい、入るよー」




