46話 説明不要の根拠
「……いっつつ……手加減ってものねーのかよ」
「あると思うのか?」
左頬に湿布っぽいものを貼りながら、サディエルはアークさんに抗議する。
一応リレルに軽い検診はして貰っている。
結果としてそれ貼っとけと手渡されていたわけだけど。
「さってと、いつまでもコイツに構っているのも時間の無駄だ」
……さんざん殴ってそれってお前、と隣にいるサディエルが愚痴ってるが、アークさんは完全に無視である。
彼はオレたちに視線を向けて
「まずは状況説明を頼む。一応、エルフェル・ブルグからも聞いてはいる。だが、やはり当事者たちの"実体験"と言うものは報告から見えないもんだ。その為、君らの主観でいい、現状について話して欲しい」
「分かりました。では、私から説明致します」
あの時の騒動、特に後半はサディエルは気絶していたわけだから、全部は流石に伝えられない。
それもあって、ほぼ最初から最後まで全部見ていたリレルが手を挙げて説明を始めた。あの時の戦いの詳細を。
オレも該当しているわけだけど、後で恐らく別の説明が必要になるから、リレルが代わりに挙手したのだろう。
最初は、例の古代遺跡に観光に訪れていただけだったこと。
そこでの見学の最中、突如として現れた黒い影が、サディエルをあの場から転移させたこと。
オレたちが助けに駆け付けるまでに、サディエルは体力温存優先で防戦一方で耐え続けたこと。
合流後、件の魔族との闘い。
「ふーむ……」
一通りを静かに聞いていたアークさんは、口元を右手で覆いながらしばし考え込む。
「何点か疑問はある……だが、まずは目の前の事からにしよう。航海中での魔族からの襲撃対策だが……」
「それ関しましては、この航海中は安全です」
「何故そう言い切れる」
そこだよな。
これを他人に説明して納得させるのが、実はすごく難しい。
こういう時、オレの世界のファンタジーのテンプレと言うのは、実に便利なものだと痛感する。
テンプレとは、説明不要の根拠になるのだから。
さて、アークさんに説明するのが難しい理由は実に単純。『オレが異世界の人間である』と知らないからだ。
あの魔族の襲撃予測は、あくまでもオレの世界にあるファンタジーの"テンプレ"を基準として想定されたものだ。
この想定に説得力を持たせつつ同意を得るには、大前提条件として『オレを異世界人だ』と認識してもらう必要がある。
だけど、これに関してはオレらの中で1つの結論が既に出ている。
オレが異世界の人間だと"知らせない"ことだ。
例えば、街を歩いていて見た目が明らかに他の人と大差がない、普通の恰好をしている人が突然自分の目の前で
『私は異世界からやってきました! まもなく世界は滅亡します!』
と、リアルに言われてみて、何だって!? そりゃまずい! 何とかしなきゃいけないな!
……そうなる? 漫画とか小説とかアニメじゃないんだし。
普通の人だったらまず間違いなく、頭おかしい人認定からの、他人の振りでその場から離れる。
ここで、その宣言を信じるのは『信じてもらえないと、話が進まない』展開の都合上というやつだ。
そして、オレが『異世界の人間』である証明は想像以上に難しい。
まず、見た目はほぼこの世界の人たちと大差がない。せいぜいで、名前がちょっと変わっているぐらいだ。
体力面なども確かに首をかしげるかもしれないけど、何かしらの理由があってなど説明がつけやすい。
魔術にしてもそうで、別に魔術が使えないからって異世界人、というわけでもない。
つまり、オレが異世界人と明確な証明をする方法は1つ。
魔法陣から召喚された"瞬間"を目撃していること、これだけだ。
例外の例外を挙げるとすれば、サディエル以上のお人よしに正直に話して『そうか! 大変だったな!』と、疑いなく信じるような、ちょっと君の頭大丈夫? 人をもっと疑った方がいいよ? って、人ぐらいだろう。
サディエルたちが、オレを異世界人だと素直に信じたのだって、魔法陣から召喚された瞬間を"目撃"しているからだ。
実際、彼らもこの件について相談した際に言っていた。目撃していなかったら、まず信じない、と。
『だってそうだろ。たまたま先に来ていたちょっと危機感がない人、ぐらいだな。見た目だけで言うなら』
『私たち以外に喋ったとしても、せいぜい口裏を合わせて騙そうとしている、ぐらいでしょうし』
『僕らの言葉を一応は信じてくれる人はいるだろう。だが、僕らへの信頼度もついでにダダ下がりだ。おまけに納得してもらうには相応の積み重ねが必要だ』
そう。仮に信じてもらえるとしたら、まずサディエルたちの元の信頼度から『怪しすぎるけど、お前らが言うなら一応信じる』からスタートとなる。
そこから、間違いなくオレが異世界人である、と認識して貰うには時間が掛かりすぎる。
そりゃ、オレの世界にあるスマホとかを見せる事が出来れば、少しばかり時間短縮になったかもしれないが、残念ながら荷物は一切持たずにこちらに来てしまった。
そういうわけで、『オレが異世界人である』という証明そのものがあまりにも不毛であり、それをやる暇があるならもっともらしい、別の理由をでっち上げた方が早いのだ。
