56話 到着とこれからのこと【前編】
―――出航して21日目、午後。
「うわぁぁ……グラグラする、地面に足つけているはずなのに、めっちゃグラグラする……!?」
「陸酔いですね。ヒロト、まず頭を左右・上下に約30度ずつ10往復ほど動かしてください」
「えーっと、こう?」
オレはリレルの言葉に従って、頭をまず左右に傾ける。
次に、上下にグイグイと動かしていく。
時差ぼけとか、車酔いとかは知っていたけど、船酔いならぬ陸酔いって……
「では、次に姿勢を正して、少し先のモノを見てください。その間に、酔い止めのツボを刺激しますので」
「少し先……あ、灯台があるからそれでいいか……いでででで!? 痛い! リレル痛い!」
灯台に視線を向けると同時に、耳たぶの裏側に激痛が走る。
動かないように両手で顎を固定された状態なもんだから、頭を動かせない。
「効いている証拠です。翳風という平衡感覚と関連するツボになりますので、こうやって……」
「いや、痛いから!? 痛いー!」
「楽しそうだな」
「全くもって楽しくないんだけど!? アルムもやって貰えば!?」
「僕は陸酔いしてないから不要だ」
「くっそ、見捨てられた!?」
トドメと言わんばかりに、さらに強く翳風を刺激され、オレはついに声が出ない悲鳴を上げる。
それが終わって、ようやくリレルはオレの顎と耳たぶの裏側から手を離す。
「あとは、手首にある内関と外関を押しておけばとりあえずは大丈夫だと思います。手と手首の境目にあるしわの真ん中から指3本分ひじ側へ進んだところになります」
「なんだったら、手伝ってやろうか? ヒロト」
「断固、遠慮いたします。自分でやるよそれぐらい……って、ちょっと治っている?」
リレルに言われた通りに内関と外関を順番に押していると、ツボ押しの効果なのか、軽いストレッチと言うよりは酔い解消動作のお陰か。
先ほどまでのグラグラ感がだいぶ改善されている。
これなら問題ないはずだ。
「ありがとうリレル、めっちゃ助かった」
「どういたしまして。陸酔いの原因は平衡感覚が主とされておりますから、それらを養っておくのも良いと思いますよ」
「ちなみに、具体的な養い方は?」
「そうですね、すべり台とか、シーソーとか、ブランコや鉄棒などを使って体を動かすとよろしいかと」
子供の遊び!?
え、子供の頃、それらの遊具で遊んだ経験あるけど、それらが平衡感覚を養ってたってわけ!?
……えーっと、あんまーり考えたくないけど、最近……怪我すると危ないからって、そこそこの公園から遊具が消えているってニュースがあるけど、それって。
いや、それ以上は考えないでおこう、うん。
なんつーか、子供の頃のただのお遊びにも一応意味があったんだな。
いや、逆に意味の無い物の方が少なかったのか?
