112話 アンファーグル
「服、ありがとうございました」
一旦、宿に戻って着替えた後、オレとアルム、リレルは洋服屋を再び訪れていた。
3着の服を渡すと、店長さんは1つ1つを広げて状態を確認する。
「ふむ、確認完了だよ。綺麗に使ってくれてありがとう、これで少し仕事が減った」
「仕事が、ですか?」
「そうですよー。慰霊祭の時期は、どうしても略礼服を借りられるお客さんが多くて。言い方は悪いけど、絶好のかき入れ時!……なんわけで、やっぱりその分忙しくて。師匠には毎年この期間に助っ人をお願いして、お客さんをさばいているんです」
店長さんから服を受け取りながら、お弟子さんが説明してくれる。
なるほど、店長さんがこの街に居た理由って、そういうことだったのか。
「貸し出すだけでも一苦労、ってことですか?」
「いーえ、貸し出す程度は苦労のうちに入りません。むしろわたしらの地獄はここから……そう、恐怖の返却対応のお時間なのです!」
ぐっ、と拳を握りながら、お弟子さんは力説する。
貸出よりも、返却対応が……?
思わず首を捻っていると、店長さんは笑いしながら……
「返って来た服の汚れや解れの確認に、服の状態に合わせた洗濯方法の振り分け、解れたり破れたりした場所は直して、返しに来ないアホに催促を促す……ははははははは、いやぁ、今から想像しただけでもイラッ、とくるねぇぇぇ」
「ししょー……笑顔が怖んで、笑うのやめてくださーい……お客様方がドン引きしてまーすよー……」
どうどう、とお弟子さんが店長さんをなだめる。
そう聞くと確かに、ただ貸し出すだけって作業が凄く楽に聞こえてくるよな。
いや、採寸やいくつかの候補を見繕うとかの作業も大変だとは思うけど。
「返却時に服が綺麗で、手直しが不要であるほど、そちらには利益があるってわけか」
「目に見えない労力と費用ってことですね。返却時の作業が増えるほど、費用対効果が低くなってしまう、と」
アルムとリレルの説明に、オレはなるほどと納得する。
貸出の際にお金を貰っているし、返却時に見た範囲で追加請求しても、その後やっぱりあそこも、ここも! みたいに直す部分が見つかれば見つかる程、利益が減っちゃうってわけか。
おまけに、貸出先が冒険者の場合は、そこでお金を取れなかったら追加でってのは難しくなる。
今、何処の街や国にいるかもわからないし、下手したら死んでいる可能性すらあるわけだから……うん、そうなると返却時の対応が大変になるのは必然ってわけか。
「そういうことだよ。はぁぁ……なぁ我が弟子、帰っていい?」
「ええええ!? わたしを見捨てないで、ししょー! この地獄期間を乗り切る為に、破格の報酬支払ってるじゃないですかあああ!」
「破格の安価報酬、の間違いじゃないのかい」
「そこは弟子の顔に免じてー!」
帰る素振りをしかけた店長さんを、お弟子さんが必死に引き留める。
何とも漫才コンビみたいなノリだな、この人たち……
「とにかく、君らの分は問題なし。安く済ませてくれてむしろありがとう」
「……これ、どういたしまして、って言うべき場面なのか凄い迷うんですけど、お役に立てたのならば良かったです」
少しでも利益が出るなら、良いことのハズだ。うん。
小粋なトークを聞きながら、オレたちは洋服屋を後にした。
そのまま宿へ戻り、滞在している部屋の前に到着すると……
『………はあああああああ!?』
急に、部屋の中からサディエルの絶叫が響き渡った。
一瞬、何事かと動きを止めてしまったが、大慌てで部屋のドアを開ける。
「サディエル!? 何かあったの!?」
「うわあ!? いや、急に入ってこられた方がびっくりしたんだが。と言うか、お帰り」
ノックも無しに入ると、びくりと肩を跳ねながらサディエルはオレたちを見る。
丁度着替えようとしていたのか、上半身裸の状態なわけだけど……
