始まりの覚醒
ソロンは退屈していた。最近は何もない。それはつまり平和であるということであり感謝すべきことである。それは頭で分かっているのだが、あまりにも何も起きないため感謝もするに出来ない。
「はぁ……国が変わってから平和になったな……」
ソロンがいるヨゴ村が属する国「ヨーグ」は1年前まで「ヨーグ帝国」という国だった。しかし、帝国に蜂起した奴隷達が帝国軍に勝利して国が変わった。
勝利した国民はそれまであった奴隷制の撤廃し、帝国の名を捨てて、帝国の王だった者を追放した。他国の支援も受けて少しずつ復興してきている。革命が起きたすぐはもちろん国全体が無法地帯と化していたが、1年で大分法の整備も進み暮らしやすくなっている。
それまでの輸出輸入の関係が崩れ、経済は崩壊したがそれも支援を受けて大分復活してきた。
ソロンが住むヨゴ村は奴隷になった人が1人もいなかったため、ほぼ独立状態で帝国消滅の影響はあまり受けなかった。しかし、ヨゴ族がもつ「触れたものを浮かして操る」力すなわち「浮操力」は国の土木の面での再建に便利なため、多くの人が都市へ赴き仕事をしていた。
ヨゴ族の亜種であるソロンにはその力がない。代わりに「触れたものを見えなくしたり、自分の姿を消したりできる」力、「不見力」を持っている。そのため、国の復興にはあまり役立たないため何もすることがない。
ソロンは現村長の孫であるため何かと優遇されている。だから、何もすることがないのだ。
ヨゴ族の亜種が集まった精鋭部隊「ヨゴ隠密隊」の面々は、革命後、帝国制が消えたことにより自分達の仕事がなくなったため、村で畑を作って食料の支援をしている。
つまり、何もしていないのはソロンだけである。
「何、ぼやいてるの?平和で何よりじゃない」
誰かがソロンに話しかけてきた。
「シアか…いや、分かってんだけどさ。なんかやる気でないんだよね…」
シアは血に不思議な力があるパシオ族の少女だ。パシオ族とは、血を使って他者を癒す力がある種族である。厳密に言うと違うらしいが。
シアは1年前まで帝国に監禁されていたが、帝国がなくなって晴れて自由の身になったのだ。今は村長宅、つまりソロンと一緒の家に住んでいる。
「釣りでもすればいいじゃない?趣味でしょ?」
「みんな頑張ってるのに趣味を楽しむ訳にはいかないだろ?」
ソロンは当たり前だろ?と言わんばかりにシアに答える。
「じゃあ、みんなを手伝いなさいよ。そこまで思ってんなら」
「えぇ~。めんどくさいな」
怠慢の態度を見せるソロンに呆れて「あっそ」と残してソロンの元を離れた。
ソロンは今、食事場にいる。自分の部屋にいるのも何かあれなので、家を歩いているうちに辿り着いた場所がここだった。
「子供達でも見に行こっかな?」
子供達とは帝国にシアと共に捕らわれていたパシオ族の子供達である。今は町医者のワイホという婆さんの家で暮らしている。
「……行くか!」
ソロンはそう言って家を出た。
「ダンさん?そろそろここから出してもらえませんか?私、とても暇なんです。あなたが話をしてくれないときは暇すぎて死にそうなんですのよ?もう、自分で出てしまおうかしら…」
女が言った。女はとても美しくまるで天使のようだが、牢に閉じ込められている。なぜか。理由は簡単。危険だからだ。
「いいや、ダメだ。お前は危険すぎる。自分がしたことを思い出せ?ここに居させてやるだけでも感謝してほしいぜ?」
ダンと呼ばれた男が手振りを交えて女に答える。女はほっぺたをぷくぅと膨らませた。
「私のところにはあなた以外近寄ってこないのですよ?分かりますか?つまらなすぎます!私、一年間ここにいるんですよ!」
