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14話 襲撃【前編】

 ――滞在4日目


「ご主人! シーツ持ってきました!」

「あいよ! そっちに置いておいてくれ、ほら、替えのシーツ」

「ありがとうございます」


 洗い立ての太陽の香りでもしそうなほど、綺麗に洗われてしっかり乾いた。

 んー、やっぱり良いよな、お日様の下でしっかり乾かされたシーツってやつは!

 この街での生活も4日目、つまりはサディエルたちが隣街で用事を済ませる日であり、あとは帰ってくるのを待つばかりである。


「そいや、サディエルたちが隣街って何のために行ってるんだか……まぁ、帰ってきたら教えてくれるかなたぶん。少なくともサディエルはお人よしだからな……っと! よし! シーツ敷き終わり!」


 滞在中の部屋のベッドシーツを敷き終えて、荷物をまとめる。

 さてと、今日は勉強をどうするかを考えないと。


 最初は勉強方法なんて考えられるもんなんか? 論外っしょ、と思ってた。現在だって思っている。


 だって赤本とか無いし、自前の教科書すらないし、なんなら過去問をネットで検索することすら出来ない。

 そうなると、どうやって勉強しろっつーんだ! ってわけで……何で勉強を心配するかなぁ、普通。

 だいたいの異世界ものって勉強なにそれ美味しいの、なのにさー。

 いやまぁそこの愚痴は仕方ない、受験生の現実だ。


「ご主人! ちょっと出かけてきまーす!」

「いってらっしゃい! 気を付けろよ!」

「はーい!」


 この4日で仲良くなった宿の主人に挨拶して、オレは宿を出る。

 そのまま向かうのは、この街で一番見晴らしのいい高台である。

 独り言言うにも、やっぱ人気のない場所が最適だからね。日中はあの辺りあまり人がいないらしいし。


 んで、本当にどうしようね勉強。異世界で元の世界の受験勉強するってマジでどーよ?


「プリーズギブミー! 勉強方法ー!」


 高台に登り終え、街を見下ろしながら思わず叫んでしまう。

 はー……こんなこと心配する異世界旅行ってまーじあり得ねぇ。


「んー……赤本とか使えないってことは、最短で最適な対策が無理ってこと。教科書がないってことは、オレが思い出せる範囲でしか学力維持出来ない?……あれ、受験詰んでね?」


 結構なムリゲー……けどなぁ、サディエルがあぁ言うってことは、元の世界に戻った時にどれだけ時間掛かったにしても、社会復帰する為にいるからって判断だろうし。

 いや、そこまで考えてねーか、さすがに。


「漢字とか英語はいっそ、単語カードでも作ってしまうか? どうせ単語は他の人に見られたところで判断付かないし。数学と科学は計算式とかだけでも……あ、これも単語カード作るか。あとは日本史と世界史だから……あかん、これが一番大変な気がする」


 まっっっったく! 解決策が思いつかない!

 やばい、こんなことに悩むぐらいなら、まだ体動かして体力付けた方がよっぽど現実的な気がしていた。

 いやいや、現実逃避ダメ絶対! 受験日まで帰れる可能性は低いけど、帰れた時に『あ、1年以上かかると思ってたからなーにもしてないや、受験免除して!』は通用しないんだ。


 ……つーか、仮に『異世界行ってたので勉強してません』なんて平然と言ってみろ。まず残念なモノを見る目で見られるぞ、色々な人に。

 残念なモノを見る目で済めばいいな、むしろ頭を心配されるわ。


 そういう意味では、サディエルたちは本当に何でさらっと『異世界の人間です』って宣言を信じるんだよってこれ、何度目だよ! 仕方ないじゃん、不思議なんだから!


「はぁぁ……ため息吐いたら幸せ逃げるっつーても、無理だっつーの」


 なんつーか、魔物とか道中の恐怖が思ったよりあっさり解決したから、余計に勉強の方が大問題だよな。


「……いい天気だなぁ今日も。うしっ、そうなれば!」


 オレは持ってきた荷物から、麻布で作られたシートを取り出す。

 レジャーシートのようなもんで、こっちはリレルから1枚借りているものだ。『悩み事がある時は、ぼけーっとただ空を見るのも、案外大事なことですよ?』という、お言葉付で。


