11話 避難訓練は大切です
「それではご主人、彼をよろしくお願いします。んじゃ、ヒロト君、行ってくるな!」
「夜更かしするなよ」
「気を付けてお留守番してくださいね」
と、あっさりとサディエルたちは隣街へと向かったのであった、まる。
太陽も顔を出し切らない早朝に起こされたと思ったら、準備万端の彼らが居て、お見送りである。
というか、宿から貸し出されたパジャマ姿のままなんですけど、オレ……
「ふぁぁ……かなり早く出るんだな」
「隣街までは1日10時間ぐらい歩いての距離だからね。さて、ヒロト君だね、朝食を用意しよう」
「ありがとうございます、ご主人」
オレの返答を聞いて、1週間お世話になる宿の主人は二カリ、と歯をきらりんと煌めかせそうなぐらいの豪快の笑顔と共に「おう!」と返事して台所? キッチン? まぁどれでもいいや、そこへと向かっていった。
そして、オレはオレで滞在中の部屋に戻って、サディエルたちから譲って貰ったおさがりの服に着替える。
そのまま食事スペースにして食事処へと向かうと、パンと目玉焼きに牛乳という、元の世界でもビジネスホテルでよく見るメニューを渡してくれた。
「いただきますっと」
パンも目玉焼きも牛乳も、味は変わらないんだな……と、思いながらもくもくと食べつつ、先ほど、宿屋の主人との会話を思い出す。
1日10時間ぐらい……えーと、どっかの本にあったな、成人した人が1時間休まず歩いた場合は4kmぐらいって。
ただ4kmは理想論だから、1時間3kmとして総距離90kmになるのか。
……それって、車が60km制限の道を1時間30分走ったのと同じ時間じゃん。
3日歩きっぱなしで辿り着く場所を1時間30分か……そう考えると車って、超便利だよな。
唯一欠点は交通事故が怖いぐらい、ってそれが大問題なんだけどさ。
「ご主人、ご馳走様でした」
「はいよ。シーツは基本的に毎日交換するから、ベッドからはぐって、廊下に出しといてくれると助かるよ」
「わかりました」
部屋に戻って、シーツはぐって、廊下へぽいっとして……その後どうしよう。
とりあえず、サディエルたちから言われた3つの目的を達成しておかないといけない。
そうなると、どれから手を付けよう。
……いや、すぐに手をつけられるのは実質1つ、「必要品の調達先を見繕うこと」だ。
「えーと、アルムさんから貰ったメモ帳はっと……あった、あった」
部屋に備え付けられている机の上に置いていたメモ帳を手に取って、ぱららっ、と2ページほどめくる。
昨日のうちにメモした買い出しリストを確認して、ついでに宿屋のご主人から貰った、この街の簡易地図を照らし合わせる。
ちなみにこの地図なんだけど、リレルがこの世界の文字を読めないオレの為に、店ごとに分かりやすいマークを書き足してくれている。
おかげで、判断しやすくなってまじで助かる。
「武器屋がここ。道具屋? 雑貨屋? が、ここで……えーと、空き家探すのはどこだ、そういえば。不動産屋なんてあるもんなのか?」
よくよく考えたら、不動産屋なんてイメージないな、異世界では。
ないわけじゃないんだろうけど、家っぽいマークはどこにもないし。
街に定住する場合は、だいたいもう用意されてるとか、恩人が用意してくれているとか、そういうパターンばっかりでガチで家探すってのは…‥とオレは腕を組んであれこれ悩んだ後。
「こう分からない時の王道は、だいたい何でも屋なギルド行けば解決する。仕事の求人もあったりしそうだし」
サディエルも昨日行った、って言ってたから、この街にギルドがあるのは確定済みなんだ。
となれば、ギルドだギルド! ギルド行ってみよう!
ド定番のギルドなら何かしら情報があるだろ~、と楽観視しながら同じくおさがりで貰った小さめの鞄にメモ帳やら、当面の生活資金として渡されたお金を入れて、意気揚々と宿を出る。
そして、地図を頼りに辿り着いたギルドは……
「……えぇぇ」
白い紙が扉に貼り付けられており、人が居る気配ゼロであった。
文字は読めないけど、書いてあるであろう言葉は想像つく「本日休業」だ。
え? 開店時間とかあるもんなの、ギルドって?
緊急性高い依頼とか舞い込むこともあるだろうから、24時間年中無休な印象強い、元の世界のコンビニも真っ青なイメージのギルドだよ?
「………」
オレは思わず周囲の店を確認する。
どこもかしくも、普通に営業しているのが一目でわかるぐらいに、店員さんやお客さんがいた。
改めてギルドに視線を戻しながら、オレはツッコミを入れる。
「……なんでギルドが休業すんだよ」
出直すしかないか。
さて、そうなると他だと、武器屋かな。
地図を片手に街中を歩くと、それっぽい看板が見えた。
「あったあった! 武器屋!」
こっちはちゃんと営業してるっぽいな、良かったー!