出して下さい!と女はダンに抗議する。しかし、ダンはそんなの関係なしに答える。
「もともとずっと牢屋にいただろ!もう、行くからな。俺は忙しいんだ!」
そう言ってダンは女の元から離れていった。
「ああぁぁ!!お待ちください!私、こんな檻すぐ出てしまいますよ!おーい!!おーーーーい!!!」
女の声はダンの耳には届いたが、心に届くことはなかった。
ソロンはワイホの家へ着いた。
「おーい。ばあさん、様子見に来たぞ?」
すると奥からバタバタと小太りな女が出てきた。ワイホだ。
「ちょうど良かった!あんた、暇だから来たんだろ?あの子達の事、見ててくれ!私は今から昼飯を作るから。頼んだよ!」
ワイホは奥に消えていった。
「もう昼飯の時間なのか…腹時計狂ってんな、僕」
ソロンは子供達がいるであろう部屋に向かった。
「あ!ソロンじゃん!何しに来たんだよ!遊びに来たか!?」
部屋の扉を開いて第一声を発してきたのはくs…やんちゃな男の子のテンだ。最初はソロンに緊張してよそよそしかったテンも1年で大分生意気になってきた。
「あぁ、そうだよ。遊びに来たんだ」
「ソロン!なにして遊ぶ?テンはほっといて私と遊ぼ?」
そう言ってソロンの裾を引っ張ってくるのは女の子のナギだ。
「えぇー!ずりぃぞ!お前!先着だ!俺が!」
テンがナギに文句をつけた。正直、言っていることは正しいが今のソロンはテンとは遊びたくなかった。テンと遊ぶとなると戦いごっこなど手加減をして最終的に負けるという仕事をしなければならなくなる。しかも、勝ったあとは「ソロンよっえぇぇぇっ!!!」と煽ってくるというおまけ付きである。
「うるさいなぁ、テンはいつも同じことしかしないでしょ?それじゃつまんないもん」
「うるせぇ!お前だっていつもままごとばっかり、何歳だって話だよ!」
「うるさいよ!」
「二人とも!ソロンが困ってるよ!やめてあげなよ」
そう言って、口論を始めた二人を止めに入ってくれた男の子はネマである。
「ソロンが困ってるんだからやめてね?じゃ、ソロン!僕と絵を描こう!」
三人の中で一番ちゃっかりしている。
「おいぃ!何ソロンのこと取ってんだよ!」
「そうだよ!ずるいよ!」
「二人に困ってるんだから困らない僕と遊ぶべきだろ?」
テン、ナギ、ネマの三人はソロンの取り合いをしている。こんな感じにソロンは人生初のモテ期(?)が到来していた。
「まぁまぁ、僕はみんなと遊ぶから。1人だけ選んで遊ばない何てことないから。まず、みんなで何で遊ぶか決めてくれないかな?」
ソロンがそう言うと三人は話し始めた。
「だってよー。まぁ、こうなったときは戦いごっこて決まってるけどな!!」
「ちょっとー!テン!それは前もやったでしょ!今日は私が何で遊ぶか決めるから!」
「ダメだよ。ナギがやりたいと言い出すお遊びはつまらないもん。楽しくなきゃ」
「そんなこと言ってネマだって絵を描くだけじゃない!あんなのつまらなすぎて寝ちゃうよ!この前やったときもソロンとネマ以外お寝んねだったもん!」
「つまり、俺のお遊びに決定したということだな!じゃ、ソロン!決まったぞ!」
「「まだ決まってない!」」
三人の遊び決めはまだ続いている。そんな三人を見てソロンはほっとしていた。
この三人は1年前は全然笑わなかった。それがこの一年を通してここまで感情豊かになったことにソロンは感動していた。泣けと言われたら泣けるレベルだ。
「よし、じゃあ、わかった!しりとりはどうだ?」
ソロンが提案する。しりとり。体力を使わず、子供相手ならば頭もさほど使わない。道具もなし。世界で一番らk…コスパの良い遊びだ。
