2話 出会いは洞窟内
「なるほど、なるほど……つまりヒロト君は、チキュウという惑星の、ニホンという国で、コウコウセイという職業を3年続けている17歳。ここには本を読んでいたらいつの間にか、ってことか」
なんか、結果的に色々話してしまった……
荷物袋から取り出された麻布のシートに座りながら、サディエルの質問に対して、オレはこくりと頷く。
なんで馬鹿正直に「異世界」って聞いちゃったんだろう。
あまりの物珍しい面白世界の話感覚であれこれ聞いてくる3人に、律儀に色々答えちゃったけどさ。
「キカイとか、カガクって面白そうよね」
わくわくと好奇心に目を輝かせながら、リレルは言う。
いえ、剣と魔法の方が面白そうです。
「空飛ぶでかい鉄の物体ね……こっちじゃ絶対作られることはねーだろうなぁ」
呟くように言ったアルムの言葉に、オレはこれだ! と思わず身を乗り出す。
「え、ないんですか? 超便利ですよ!」
つまり、オレの現代知識を総動員して、飛行機を提案すればそれを開発して貰うとか、作るとか、そういう所で……
と、一瞬でも考えた野望は、次の瞬間に木っ端みじんになる。
「いやさ、空にグリフィンとか、ハーピーとか飛んでるのに、人乗せた鉄の塊なんぞ空飛んだら危なすぎるだろ。そのヒコウキ? って小回り効く? 回避行動取れないと、話にならないんだけど」
アルムの問いかけに、オレは飛行機を想像する。
そのまま、その大きさで俊敏に回避行動を取れるものかと……考慮するまでもない。
そんなことしたら、即バランス崩して墜落する。
小型の戦闘用みたいなのでも、彼らが想像する速度の回避行動なんぞ無理。
「……効かない、です。で、でも、防御魔術とかそう言うのは?」
「難しい、かな」
なんでだよ!! と思わず笑顔で言い切ったアルムに向かって、叫んでしまう。
すると、サディエルが荷物から紙を取り出して、さらさらと何かを描く。
描き終えたのか、その絵をオレに見せてくれたんだけど……
人間っぽい形のものと、魔物っぽい形の何かが、左右に描かれている。
「俺らの世界では、魔術は常に進歩しているんだ。例えば、人間が強い魔術を開発すると」
矢印を魔物に向けてずずいっと、追記する。
「魔物は対抗出来なくなる。だけど、時が経つと学習して、こっちの魔術を無効化、もしくは転用して、より強い魔術をこちらに返してくる」
今度は魔物側から、人間から出た矢印よりも少し大きめにしたもの伸ばして書き足す。
「そうなると今度は、人間側がそれを防ぐ方法を研究をして……」
「あの、すいませんサディエルさん。それ、収拾つきます?」
「つかないかな。成長を怠った方が負け、以上」
青天井か、この世界は。
インフレするよそのうち、大丈夫なのか。
「50年ぐらい前は、一部の天才にしか使えない魔術とかも、今じゃただの初級魔術ですし」
「そこらの本屋で、山積みされた初級本に載ってるな」
リレルとアルムも、さも当然、と言わんばかりに会話してるし……
「これ以上、進化および進歩しない可能性は、考慮されないんですか?」
「しなかったら、人類が滅ぶだけだ」
はっきりすっぱりと、サディエルは言い切る。
本当に、インフレ待ったなしだよね、これ。
もう一回いうけど、大丈夫ですか、この世界。
「じゃあその、電車とかも」
「さっき話してくれた、一本のでっかい道作って走らせる鉄の物体だろ。地形を分断した際の、生態系への影響も怖いけど、センロを少しでも破壊されたら、走ることが出来るのか、それ」
「魔物への対抗策ない間、数十年単位で動かせないこと前提ならいいんじゃないか?」
あぁ……そういうことか……
ファンタジーで何で電車とか、飛行機が発明されていないのか。
世界観に合わない、とかじゃないんだ。
現実問題として、無理なんだ。
そりゃそうだよな、オレが生きてる現代社会ですら、飛行機にそこらの鳥がぶつかってくるバードストライクでエンジンぶっ壊れ。
墜落事故すらあるわけだ。
ただの鳥でもこれだ、魔物なんか飛んでる世界で飛べば、そりゃ……そうなるよな。
なんで、空を飛んだら、空に住む魔物が消える、ってイメージで居たんだろう。
「その理論で行くと、先に攻撃するって手段も」
「防御と同じだな。攻撃が通じない時期に先制しても『餌ここでーす、撃ち落としてね』って自己申告してるようなもになる」
デスヨネ。
オレは今一度深呼吸して……うん、やっぱり言わせて欲しい。
「絶対にインフレするだろ、この世界ー!」
そう全力で叫ぶ。
すると、サディエルたちが慌てて、シー! シー! と口に人差し指を当ててジェスチャーする。
静かに? えーっと、こういう場合の展開であるのは……あ、魔物に見つかる系か。
その考えはどうやら正解だった模様で、サディエルがすかさず剣を鞘から抜き放ち、オレたちを守るように前に出る。
同時に、アルムは出来る限り後方に下がり弓を構え、弓筒に右手を伸ばし、リレルは小さく何かを唱え始める。
しばらく沈黙が流れ、周囲から変な音がしないことを確認してか、3人はゆっくりと武器を下す。
「異常なし。良かった助かった……入口あそこだけだから、逃げるにしても手間だったし」
アルムが弓を片付けながら言う。
入口……あ、この魔法陣ある部屋の出入り口か……確かに、四方は壁に囲まれてるし、あそこから魔物が来たら逃げられないよな。
うわっ、そう考えるとこわっ……
「だな。悪いなヒロト君、事前に言っておけばよかったよ。ここ、魔物がいる洞窟の中層部なんだ」
「いえ、オレもすいません……」
サディエルの言葉に、首を左右に振る。
理由はどうあれ、叫んだのはオレだし。
「2人とも、詳しくい話はここ出てからにしませんか?」
「そうするか」
リレルの提案に賛同した2人は、手早く麻布のシートを片付けてそれぞれ荷物を持つ。
旅道具とか入ってるのか、めっちゃ大荷物なんだけど。
「先頭は俺、中列がアルムとヒロト君、殿はリレルでいいか?」
「りょーかい」
「問題ないですよ。さっ、行きましょうかヒロト君」
そういいながら3人は歩き出そうと……って!
