111話 慰霊祭
―――麓の街滞在6日目
「慰霊祭?」
「そうだ。年に一度、山で亡くなった人たちに対する奴だ。今日の午後からやるそうだから、準備して行ってくるよ」
荷物を漁って、初めて見る黒い服……喪服みたいなものかな、それを取り出したサディエルは、汚れや皺を確認している。
と言うか、サディエルが出席しようとしてるのって……
「そう言うことなら、オレも参加したい」
きっと、死人になった冒険者さんたちへってことなんだろう。
オレがそう宣言すると、それに合わせるようにアルムとリレルが口を開く。
「僕も参加するよ」
「私もです。服は……サディエルみたいに持ち歩いておりませんから、借りましょうか」
「むしろ、何でサディエルはそんな服を持ってるんだよ……」
「あっははは……いや、フットマン時代にさ、クレインさんの付き添いで何度か出てたからな」
あー、なるほどそうか。
クレインさんレベルだと、人脈の幅も広くなるから、必然的にそう言う機会も増えるってわけで。
「気がついたらレックスさんが、俺を採寸してこれを仕立ててくれてたんだよ。丁度、遅い成長期も終わった頃だったからな」
「なるほど。どうりで無駄にいい素材だったわけだ」
「綻びも少ないですものね」
となると、問題はオレらか。
オレはアルムとリレルを視線を向ける。
「2人とも、服って何処で借りられるの?」
「適当な洋服屋に行けば、なんとかなるだろ」
「こう言った行事に参加する冒険者も多いはずですからね」
冒険者が喪服持ってることの方が、そもそもおかしいと思う。
いや結構本気で。
だって明らかに荷物だしさ。
「それなら、さくっと借りて来るか」
「そうしようか。サディエルは留守番?」
「いや、ちょっとギルドに用事があるから、途中まで一緒に行くよ」
そうと決まればと、オレたちは宿を出て、目的地へと向かった。
途中の十字路でサディエルと別れ、オレとアルム、リレルの3人は洋服屋へ。
とりあえず目についた最初の店に入ると、中々の賑わいようだった。
オレたちと同じように慰霊祭に参加する予定の人たちが、黒い服を手に持ち、会計への列を作っている。
「うわ……」
「大繁盛ですね……」
「こりゃ時間かかりそうだし、他の店当たるか」
待ってても無駄に時間かかりそうだしな。
慰霊祭に間に合わない、なんて事になるのも嫌だしさ。
アルムの提案に頷き、踵を返そうとした時、誰かに腕をガシッと掴まれた。
「え?」
思わず間の抜けた声を出しながら、掴まれた腕を見ると、1人の女性がそこに居た。
何故か目をキラキラと輝かせているわけだが……
「あの、何かごよ……」
「ねぇ君! その服の素材、ガーネットウールのモノよね!?」
「は、はい。そう、ですが……」
「おっしゃラッキー! はい、お連れ様含めて3名様ご案内ー!!」
「いや、あの、ちょっと!?」
いきなり凄い力で引っ張られ、と言うかオレ、かれこれこの数ヶ月でそこそこ腕力も付いたと自負していたんだけど、この人に負けてるー!
嘘だろ、ふっつーの女性相手に!?
リレル相手ならまだ分かるよ。
先日、少し暇だからと、パーティ内で腕相撲大会やって、さっくりと負けたから。
そのまま、なす術なく引きずられて、スタッフ以外は立ち入り禁止マークっぽいものがついたドアをくぐる。
するとそこには、布や、ボタン、まち針に、糸、マネキンと言った仕事道具が乱雑に置かれている光景が広がっていた。
そんな部屋の中央で、デッサン画と睨めっこしながら布を切る女性が1人いる。
「ししょー! 師匠に負けず劣らずのビビッと来たデザインのガーネットウールを見つけてきましたー!」
少し、いや、だいぶ語弊がある言い方。
特殊デザインのガーネットウール、みたいな紹介をされたんだけど!?