「えぇ~、しりとりぃ?ほんとにぃ?まぁ、わかったよ!やるよ!」
「私もソロンがやりたいならやる!」
「じゃあさ、絵しりとりしようよ」
ネマが提案してきた。なるほど。絵しりとりはなかなか盛り上がる。
「そうだな。じゃあ、絵しりとりするか」
早速ネマが画用紙と鉛筆を用意する。
「じゃあ、僕からね?……はい!」
ネマが描いたのはリンゴだった。なかなかうまい。さすがに絵描きが好きなだけある。
「………はい!テンだよ」
ナギのは…これは何だろう。ゴマか?点がまばらに描かれている。
「……よし!ソロン!分かるよな!」
自分の番が回ってきた。これは……マントか。ト、ト、ト…!!トマト、と。
「はい、ネマ」
「…はい!どうぞ」
ネマは扉を描いたみたいだ。
「……いいよ!」
ナギは……これまた個性的な絵だ……何だ?丸の中にぐちゃぐちゃした何かが描かれている。
「…?ナギ。これなんだ?」
テンがナギに訊ねた。まぁ、当然であろう。
「テン!聞いたら負けなんだよ!ちゃんと考えて!」
「そんなこと言ったって…みんな分かってない顔してるぞ?ネマもソロンも分からないよな?」
そこが絵しりとりの醍醐味な気もするが、度を超えているのでソロンは頷く。ネマもソロンの様子を見て頷く。
「えぇ~…仕方ないな~…これはさ、『ランチ』!お皿の中におかすが入ってるの!」
なるほど…ランチか。さっぱりわからなかった。
「そっか。確かにそうだな!」
もちろんそんなこと微塵も思わなかったが、そんな事を正直に口に出すほど子供ではない。しかし、ネマとテンは違う。
「どこが『ランチ』だよ!百歩譲ってゲテモノ料理だわ!」
「そうだね。お昼には食べたくないな…」
容赦なくナギを切る。そんな二人にナギは無言になる。怒ったか?はたまた泣きそうなのか?
「なによぉ!ゲテモノ料理ってぇ!アハハッ!面白ーい!」
わぁ…斜め上の反応だった。そこまで面白くもないと思うが。ナギの笑いのツボは、どうやら押そうと思って押せる所にはないらしい。
言ったテンも困惑している。しかし、ネマはこの事を知っているのか困った顔はしていない。むしろ「あぁ、やっぱりね」と口に出している。
「そっか。そうだな!お、面白いな!」
ソロンは必死にナギをフォローする。変な空気になったこの部屋をなんとか盛り上げようと必死だ。
「そんなに面白いか?そうかな?」
そんなソロンの思いをテンが打ち砕く。このクソガキが!!
その時、救いの声が聞こえた。
「おーい!出来たよー!おいで、みんな!」
料理を作っていたワイホだ。
「おい!出来たってよ!行こうぜ!」
テンのその言葉に二人は「「うん!」」と言って部屋を出ていった。
ソロンはふぅ、と一息吐く。変な気を張って少し疲れた。
「俺も食べよ!」
ソロンはそう言って部屋を出た。
「ゼンさん!すいません。遅れました」
ダンは、畑仕事をしていたゼンに謝る。先程の女との会話が予想以上に長引いたのだ。
「いや、大丈夫だ。今、作業が終わるところだ。みんなもそろそろ休憩に入るだろう」
「そうですか…じゃあ、休憩してる間に私がやっときますよ」
みんなが休憩している間に自分が仕事をするというダンにゼンは笑いながら答える。
「そうか。まぁ、でも、みんなと一緒にやった方が効率が良いからな。休憩後にその分頑張ってくれ」
ダンは「わかりました…」と家の中に戻る。
「ダンは仕事となると人一倍真面目になるからな…あの女の事も任された分頑張ってるんだな…」
ゼンはダンの真面目さに改めて感嘆した。普段はチャラついているがやる時はやる男なのだ。
「よし!後一仕事だ!」
ゼンはそう意気込んで作業に戻った。
ソロンは今、ワイホ宅兼病院で昼御飯を食べていた。
