後悔
いきなり貴方の子です。紛いのカードを付けた赤ん坊を突きつけられたアレン。単なる隠し子騒動なのか、はたまた、曰く付きなのか。
その日、省の玄関を入りかけた横を、小さな子供が歩いて過ぎる。思わず立ち止まった俺を振り返ると見上げ、にこ…と笑って両手を此方へ上げた。
抱っこ。と言われた気がして、つい抱き上げた。
子供と言うより未だ赤ん坊に近い。
誰かの連れかな…そう言えば、総務の女子が…
「…だ…ぁ?!」
「ダディ…ですか?!」
「えっ?!」
振り返ると、警備主任のカールが、何やらベビーブルーの似付かわしくないバッグを抱えて、ハトが豆鉄砲喰らったような顔をしていた。
「ダディって何の事だ?!」
言うと、バッグに添えてあったそうなカードを示した。
アレン・カーライツ様
この子を暫くお預かり下さい。
SH
「何だって?!」
「…心当たりが…お有りですか?!」
「んなわけ無いだろう?!」
思わず叫んで、抱いた子供がヒクッと息を呑んだ。
「ごめん…泣かないで…」
「う…ん…ぎゃ~っ!!」
オロオロするばかりで何も出来ずに居る俺の代わりに、カールが総務で評判のベテランを呼んできてくれた。ベテランって言うのは子育てのベテランで、今期新規に採用した人だった。
期待通り、若い職員の良き相談相手、彼等のペースメーカーとして業務の効率を上げてくれていた。ハンスと結婚して第一子を妊娠中のルイザのアドバイザーとしても活躍してくれていた。
「如何する?!離婚してその子の母親と結婚するか?!」
「なっ…何を言ってるんですか?!アウル、俺は…」
「…お前が嫌だと言っても、放してやらない」
そう言い放って見詰めた瞳に、今更に射貫かれて観念するしか無かった。
国の経済構造を変革して、独立性を保つためには、世の半分の女性の力を借りるより他は無い。才能豊かな彼女等を世に出す1番手っ取り早い方法が、俺達のパートナーとして、社交界にデビューさせることだった。
無名で有っても、俺やアウルの相手と成れば世間は放っておかない。張り付いて居る報道機関を広報として使う訳だ。
これは俺と彼が何方も未婚で、何れ、公爵妃、伯爵夫人となるべき人を迎える義務を負ったそれぞれの首長で有る事をも利用するものだった。
が、アウルには、婚外子では有るものの、故リント伯爵令嬢ロザリンドとの間に一子クリストファーが有る。俺にしても、現国王ランドルフⅠ世に嫁いだ姉の娘を将来のカーライツ伯爵として迎える手筈を調えたところだった。
王権を間において、我がシェネリンデ王国の事実上の支配者で有ったカーライツとリントの両伯爵家が、以前のように力の均衡を保たねばならない状態で有っても、俺の姉の産んだ王女を首長に据えることに成れば、カーライツ伯爵家は王家の外戚で有ることに加えて、王国の継承権を持つ当主を迎える事となるのだ。
リント伯爵が、俺を陥れるために打った賭に負け、加えて、加齢による引退に追い込まれた現状に無くても、俺の選択に否やを唱えられる危惧は存在しない。
その選択が、実は、プライベートに起因するとしてもだ。
「俺は審議会以来、他の誰とも関係を結んではいません。だから、この子が産まれるって言うのがおかしいんだ!!」
必死で訴える俺に、アウルが噴き出した。
「ムキに成るな。判っているから」
そう言って、俺を引き寄せて口付けた。
何時もより濃厚な愛撫に、内心は口で言う程平静では無いことが伺えた。
愛してくれているから…
…ふぇっ…ふぇっ…と何度か聞こえたと思うと、睡っていた赤ん坊がうぎゃ~っ!と泣き出した。
「パパ、泣いてる」
「アウル!」
俺の抗議に笑うと、泣いている赤ん坊をひょいと抱き上げた。
「やっぱり、軽いな」
「慣れてますねぇ」
「そりゃ、クリスは2つに成っていたとは言え、赤ん坊は赤ん坊だったからな。数えるほどとは言え、おむつも替えたし」
「泣き止んだ」
「総務のベテランにオムツもミルクも面倒見て貰ってるんだと。パパが横で煩くするからだよなぁ」