「ま、待って! 待ってください! ちょっと待って!」
オレは慌ててサディエルたちを止める。
「あの、魔法陣があるなら、帰る手段もこれじゃないんですか? と言うか、召喚術みたいなものだろうから、3人の誰かがそれ使ったんじゃ……」
個人的には至極まっとうな意見を言ったと思う。
オレを召喚した魔法陣は、どうして作動したか分からない、と彼らは言っていた。
偶然発動するってことは、だいたいはトラップ類なのに、彼らにこれといった被害はない。
となると、3人のうち誰かが召喚術を使える可能性は十分に……
「ショーカンジュツ、って、何かな?」
「えぇぇぇ……」
え、ここまでの流れで召喚の単語が分からない? 嘘だろ。
「えーっと、召喚術ってのは、モンスターを魔術で呼び寄せたり、こう、魔族とかを眷属にしたりとか、精神的な霊を降臨させるーとかさ! 何だったらオレみたいに異世界から魔法陣で呼び寄せるとかそーいう!」
なんで、そっちの方が知ってて当然そうな内容を、オレが説明しなきゃいけないんだろう。
そんな感じで、やけくそになりながら説明するが、当のサディエルたちは、ほんっっとうに思い当たる節皆無です、な雰囲気でいるし。
しばし考えこんだ末……彼らの返答は
「うーん、さっきから思ってたんだけど……ヒロト君」
「は、はい……何でしょう、サディエルさん」
「君、イセカイと魔術に、夢見すぎな気がする」
夢見すぎ
夢見すぎ
夢見すぎ……そう、何度かオレの脳内でサディエルの言葉が何度もリフレインする。
山彦のように、輪唱のように響き渡るその言葉にオレがぽかーんとしている間にも、彼らは彼らで話を進める。
「聞いてる限り、明らかにカガクとかの方が、俺は便利で万能そうなのに、妙に魔術が美化されている。魔術は何でもできるんです! みたいな」
腕を組んで、首を傾げながらサディエルが言う。
「あ、それ私も感じてました。ショーカンジュツで、魔族を眷属とか。魔族は人間なんて眼中にありませんし、実力を1%でも出すと、同種族から『人間なんかに本気になって』と、馬鹿にされるそうですし」
「僕が思うに、存在しない物、しかも絶対に再現出来ない物に対しての想像力って豊かだよな」
追い討ちのように、リレルとアルムが疑問を口にする。
同時に、ぐさぐさっ、とオレの心に何かが刺さる感覚がした。
普通、こういうさ、異世界行ったときにさ、召喚術が仮にガチで存在しない世界だったとして、それ提案したら
『その発想はなかった!』
『すげー、おもしれー!』
『異世界の人ってすごいわね! 私たちは思いつきもしなかったわ!』
みたいな展開とかさ。
「ヒロト君の世界って、昔は魔術があったりしたとか? じゃないと、ここまで想像出来ないよな」
「ついに想像認定……え? オレが居た場所で魔術?」
想定外の切り返しに、オレは一瞬思考停止。
オレの世界での魔術的なものって、漫画やゲームは置いといて……
「幽霊を呼んだり追い払う祈祷とか、呪術みたいな藁人形で呪うとか、あとは占星術だろ、それから……」
そこまで考えこんで、オレはあることに気が付いた。
魔法とか魔術みたいなの出てくるのって、十中八九海外のギリシャ神話とか、インド神話とか、エジプト神話みたいな超大昔の話が大元で。
しかも科学技術とか出てきたせいで、様々な非現実的なことが科学的に証明解析された結果、んなもん存在しねーよ、って烙印押されてる?
オレがその事実に気が付いて、冷や汗だらだらと流しているのを見て、サディエルたちは再び口を揃える。
「「「やっぱり、夢見すぎじゃない?」」」
「異口同音ではっきり言わないでー! オレもう精神ダメージで死にそう!」