「俺の参謀たちの検証結果だからな」
リレルに代わって、サディエルは別の"もっともらしい"理由を述べた。
「ずいぶん楽観視してるな、いつ襲われるか分からないんだろ……参謀たちということは、アルム君と?」
「ヒロトだ。2人にあれこれ考えて貰って、少なくとも1か月~1か月半は襲撃はないだろう、という結論に至っている」
その言葉を聞いて、アークさんはオレたちに視線を向ける。
何故だ、と聞きたくなるよね。
アルムも同じようにオレに視線を向けてくるわけで……はい、今回の発案者としてお話させてもらいますよっと。
「オレから説明します。先日の戦闘で、あの顔の無い魔族は、物理面はもちろん、オレらが基本的に干渉出来ない精神面でも大きくダメージを受けてます。物理面だけの損傷であれば、恐らく半月以内に襲撃があったと思います」
「……精神世界側に攻撃出来たのか?」
「あっちが、魔族側のタブーを冒したんですよ」
それを聞いて、アークさんは大きく目を見開く。
「それは、迂闊過ぎないか? なんでまた……」
「あの魔族が生まれたばかりだったから、だと思っています。通常であれば、魔族側は人間に対して1%でも本気を出したら、自分はそれだけ本気を出さないと人間すら殺せません、と宣言していることになる。これは共通認識だと思います」
オレの問いかけに、アークさんは頷く。
よしっ、異世界の人間と証明せず、納得してもらう為の切り口はここだ。
「本来、魔族からしたら人間は取るに足らないモノ、と言う認識でいたわけですが……あちらにとって予想外の反撃があった。まず、サディエルが単体で配下のデーモンを撃破してしまったこと」
「デーモンに関しては、一定以上の力量を持ち、対処する知識を持つ者なら倒すことは可能だが……」
「そうですね。だけど、相手は恐らくこう思っていたはずです。"デーモンをけしかければ、すぐに終わる"と。目の前にいる人物が、デーモンを単体で撃破出来ると想定していなかったんです」
そこで相手はまず焦った。
すぐに終わる、何も心配がない普通の手段だったのに、それが失敗した。
あいつにとって想定外だったのは、サディエルの戦闘能力が高くて、オレらの合流まで粘られたこと。この1点に尽きる。
おまけに、サディエルが必死に粘っている間は、見ようによっては"手加減された"とも取れるわけだ。
「そのあとは簡単、形だけの通過儀礼が失敗した。それだけで奴のプライドはズタズタです」
「……戦いにおいて、自身のプライドほど無駄な足枷はない。そこを突いたわけか」
「そうです。あとは慌てさせ、怒らせてることで、冒してはならないタブーをあっさりと破ってくれました。もちろん、生まれたばかりの魔族だったから、という条件も重なってですが」
苦笑いしながら、オレはそう言って話を締める。
見た通りの事実を言っているに過ぎないわけだけど……何も嘘は言っていない。
実際に起こったことを、間違いなく、客観的視点も交えて話すこと。
これも、相手に信じてもらう為に必要な情報提供だ。そう、アルムに教わった。
「以上のことから、相手は精神世界にある本体にも相当ダメージを負っています。タブーを冒した以上、能力低下も永続的に付与されています。そのあたりの調整にも時間が掛かると思うんです」
「同じミスを2度もやるわけにはいかんだろうからな、あちらさんも」
オレの言葉に補足をするように、アルムがそう付け加えてくれる。
一通りの話を聞き終え、アークさんは「なるほど……」と呟くように言う。
「そういう理由から、少なくとも1か月~1か月半は襲撃はないのは納得だ」
「仮に次の襲撃があるとすれば、エルフェル・ブルグに辿り着く直前だと睨んでます。あそこは対魔物・魔族に対する対抗手段を研究する国。そんな場所に逃げ込まれてしまえば、いくら魔族と言えど、簡単にサディエルに手が出せなくなるからです」
畳みかけて、次に襲撃される可能性が高いポイントも話す。
ここまで話せば、航海中が意外と安全であると納得してもらえるはずだが……本当に面倒すぎる!
こんな会話をしなくて『まぁ、ファンタジーだし』的な感じで納得出来るテンプレって、マジで便利だよな!
ついでにテンポもいい! さくさくと話が進んで行く!
本来はこういう会話をするのが正しいんだけね、うん。
「……チッ、せっかくならエルフェル・ブルグの港まで乗っていけばどうだ? と提案しようと思っていたのに」
「どっちにしろ、荷馬車の護衛の都合上、まだ寄らないといけない街があるから無理だって。それに、いざ戦闘になるなら海の上より、陸の上の方がまだ何とか出来る」
舌打ちして、悔しそうにつぶやくアークさんに対して、サディエルはフォローを入れる。
だけど、今の感じだと襲撃タイミングについては納得してもらえたみたいだ。
オレはアルムにちらりと視線を向けると、あちらも不敵な笑みを浮かべ返してくれる。
その隣でリレルが音に出さない程度に手を叩いて拍手をしてくれている。
おっしゃ! 合格点!