言いながら、左肩にタオルを載せて寄りかからせるように抱くと、お尻の辺りをぽんぽんとリズミカルに叩く。時々フニフニ言っていたかと思う間に睡った。
寝顔は可愛いの他は無かった。
「可愛いだろう?!私を伴侶にしていては、自分の子には恵まれないぞ」
「アウル?!」
「大きな声を出すな。起きてしまう」
言われて、熱情のままに結んだ縁の本来の意味が判っているのかと問われているのを知った。
「私がクリスの存在を知ったのは11の時だったが、子供と言う存在の愛らしさに驚かされた。この子を残して、何もしてやらずに置いて逝くことを想って、ひとまず、留まった」
父親に疎まれ、人としての扱いさえされずに、役割を終えたら生きている価値がないのだと、想っていた人だった。
総ての縁を失っていて、一切の助けも無しに生きていく挫折と、疲労に気力を削がれていた。
「お前に出会って、惹かれて。子供は共に生きる者では無いと知ることが出来たんだ。私を越えていく者だと」
「親と成って初めて真の成長が有るって話?!俺は自分の義務よりも、貴方を取るって言う子供なんですから、仕方ないでしょう?!」
「成る程。未だ、成長途中か?!」
「そうですね」
「なら仕方ないか…」
「ええ」
溜め息を付きかけた唇を捉えた。
触れて…心が揺れた。
アウルの頭の中から、俺の子の事が無くなることは無いのだ。ルーラ・シオンをカーライツの後継に据える手はずが整っても、それが対処で有る事は変わらず、根本的な解決には成り得なかったからだが…
「貴方に惚れたのは子供の気の迷いなんかじゃ有りません。それに、女性とであっても、子供の産まれない結婚も有りますからね」
アウルがじっと見詰める。
「やっぱりお前にかかると難問など無くなるようだ」
言いながらふ…と笑う。
「笑顔の貴方だけ見ていたいな」
「お前の希望は解った。蒸し返して悪いが、可能性は有るぞ。2年前まで遡って考えろ」
2年前?!そうか…1歳位だからその前に10カ月…だがなぁ、伸るか反るかの審議会の最中に、恋愛ゲームに興じる余裕なんて無かったぞ。その前なら、アウルを諦めるために節操の無い遊び方をしていたのは事実だったが…
避妊も100%じゃ無いからなぁ…
「いや!やっぱり有り得ないっ!!」
声を潜めた断言に、何も言わずにだが、口角を少し上げた。口付けに僅かに慄き、俺に倣う。
「誘い上手になりましたね」
眼差しを斜に振って、俺の顎を人差し指に載せて引き寄せると、深く唇を合わせてきた。滑り込み、誘い出されて、くらっ…と…
微かな音を立てて離された唇が言う。
「しまった!見られてる」
「え?!」
酔いしれていた俺は、アウルが左手に赤ん坊を抱いたままなのも、睡っていると思っていた天使の様な瞳に見詰められていたのにも気付いていなかった。
俺の顔に見入って、満面の笑顔でにぱっと笑われてしまった。
「Jr、パーフェクト!」
「アウル!茶化さない!」
「真面目な話、週末だから総務のベテランを頼る訳にはいかないし、今日中に片が付かなければ、連れて帰るしか無いぞ」
「ええ。そうですね…」
おまけに、俺の執務室に赤ん坊を置いておくと、秘書のエドナの機嫌が悪くなって仕事にならなかった。身重のルイザにも頼むわけにはいかない。
「連れて、アパルトマンへ帰っていろ。但し、きちんと面倒見るんだぞ」
そう釘を刺して、アウルが南の執務室に赤ん坊を連れて行き、俺はエドナへの弁明に努めた。
SHの見当は付かず、アドレスを浚って見ても思い当たる人は居なかった。そして、何の音沙汰も無く定時となった。
南の執務室に赤ん坊を連れに行く。
「風呂に入れろとは言わない。食べさせて、オムツ替えだけはしとけ。なるべく早く帰る」
アウルに釘を刺されて、溜め息を付きながらも仕方なく、赤ん坊を連れてアパルトマンへと向かった。
お読み頂き有り難う御座いました!
「アレンの息子」の始まりです。紆余曲折が有ったあげくの今なので、必然的に出て来る話だと思いまして、書きました。
跡取りが必要なアレンの立場をハッキリさせねばならないので…