赤黒い小さな箱
和室の仏壇の前に母親とサヤカが座っている。
母親は赤黒い小さな箱を、そっと抱きしめていた。
しばらく俯いていた母親は、ゆっくりとサヤカを見て話しだした。
「本当はね、コレをサヤカちゃんに渡してはダメだとわかってるの…」
母親は抱きしめていた小さな箱を、サヤカの前にそっと置いた。
置かれた箱は赤黒く、元の色が分からなくなっていた。
赤黒い箱を見たサヤカは、俯いて少し震えていた。
「サヤカちゃん、実はコレはサトルが持っていたものなの。最初はコレはずっとおばちゃんが持っておくのが一番いいと思ってたの」
母親は赤黒い箱を見ながら話し出した。
サヤカはただ、黙って俯いている。
「おばちゃんの所にも、昨日サトルが来てくれたって話したやん?何を話したのか覚えてないけどね…」
少し俯いてふふっと小さく笑う。
「でね、おばちゃん思ったの。サトルはこの気持ちをサヤカちゃんに伝えたかったんじゃないかな?って…」
目が真っ赤になったサヤカは黙ったまま母親を見る。
「コレはおばちゃんのただの自己満足… ううん、ただのわがままだと分かってる。でも、サヤカちゃんにはサトルの気持ちを知って欲しいの」
母親はそっと赤黒い箱を取り、サヤカの手に乗せた。
サヤカは乗せられた赤黒い箱を大事そうに受け取り、そっと蓋を開けた。
中には小さなダイヤの指輪が輝いていた。
「ずっと、ずーっと待ってたのに… なんで?なんで今なん?もう、サトルおらんやん… ずっと一緒に居てくれんやん…」
涙がポタポタと指輪に降り注ぐ。
「サヤカちゃん… ごめんね。本当に… ごめん」
母親は俯いたまま泣いていた。
サヤカはガバッと立ち上がり、一歩前に出ると母親を抱きしめた。
「おばちゃん… おばちゃん! うあああああああぁぁぁ」
サヤカは叫ぶように号泣していた。
母親は号泣するサヤカを抱きしめて泣いていた。
和室には、2人の泣き声が響き渡っていた…
◇◆◇◆◇◆◇◆
しばらくして落ち着いた2人はリビングにいた。
母親は熱いお茶を淹れサヤカの前に置く。
テーブルには2人分のお茶と、赤黒い小さな箱があった。
母親はお茶を一口飲んで、サヤカに語りかけるように話した。
「あの日、病院に駆けつけた時、サトルはすでに息をしてなかったの。パッと見て助からないかもって…」
あの時のぼくは両腕と両膝の皮膚が裂け白い骨が見えていた。頭からは大量の血が流れ出し、顔の左半分を血塗れにしていた。
「サトルはそのまま処置室に入って…」
「処置室からお医者さんが出てきてね、コレを渡してくれたの。大切そうに何かを胸の前で握り締めていたたんだって。すごい力で握り締めてて、なかなか手を開くことが出来なかったって…」
ふふふと、優しい目で箱を見ながら母親は笑う。
「そんなに大事にしてくれてたんやね…」
サヤカも優しい目で箱を見ながら微笑んでいた。
母親はサヤカの手を握り見つめる。
「でもね、サヤカちゃん。あなたは幸せにならなきゃダメやの。だから…」
少しの沈黙のあと、母親は意を決したように
「だからサヤカちゃんはサトルを忘れて、自分のために幸せに生きて欲しいの。きっと、サトルも同じ事を言うわ」
母親の目には涙が滲んでいた。
しばらく沈黙があり、サヤカは口を開く。
「おばちゃん、ムリやわ。サヤカはサトルを忘れるなんて出来ない。だって、サヤカが今まで生きてきた中にはサトルが居るのが当たり前だったんだよ?」
「……」
「だからね、サトルはこれからもサヤカの中で生き続けるんだよ。おばちゃんの中にもサトルは生きてるでしょ?」
サヤカはニコっと笑い、母親を見つめる。
「…そうやね。サヤカちゃんの言う通りやわ。ごめんね、忘れろなんて酷い事言って…」
母親も微笑みながらサヤカを見つめた。
「ううん。おばちゃんの気持ちも、サトルの気持ちもわかってるよ。だからね、決めたの!」
サヤカは立ち上がり、天井を睨んだ。
「…?」
サヤカは天井を指差し、天国にいる(ぱすの)ぼくに聞こえるように叫ぶ。
「サトル! サヤカは幸せになるからね!サトルはサヤカの中で一緒に幸せになるの!わかった?もう、決めたんだからね!」
少しポカンとしていた母親は、あははははと笑い
「うん、そうだね!サトルには拒否権ないね」
サヤカが椅子に座り直すと
「サヤカちゃん、この指輪持っててくれないかな?」
そっと、小さな箱をサヤカの前に差し出す。
「…いいの?」
母親は黙って頷いた。
サヤカは大切そうに小さな箱を受け取り、指輪を左手の薬指にはめ、胸の前で右手で包み込むと静かに泣いていた…