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誰かの手袋

 三日三晩降り続いた雪がようやく止んで、明るいお日様が顔を出した朝のこと。

 

 すっかり凍り付いた滝のそばの、大きな洞穴の入り口をふさいだ板戸が、ほんの少しだけ動きました。

 白い湯気が戸のすきまからふうっと立ちのぼり、すぐに凍ってきらきら光ります。からからと音を立てて板戸が開けられ、その奥から温かそうな上着を着こんだ女の子が出てきました。

 

「ふわあっ、まぶしいなあ」


 女の子はふわふわの毛糸で出来た白い帽子を目深にかぶりなおすと、お日さまに照らされた白い雪野原を見渡しました。そうして口に両手をそえて、良く通るきれいな声で野原のどこかにいるはずの友だちを呼びました。

 

「おーい」


 ――おーい……


 その声の半分ほどは遠くの山に跳ね返ってこだましましたが、近くでは気味が悪いほどみっしり、と押し固められたように響きました。

 こんな分厚く降り積もった雪は、辺りの音からこだまをすっかり吸い取ってしまうのです。

 

 ――……はわぁ(さまぁ) る……り はわぁ(さまぁ)……

 

 どこかから小さなくぐもった声が聞こえます。女の子ははっとして顔を上げると、そちらへ向かって雪をかき分け歩き出しました――るりというのがこの子の名前でした。

  

「コンチキ……その声はコンチキだよね? どこにいるの?」

 

 るりは眩しく光る雪野原を、目を細めて懸命に見つめました。

 ああ! ずうっと離れたところの雪の上に、ふさふさな黄色い毛が生えた尻尾の、ほんの先っぽだけが突き出ています。それがピクピクと動いているのを見て、るりはちょっと顔をしかめました。

 

 ――ほっひ(こっち)……ほっひ(こっち)ですよぅ

 

「あら、コンチキったら。何か口にくわえてるでしょ」

 

 コンチキはルリの友達で、春に生まれたばかりの子ギツネでした。キツネは冬でも起きていて、野山を駆け雪の中に深く飛び込んで、その下に隠れている小さな動物を捕まえるのです。でも――

 

(いくら何でも、少し深く潜りすぎじゃないかしら? せっかくネズミをつかまえたりしても、あれでは雪の上に戻れないんじゃない?)


 その心配は、どうやら本当のものになっているようでした。コンチキは尻尾を震わせながら、「るりはわぁ(るりさまぁ)はふへれぇ(たすけてぇ)」と、か細い声で叫んでいたのです。

 

(急がなくちゃ)


 放っておくと、コンチキは雪の中で息をつまらせてしまうかもしれません。るりはポケットから奇妙な文字が書かれた紙きれを取り出すと、それを顔の前にかざしました。


(ええと、「麦の穂を折らずにその上を歩く法」……これでいけるはず!)


 はさんだ指にぐっと力を入れて、えいっと気合を込めながら腕を前へ突き出すと、紙きれが小さな炎を上げてじゅっと燃え上がりました。その光が消えると、雪靴を履いた足元がうっすらとした光に包まれました。そこで、るりは雪靴ごと足を持ち上げて雪の上へ駆けあがったのです。

 するとまあ、どうしたことでしょう? まだ積もったばかりの雪の上だというのに、足が沈み込むこともありません。

 

「ようし、上手くいったわね」

 

 るりはそのまま、まるで都会の舗装された道の上にいるような具合に、コンチキのところへ一気に駆け寄ったのでした。

  

 尻尾を目印に見当をつけて、雪の中にぐっと両手を差し入れます。両手の間にほかほかと温かな、小さなキツネの体がすべりこんできました。

 それを、つぶさないように注意深くつかんで、そろそろと引き出します。

 

 ――タスケテ! タスケテ!

 

 コンチキの口の辺りから、コンチキの声とは別のそんなか細い声が聞こえてきます。どうやらやっぱり、コンチキはネズミをつかまえていたようでした。

 

「ああ! はふかりまふた(助かりました)あひらほう(ありがとう)!」

 

「ほらコンチキ、ネズミなんかもう放してあげなさいったら。お腹がすいたんなら私の隠れ家で、焼きたての油揚げを食べさせてあげるからさ」


「あ、あぶらあげ……!」


 うっとりした声とともに子ギツネが口を開くと、長い冬毛に覆われたネズミが一匹、ぽろりとそこから抜け落ちました。その小さな生き物はかさかさと少し離れたところまで雪の上を駆けていくと、るりの方をひょこりと振り向いて、しきりにお辞儀をするようなしぐさをするのです。

 

 ――アリガト! アリガト!

 

 そうして、ネズミはそのまま近くにあった雑木の根元にもぐりこんで行きました。るりは何だかとてもほっとして、コンチキを抱きかかえ、毛皮にこびりついた雪のかたまりを払い落としてやりました。

 

「じゃあ、行こうかねえ」


 そう言って歩きだそうとしたときでした。まるで雪の上に花が咲いたように、鮮やかな赤いものがそこにポツンと落ちているのに、るりは気づいたのです。

 それは、毛糸で編まれた片方だけの、真っ赤な手袋でした――

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