 ばさり、とシートを広げてそこに腰を落として、ゆっくりと空を見上げる。


「いい風だし、気持ちいいぐらいの空だな……平和平和……っと。ん?」


 ふと、視界の片隅に何かが映った。

 オレがその方向を向くと、小さな兄妹が楽し気に走ってくるのが見えた……って、見覚えある気が……


「お兄ちゃんはーやーい!」

「ミリィがおっそいのが悪い! あれ? あー! この前の息切れにーちゃん!」

「え? あ、本当だー! ぜぇぜぇ息切らしてたお兄ちゃん!」


 ――小さい子って、本当に素直で正直で残酷だよな。

 心の傷をぐりっぐりと抉ってるって気づけない頃だからな、うん、仕方ないのは分かってる、無邪気なのは仕方ないけどやっぱぐさっと来るね。

 記憶がないだけで、小さいころのオレ含めて全ての人間が同じ道通ってるんだ、これ以上は野暮だ、うん。


「この前の避難訓練で、同じ東避難所に居たよね、君たち」

「うん! にーちゃん見かけない奴だけど、どっから来たの?」

「めっちゃ遠い所。初めまして……でもないか? オレはヒロト。君らは?」

「カイン! こっちは妹のミリィ!」

「初めまして! 変わったお名前だね?」


 異世界だとオレは恐らくキラキラネームレベルで変な名前に聞こえるんだろうな、間違いなく。

 再びぐさりと心に痛みが走った気がするけど、それは気にしないでおこう。

 元気で大変よろしい……んだけど、オレよりも体力は100%あるんだよなぁ、この子たちですら。

 先日の避難所への移動中にふっつーに追い抜かれたし。距離も離されたし。


「あっははは……2人はここに遊びに?」

「そうだよ! 毎日ここまで、かけっこして登るんだ!」


 えぇぇ……この高台、そこそこ距離が長い緩やかカーブ何回かあって登ってきたぞ?

 そこを走りながら……遊びの一環とはいえ、毎日……


 遊び感覚で登ってるって時点で、完全に体力付けてるって感覚ゼロだなこれ。


「ひどいんだよ!? お兄ちゃん全然待ってくれないの!」

「えー、ミリィが速くなればいいだけだろー?」

「むー!!」

「ほらほら、どうどう、落ち着いて。喧嘩ダメだって」


 えーと、こういう時に一番手っ取り早いのはっと。

 母さんなんて言ってたっけ、こういう小さい子は……思い出した、興味が湧くことがあれば、その話題を振れば1秒前の話題をすぐに忘れてそっちに興味を示す、だ。


「2人とも、走ってきて疲れただろ? 宿の主人からお菓子貰ってきてるんだけど、一緒にどうだい?」

「お菓子!? 食べたい!」

「クッキーある!? 俺、クッキー好き!」


 うわぁお、超食いついた。

 先ほどまで喧嘩していたとは思えない速度で仲良く興味を示しちゃったよ。

 ありがとう、保育士やってる母さん! これ、すごい効果あった!……のはいいけど、知らない人の言葉にホイホイ釣られていいのかとも不安になるな。


「よし、2人ともシートに座っ……」


 荷物からお菓子を取り出しつつ、2人に座るように促した直後だった。


 先日も聞いた警告するように鳴り響く鐘の音。


 そのけたたましい音に、オレは思わず耳を防ぎ、兄妹は不安そうな表情で周囲を見渡す。

 鳴り終わると同時に、先日と同様に街全体に聞こえる声が響き渡る。


【避難勧告! 避難勧告! 魔物の大群がこの街を通るルートで進行しているのが確認されました! これより、警戒度最大に設定し、街民の皆さんは避難をお願いします! 繰り返します! 避難勧告! 避難勧告!―――】


 避難勧告……魔物の大群!?

 嘘だろ、とオレは立ち上がって周囲を見渡す。

 最低限の高さを確保した壁と簡素な城門に守られたこの街は、オレの居る高台からだと街の外を見渡すことも出来る。


 どこだ、どこからだ!?


 360度ぐるりと見渡すと、丁度オレの真後ろに黒い何かが見えた。


【魔物の大群は、北北西より進軍! 今回の避難所は、東避難所と南避難所を解放します! 避難所解放は20分! 皆さん、日頃の訓練同様に避難をお願いします! 繰り返します、魔物の大群は、北北西より……】


 地図を取り出し、高台の位置が北北西であることを確認する。

 やっぱあの黒いのがそれか!


「お兄ちゃん……!」

「ミリィ大丈夫! ここからなら東避難所が近いからそこへ行こう! ヒロト兄ちゃんも!」

「あぁ!」


 オレは麻布のシートを手に取り……ちょっと待て、今からあの長い坂を下りる?

 オレの体力であの坂を走りながらって、かなりきつい上に、そこから東避難所までさらに距離があるわけで……目の前の兄妹たちは問題ないだろうけど、オレ無理じゃね!?


「兄ちゃん早く!」


 行きたいけど現実的に無理だ。主に体力面で。

 となると、何か方法を……と改めて周囲を見渡すと……避難所の方角は、芝で生い茂った少しばかり急な斜面だ。


「………」


 オレは手持ちの麻布のシートと、急な斜面と見比べる。


「にーちゃん!」

「カイン君、ミリィちゃん」

「なんだよ!?」

「この芝を下りた先に、川か、壁みたいなのとか、急に石の道になったりする場所ある?」


 オレの問いかけに、カイン君はポカンとした表情を浮かべる。

 そして、すぐに妹のミリィちゃんの顔を見てから


「え? ない、はず、だよな?」

「うん、ない」


 互いに確認してそう答えてくれた。

 よしっ……!


「2人とも、少しショートカット……近道しよう!」

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