オレが遊具の件で地味な衝撃を受けているうちに、最後に下船して来たサディエル、クレインさん、そしてアークさんがやって来た。
なお、クレインさんが処理していたであろう、大量の資料が積まれた荷車をサディエルが引きながら、である。
さすがにあの量だ、押しながらだと荷車が坂から勝手に転がり落ちかねないもんな。
「うわぁ……凄い山」
「はっはっは、先日のスクウィッドが船を壮大に揺らしたせいで、船室内が紙まみれになった時は殺意が湧いたものよ」
あー、スクウィッドとの戦闘時の衝撃、あれか。
若干、額に青筋を走らせながらクレインさんは高らかに笑う。
まぁうん、笑ってないとやってられないんだろうな……この量の紙が、船室内にばらまかれたとか、オレなら1日不貞寝という現実逃避に走るかもしれない。
「よっと、クレインさんこれはどちらに?」
「ギルドに運ぶことになる。そこで輸送手続きをするようにと、レックスに言われておる」
「なら、俺もギルドに呼ばれていますから、このまま荷車を押していった方が早そうですね」
「例の検診か。わかった、それならアルム君、リレル君、ヒロト君はこのまま宿へ行ってもらう形にしよう」
サディエルとクレインさんの会話はトントンと進み、オレらは宿直行確定のようだ。
方針が決まったのか、サディエルはオレたちを見る。
「と言うわけで、3人は宿で部屋取っておいてくれ。宿泊日数は……2日ぐらいですかね」
「今日は休息、明日を出発準備とすればそれぐらいじゃろう」
明後日が出発日ってことか。
確かに今日はこのまま宿に駆け込んで、ベッドにダイブして夢の世界に旅立ちたい気持ちこそあるけど……
「オレもついていくよ」
「疲れているだろうし、俺だけで大丈夫だぞ? 検診だけなわけだし」
「前回、血抜かれすぎて貧血しかけてたの誰だっけか。それに、オレもギルドの"資料室"に寄っておきたい」
そう言いつつ、リレルとアルムの腕を掴む。
特に宣言していなかったが、これで2人なら気づくはずである。
つまり、読めないから読んでくれ、である。
もちろん、サディエルが心配だからってのもあるし、この前はフラフラだったから念の為。
「ふふっ、そうですね。では、私たちもお供致しましょう。宿は逃げませんから」
「だな。確かこの港町は宿が2件あるはずだ、満室ってことはないだろう」
よしっ、2人も乗ってくれた!
一方でオレの意図をしっかし察したサディエルの頬は引きつっている。
「最近、このパーティのリーダー、俺じゃなくてヒロトな気がしてきた」
「気のせい、気のせい」
オレは右手を左右に振りながら否定する。
さっすがにオレはこのパーティまとめ切れる自信、ミリもありません。
そうなったら、光属性の主人公属性のトラブル引き寄せ体質でもあるサディエルだけでも、胃薬とお友達になれるよ。
嫌だよ、17歳で胃薬とお友達とか。ファンタジーの苦労人キャラだけでお願いします。
「それならば、おれはここでお別れだな。皆さん、エルフェル・ブルグまでの道中、お気をつけて。無事の到着をお待ちしております」
そう言いながら、アークさんは敬礼をしながら伝える。
真剣な表情でそう言い終わった後、すぐに表情を崩して……
「今のは、エルフェル・ブルグ海軍所属である人間の言葉だ。あと1か月、気を付けろよ」
そこまではオレたちを見ながら言い、視線をサディエルに向ける。
彼の胸をトンッ、と裏拳で軽く叩きながら
「無言の再会なんてしてみろ、地獄まで追いかけて引きずり戻してやるからな」
心配そうな表情でそう言った。
それを聞いたサディエルは苦笑いして
「あっははは……お前が言うと本気でやりかない。瀕死の重傷までは勘弁してくれ」
「重体と言わなかっただけ褒めてやる……言質は取ったからな。エルフェル・ブルグで待っている、またな」
「あぁ、また」
そう言って、2人は固い握手を交わす。
いいなぁあれ、ちょっと元の世界の友人たちを思い出しちゃった。
別々の高校に進学することになった友人たちと、卒業式の日に、ここまで深刻じゃないものの、またな! って笑顔で約束しあった思い出が蘇る。
握手を終えると、アークさんは改めてオレたちを見る。
「サディのこと、よろしくな」
「あぁ」
「はい」
「もちろん!」
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「あー……注射嫌、注射めっちゃ嫌、帰りたい」
「はい、サディエルさん。こちらへ来てください」
