本当に死ぬまでに『しなければならないこと』
今日の母親は朝から上機嫌だった。
溜まっていた洗濯をし、部屋を掃除する。
午前中に買い物へ行き、久しぶりに昼食を作っていた。
こんな元気に動き回る母親は久しぶりに見たような気がする。
ぼくが生きていた時は、当たり前過ぎて気に留めていなかったのだと気がついた。
夕方になり、玄関がガチャと開くと
「おばちゃん、おるー?」
いつものようにサヤカが家にやって来た。
母親が返事をする前にパタパタとリビングに上がりこんできた。
「あらあらサヤカちゃん、どうしたん?」
母親はキッチンから手を拭きながら出てくる。
息を弾ませながらサヤカは話し出した。
「おばちゃん聞いて!サヤカな、夢でサトルと話してん!でも、何を話したか覚えてないんよねぇ」
サヤカは肩を落とし、『ガッカリ』を全身で表していた。
「サヤカちゃんも?おばちゃんも昨日、サトルが来てくれたんよ」
母親もニコニコしながら話している。
2人は昨日のぼくの事で盛り上がっていた。
故人が夢枕に立って、何か話をする。
これだけで遺族はこんなにも生き生きと出来るんだと、ぼくは初めて知ることができた。
「ルイ、ありがとう」
「どういたしまして」
ルイはニッコリと笑った。
ぼくは2人を見て、もう自分の未練はなくなったのだろうか?と、自分の体を見るが、なにも変化はなかった。まだ、何か未練が残っているようだ…
ふと母親を見ると、不意に母親は黙り込み俯いていた。
「どうしたん?」
サヤカは母親の様子を伺っている。
母親は意を決したように口を開いた。
「サヤカちゃん、ちょっといい?」
「はい…」
サヤカも真剣な顔になり母親を見る。
母親は立ち上がり、サヤカの手を引いてリビングの隣りの和室に向かう。
和室には仏壇があり、ぼくの遺影があった。
母親は仏壇の前に座り、サヤカに座るように促す。
「本当はね、コレをサヤカちゃんに渡してはダメだとわかってるの…」
母親は仏壇の引き出しから小さな箱を取り出した。
小さな箱は赤黒くなっており、元の色が分からなくなっていた。
「アレは!」
ぼくはその見覚えのある小さな箱を見て声をあげてしまった。
急に目の前が広がるような感覚があった。
視界を遮っていた曇りガラスを一気に取り除かれたような、そんな感覚だった。
ぼくは思い出した。
ぼくが本当に死ぬまでに『しなければならないこと』を思い出したのだ。