4話 食料確保の時間
「夕方だったか。やっぱ時間感覚狂うよな、こういう探索だと」
洞窟遺跡を出て、周囲の安全を確認を終えると、サディエルは背伸びをしながら言う。
結局、洞窟内では彼らの徹底的なクリアリングのお陰で、1度も戦闘することなく外に出てしまった。
途中で魔物との戦闘の1つや2つあるのが普通、だと思ってたのにこれである。
「天気は問題なさそうですけど、風除けも兼ねて、洞窟の入り口を本日の野営地しましょう」
「野営の準備が終わったら、食料調達もしないとな」
食料の在庫を確認していたらしいアルムが、荷物の口を閉じながらそう伝えてくる。
そっか、ダンジョン攻略していたし、持ち物の量だって制限されるから食料問題は出てくるのか。
人数が増えたから、仮に残ってたとしても足りなくなってただろうけど。
「この近辺だと、何がいるんだったっけか」
「えーっと……ワーウルフでしょ、ヘルハウンド、それから……」
アルムの問いかけに、リレルが指折り数えながら種族名を挙げていく。
あ、すっごい馴染みある感じの名前が出てきた。
「スライム、ゴブリン、ガーネットウール? 空飛んでるなら、時間的にそろそろケイブバットとか」
注意しなきゃならない魔物一覧って感じかな。
これらに注意して、近場の果物とか、川があれば魚とかを取りに……
「で、どいつにする? 汁物作るなら、スライムがいいと思う、保温効くし」
「ワーウルフも美味しいですよね」
「僕はゴブリンがいいな」
「ちょーっとまってください!?」
いきなり内容が物騒。
と言うか、内容がまずいって!
「食べるの!? スライムとか、ワーウルフとか、ゴブリンとか!」
「そうだけど」
「不思議そうな顔して、こっち見ないでください! 何で食べるの、特にゴブリンとかスライムとか! そのあたりの鳥とか、魚でいいじゃん!」
あんなグロい見た目の連中なんで食べたいと思う。
しかし、オレの真っ当だと思いたい意見は、次の言葉ですべて打ち消されることとなる。
「ヒロト君」
「は、はい……なんでしょう、サディエルさん」
「この世界は弱肉強食だ」
「はい、普通はそうですね」
「魔物はオレら人間を食う」
「はい、そうだと思いますが……」
「じゃあ、何で俺らが彼らを食うのは駄目なんだ?」
え、えぇぇぇ……
何でダメって、駄目でしょ、衛生面的に。
「食べれないでしょ、どう見ても」
「食べれるだろ、どう見ても」
どう頑張って解釈したら、食べられる認定になるんだよ!
「サディエルさん。スライム、何でも食べる雑種なイメージなんですが」
「あいつら、色が黒くない限りは食用行けるぞ」
「アルムさん、リレルさん。ゴブリンもほら、不衛生代表みたいなやつじゃないですか」
「毒とかありませんよ、彼らのお肉」
「だいたいの魔物は、焼いて塩振れば食える」
何で食べない方が変、みたいな論調で反論されなきゃならんのかな。
オレが納得いってない顔を見てか、サディエルはうーんと腕を組んでしばし悩み。
「俺らにとって、魔物を食べることは旅をする上で、大事な手段の1つなんだ。さっき、持ち物の量に制限があるって話をしただろ? 食料として持てるのは、調味料と固形の食料ぐらいで、あとは現地調達になる。だから、当たり前で疑問に思う理由がないんだ」
そう真面目な表情で説明してくれた。
ここでも、持ち物問題。
本当に持ち物問題って深刻だなー……解消出来るなら不思議な力で解決したいよ。
現地調達するなら、食べ物よりは、生き残るのに必要な品々の方が優先度高かったかもしれないけど。
って納得している場合じゃない。
このままではゲテモノコースだから、マシなものをセレクトしなければ!
