…しってる
サヤカの家はぼくの家の3軒隣りだ。
「ちかっ!!」
ルイは思わず叫んだ。
「いや。まぁ、ご近所さんの幼馴染みやし…」
はははと、乾いた笑いでごまかす。
今は深夜2時。もうサヤカも眠っているだろう。
「おじゃましまーす…」
誰にも見えてないし聞こえないのだか、なんとなく小声でつぶやき玄関をすり抜ける。
サヤカの家もぼくの家と同時期に建てられた団地の一軒なので、間取りはほぼ同じだ。
ぼくは何度も来ていたこともあり、迷わずにサヤカの部屋に到着した。
サヤカの部屋は扉が閉まっていた。
中からは何も聞こえない。やはり眠っているようだ。
そおっと扉から顔だけをすり抜けさせ、部屋の中を確認する。
部屋の中は淡いピンクを基調とした家具が並んでおり、花の香りがしている。机の上にはポプリが置いてあり、壁にはドライフラワーが飾ってある。
ベッドやタンスの上には、たくさんのクマのぬいぐるみが並んでいた。いつ来ても可愛い部屋だ。
「お兄さん、だらしない顔してるよ…」
ルイの冷たい視線が突き刺さる。
部屋の中央には小さなテーブルがあり、サヤカがテーブルに伏せていた。
ドキっとして、恐る恐るサヤカを見ると眠っているようだった。ドキっとする心臓は止まってるのに…
少し自分が面白かった。
部屋に入りサヤカの顔を覗き込む。
「……っ」
泣いていた。サヤカは泣いたまま眠っていた。
ぼくは声が出なかった。
サヤカは右手に写真を持っていた。
それは去年一緒に動物園に行き、クマをバックに撮った写真だった。ぼくとサヤカは楽しそうに笑っていた。
サヤカはクマが好きだった。
ある時、いつも行く動物園のクマを見ながら言い出した。
「サヤカな、将来クマ飼いたい!クマとシャケ捕まえるねん!」
「いや、そりゃムリやろ…」
さすがのぼくも呆れて言うと
「もう!サトルは夢がないなぁ!」
と、言いながら「あははははは」と笑っていた。
少し天然で、いつもパタパタ動き回り、大きな声で笑っているのでどこにいてもすぐにわかる。
誰とでも仲良くしてるかと思えば、急に拗ねてみたり…
そんなサヤカがぼくは好きだった。
ぼくはルイを見る。
ルイは静かに頷いていた。
テーブルに伏せているサヤカの顔を、愛おしく見るぼくがいた。
おでこにかかる前髪に触れようとするが、やはり触れることができない。
「やっぱり、もう触れる事もできないんやな…」
涙が溢れそうになる。
眠っているサヤカの横に座り、ゆっくりと話し出した。
「サヤカ、かあさんの事ありがとう…」
次の言葉が出てこない。
何か大切な事を伝えなきゃダメなのに…
何も言葉が出てこなかった。
ぼくはサヤカの寝顔を黙って見ていた。
「やっぱり、寝顔もかわいいなぁ」
ぽつりとつぶやいた。
「…しってる」
サヤカは少し笑って、つぶやいた。
「ええ?!」
ルイは目を丸くして驚いて、声が出たのを隠そうと両手で自分の口を隠している。
「サヤカはね、ぼくが褒めるといつもこうやねん」
あははははと、笑いながらルイに説明した。
「びっくりしたぁ。あまりそんな事言う人いないよねぇ」
ルイは笑っていた。
「そやなぁ」
サヤカの部屋に、誰も聞こえない笑い声が響いていた。