さてと、まずはショーウィンドウにある客寄せパンダな目玉商品は……と、覗き込むと。
ロングソードっぽいものの金額、35,000
………?
ごしごしと目を擦って見直す。
次に周囲を見て、視界が歪んでいないことを確認して、見直す。
三度、天を仰いで良く晴れた空を見てから、見直して……
ロングソードっぽいものの金額、35,000
うん、桁変わってない。オレの想像しているロングソードの値段が1桁違う。
確かガーネットウールの毛の買取価格が1キロで4000~5000なわけでして? それが8~9キロ分?
え、なに、このロングソードぼったくり!?
いや、もしかしたらワンチャン、魔術が付与されていて超効果なレアものの可能性ということも。
「この店のロングソードもこれぐらいかー、やっぱり」
「なかなか安くならないよな。剣の新調はまた今度だな……早く型落ちが流通しないもんかな」
僅かな可能性を、オレの後ろを通った別の冒険者たちの会話が見事に打ち砕いていった。
えー……今の会話から、どうやら剣の価格はだいたいどこも一緒ということになるわけで。
つまり、魔術が付与されているとかいう可能性はほぼ皆無なわけで。
同時に、サディエルたちが極力戦闘を回避する理由も、改めて納得する。
うん、気軽に買い替えられるものじゃないなら……そりゃ、消耗する可能性があることは……避けれるなら、避けるよな。
「つーか、この値段基準で考えると3本持ってるサディエルさんと、短剣だけど持っているアルムさんとリレルさんたちって……冒険者としては実は上の方なんじゃ?」
にしても……何でこんな剣がバカ高いんだ?
いや、槍とかもよく見たら剣よりは圧倒的に安いけど、それでもそこそこの値段している。
値段が上がる要因は……この場合なんだろう、素材とか。
けど、剣とかの素材ってだいたい鉄とかだよな……鉄不足なのか?
まぁ1つだけわかることは……少なくとも剣は買えないな、うん。予算いくらかわからないけど、さっすがにこれ買いたいと言えるような金額じゃないことぐらいは分かるよ、オレも。
「……他の武器、見よう」
何とか気力を取り戻し、オレは武器屋へ入店しようとしたその時だった。
突如、警告するように鳴り響く鐘の音と同時に
【避難訓練を開始します! 避難訓練を開始します! 本日の襲撃想定はキラードック! 襲撃想定15分後! 避難所は東と西で、10分後に閉鎖します!】
街中に響く避難を促すアナウンス。
これが、サディエルたちが言ってた、魔物襲撃の対策の一環である避難訓練!?
不定期って言ってたけど、いきなり今日かよ!?
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では、ここで少しばかり時間を遡りたいと思う。
前日の夜、サディエルたちが隣街に旅立つ前のことだ。
「避難訓練なんだが、各街で不定期に実施されている魔物の襲撃を想定した訓練だ」
夕食を終えて部屋に戻る前にと、呼び止められたオレはサディエルから軽く説明を受けていた。
「人はパニックになったら正常判断出来なくなる。いざって時に動けるようにってのが理由だ。避難手順は全土統一になっているから、1つでも経験しておけば良い」
「全土で統一されてるんだ……」
「そこに住んでいる住人はいいけど、外から来た人たちが困るからな。それでだ」
サディエルは部屋に備え付けられている机の上に、リレルが書き込んだマーク付の簡易地図(街)を広げる。
そして、5か所に×マークをつけていった。
「避難箇所はどの国でも5か所を基本としていて、中央と四方位にある。領土が広い国や街だったら、もう少し増えるな。そして、避難の際には2~3か所のみが解放される」
「全部じゃないんだ。何でですか?」
「理由は3つだ」
1つは、避難所を絞ることでの人数把握が容易になること。
避難箇所が2か所だった場合、今いる避難所に家族や恋人、友人が居なくても、すぐに片方に連絡して安否確認ができる。
これが複数個所だと、あちこち連絡取っている間に、業を煮やした人が「探しに行く!」と飛び出す可能性を抑制する効果もあるらしい。
「あー……オレの故郷じゃ、死亡フラグあるあるだ」
「笑い話で済むのが羨ましい。かなりの死活問題だし、出て行った奴だけが犠牲になるならいざしらず、出た瞬間に魔物たちが襲撃したら、そのまま避難所も全滅だ」
2つ目は、避難所の護衛に当たる人数問題。
襲撃時に、魔物から避難所を防衛することが出来る冒険者が10名しかいなかった場合。
5か所に均等に戦力を割り振ると、2名づつの配置になる。
だが、魔物の襲撃は基本的に多勢に無勢で攻めてくるので、2対複数は無理がある。
そうなると、避難所の防衛力が落ちて、5か所のうち3か所以上の避難所が住民もろとも全滅する、ということが過去に多くあったらしい。
その為、避難所を限定することで防衛人数を増やし、より対抗しやすくなり、結果的に被害も抑えられたそうだ。
「ちなみに、中央は避難所というよりは、防衛を行う人たちの駐屯地になる。最も戦闘が発生する場所でもあるから、避難先としてはあまりおススメはしない」
そして3つ目は、襲撃する魔物たちの特徴に合わせて避難所の特性を変えているから、である。
四足歩行系の魔物や、空を飛ぶ魔物であれば、地面を掘るのが難しいから、地下へ逃げる形の避難所を利用する。
両手が使える2足歩行系は、頑丈な岩で作った高台の避難所へ。
そこを登ろうとした魔物に対して、魔術や弓などで叩き落すなどなど。
「避難訓練になったら、街全体に聞こえる放送があるはずだ。"いつ、どこに、どのくらいのスピードで走るのか" を、しっかり聞いて、すぐに地図を見て、だいたいの距離と避難時間確認して、無理しない程度に全力で走ること」
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以上、前日にサディエルからご教授頂いた内容の回想&おさらいである。
……さて、現実逃避をそろそろやめようか、オレ。
全速力で走ったら、早々に息切れして、街のど真ん中で必死に呼吸整えてるからってさ!!