「じゃあ、さっきの魔物の名前の中にウールってついてるから、羊みたいなやついるんですよね? それがいいです!」
「えっ、あいつ?」
うわ、3人が同時に嫌そうな顔した。
羊だよね。言葉の響きからして羊に間違いないよね。
「どうしましょう? ガーネットウールと言えば……」
「説明も込々で今回はそいつにするか? どうする、サディエル」
「ヒロト君のご希望だしな。久々に羊肉も悪くはないか」
あ、羊であってた。
なのはいいんだけど、本気で乗り気じゃないというか、なんつーか……厄介そうな感じなのは何故だ。
「少し先に草原があったはずだ。そこを探しに行こう」
「お疲れだとは思いますが、ヒロト君も一緒に行きましょう。1人で待つのは危険ですから」
「そうさせてください。流石にここに1人は怖すぎるので」
決まったならば即行動と、オレたちは立ちあがり、ガーネットウールがいる場所へと向かった。
少し歩くと、所々に木々があった場所から一変して広い草原に出る。
近くには……スライムとかもある程度いるけど、その中にそれっぽい動物が居た。
ガーネットみたいに真っ赤な毛並みで、可愛らしい見た目の羊。
たぶん、あれがガーネットウール何だろうけど……
「羊って、普通は群れでいるような……?」
「それは弱い種族の性質だ。体がでかくて、怖い見た目で、群れている連中ほど単体での能力は低いんだ」
「へぇ……え?」
サディエルの言葉に、思わず硬直する。
体がでかくて、怖い見た目で、群れている?
「えーっと、それってどういう……」
「この世は弱肉強食だ」
「あ、はい。そうですね、さっき聞きました」
「弱いやつが狩られない為の手段として、体がでかかったり、怖い見た目で威嚇したり、数で解決したりする」
「……それが、どういう」
「ガーネットウールの見た目だけど、ヒロト君はどう思う?」
見た目?
オレは視線をサディエルから、ガーネットウールに向ける。
まぁ、ゴブリンとか、ワーウルフとかに比べれば
「可愛いです」
「数は」
「1匹……です……」
「体は大きい?」
「小さい分類…………え?」
「そういうことだ」
苦笑いしながら、サディエルは肯定した。
えーっと、弱い条件が、でかくて、怖くて、数でいる。その完全真逆のガーネットウールは……
見た目が可愛いのは、その可愛さで油断した奴を余裕で返り討ちに、出来るから?
1匹でいるってことはつまり、1匹でも十分に弱い連中を追い返せるってこと?
「アルムさん、群れから外れた可能性は……」
「弱い魔物なら、外れた瞬間に他の連中の餌食になっている。けど、ガーネットウールを襲おうとする魔物は他にいない」
「リレルさん……ガーネットウールって、めっちゃ強い……?」
「さっき上げたこの近辺にいる魔物の中では、一番強いですよ」
どうやら、オレが希望した魔物は……本来、この近辺では一番相手にしない方が良かった相手のようだ。
ガチャリと、装備を確認してサディエルとアルムが立ち上がる。
「これから、ガーネットウールと戦闘になる。ヒロト君は、リレルの傍から離れないように」
「オレ、そのあたりの草陰にでも隠れてますよ?」
「"群れから外れた瞬間に、他の連中の餌食になる" これは、人間でも魔物でも変わりない」
「うっ、わかりました」
アルムの言葉を聞いて、オレは素直に頷く。
そうだった。さっき聞いてたばかりじゃん……
下手に離れた方がオレの身が危ない。
「俺とアルムは戦闘に集中するから、分からないことは随時リレルによろしく」
「じゃ、2人も気を付けていろよ」
「はーい、わかっております」
いってらっしゃーい、と軽いノリで2人を見送るリレル。
オレもつい同じように右手を振ってるけど……大丈夫なのかな、とりあえずこの近辺では一番強いわけだし。
それに、オレはまだ2人の実力見れてない、というかクリアリングがしっかりしすぎた結果、見れてないというか。
「リレルさん。ガーネットウールって、どんな風に応戦してくるんですか?」