「びっくりしたのはこっちもだ。夜じゃないとはいえ、急に叫んだら迷惑だろ」
「部屋の外まで響いておりましたよ」
「そんなに響いていたのか。悪い、気を付ける」
上着を着ながら、サディエルは申し訳なさそうに言った。
部屋のドアを締めて、オレたちは適当な椅子に座る。
「それで、何があったんですか? 急に大声を出して……」
「ん? あー、コレを見て驚いていたんだ」
リレルの問いかけに、サディエルはちょいちょいと自身の首元を指さした。
彼の首元って言えば……痣があった場所、のはずだけど。
あの痣は、古代遺跡の戦闘の折にガランドが付けたものであり、あいつを核にした際に消え去っていたはずだ。
オレら全員が1度確認しているから、間違いはない。
……無いはず、なんだけど。
その痣があった場所を指差されて、思わず眉を顰める。
オレたちの表情を見て、サディエルは自身の服を引っ張って首元が見えるようにしてくれたんだけど。
「……嘘だろ、痣が復活してる!?」
そこには、消えたはずの痣が復活していた。
「だけど、色が違わないか?」
「そうですね、以前は赤黒かったはずですが……」
「透明度の高い青緑、だよね。模様はそのままだけど」
改めて、サディエルの首元にある痣を見る。
うん、これまでの明らかに呪いです! みたいな色はしていない。
むしろ、何と言うか……
「解呪されたような雰囲気に見えるけど。体調とかは大丈夫?」
「そっちは問題ないかな。前の痣と違って不快感は無いんだが……」
見た目上は安全っぽい色をしていても、痣は痣。
どういう効果か分からない以上、警戒してしまうのは仕方がない。
「んー……カイン君ー! ちょっと来てー! 事情説明してー!」
無理を承知で、オレはカイン君の名前を呼んでみる。
だけどまぁ、都合よく現れてくれないわけで……生物学上は人間とは言え、魔王様なんだから、ここはテンプレ通りに出てきて欲しい。
核からガランドが丁寧に教えてくれる、ってのも無いよな……流石に。
「痣に関しては、情報が少なすぎるからな」
アルムもお手上げと言う感じだ。
「とりあえず、バークライスさんには一報入れておくべきでしょうね」
「それが無難かな。今からちょっとギルドに……いって!?」
リレルの提案を聞いて、ギルドへ向かおうとしたサディエルは急に顔を抑えて蹲る。
コロロ……と、彼の近くに筒状の何かが転がったのが見えて、オレはそれを手に取った。
「何だろう、この卒業証書を入れておく筒みたいな奴は」
蓋を開けて、中身を確認すると……うん、何か手紙っぽいのが入っているな。
オレはそれを取り出して、内容を確認するが……読めない。いつも通り読めない。
無言でオレは隣にいたリレルに手紙を手渡す。
「……えーと、魔王さんからですね」
「こんな事して来るのは魔王ぐらいだろ。で、なんだって?」
「―――"今、サディエル君に出ているであろう痣は無害だよ。痣を付けた当人を退けた場合に浮かび上がる、一瞬の魔族避けみたいなモノだから、安心してね" だ、そうです」
簡潔過ぎる内容。
と言うか、もっと詳細な説明が欲しいわけなんだが……あと数百年は秘匿にする予定だった内容だから、教えて貰えただけラッキーと思うべきなのか。
「おい、コレを信じるのか?」
疑いの眼差しで、アルムがカイン君からの手紙を指さす。
言いたいことはわかる、分かるんだけど……
「……カインさんだしなぁ」
「カイン君だもんなぁ」
「アルム、ダメみたいですよ。あの魔王さんと下手に交流があったせいで、2人とも疑う気ゼロです」
ため息を吐きながら、リレルは呆れながら言う。
いやだって、あのカイン君だしさ。
魔王だし、怖い部分はあるけど、こういう律儀な部分があることは知っているから、つい。
