113話 さよならを先に
―――最初の街・アンファーグル、滞在2日目
「やぁサディエル君ご一行、久しぶりー! 半年、は経ってないか……あれ、もしかして、もしかしちゃうと、あの時の息が切れぎれだった子!? うーわー、見違えたよ! 元気だった!?」
「……息が切れぎれだった子、いや、そうですけど。そうですけど……!?」
矢継ぎ早にノーブレッシングで言われて、オレは思わず一歩下がる。
肺活量が凄くないか、このギルド職員さん。
久しぶりの再会となった、このアンファーグルのギルドに勤めているギルド職員さんのテンションは相変わらずだ。
あと、オレへの呼び名で笑わないでよサディエルたち。
リレルは必死に笑い堪えてるけど、他2名はしっかり聞こえているからな。
「いやだって、雰囲気めっちゃ変わったもん。前にギルド来た時は迷子の子羊っぽいのに、妙に何かを期待している表情してたからね」
……身に覚えがあるから、耳を塞いでいいかな。
当時の自分の心境を思い出して、オレは現実逃避したくなる。
「荷馬車の護衛を受けたってのは覚えていたけど、無事にエルフェル・ブルグへ行けたんだ……って、あれ? 荷馬車は3か月ほどだから……まさか、山越えして来たの!? この街の人たちですら絶対に通りたくないルートを!?」
「大変でしたけど、山越えしてきました」
「はへぇ~、根性あるわね君。いや、そうか。3か月でちゃんと山越えに必要な体力を付けながら行って、荷物や登り方をしっかりすれば行けるのか」
なるほどなるほど、とギルドの職員さんは両腕を組みながらうんうんと納得したように頷く。
オレは苦笑いしていると、笑い終えたサディエルが、ギルドの職員さんに声を掛ける。
「こんにちわ、ご無沙汰しています。そう言えば、この街に赴任してそろそろ1年でしたっけ。慣れましたか?」
「前回も言った通り、ほどほどかな。やっぱエルフェル・ブルグと違って利便性はアレだけど、そこはそれ、この街の良さよねー」
え、この人、元々エルフェル・ブルグに居た人?
思わずアルムやリレルに視線を向けるが、2人は無言で首を左右に振る。
「こーら、そこの破天荒で噂だったお2人さん? 何を知らん顔してるの。貴方たちが旅立つ前に会っているわよ私!」
「え!?」
「そ、そうでしたか……?」
ギルドの職員さんの言葉を聞き、アルムとリレルはギョッとした。
あれか、人間不信マッハ時代だから、記憶にない……もしくは、サディエルと話している名無しのモブA、みたいな感覚だったのだろう。
「……ねぇ、サディエル君。君、本当に良く引き取ったねこの子たち」
「俺は2人の親じゃないんだけど。あぁ、ヒロトに紹介しとくな。彼女は元々エルフェル・ブルグのギルドに在籍していて、1年ぐらい前に、この街へ栄転したんだよ」
栄転?
あれ、この世界ではエルフェル・ブルグは大都市と言っても良いし、何だったら世界一と言っていい場所だ。
そのギルドから、地方の街へ栄転。
普通、そういうのって左遷ってやつじゃ……
と言うのが、どうやら顔に出ていたらしい。
ギルド職員さんはクスクスと笑いながら話し始めた。
「左遷って思ったでしょ、甘いなぁヒロト少年。将来の重役のポストに就く為の準備期間として、各地の現状を実際に知ることも大事なのよ。人脈も広がるわけだし」
へぇ……そう言う意味の異動もあるんだ。
半年……いや、5か月ほど前にちょっと滞在した人物を覚えているってあたりは、そういうことなのかな。
覚え方が、"息が切れぎれだった子" って時点で、覚えやすかったかもしれないけどさ。
「それで? ギルドへはどんな御用で」
「魔物の襲撃予兆が無いかの確認に来ました」
「なるほど。えーっと、ちょっと待ってね、今のところはっと……うん、大丈夫よ、予兆無し」
職員さんの言葉を聞いて、オレたちは安堵のため息を吐く。
これで洞窟遺跡へはいつでも出発出来るな。
あとは、宿で洗濯して乾燥させている制服を取り込んで、荷物整理をすれば問題なしだ。
「襲撃と言えば、以前、この街で発生したスケルトンの襲撃、覚えている?」
「覚えてます。一斉にスケルトンをこう、どこーん! と飛ばした奴」
むしろ、どうやって忘れろと。
二重の意味で忘れられない出来事だったよアレは。