「そうですね……火傷を負いそうなほど熱い赤毛で身を守り、素早い動きで相手を翻弄します。死にそうになったら、火だるまのようなって攻撃してくるので、手が付けられません」
見た目通り、火を使うタイプなのか。
しかも死にそうになったら、火事場の馬鹿力とか、背水の陣みたいな感じにさらにパワーアップして攻撃とか、めっちゃ危ないな。
そうこうしている間に、サディエルとアルムはガーネットウールに近づく
「アルム、よろしく」
「はいよ。"水よ、来たれ" !」
アルムが右手に魔力を集めたかと思うと、水の塊が宙に浮き、弾け、この一帯にスコールを降らせた。
「リレルさん、今の攻撃は、どんな感じの攻撃魔術なんですか?」
「雨を降らせただけです」
リレルの返答に、オレはがくっと項垂れる。
だけって、雨降らせただけって。
「大事なことですよ。ガーネットウールがちょっと敵意を持って、そのあたりの草原に転がったら、草が発火します」
それってつまり……
「このあたり一帯が、焼け野原」
「はい、正解です」
語尾にハートマークでもついてそうなぐらい笑顔で、にっこりと上手に出来ました的に言わないでください。
「なので、焼け野原にしない為です」
「そっか、草が乾いてなきゃ発火は遅れるのか」
物が発火するには、対象物が発火する温度に達しないといけない。
同じ木の枝でも、乾いた木の枝と、前日の雨で湿った木の枝では、火が付く速度が違う、と考えたらわかりやすいのかな。
けど、これで戦闘準備が終わったわけだ。
ここから、ついに異世界で初めて見る、魔物との戦闘が……!
「うしっ、足抑えててくれアルム」
「わかってるって、さくっと大動脈千切れよ」
水を浴びたガーネットウールが、ブルブルと毛についた水を飛ばしている間、距離を詰めたサディエルたちが手際よく地面に仰向けで押さえつける。
そして、アルムは両足を抑えているうちに、サディエルはナイフを取り出して腹をさくっと斬って、手を突っ込む。
何かを引っ張ったのか、ガーネットウールは何度かびくんとはねたと思ったら、そのうち僅かに手足を痙攣させるだけで動かなくなった。
「仕留め完了っと。まずは毛を刈って……サディエル、今回はどこまで持ち帰る?」
「毛と、食べる分の肉、あとは角ぐらいは持てると思う」
「りょーかい」
そんな会話をしながら、ナイフ1本でサディエルは手際よく毛を刈っていく。
あ、あの……あのさ。
「こんなの、戦闘じゃない!」
「戦闘ですよ。少しでも判断を誤ったら、大変だっただけです」
さくっと終わってよかったです、と言いながらリレルも2人に近づく。
「毛を貰っていいですか? 解体の間にスカーティングしておきます」
「頼むよリレル。ヒロト君はこっち。大丈夫、今回はこういうことに耐性ないかもしれないから、ある遊牧民から教わった、大地を血で汚さない解体方法で解体する。返り血の心配もないし、安心していいぞ」
安心要素ゼロなんですけど!?
というか、ガーネットウールがただの羊にしか見えなくなってきている。
一応、この近辺では一番強いはず、なんだけど。
そんなオレの内心に気付かずに、サディエルはガーネットウールの解体を進める。
つんつるてんにひん剥かれたガーネットウールの毛はリレルの手に渡り、彼女は意気揚々と毛の確認を始める。
固まっている汚れを取ったり、傷んだ箇所やゴミの取り除きと選別をすることを、スカーティングと言うらしい……
「うわぁ……」
サディエルが、再びナイフでガーネットウールのお腹を割き、手際よく解体していく。
「おっ、メインディッシュの1つが出てきた。ヒロト君、レバーは好きかい?」
「どっちかと言えば苦手なので、遠慮します」
差し出された肝臓っぽいものに、オレは即答でそう返答する。
こうして、ガーネットウールはサディエルの手によって、あっという間にバラバラにされたのだった。
徹底的に戦闘の「せ」の字もないって……どうなってんだよ本当にさ……