「ソロン!もっと食べろよ!背伸びねえぞ!」
テンがバクバク食べながらソロンに言った。確かにソロンは少し背が低い方だが、もう伸びないと諦めているのでそんな事はどうでも良いのである。
「うるせーぞ。俺はもういいんだよ。食べ過ぎても蓄えるだけなんだよ」
そう言ってソロンはワイホの方に目を向ける。一瞬、目があったが「お前のことだよ!」というソロンの思いはバレなかったようである。
「テン!あんたテーブルに足乗っけんじゃないよ!切り落とすよ!」
自分と一瞬目があったワイホが急に叫びだしたことにソロンはビクッとした。どうやらテンのマナーを注意したらしい。 「切り落とす」という物騒なフレーズを聞き、一瞬ビビるが、どうやらいつも通りらしい。「は~い」と素直に言うことを聞いていた。
しかし、こんな感じになってるのも、ワイホと子供達の間に絆ができているという証だろう、とソロンは少し微笑んだ。
「なに笑ってるのソロン?」
急に微笑み始めたソロンに気付き、ナギがソロンに訊ねる。
ソロンは「いや、別に」と答えて食事を食べ進める。やはり平和が一番だな。そう思った。
その時、何か大きい音がした。爆発音のような音だ。ソロンの空耳ではないらしく、ワイホも子供達も驚いている。
「なんだい!?」
平和を打ち砕く謎の音。ソロンは心配になり家の外に出た。
「まじか…」
ソロンの目に一番に飛び込んできたのは煙だ。ソロンが状況を読み込む前にまた爆発音が響く。
「くそっ!何だよ!」
ソロンは目を凝らす。煙の下に何か原因があるかもしれない。そう思ったのだ。
ソロンの予想は的中した。的中はしたが、予想外だった。
「なんだよ…あれ…!」
崩れた家の瓦礫の中に何かが立っていたのだ。「何か」と表現したのはそれが人間ではなかったから。大陸上には様々な人種がいるが、あんなの見たことも聞いたこともない。
赤い肌に筋骨隆々の姿。それはもはや人のものではない。怪物だ。牙も長く鋭い。
目があった。一瞬笑ったような表情を見せた「怪物」はこちらに向かってくる。
「うそだろ!?」
ソロンは逃げようとするが、一瞬躊躇する。今、自分が逃げたら後ろの家───ワイホと子供達はどうなるんだ?そんな事が頭をよぎる。
「くそっ!」
ソロンは、そこら辺にある石を「怪物」に向かって投げる。自分にどうにか引き付けようとしたのだ。
「こっちだ!来いよ!」
ソロンは家から遠ざかりながら牽制攻撃を続ける。ソロンの思い通りに怪物はソロンわ追ってきているようだ。
しかし、ここからどうすれば良いのか。ソロンは焦る。引き付けたのはよしとして、対策を考えていなかった。
「うがああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
ソロンに向かって突進してくる怪物。ソロンは右に飛び込んでそれを避けた後、自分の姿を消す。
ソロンの姿を見失った怪物はどこかへ消えていった。それを確認して急いでワイホ達の所へ戻る。
「おい!みんな、飯中断だ!早く逃げろ!他の村人も一緒に逃げるんだ!怪物が彷徨いてる!ばあさん!子供達の事、気を付けろよ!」
必死なソロンを見て子供達は動揺する。
「そんなにやべーのかよ…大丈夫なのか…?」
テンが不安そうに呟く。パニックを引き起こしそうだ。
「大丈夫だよ!まず逃げよ?」
「そうだねまず逃げることだよ」
ナギとネマがテンを宥める。それを見てワイホも「わかったよ!」と子供達を連れて家を出る。
ソロンは急いで村長宅へ向かった。
ダンは遠くからの爆発音を聞いた。急であった。隠密隊の皆と昼飯を食べているときだった。
「なんだ…?事故か?」
