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ショートショート4月~

泣き虫

作者: たかさば

春の陽気に誘われて、女の子が森の中にやってきました。


森の中の少し拓けた、お日様の光が良く届く、ふかふかの草が生い茂る場所。

森人が倒して、持ち帰ることができなかった大きな木が一本、二本、転がっています。


天然の花壇はかわいらしい白い花びらを風になびかせ、蝶はひらひらと飛び交っています。


女の子は、小鳥たちの歌声につられて、うたを歌い始めました。


とても気持ちよく歌っていたので、森の奥から男の子がのぞいていたことに、まるで気が付いていません。


男の子は、狩りをしている途中でした。


矢がなくなってしまったので、小枝を拾ってこしらえようと、このお日様の恵みの多い場所へとやってきたのです。


小腹が空いた男の子は、途中でグミの実を見つけ、それをいくつか口にくわえてこちらにやってきました。


…歌声が、聞こえる。


男の子は、耳に届いた歌声の持ち主が、どんなひとなのか気になったので、グミの実を口にくわえたまま、走り出しました。


薄暗い森の陰から、拓けた場所に出たとき、おいしい、おいしいグミの実を、男の子は口から落としてしまいました。


歌声の持ち主は、男の子が見たこともないような、とてもかわいい、女の子だったからです。


落としたグミの実を狙って、鳥が男の子の足元に着地しました。


その羽音に驚いた女の子は、歌をやめてしまいました。


男の子は、女の子に駆け寄って、もう一度歌ってほしいとお願いをしました。


女の子は、そんな風に、お願いをされたのが初めてだったので、うれしくなって、うたを歌い始めました。


薄暗い森の中の、一番暖かい、日のあふれる場所で、男の子と女の子は出会い、恋に落ちました。


時には一緒にグミの実をつまみ、時には一緒にうたを歌い、時には一緒に暮れていく空を眺め、気が付いたら二人はお互いになくてはならない大切なひとになっていました。


このままずっと、二人は一緒、そう信じて毎日を過ごしました。


女の子がいつものように、拓けた場所で、倒れた木の上に腰掛けて男の子を待っていると、聞いたことのない、金属音がしました。


振り返ると、男の子がいましたが、いつもと様子が違います。


女の子は、戸惑った笑顔で男の子に駆け寄りました。


…戦争に行くことになったんだ。


この国は、長く隣の国と、陣地をめぐって争いを起こしていました。


戦いが長引き、戦う人が数を減らしたため、男の子も戦争に行かなければならなくなってしまったのです。


…今まで、ありがとう。


女の子は、首を横に振って、行かないでとお願いをしましたが、森の奥では、男の子を連行するために戦士が二人、待っていました。


男の子は行くことが決定していたのです。


…さようなら。


男の子は、泣きそうな笑顔を見せると、女の子を抱きしめて、そっと、唇にキスを落としました。


戦士達が拓けた場所に踏み込んでこようとしましたが、男の子は、思い出の場所を汚されたくないと願ったので、自分から、森の奥へと戻っていきました。


残された女の子は、一人、涙を流しました。


日が暮れても、一人、涙を流しました。


いつまでも、いつまでも、涙を流していました。


悲しみが、いつまで経っても、消えません。


大好きな男の子は、もうここにはこない。


私の好きなひとを、どうして奪ってしまうの。


悲しみだけが、女の子をつつみます。


ずいぶん長い間、女の子は泣きました。


…ピチョン。


どこかで、しずくの落ちる音がしました。


戦争は、いつの間にか終わっていました。


争う国が、なくなったからです。


争っていた国が二つとも、水の底に沈んでしまったからです。


足元に広がる真っ青な湖を見て、女の子は思い出しました。


女の子が、神様だったということを、思い出しました。


あまりにも男の子との毎日が楽しくて、自分の役目を忘れてしまった神様のもとで、世界は混乱しました。


世界の善悪、至誠、貧富、正義、秩序、破戒、感情、矜持、欲、力…すべてのバランスが崩れたのです。


女の子は、手放してはいけない役目を手放して、手放したくない大切な男の子を失ってしまったのです。


女の子は、泣きたい気持ちをぐっとこらえて、神様に戻りました。


神様は、湖の下で眠る男の子を想って、今も神様を続けています。


とても天気のよい日は、男の子を想って、うたを歌っています。


とても月がきれいな夜も、男の子を想って、うたを歌っています。


うたを歌う神様の足元には、大きな湖があります。


うたを歌いながら、神様は泣きそうな顔をしています。


神様は、今、とても悲しいのです。


男の子が沈んだ湖が、最近どんどん汚れてきているのです。


男の子を知らない誰かが、男の子の眠る湖に、いろんなものを投げ込んでいるのです。


神様の大きな目に、涙がにじんでいます。


神様は、顔を上げて、涙をこらえて、男の子を想っています。


少しでも下を向いたら、涙がこぼれてしまいそうだから。


もし。


私の涙がこぼれてしまったら。


今度は涙を止めることができないかもしれない。


男の子を想ってうたを歌う神様の声は、少し震えています。


今にも泣き出しそうな顔をして、楽しい思い出を歌っています。


涙をこぼさないように、目を閉じて、空に向かって、うたを歌っています。


神様の声がかれてしまったとき、うたは歌えなくなるでしょう。


歌が聞こえなくなったら、またひとつ、どこかに湖ができるかもしれません。

ずいぶん前に、恋を知らぬ若人がしたためた物語といううわさ(;>_<;)


こちらの作品は連載中の「恋をしてみないかい」https://ncode.syosetu.com/n6305gi/

にも掲載しています。


ちょっとせつない、普通の人と普通じゃない人との恋のお話をまとめました。ぜひご覧下さい。


新作あります。

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― 新着の感想 ―
[良い点] すごく良いお話だと思いました。 良い作品をありがとうございます。 m(_ _)m [一言] 『ヒマワリねっと文庫』というサイトでこの作品を見つけて読みにきました。 私にもこんな話が書け…
[気になる点] 湖の大きさ [一言] 作品の雰囲気が好き
2020/04/09 22:37 退会済み
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