「こら、お客様をガーネットウール扱いは良くないと、いつも……おや? 君はいつぞやの少年?」
「あー!? アンファーグルで洋服屋やっていた店長さん!?」
振り返ったことで見えた顔は、すごく見覚えのあるものだった。
そりゃそうだ。オレにとっては、サディエルたち以外で初めて出会った異界の住人。
そして苦楽を共にしたオレの旅服。ガーネットウールの毛で作られたこの服の製作者。
最初の街、アンファーグルで洋服屋を営んでいる店長さんだった。
「久しぶりだね少年。そちらの御二方も。あー、やっぱ少し背が伸びているね。ちょっと大きめに作っといて正解だったわ」
慣れた手つきでオレの服を確認しながら、店長さんは挨拶してくる。
「お久しぶりです、店長さん。と言うか、覚えていたんですか?」
「自分で作った作品は忘れないよ。うん、綺麗に着てくれているね。綻びも少ないし、最高だ。自分の作った作品を大事に着て貰えるのは、やっぱり嬉しいもんだ」
まるで自信を持って送り出した我が子が、元気にしているのを確認出来た、と言わんばかりにオレの肩を叩く。
少しばかり痛いけど、店長さんも嬉しそうだし、いいか。
「ほー、師匠のデザインだったのか。どうりでビビッと来たわけだ」
「あたしの作品ってのを見抜いたことは評価する。だけど、強引にこんな場所に連れて来るのはダメ」
「はい、ごめんなさい……」
しょぼんとする、店長さんのお弟子さん。
まぁうん、悪気はなかったのは分かるから。
「それで、3人揃って洋服屋に御用ってことは、慰霊祭の為の服探しだね?」
「その通り。ただ、あまりにも大繁盛しているみたいだったから、他を当たろうかと思っていた所です」
「なるほどね。それなら……」
店長さんは近くにあったクローゼットを開けて、何着かの喪服を取り出してきた。
それをズラッとテーブルの上に並べる。
「弟子が迷惑かけた分だよ、好きなのを貸すよ」
========================
店長さんのご好意のもと、オレたちは借りた喪服を身に纏い、慰霊祭の場に居る。
静かに、粛々と進む慰霊祭は、この山で命を落とした多くの人たちが、少しでも癒されることを願い、何千年も前から続けられている式典らしい。
式典会場の入り口で手渡された花を持って、順番に献花台へと歩みを進める。
オレたちの順番になり、まずサディエルが花を添えて、ゆっくりと黙祷を捧げた。
アルムとリレルも、同じように花を添えて、まるで誰かに語りかけているように、ゆっくりと祈りを捧げた。
オレも献花台に花を添えて、合掌をする。
あの時、いくら物理的に無理だと分かっていても、助けることが出来なくて……ごめんなさい。
せめて……せめて、今は安らかに。
長いような短いような黙祷を終え、オレたちは会場から少し離れた場所で、慰霊祭を見守る。
「ちょっとだけでも……届けばいいな」
オレは目の前に広がる山脈を見ながら、独り言のように呟いた。
言葉交わすこともなかった、死人になってしまった冒険者たち。
ギルドで見かけた時は、そんな未来がすぐそこまで来ていると、誰も想像していなかっただろう。
「きっと、届いているさ」
オレの独り言に、サディエルが答える。
それを聞いて、オレは改めて目を瞑り、黙祷した。
時間にして数秒。
オレは目を開けて、ゆっくりと背伸びをする。
「そういえばサディエル、ギルドへは何しに行ってたの?」
「クレインさんと、アークに報告だよ。全員無事だって言うね」
あぁ、なるほど。
そういえば、バークライスさんにしか知らせて無かったもんな。
「皆さん、元気そうでしたか?」
「元気そうだったよ。クレインさんは相変わらず書類の山、アークは明日から航海に出るらしい」
みんな、相変わらずそうで何よりだ。
………そんな、相変わらずを感じられるのも、あと少し、か。
寂しいと感じる気持ちを振り払い、オレは空を見上げる。
雲ひとつない快晴。
どこまでも綺麗な青空の下、慰霊祭は恙無く終了した。
音もない、祈りの鎮魂歌と共に……