もちろん怪物がいるとは思っていない。何か事故が起きたと思うのは当然である。
他の皆も異常に気付いている。この一年間「ヨゴ隠密隊」として活動をしていない、つまり平和が続いていたので戦闘の準備が十分ではない。皆、何か事故が起こったと願うばかりである。
「結構遠かったな。聞き間違いだと良いが…」
ゼンがそんな事を呟いた瞬間、また爆発音をが上がる。それは聞き間違い出はないかというゼンに返事をするようにすぐに起こった。
「違う……!何だ!?いいか、私が様子を見てくる!お前達は万事に備えていろ!」
そう言ってゼンは隠密隊の元を離れた。
「俺も行ってきます!」
ダンもそう言ってゼンに付いていく。音が聞こえたのがワイホの家の方角だったので、みんなが心配だったのである。
「ゼン!ダン!やっぱり、今の爆発って本物だったの!?」
ゼンとダンは、外に向かう途中に爆発音を聞いて焦っているシアに会った。
「あぁ、何か異変があったようだ。私達が今様子を見に行ってくる」
「私も行く!」
シアは子供達とワイホが心配らしい。ゼンは「ダメだ、危険だ」と反対したがシアが聞かない。
「お前は昼に外に出れないだろ。今は曇っているから安心かもしれないが、いつ晴れるか分からない」
帝国に捕らえられていたパシオ族のシアは外に太陽がある内は外に出れない。強い光に当たると弱ってしまい、最悪死に至る。ワイホ宅の子供達も例外ではない。
シアは負けじと「大丈夫だよ!気を付けるから!」と引く様子を見せない。結局折れたのはゼンの方だった。
「わかった。そうとなれば早く向かおう。こうしてる間にも何か起こっているかもしれない」
ゼン達はそのまま村長宅を出た。
怪物が見当たらない。今は見つかりたくはないが、見当たらないのが不安だ。ソロンは走るスピードを早める。
「くそっ!どうなってんだよ!」
そんな事を言っていると遠くに人影を確認した。怪物ではなさそうだ。
「あれは…ゼン!ダン!シアもいるのか!」
ソロンは急いで三人に状況を説明する。
「本当か?見間違いでないんだな?」
半ば信じがたい事実にゼンは聞き返す。しかし、ソロンの様子を見て嘘ではないことを察する。
「わかった。私は他の隠密隊に伝えてくる。お前達三人で村の住民を避難させるんだ!」
ゼンはそう言って村長宅に戻っていった。
「よし!ダンはあっち。シアはそっちを頼む。僕はこっちのみんなに避難を呼び掛ける。怪物に遭遇したら落ち着いて対処するんだ」
三人はそれぞれの場所に避難を呼びかけに行く。幸いにも被害はまだ最小限のようだ。
「みんな!逃げろ!異常事態だ!さっきの爆発は本物だ!逃げろ!」
ソロンは皆に呼び掛ける。そこで見てしまった。赤い影を。
「やば……」
ソロンがそう言いかけた瞬間、ソロンの目の前は真っ白になった。怪物が爆発を起こしたのだ。ソロンを含めてそこ周辺にいた人達が巻き込まれる。
辺り一帯は瓦礫の山となり、倒れた人でいっぱいになった。
ダンは避難指示を出している途中に爆発音が聞いた。ソロンがいる方向だ。
ダンは急いでソロンの元へ向かった。
「おい!しっかりしろ!」
駆けつけたダンが最初に見たのは地面に倒れている青年だった。
「くそっ!ダメか……!」
青年はダンが近寄って様子を確認した瞬間に息絶えた。それくらい爆発は凄まじかった。
「ソロンは……?」
ダンはソロンを探し始める。瓦礫の下もくまなく。しかし、ソロンは見当たらない。代わりに見つけたのは……
「……まさか……あれが…?」
赤い怪物。爆発の原因と考えられる奴だ。
「なんだ…まだ生き残りがいたのか?」
赤い怪物は喋った。人の言葉を。まさか…人なのか…?