街の人たちは平然とした顔で走って避難所に向かっている。
「ほらミリィ! 競争だー!」
「待ってよお兄ちゃん! 今日は負けないよー!」
……完全に遊び感覚で走っていく子供にすら負ける始末である、ちくしょう。
「……はぁ……よし、もう少しで避難所……!」
ようやく息を整えなおし、最初よりも明らかに落ちた速度で走り始める。
なんだっけ、サディエルたちが言ってたの。
そうだ、3割ぐらいの力で全力疾走を10分間! ゴールが決まっている、早く到着する必要もない。
確実に目的地に着けばいい! いつ、どこに、どのくらいのスピードで走るのか。それが必要!
いつ、到着は10分……いや、体感ではもう3~4分経ってる気がするから残り6分。
どこに、今目指しているのは一番近い東の避難所で、そろそろ見えてくるはず。
どれぐらいのスピードで走ればいいのか。全速力じゃ少し走ったらすぐ息切れで足が止まる。
なら、止まらずに、駆け足程度で!
さっきから、全速力→息を整える→全速力のループで走ってたけど、ぜんぜん距離稼げないどころか、周囲の人たちに凄い速さで追い抜かれてるからね、さすがに学習しますよオレだって……
焦らず、ゆっくりと、だけど急ぐ。
うわ、めっちゃ難しい。
オレは一度速度を落として速足の状態を維持したまま、地図を確認する。
「次の大通りも曲がり角を……右で……目的地!」
時間は……ぎりぎりか?
地図を畳み直して、荷物入れに入れて再び走る。
右に曲がって、見えてきた避難所前には街に滞在中と思われる冒険者の人たちが、こちらに向かって手を振っている。
「おーい! あと1分! その速度なら間に合うから慌てるな!」
「は、はい!」
間に合うと言われて安堵のため息が出そうになるが、それも後!
そのまま避難所の入り口まで辿り着き、冒険者の人に案内されて地下室まで移動する。
「おっ、ヒロト君! 君もこっちだったか!」
「ご主人!?」
たくさんの住人の中に、宿のご主人の姿もあった。
オレはゆっくりと近づくと、ぽんぽんと頭を叩いて宿のご主人は豪快に笑う。
「息が切れ切れじゃないか! なんだい、運動をさぼってたな?」
「あっはははは……そんな感じです」
思わず苦笑いしつつ答える。
高校3年だと、通常の授業はほぼ終わって、今は受験のための時間が大半だから、うん……そういうことにさせてください。
とりあえず、どっちにしても体力いるから……何か考えよう。
今回は訓練だから良かったけど、ガチの魔物が襲撃してきたときだったらシャレにならないわけだし。
「はーい、人数チェック終了しました! では、軽くいつも通りの東避難所の設備解説と、備品場所の確認です! 眠くても、耳がタコになってても聞いてくださいねー、私も既に何百回言ってて暗記したくなくても暗記しちゃってるんで、お相子でーす! というわけで、死にたくなければ聞いてくださいねー!」
すると、ここのまとめ役っぽい女性が声を上げて住民の皆さんに声をかける。
これは聞いておかないと……って、だいぶぶっちゃけてるよね!?
まぁ住民たちが笑ってるし、雰囲気が良いからいいか。
そして、説明と確認を全員でしたあと解散。
避難所から出て、街に戻り……オレは大きく背伸びをした後……
「……今日は……もう、宿に戻って……いいか」
思わず遠い目をした。
こうして、街滞在1日目が終了した……特に進捗はない。