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13話 恐怖を上回るのは「信頼」

 ――滞在3日目


「魔物の襲撃は怖くないのか、かい?」

「はい」


 昨日、ギルドに寄った後に備品類と家財道具の目星もつけ、サディエルからやっておいて欲しいこと3点のうち、2点が終わった。

 つまりは、『調達先を見繕うこと』と『街で行われる避難訓練の参加』である。

 残り1つ、『受験の勉強方法確立』の目途が立たない為、オレは別のことに目を向けることにした。


 そして今、オレは宿の主人に時間を作ってもらって、先ほどの質問をしたのである。


 それは『魔物に対する脅威』である。

 オレが異世界から来た人間ってのを知らない上で、シンプルに答えてくれそうなのが、宿の主人くらいしか思いつかないから、ってのもある。


「オレの故郷は、魔物に襲撃されことがないような場所でした」

「あぁ、そういえば"数百年前に魔族によって滅ぼされた国の末裔"で隠れて住んでいたんだったもんね、ヒロト君は」


 本当に便利だよな、この設定。

 信じてもらえる分にはありがたいというか、その可能性は十分あり得るって認識なんだねこの世界。

 いやまぁ、サディエルたちが該当する国の歴史を調べたうえで、ボロが出にくいようにって装飾してくれた設定なわけだけど……


「近くに魔物はいませんから、基本的に普段はいないも同然です。外界からは完全に閉ざされていましたから、外の情報は入らないのは滅んだ国だってのもありますが、すごい平和な場所、でした」


 なんというか、すらすらと言える自分がちょっと悲しい。

 気分は人狼ゲームとかで『オレ、人狼じゃないよー? 人間だよー?』って言ってる感覚である。


「なるほどなぁ。それで、魔物の襲撃が怖くないのかと」

「そうです。街の中でも、外でも、魔物がいつ襲ってくるかわかりません。場合によっては盗賊とかそういうのもですが……人であるわけですから、盗賊の方は限度を知ってるでしょうし」


 オレの言葉を聞いて、宿の主人はうーん、と考え込む。

 少し考えこんだ宿の主人は、何か決めような、決意したような表情でオレを見て……


「思わない」


 と、はっきりと答えた。


「それは……なぜですか?」

「そうだな……強いて言えば、安全を確保する術を知っているから、だ」

「確保する術を持ってたとしても、確実じゃないですよね」

「それは人それぞれの『確実』に対する定義による。何にだって100%は存在しない。けれど、限りなく100%に近ければそれはあり得ないと同義語だ」


 それは分かる。

 けど、世の中はそんな都合よくない。100%じゃない以上、失敗する危険は常に付きまとう。

 だいたいはその可能性が低いほうが多く発生する。


「……けど、ダメな可能性があるんですよ?」

「逆に何でそこまで不安がるんだい。避難訓練は常にやっている、魔物ごとに対処も決めている、避難先の施設も充実。対魔物に対する研究は常にエルフェル・ブルグで行われ、随時最新の対応策が練られている」


「実は魔物側が人間に見せていない隠し技を持っていて、隠れていても逃げられない攻撃をしてくるとか」

「仮にそんなことできるんだったら、とっくの昔に人類は滅びているよ」


 うーん……何だろう、やっぱり遠回しに言うから伝わらないのかな。

 宿の主人は、心の底から、今の状況であれば安全だと確信しきっている。

 そこまで思える理由が、オレにはさっぱり分からない。


 だって魔物だぞ? その裏には魔族がいるんだぞ? いきなり強くなって対処出来ないなんてありえるわけだし、いくらエルフェル・ブルグが最新鋭の研究をしてるからって、即対処なんて無理だ。


 オレの世界だったら、流行り病なんかが凄くいい例だ。

 大昔なら黒死病、近年ならインフルエンザとかだって昔はスペイン風邪という名で世界的に大流行して多くの死者を出しているんだ。


 急な変化に、人は即時対応なんて無理なのだ。それなのに、何で宿の主人は……いや、恐らくこの街の人も、サディエルたちでさえも心配していないのか。


「ヒロト君、君の質問に回答をしていない状態で申し訳ないが、1つ質問いいかな?」

「はい、構いません」

「君の住んでた場所で、最も便利なモノ、何でもいいから教えてくれる?」


 え? 最も便利なもの?

 んー、元の世界で言うと、スマホとか、車とか、電気も便利だよなこっちだと夜はランプだし。

 下手なものは例えに出来ないから……異世界の別のモノで例えられるもの、と言えば……車か、荷馬車系で置き換えて話出来るし。


「そうですね……荷馬車の上位版かな。馬を使わずに、多くの荷物を詰め込んで運べる、大きな物体です。鉄を使って作るので耐久力もあるし、雨風も凌げます、仮に外から攻撃されても、ある程度は耐えられます」

「ほー、そんな便利なものが! 鉄ねぇ……少なくとも魔物の脅威が去らない限り、おれらには無縁のシロモンには違いない」


 鉄不足が慢性的なのも、対魔物・魔族の為なんだから、ある意味仕方ない部分だろうけどね。


「ふむ、じゃあ次に……その荷馬車の上位版とやらって、本当に『安全』なのかい?」


「と、いうと?」

「何、簡単なことだ。武器はより切れ味を求めすぎると、扱いを誤ると自分も味方も大けがをする。魔術も同様だ。もっと身近なものでいおう、包丁なんかは食材を切れるけど、人も切れるし殺せる」


