24話 負け筋論【後編】
「"元の世界に戻る"って視点じゃなくて?」
「違う、死なないことだ」
アルムはハッキリと否定する。
「あいつの説明内容の100%がそうだ。現状だけだと、元の世界に戻る云々は全く考慮されていない」
考慮されてないって、何が?
元の世界に戻ること……? それって、それって……!
思わず立ち上がり、オレは声を荒げる。
「何だよそれ、考慮してないって……帰れなくてもいいってことかよ!」
「どうしてそんな解釈になる。少し落ち着け」
いやだってさ……!
オレはずっと『元の世界に戻る』ことを前提をしていたわけだ。
それなのに、サディエルはそんなことじゃなくて『オレが死なないこと』を前提にしていた?
それって目的が違うじゃん!
「オレは! 元の世界に帰りたい気持ちがあるから、やらなきゃいけないことはやってるつもりだ! だけど、そもそもサディエルたちがそうじゃないって、どういうことだよ!」
「だから、落ち着けと言ってるだろう! 誰もそこまで言ってない!」
「言ったじゃん! "元の世界に戻る"って視点で見てない!」
「それは最終的な"勝ち筋"だ! 今はその勝ち筋が通ってない状況だ。何処の世界に、勝ち筋が見えてない状態で最後の手段を使うアホがいる!」
「じゃあ、その勝ち筋を作ればいいじゃん! それがエルフェル・ブルグに行くことなんじゃないの!? いや、エルフェル・ブルグに行くだけじゃない、その道中でも情報あるかもしれないのに、それをみすみす見逃してるってことだよな!」
「仮に情報があったとして! 今のお前が居る状況で、それを実行出来る状態かどうかを考えろ!」
「やってみなくちゃ分からないだろ!? 元の世界に戻る方法が、目の前にある可能性を見逃す方が、よっぽどバカだよ!」
「不確定で安定性のないことに首を突っ込んで、大火傷を負うのはお前なんだぞ。無作為に、何の当てもないことをやって、それで成果が得られると言うのか!」
「何もしないよりいいだろ!? そうやって、ずっと後手後手で後ろ向きな内容ばっかり!」
これまでサディエルたちの言い分は正しいし、間違いない。
それは承知だけど、不満な部分もあった。
前に進んでいる感覚が凄い鈍いのだ。
確かに1歩1歩間違いなく前進はしているのだろうけど、その小さすぎる。1歩と言っても、実際は半歩以下だろう。
その歩みの遅さに、やきもきする。
目に見える大きな1歩がなさすぎる。
ゲームで例えるなら、モンスターを倒せば主人公や仲間がレベルアップするように。
漫画や小説とかなら、新しい力を手に入れるように。
そういうのが何もないのだ。
目に見えるそれらがなく、今のところ忙しく色々やっているけど、それは現状維持に近い勉強と、体力をつける為の僅かとしか思えない運動だけ。
体力をつけろと言われているのに、急には無理だからと運動そのものも軽いものばかりなのだ。
しかも、目標達成表の件で最短を進むこともNGときた。
肝心の『戦い方』ですらこんな状況だ。
前衛も、中衛も、後衛すらも話を聞けば聞くほど決め切れない。
「これじゃあいつまで経っても、何も変わるように感じない! 色々足りなくて! あと1歩、なにか決定打が欲しいのに、実際は10歩も20歩も後ろに下がって!」
自分なりに、やれることはやっている。
そう言い切れるはずなのに、結果がついていかない。
「なんの役に立つんだよ! このままじゃ、オレはずっとお荷物だ!」
「それが分かっているなら、今は耐え時ぐらいわかるだろ!」
「アルムたちは良いよ! 何が最善で、何が最適か全部見えてるし、出来る力もあるんだから!」
ぴくりっ、とアルムの眉が跳ねる。
「分かった、お前がそう思うなら、最善で最適を選んでるということにしておく。だからこそ『死なないこと』が一番大事なんだ。サディエルも言っただろう。君さえ生きていれば『元の世界に帰還』が達成出来る可能性が残り続ける、と」
「生きてたらどうだって言うんだよ! 生きてても、目的達成が不可能になったら意味ないだろ!」
「意味がない、だと?」
「そうだよ!」
ダン! と力強く、テーブルに何かが打ち付けられた。
驚いてその方向を見ると、アルムの右手が振り下ろされていた。
「……意味がない……意味がないね。お前の感想はそうなわけか……なるほど、サディエルの奴が何でコレを真っ先に言わなかったのか、よーくわかった。ヒロト、一度座れ」
「話は終わって……」
「座れ、いいから」
今までにないぐらい低い声で言われ、オレはしぶしぶ座る。
アルムは頭をがしがしと乱暴にかくと
「ヒロト、そもそもこれは"負け筋"の話だったはずだ。最初に定義を確認しておくべきだった。僕らの中で、"勝ち筋"とは、最終的な達成目標のことであり、"負け筋"というのは、目標達成に際して失敗してはいけない項目という意味がある」
失敗してはいけない……?