この世界での魔物に対する対抗策を知ると言う意味でも、サディエルがガランドに狙われる切っ掛けになったと言う意味でも。
本当に懐かしい思い出だよ。
「そっ。あの時回収した大量のスケルトンの骨粉を使ったお陰で、最近この街で実る野菜や果物が凄く美味しいのよね! 襲撃は大変だし苦労もするけど、上手く使えば結構恩恵もデカイから助かるわ~」
すっごいポジティブ思考。
そう言えば、古代遺跡の国でもゴブリンの襲撃があったけど、結果的に肉不足が解消されて助かった! なーんて言っていたっけ。
魔物の襲撃、何て響きだけでデメリットだらけで命の危険と街の壊滅! みたいな印象だけど、悪い方ばっかりに捉えてないんだな。
「滞在中は、ぜひぜひ堪能していってね」
「分かりました、味わって食べてみます!」
ギルドの職員さんにお礼を言い、オレたちはギルドを出る。
「さてと、確認事項は一通り済んだし……どうするヒロト。寄りたい場所とかないか?」
「んー……そうだな」
サディエルに問われて、オレは少し考え込む。
この街であと寄りたい場所と言えば……
「じゃあさ、この街で一番見晴らしのいい高台に行きたい」
「分かった。アルムとリレルは? 行きたい場所とかは……」
「ヒロトの意見を尊重で」
「右に同じくです。まいりましょうか」
ゆっくりと緩やかな坂道を上り、辿り着いた高台。
アンファーグルを一望出来るその場所に辿り着き、オレは懐かしい光景に頬が緩んだ。
「……あの日、襲撃を知らせる鐘が街中に鳴り響くまで、ここに居たんだ。勉強方法どうしようーって、頭悩ませながら、せめて気分転換でもってさ。襲撃が始まって、当時は体力が無いから坂道を下りるのは無理だなって……で、芝すべりで降りようとしたら、足捻っちゃって」
捻った原因はカイン君なわけだけど。
絶対あの時、わざとバランス崩させようとしたよね、彼の弁明を聞いた限りだと。
「それで逃げ遅れていたんですね」
「そう言う事。んー、やっぱここの眺めは最高だな。色々な街や国を見て来たけど、オレはここが一番好きだな」
背伸びをして、大きく深呼吸。
あの時はオレ1人で訪れたこの場所を、今、サディエルたちと一緒に来ることが出来て、本当に良かったと思う。
「立っているのもなんだし、座るか」
アルムが少し大きめの麻布で作られたシートを取り出す。
それをばさりと地面に敷いて、オレたちはそこに腰を下ろした。
「サディエル、出発はいつ?」
「荷物整理と準備があるから、明後日の早朝かな。今のヒロトの体力ならば、半日ちょいで着くはずだ」
「そっか……そうかぁ……」
空を見上げながら、少し気の抜けた声でオレは返す。
「何だ? お前の世界の物語みたいに、帰りたくなくなったとか」
「そうじゃないよ、アルム。帰りたくないんじゃなくて……みんなと、まだ旅を続けたいって気持ちがあるからさ」
「………ヒロト」
「分かっているよ。ずっと帰る為に頑張って来たんだしさ……だけど、やっぱりさ、寂しい気持ちもあった」
半年にも満たない時間。
だけど、十分すぎる時間でもあった。
「ずっと前にさ、サディエルが "下手に退屈だと嫌なことや不安なことしか考えが浮かばない" って言ったの、覚えている?」
「んー……っと。あぁ、ヒロトとアルムが喧嘩した辺りで言ったかな」
「退屈ってわけじゃないけどさ、ガランドの脅威が去った後は、今までと比べて余裕が出来たからさ……嫌なぐらいに、もう帰らなきゃいけないんだって、自覚しちゃって」
ふとした瞬間に、3人が遠い存在に見え始めて来た。
帰りたい気持ちと同じぐらい、3人と別れるその日が怖くなっていく。
「不謹慎だけど、ガランドとの決戦が当初の想定通り洞窟遺跡だったら良かったのにって、何度か思った。そうすれば、ガランド倒した、よっしゃ! みんなありがとう! って勝利の余韻に浸りながら帰れたのに、ってさ」
旅に慣れた影響もあっただろう。
体力も安定したし、受験勉強も毎日問題なく終わらせて、サディエルに日本語教えたり、アルムと戦術論を話したり、リレルに応急処置の復習をやったりと、毎日暇らしい暇は少なかった。
それでも、時折オレの思考を奪っていく。
「そんな気持ちになる都度さ、もったいないって思った。そんなこと考えている暇あるなら、皆ともっと話したり、学んだりすることあるだろって」