アークさんと別れて、オレらは港町にあるギルドへとやって来た。
クレインさんは、さっそく書類のあれこれの発送手配に入っている。
サディエルは涙目になりながらも、ギルド所属のお医者さんの後ろをついていく。
いってらっしゃーいと、オレらは無責任な笑顔で彼を送り出したわけだが……
「で、ヒロト。資料室はどうするんだ? 本音はあいつが心配だったからついてきたんだろが」
サディエルがいなくなったのを確認してから、アルムが口を開く。
「バレてた。けど、確認したいのは本当だから、待ちの間にお願いできる?」
「わかった。ただ、僕はエルフェル・ブルグへ報告をしたいから……リレル、頼めるか」
「わかりました」
そんなわけで、アルムは一旦報告の為に水晶通信室へ。
オレとリレルが資料室へということになった。
ギルドの受付で、それぞれの利用手続きを済ませて、途中までは同じ道なので一緒に行く。
「それじゃ、報告が終わったら合流する」
その途中にあった水晶通信室へと、アルムは消えていく。
オレとリレルはそのまま、このギルドの資料室へと足を踏み入れた。
「だいたい、どこのギルドも結構な量があるんだね」
「そうですね。ですが、内容に偏りはありますよ。こういう港町でしたら、塩害対策とか、海洋生物の資料とか……使用頻度が高い本が中心となります」
「需要と供給の違いがここでも……」
そうなると、この港町にあるギルドの資料室も期待薄ってわけか。
可能性はゼロじゃないわけだし、探さない後悔よりも、探す後悔だ。
「オレでも読める本とか……は、絵本ぐらいだよな」
本棚に並べられた、読めない文字の背表紙に指を当ててなぞる。
もういっそ、絵本の方がヒントあったりしないもんか。
そう思って、それらしい本が置かれてそうな場所を探すと……あったあった、絵本っぽいコーナー発見。
おそらくは、ここを子供連れで訪れた人用なのだろう。
低い棚に絵本が何冊か陳列されていた。
そのうちの1冊を取り出して、パララッと捲ると……どうやら、この世界の歴史を解説した内容だった。
「えーっと……?」
子供向けの歴史書と思われるそれは、確かに見るだけで分かりやすかった。
最初は人間しかいなかった世界。
そこに魔物と呼ばれる……今からしたら魔物というよりは既存動物に近かったのかもしれないが、人に危害を加えやすい種類が魔物に分類された。
もちろん、古代遺跡があったあの国の壁画、そこに書かれていたゴブリンの先祖と思われるものも描かれている。
「……転換期は、やっぱり魔族の出現か」
少し先に進むと、"魔族"の出現が描かれていた。
突如として現れた、人間と見た目が同じでありながら、豊富な魔力容量と長い寿命を持つ存在。
当時の流れを見る限り、最初は人間と共存をしていたようにも見える。
「だけど、今は対立している……んだよな、確か」
そういえば、何で魔族が人間と対立しているのか……なんてこと、考えたことなかったな。
魔族って言えば無条件で対立する存在の場合が圧倒的に多い。
魔族です! って名乗っただけで、OK、敵だな! って認識出来るぐらいにテンプレなわけだし。
だけど、この世界は最初は対立していなかった。
それが何かしらの理由で対立することになったわけで……人間が何かしら魔族の恨みを買ったのだとしたら、現状の説明もつきやすいんだけど。
「さっすがに描かれていないか……」
数ページ進めると、いつの間にか人間と魔族が対立するシーンに変わっていた。
この部分が知りたいのになぁ……数千年前の話だから、記録にないのかもしれないけど。
もしくは、本当にある日突然『私はこれから人間と対立することした!』って、魔族が高らかに宣言した可能性もある。
「どっちにしろ、絵本にはヒントはないかやっぱり」
最後まで確認を終え、オレはパタンと絵本を閉じて元の位置に戻す。
オレは立ち上がり、リレルの所に戻る。
「リレル?……アルムも来ていたんだ」
どうやら思ったより長い時間、絵本に没頭していたらしい。
いつの間にか連絡を終えたアルムが合流していた。
「よっ、面白い本があったか?」
「歴史が描かれた絵本を読んでた。子供向けだし、文字読めなくても絵で分かるから、結構面白かった」
「そうか。ちなみに、こっちは収穫無しだ」
「残念です」
「やっぱり。ありがとう、2人とも。疲れているところごめん」
気にするなと、アルムとリレルは首を振った。
本を所定の位置に戻して、2人も退室準備を終える。
「んじゃ、サディエルの様子でも見に行くか」