「それは……その矛先を人間に向けなければいいだけじゃ」

「意識しなくて向くことだってある。さて、話を戻して……その荷馬車の上位版は、安全なのかい?」


 車が安全か……? そんなの当然だ。

 オレたちの世界には交通ルールと言うのがある、それをちゃんと厳守していれば基本的には問題ない。

 ルールを守らないなら、警察が速度違反やシートベルトしてない人を捕まえることもあるし、飲酒運転や煽り運転、居眠り運転だってそうだ。

 その為に法もある……あるけど……


 あれ、じゃあなんで交通事故って……なくなってないんだ?


 簡単だ。ルールを守らない人がいるから……いや、ルールを守っていても事故は起こっている。

 これは運転手側というよりは、歩行者側の飛び出しとか、場合によっては自分から飛び込んできたりとか……

 異世界転生の十八番、テンプレとも言うべきものだって、しょっちゅう事故起こってるじゃん! しかも死亡事故の方!


「……安全じゃ、ない、です」

「君のとって、それは『怖い』と思うものかな?」


 車が怖いか、怖くないか。

 それなら答えそのものは簡単だ、怖くない。


 ……それなら、何でオレ、車に乗ることが怖くないんだ?


 移動には便利だけど、今時なら車がないといけない場所なんてないわけだ。

 遠すぎる場合は、もっと楽な電車なり、飛行機なり使えばいい。

 何でだ……? なんで、怖くないんだ? 小さい頃から当たり前のようにあるし、乗っているから?


「それで事故にあって、もう乗るのはこりごりって人以外なら、大半の人は怖いとは思ってないと思います」

「うん。それじゃあ、改めてヒロト君の質問に答えよう。魔物の襲撃は怖くないのか、と言われたら怖くない。それは何故か」

「……なぜですか」


「信じているからだ。魔物に対する対抗手段を常に最前線で研究している、エルフェル・ブルグを、その為に作られた避難のルールを、避難先となる避難所を、ともに避難する住民たちを」


 信じている。


 よく聞く言葉であり、難しい言葉だ。

 そうか……そういう意味でも『信じて』いるんだ、オレも、無意識に。

 深く考えてないけど、車は安全だって……便利だって、当たり前すぎてそんな感覚がないだけで。


「おれ個人の意見だが……恐怖心は誰にだってある。未知なことだと余計にな。だけど、それを上回るのは常に"信頼"だと思っている。確実な安全は誰にだって保障できやしない。それが普通だ」

「はい」

「だったら、何を基準に恐怖心を上回るか? それが、おれの答えだ。参考になったかな」

「……はい、とても」


 当たり前すぎていて、改めて『信頼』しているって感じはしない。

 車には運転手側のルールがあり、歩行者もルールがある。それを互いに守っているという前提で成り立っている。

 そう、どういう形であれ『相手もルールを守ってくれている』から、何も不安なく車に乗れるんだ。

 仮に事故を起こしたとしても、エアクッションとか、シートベルトとか、可能な限り命を守る装置が設定されていたり、最近だったらドライブレコーダーとかでも事故の究明が出来るんだ。


 飛行機とかもそうだ。

 落ちたら一発でアウトなあれに、何故乗れるのか。

 飛行機を運営している会社の長年の研究と安全確保のルール、バードストライクなどを含めた今までの事故事例を徹底検証した上で対策を施し、安全だということを証明していった結果だ。


 つまり、オレが決めることは……魔物の恐怖や、道中の不安じゃない。


「ありがとうございます! ご主人!」

「吹っ切れたようだね。解決したならよかったよ」

「はい!」


 オレは宿の主人に一礼して、部屋に戻る。


 オレが決めるのは、サディエルたちを信じるか否か、それだけだ!

 それならば、もう決まっているようなものだ。そうと決まれば……!


「勉強方法をどうするか、何で戦えるようになるか! あとはこれだけだ!」


 一気に色々見えてきた気がする! よし、やる気出てきた!!


========================


 同時刻、同街のギルド内。


「……この情報、本当ですか!?」


 受け取った紙を見ながら、ギルドの職員は声を荒げる。


「あぁ。だけど、まだ確定じゃない……もっとも、明日の明け方には答えが出るだろうが……」


 情報を持ってきたらしい冒険者が、険しい表情で答える。

 ギルドの職員はしばし考え込んだ後……


「すいません、今すぐ隣街へ連絡と要請を。ギルド所有の馬を使ってください。今からなら、中継地点の馬を乗り継げば、明日の朝までには到着するでしょう。徹夜になって申し訳ありませんが……」

「了解。無駄足で済むことを祈る」

「はい、お願いします」


 手紙を受け取った冒険者は、すぐさまギルドを出ていく。

 冒険者を見送ったギルドの職員は、深い深いため息を吐く……


「まずは明日のシュミレート、最悪な場合と、滞在中の冒険者へ連絡、あとは……」


 ギルドの職員が持っている紙、そこには『緊急連絡:魔物の襲撃予告』と書いてあった。

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