「どっちにしろ、バークライスさんは報告しておくよ」
リレルから手紙を受け取り、サディエルはギルドへと向かった。
で、相談の結果なのだが、『現状維持』で決まった。
バークライスさん曰く『魔王本人が一応は素直に話していること、サディエル自身も不快感を感じてないこと、ガランドの件は元々魔王も公認していた』と言う3点から、以前ほどの緊急性はないと判断したそうだ。
そうだった。
一応ガランドを倒して良いってやつは、カイン君公認だったな。
となると、魔族側にもある程度情報は浸透しているわけだし、言うほど目くじらたてたり、警戒しなくてもいいってわけか。
それに、カイン君はサディエルのことも結構気に入っているみたいだし、無下に扱うことはないだろう。
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そんな騒動がありつつも、オレたちは9日間の滞在を終え、旅に戻ることになった。
麓の街から2日かけて平地へ戻り、途中にあった村で休憩を挟みながら移動すること2週間と1日。
「つ、着いた……! アンファーグルだ!」
異世界に来て158日目。
半年の期限よりもかなり早く、最初の街……アンファーグルへと戻って来ることが出来た。
「日が暮れる前に着けて良かったよ」
「本当ですね。とりあえず、今日はもう宿を取って休息にしませんか?」
「それもそうだな。明日のことは明日考えるとして、まずはゆっくり休もう」
「賛成! オレもうクタクタだよ……」
宿へ向かう道すがら、街の様子をのんびりと眺める。
オレの記憶にあるまま変わらず、平和そのものな街の様子に思わず頬が緩んでしまう。
しばらく歩くと、見覚えのある宿屋が見えた。
思わず駆け足になりながら宿屋まで行くと、入口がガチャリと開く。
そこから出てきた人物は、見覚えのある人だった。
あちらもオレに気づいたのか、驚いた表情を浮かべている。
「……ん? 君は……もしかして、ヒロト君かい!?」
「はい、そうです! お久しぶりです、ご主人!」
覚えていてくれたことに嬉しくて、宿の主人に駆け寄り握手を交わす。
少し遅れてやって来たサディエルたちを見て、宿の主人は嬉しそうに顔を綻ばせた。
「皆も久しぶりだね。ここに来たってことは、泊っていくんだろ」
「はい。4部屋……最低でも2部屋、空いていますか?」
「4部屋確保出来るよ。ほら、入った入った! 部屋に案内するから」
宿の主人に背中を押されながら、オレたちは宿屋に入った。
サディエルが代表で宿泊手続きをしていると、宿の主人がオレの方を見てくる。
「にしても……見違えたよ、ヒロト君。凄く生き生きとして、以前の君とは比べ物にならないぐらいだ」
「そうですか?」
「あぁ、そうさ。この変化は、毎日顔を合わせていたサディエル君たちには、きっと分からないだろう。久しぶりに会ったおれだからこそ分かる、と格好つけて言ってみようかな」
嬉しそうに宿のご主人は笑う。
「ご主人にそう言って貰えるなら、オレ、とっても嬉しいです!」
「おっ、素直な言葉を言うようになったのか。うんうん、まるで我が子のことのように嬉しいよ、君の成長は」
そこまで言われると、ちょっと嬉しい反面むずかゆいというか。
恥ずかしさも同時に込み上げてくる。
「手続きは完了だよ。はい、部屋の鍵。朝食は朝の6時から9時までの好きな時間に食堂へよろしく」
「ありがとうございます」
宿の主人から鍵を受け取り、オレたちは2階へと上がる。
そして、ルームキーに書かれている番号を元に、どの部屋を使うか決めて入室した。
荷袋を床に置き、ブーツを脱いで、オレはベッドへダイブする。
「これで、あとは洞窟遺跡に向かうだけ、か」
部屋の天井を眺めながら、オレはぽつりと呟く。
―――別れの時が、確実に近づいていた。




