死神ルイ
ぼくは自分の死を理解した。
しばらく涙が止まらないぼくを、ルイは静かに待ってくれていた。
ようやく落ち着いた頃、ルイはぼくを見て
「ちょっとさー。その姿はあまりにも痛々しいから治しておくね」
ルイは右手をぼくに向けると、身体中の怪我が消えていった。
「まぁ、こんなもんかな?」
ルイは右手を下ろして、胸の前で腕を組みうんうんと頷いている。
カーブミラーで自分の姿を見ると、そこにはいつも見慣れたぼくが写っていた。
「君はいったい?」
ぼくはルイの方を見る。
「ルイはお兄さんを迎えに来たんだよ。あなた達の言い方をしたら死神?」
ルイは悪戯っぽく微笑む。
「そうかぁ」
ぼくは死んだんだよなぁ
お迎えって、本当にくるだなぁ
なんて他愛のないことを思っていると、ふと疑問が湧いてきた。
「ルイ、死神ならぼくがいつ死んだのか知ってるん?」
ルイは少しドヤ顔になり
「当然。知りたいの?まぁ、未練残して逝けないよね。教えてあげるよ」
ルイはポケットからメモを取り出して
「お兄さんは、今から3ヶ月前の3月20日、朝7時過ぎにここで事故にあったの。お兄さんは暴走してきたクルマに撥ねられてしまったの」
ルイはぼくが思い出した場面を客観的に話だした。
「事故のあった時間帯は渋滞がすごく、なかなか救急車が到着しなかったの。事故から30分くらいして救急車が到着し、救命処置をして病院に搬送されたけど間に合わなかったの」
ルイはこちらを上目で見ている。
きっとお迎えに来て最初にする仕事が、この説明なんだろう。
「ん?3ヶ月前?そんな前にぼくは死んでたん?」
ぼくは死んだことを理解してなかったとは言え、2〜3日か、せいぜい1週間くらい前の事だろうと思っていた。
「そうだよ。普通は自分が死んだら死んだことを理解してて、49日の間に現世にお別れして霊界にくるの。でも、お兄さんは49日経っても霊界に来ないからルイが迎えに来たのよ」
ルイは軽くため息をついて、やれやれと肩をすくめている。
「そうだったんだ。お手数おかけしました…」
ぼくは右手を後頭部に当てながら謝る。
「そうだよー。ルイ、お兄さんがなかなか気がついてくれないからさ、ずーっとあの角で声掛けてたんだから」
ルイは両手を腰に当てて、大変だったんだぞ!とアピールしている。
ぼくはルイを初めて見た時の事を思い出した。
「そういや初めてルイを見た時、ぼんやりとしか見えなかったし、声も聞こえなかったなぁ」
「あぁ、それはね。お兄さん自分が死んだ事、解ってなかったでしょ?それに名前も覚えてなくて…」
そうだ、ぼくはなにも覚えてなくていつもの様に仕事に行こうとしてたんだった。
「だから、お兄さんは死の直前をずーっと繰り返してしたの。朝起きて、駅に向かい、あの角を曲がった所で消えてたの」
ルイはぼくの意識が消えそうになりかけた角を指差した。
ぼくは3か月も死の直前を繰り返していたのだ。
そして、ルイは約1ヶ月もぼくを呼んでくれていたのか…
「そうか、ぼくは地縛霊だったんだ…」
ぼくのつぶやきにルイは
「んー?みんな地縛霊とか?浮遊霊とか?言うけど、ルイから見たらみんな同じ霊だよ?ただ、お兄さんみたいにずーっと同じ事してるか、フラフラフワフワして何処かに行っちゃうかだけの違いだよ」
ルイは、今までにも同じ事を言う霊を思い出しながら話した。
「でね、自分が死んだ事に気がつかないから周りが見えなくなるの。だから、お兄さんはルイを見えなかったし、声も聞こえなかったの。」
ルイはため息をつきなから肩を落とした。
「だから、お兄さんを呼び覚ますためにルイは頑張ったの!ルイの強い想いと愛の力よ!!」
ルイはフンスっと鼻から息を吐いた。
「ははー。ありがとうございます」
ぼくはおどけてお礼を言う。
「うむ。よいよい。では、霊界に行きましょうか」
ルイは小さな胸を張って、ぼくを霊界へ行くように促した。
「そうだね」
ぼくは、霊界に行くべきなんだと思い歩き出そうとしたが、足が地面から離れない。
地面と言うより、現世から離れない。
ルイはそんなぼくを見て、
「マジかー」
と、右手で額をぺちっと叩き天を仰いでいた。