「襲撃に関しては分かった。あとは……お前の"痣"についてか」
「こればっかりは、エルフェル・ブルグ到着後でしか、どうしようもないと思う。一応、違和感があったら言うようにって、皆から釘刺されてるから」
「……言えよな?」
「アークも信じてくれないとか、オレに対する信用なしかよ!!」
くそー! とサディエルは悔しそうにベッドを叩く。
いや、これに関しては本気でサディエルの自業自得な部分が大半だからね。
「さて、おれからの疑問点はあと1つかな。サディが狙われた理由とかあったりするのか?」
「それに関してですが、現時点では情報不足なのもあり偶然じゃないか、と言うのが私たちの結論です」
申し訳ありませんと、リレルが困った表情で返す。
これに関しては本気でこれである。
魔族が"テンプレ"通りの動きをする可能性が高いならば、通常狙われるのはサディエルじゃなくて、オレかリレルだったはずだ。
オレの場合は、シンプルに異世界の人間だから。
魔族ならこの世界の人間じゃないことぐらい、見抜きそうだしな。
リレルは女性であること。こういう救出するって展開で、囚われの身になるのは大半が女性だ。
そうなると、理由があってサディエルが狙われたという可能性は増してくるわけだが、情報が足りなさ過ぎて決定打がない。
あとは、サディエル自身に身に覚えが無いか、ぐらいしか聞くことがないわけだけど……
「心当たりは?」
同じ結論に至ったらしいアークさんが、サディエルにそう問いかけた。
サディエルは肩を落としながら答える。
「さっぱりだ。まっ、理由があったとしても、魔族が相手だからな」
「聞き出そうにも、手段がないと」
「そういうこと。色々とお手上げな部分が多すぎる。次に情報が増えるとすればそれは……」
「その顔の無い魔族の再襲撃時ってわけか。歯がゆいもんだ」
全くもってそうである。
次の情報待ちが、襲撃時とか本当に嫌すぎる。
あーもー、都合よく三次元的な視点で相手の動きが見えないもんか。
「よしっ、だいたい状況は把握した。悪いな、大変な時期に」
「いいえ。こちらこそ、少しでも航海中の不安が解消されたなら良かったです」
「別の方向で不安が増えたけどな」
オレの言葉を聞いて、アークさんは吐き捨てるように言う。
うん、確かに別方向で不安要素が増えた。
「で、おれから1つ提案なんだが……さっきから『顔の無い魔族』って何度も言ってて、言いづらくないか?」
アークさんから突然そんな言葉が出てくる。
それを聞いて、オレら4人は互いの顔を見てから……
「「「「そういえば、確かに」」」」
と、同時に言う。
言われてみればそうだよ、すっごい言いにくい! 今まで何でそこ気にしなかった!?
「状況が目まぐるしく変わってたせいで、呼び方程度は気にならなかってわけか。仲いいなお前ら」
「あっはははは……しかし、そうなるとどうするか。1度気になったら急にあの魔族のことを、顔の無い魔族って言うのがめんどくなったぞ」
それは分かる。めっちゃメンドクサイ。
「ヒロト、こういう場合はどうすることが多いのですか?」
ふと、リレルはオレを見てそう問いかけてくる。
……そうきたか、つまりオレの世界の"テンプレ"なら、こういう場合はどうするかってことか。
リレル本人は、このパーティの参謀の片割れに、どうしましょう? 的な感じを装って聞いてきているわけだし。
不自然じゃない感じで返さないとか……
「相手に仮称をつける、かな」
「では、そういたしましょう! と言うわけで、命名お願いしますね」
「オレが!? え、アルムでもいいんじゃ……」
「僕は辞退させて貰う。そういうの得意じゃない」
逃げられた! ずるいんだけど!?
師匠なら師匠らしくビシッと決定してくれてもいいと思いまーす!
「ヒロト、よろしく!」
「サディエルまで……あーもー、絶対に笑わないでよ!?」
くっそー……オレもネーミングセンスある方じゃないんだけど。
うーん、顔の無い、顔の無い……ノーフェイス、は安直すぎる。
さすがにこれは却下だ、別のやつ。
顔が無い……いや、ここに拘るのがいけないんだ、もっと別の方向に切り口を変えないと無理だから……
数秒間オレは考え込み、1つの名前を思いつく。
「"ガランド"、ってのはどうかな? オレの所で"がらんどう"っていう言葉から取った。環境的な空虚感を表現していて、建物の中に何もはいっていない、だれも居ない光景。がらーんとして広いこと、を指す言葉なんだ」
「生まれたばかりでまだ何もない、顔すらないあの魔族にはピッタリってわけか。良い感じに皮肉も効いていて、いいんじゃないか?」
くくくっ、と笑いながらアルムがそういう。
リレルの方も問題はないのか、いつも通りの笑顔だ。
「なら、あの魔族は今後"ガランド"と呼ぼう!」
サディエルの最終決定により、今後あの顔の無い魔族は"ガランド"と呼ぶことになったのだった。




