再会と後悔
電車に乗った時と同じように、ぼくたちは新幹線を無賃乗車した。いくらぼくたちが霊体で、誰にも見えていなくても罪悪感がある…
改札口で「ごめんなさい、ありがとうございました」
と、駅員さんに声をかけるが、当然、駅員さんには届かない。仕方ないと割り切っていくとしよう。
一方、ルイはかなり新幹線が楽しいらしく、ずっと目を輝かせながら車窓からの景色を楽しんでいた。
ときおり、「うわ!速い!」とか、「すごっ!」とつぶやいていたが、ぼくはあえて聞こえないフリをしていた。
ちょうど夕食の時間帯に、ぼくが生まれ育った街に着いた。
駅から15分ほど歩くと、同じような家が立ち並ぶ住宅街に着く。
その中の一軒が母親が一人暮らししている『ぼくの家
』だ。名義的には母の家なのだが、ここはぼくが帰る場所だから『ぼくの家』なのだ。
なんとなく「ただいまー」と言いながら玄関をすり抜け屋内に入る。
玄関を入ると短い廊下があり、すぐにリビングに入る扉がある。
扉は開けっぱなしで、リビングの中央にあるテーブルには、読みかけの雑誌と冷めたお茶がある。
リビングの壁際にあるソファーには母親がぼんやりと座っていた。
「かあさん…」
母親の目は赤く腫れ、涙の跡が残っている。手は力なくソファーに放置され、生気のない表情をしていた。
ぼくは思わず母親の頬に触れようとするがすり抜けてしまう。
「かあさん、ごめんよ…」
どうすることもできず母親の前で膝をつき、ただ涙を流しながらあやまることしかできなかった。
ぼくは改めて『自分が死んだ』ことを実感し、心の底から悔やんでいた。
「ぼくは、とんでもない親不孝をしてしもた…」
無意識に発した言葉をルイはだまって横で聞いていた。
「ぼくはこれから結婚し、嫁と子供を連れてここに帰って来なあかんかったのに… 」
「かあさんはぼくや孫達と幸せに過ごし、そうして家族に囲まれて幸せなまま最後を迎えるはずやったのに…」
「ごめんなさい。かあさん…」
ルイはぼくの背中を優しくさすってくれている。
そのまま、静かな時間がしばらく続いた。
ぼくは少し落ち着いてから、リビングを見渡した。もう夕食の時間が過ぎているのに食事の準備どころか、何かを食べた形跡もない。
ルイも同じ事に気がついたらしく、リビングを見渡したあと声をかけてきた。
「お兄さん、お母さんは一人なの?お父さんは?」
母親の近くに誰かがついていれば、心の支えにもなるしキチンと食事もするだろうと考えたようだ。
「父さんは、ぼくが中学生の頃に女の人と出て行ってもた。それからはぼくとかあさんの二人暮らしやってん」
苦々しい思い出に奥歯をガリっと噛み締める。
「そう、悪い事聞いちゃった。ごめんね」
ルイは気まずそうに謝る。
「ううん、ええよ。終わった事やし。」
その時、玄関がガチャと開いた。
「おばちゃん、おるー?」
玄関が開いた瞬間に若い女性の声がリビングに響いた。
ソファーに座っていた母親は、のそりと立ち上がり玄関に向かう。
「あらぁ、サヤカちゃん」
少しだけ母親の顔に生気が戻る。
「こんばんは!おばちゃんご飯食べた?まだやったら一緒に食べようよ!」
サヤカはニコニコしながら明るくハキハキした声で、右手に持った買い物袋を持ち上げて見せた。
「あらあら、いつもありがとうねぇ」
母親は少し笑い、サヤカをリビングに迎え入れる。
「あー!また何も食べてなぁい!アカンやん!」
サヤカはリビングのテーブルを見て声をあげる。
「なんか、食べるのもしんどくてねぇ」
母親は申し訳なさそうに、悲しげな微笑みをした。
「ダメよ!ちゃんと食べなきゃ!サトルも心配するよ?」
サヤカはそう言いながら、さっさとキッチンに入り夕飯の支度を始める。
「そうやねぇ。しっかりしなきゃねぇ」
母親もキッチンに入り、夕食の準備を手伝いだした。
ルイは2人を見ながら
「お兄さん、あのサヤカさんは?」
「あぁ、ぼくの彼女だよ。んー、彼女だった…かな? ぼく死んじゃったし…」
「そうなんだぁ」
ぼくたちは、リビングから二人を見ていた。
母親が少し元気になったようで安心し、サヤカに感謝していた。