限られた時間だからこそ、大切にしたかった。
非日常的で、ありえない時間だったのかもしれないけど、それでも、オレにとっては大切な時間だったから。
「で、色々考えて、1つ決めていたんだ」
オレは、改めて3人を見る。
「別れ際になってあれこれ言ったらさ、多分、あれも言えば良かった、これも言っておきたかったって後悔しそうで。それに、土壇場で名残しくなっちゃいそうだし、何よりも笑顔でさよならを言いたい。だから、今のうちにお別れをしておきたいんだ」
まず、オレはリレルに視線を向ける。
いつも笑顔で、優しくて、おっとりしているようで結構強か、怒った時の絶対零度は食らいたくない。
それでいて、オレらのことを人一倍心配して。
この中だと、一番慌てた姿を見たのは彼女だったかもしれない。
「リレル、今までありがとう。リレルの優しさにはいつも助けられていた。エルフェル・ブルグで本気で怒ってくれたことは、今でも凄い心に残っている。教わった応急処置は、元の世界でも忘れないように反復練習するよ」
「……はい、しっかり覚えておいてくださいね。自分の為だけじゃなく、大切な人を助けるきっかけになるのですから」
少し涙ぐんだ表情で、リレルがそう言った。
オレが右手を差し出すと、少し躊躇してから、しっかりと握り返してくれる。
リレルの手を放して、次はアルムを見る。
見た目によらず口が悪くて、意外と子供っぽい所もあり。
説明が苦手だと言いながらも、オレに対してあれこれと戦術論を始めとした様々な事を教えてくれた。
この旅で、最も長い時間を共にしたのは、多分アルムだったと思う。
「アルム、今までありがとう。元の世界に戻っても、勝ち筋と負け筋を意識していくよ。それから……さ、オレ、本気で喧嘩したのがアルムで良かったって、今でも思っている。いやまぁ、アルムにとっては迷惑極まりなかったかもしれないけどさ。けど、本気でぶつかってきてくれて嬉しかった」
「本当だよ、人間不信の人見知りに何やらせるんだって本気で思っていた。だけど、僕にとっても良い薬になったのも事実。この件はお相子だ、ヒロト。お互い未熟だった者同士のじゃれあいだったんだよ」
そう言いながら、アルムが右手を差し出してくれた。
苦笑いしながら、オレはそれを握り返す。
少しだけ、彼の手が震えているのが伝わって来て、オレの涙腺が刺激される。
そして、最後に……
「サディエル」
「あぁ」
オレはサディエルを見る。
思えば、彼が即決でオレを助けると決断してくれたことが、大切な一歩だったと思う。
出会った当初は、何でこんなあっさりと信じるんだ……なーんて、本当に懐かしい。
実際は、自分が魔法陣踏んだ影響でオレを呼んでしまったんじゃないかと、内心大パニックになっていたくせにさ。
そう、すっごくお人よしで、言う事は達観していて、やることなすこと光属性の主人公。
だけどそれは、彼なりの考えがあってこそ。
今までの経験から来る判断や対応が、結果としてお人よしに見えてしまう、ある意味損な性格だ。
「右も左も分からないオレを不安にさせない為に、あれこれ教えてくれたり、帰る為にわざわざ目標達成表を作ったり、数えるだけでもキリがない位、サディエルには助けられた。オレさ、この世界に来ることが出来て本当に良かったって思っているんだ。大変な事もあったけどさ、それも含めてオレにとっては大切な宝物だ」
ゆっくりと彼に右手を差し出す。
「もう1人のオレ。本当にありがとう、サディエル」
サディエルは微笑む。
同じように、ゆっくりとオレの手を握り返した。
「こちらこそありがとう、ヒロト。もう1人の俺。お礼を言わないといけないのは、こっちの方だ。ヒロトには、俺らも沢山のモノを貰って来た。大切にしていくよ、これからもずっと」
これで、後顧の憂いは無くなった。
寂しいと言う気持ちはある、まだ一緒に旅をしたいって気持ちも。
だけど、帰らないと。
サディエルたちと同じように、オレの帰りを待ってくれている人たちが、心配してくれている人たちがいる。
オレはオレの世界で、頑張って生きていくって決めたんだ。
この旅の間に何度か、今日この日が来た時を想像して、しっかりと考えて決めたことだ。
3人に恥じないように、精いっぱい生きていくって。
後は……胸を張って、元の世界に戻るだけだ。