「どんな崇高な目標を掲げようと、途中で死んだら意味がない」
「それなら、余計に動かないと意味が」
「それで無駄死にする可能性を見逃せと?」
アルムの目がスッ、と細くなる。
心なしか、声もさらに低く感じる。
あっ、しまった……と、その時になってようやく感じた。
この感覚は覚えがある。
友人と喧嘩した時、もしくは友人同士が喧嘩した時に感じるやつ……片方の地雷を踏んで"限界ライン"を超えたときの感覚だ。
「僕らがなぜ、この項目を重視しているか……それはわかるか?」
「………」
オレは無言で首を左右に振る。
「まっ、そうだろうな。何故僕らがそうしているのか。それは、仮に僕らが途中で死んだ場合、最低でも君が次の街まで逃げ延びて、別の味方を探すまで確実に生きて行けるようにするためだ」
逃げ延びて、生きて行けるように……
沈黙しままのオレを見て、アルムは言葉を続ける。
「僕らもそう簡単に死ぬつもりはない。けど、"絶対に"とは保証してやれない。それは無責任だ」
「……サディエルも言ってたけど、なんでそういう結論になるんだよ」
思い出すのは世界に来た初日のこと。
サディエルははっきりと言い切ったことを今でも覚えている。
『俺らが守ってやるぜ! って言わないんですね……』
『当たり前だ。冒険者は己の実力を、過大評価も過小評価もしてはいけない』
その時の彼は、そうオレに返していた。
「知っているからだよ。世の中が理不尽だってことをな」
「……」
「お前だって散々心配していただろう。どれだけ対策しようがなにしようが確実じゃないって……あの宿の主人から聞いたぞ」
ご主人……いつの間に話してたんですか……
いや、もしかしたらアルムたちから話題を振ったのかもしれないけどさ。
「君だって理解している。そして、僕も、サディエルも、リレルも、いつその日が来ても覚悟は出来ている。だが、君はそうじゃない。それならば、生き残る可能性を1つでも多く、僕らは君に残す必要がある」
「生き残る……」
「別に、元の世界に戻る手立てを探すのは僕らじゃなくていい。何とでも言って情報収集は出来る」
ふぅ……と、アルムは深呼吸するように息を吐きだす。
そのまま、ゆっくりと天井を見上げる。
「だけど、この世界の情勢に疎く、魔物がいない別世界の住人だったこと、その他すべての事情を正確に理解している僕らでしか、今、君を死なせない為に必要なことを最短で教えることが出来ない」
異世界の住人である。
そう、オレはまさにそうである。
サディエルたち以外に馬鹿正直にそれを告白しても、すぐに信じてもらえないだろうことも、理解している。
ずっとオレは言ってきた、サディエルたちは何でここまですぐ信じてくれるのだと。
普通は信じないだろう、と。
「そもそもの話だ、『元の世界に戻りたい』『じゃあエルフェル・ブルグだな、あそこ行けばだいたいの情報が揃う』『よし、行くぞ!』……で、終わる話なんだよ、"勝ち筋だけ"で話すなら」
「それは……」
「明日何があるかだって分からない、何が最善か、最短かだって分からない。間違いだってする。それが何だ」
視線をゆっくりと元に戻し、アルムはキッとオレを睨む。
「僕らは、今、間違いなく、お前の目の前で"生きている"人間だ。君の世界にある都合のいい奇跡を信じて、無謀な賭けを躊躇なく出来る想像や空想上の存在じゃない。常に最悪を考え、少しでも良い結果にしたいと足掻く……君にとっての現実が元の世界であるならば、僕らの現実は"ここ"だ」
そして、悲しそうに眉を下げ……
「自分の、仲間の、家族の、友人の命を守るのに必要なことを……そんな言葉で……無意味だなんて言葉で、くくらないでくれ」
そう、懇願したのだった。
「……悪い。今日はもう休む、お前も戻れ」
「アルム……あの……!」
「1人にさせてくれ。悪かったな、こっちの傲慢を押し付けてたようで」
「違う! そうじゃ……!」
「今は、互いに頭冷やそうってことだ」