「そう怖がるなよ…怖がる前に楽にしてやるからよおぉ!」
来た!
「くっ!」
ダンは突進してきた赤い男を回避する。そして姿を消した。
「くそっ、こいつもか。どこにいやがるんだ?」
こいつもか、ということは恐らく一度ソロンと対峙してるということだろう。
「まぁ、いいや。吹き飛べばみんな一緒だからなぁぁぁぁ!」
まずい。そう感じたダンはすぐに距離を取った。爆発が来る。
「はあああぁぁぁ!!!」
怪物が叫んだ瞬間、ダンは吹っ飛んだ。予想以上に爆発範囲が広かったのだ。
しかし、幸いなことに普通の爆発とは違く、まるで爆風だけのような感じだ。
「ぐぁっ!!くっ!それでも威力が高すぎる……!」
地面に引きずられたダンはすぐに立ち上がる。自分への被害は最小限で済んだようだ。
「この様子じゃ生存者は少ねぇな…」
ダンは落ちていた石を拾って怪物に投げた。投げた後は場所を特定されないように移動する。怪物はもちろんこちらを向いた。が、効いてはいないようだ。
「なんだ…?痛がる素振りもねぇのか…」
怪物にとっては痒くもないらしい。それを見て、ソロンは一旦退くことにした。そして、最終兵器を取りに村長宅へ戻っていった。
う……なんだ?何が起こった……?目の前が暗い……
「う、うぅ…痛っ!」
全身が痛い。何かに打ち付けられたみたいだ。体が動かない。動かないというより動かせない。小さくだったら動かせるがそれ以上の事は出来ない。何かが動くのを妨げている。
「何…だ…?」
顔も動かせない。辛うじて横は向けるが、それだけではあまりにも与えられる情報量が少ない。
「あぁ…そうか…僕、爆発に巻き込まれて……」
思い出した。怪物が叫んだ瞬間に目の前が真っ白になって……
つまり、瓦礫の中に自分はいるのだろう。潰されなかったのが不幸中の幸いだ。
「みんなは…大丈夫なのか…?」
自分はなんとか大丈夫だったが、問題は他のみんなだ。爆発に巻き込まれた村人や、ダンにシアは大丈夫だろうか。
「くそっ!何なんだよ…あいつ…!!」
急に平和をぶち壊した赤い怪物にどうしようもなく怒りが湧いてくる。しかし、今はそんなになっても意味がない。自分は助けを待つ他ないのだ。
今のソロンには皆の無事を祈ることしかできなかった。
「はぁ…はぁ…着いた…!」
「どうした!ダン!?」
村長宅へ戻ってきたダンに、皆を呼びに行っていたゼンが声を掛ける。
「いました…!例の怪物です…!あいつが爆発の原因で間違いありません!あいつを中心として爆発が起こってるんです!」
ダンはゼンに状況を説明した。
「そうか…ソロンが…。無事だと良いが…ちなみにお前は何をしに戻ってきたんだ?」
話を聞いたらゼンがダンに問う。
「あいつを使います。人喰いシスターです。あいつしか、渡り合える奴はいません。危険は承知ですが今はこれしか手がないんです…!」
人喰いシスター。それは、ダンが話をしていた檻の中の女である。本当の名はマリエルと言うのだが、ある事件をきっかけにそのような異名がついたのだ。驚異的な身体能力を持ち、体がちぎれても死なずに再生する。赤い怪物に渡り合える唯一の人物だ。
「しかし…!大丈夫なのか?あいつは1年間食べてないだろう。危険すぎないか?」
「大丈夫です。あいつを、赤い怪物を食わせます!お腹いっぱいになるはずです!」
そう、人喰いシスターは名の通り人を食う。元々は教会にいる美しい修道女だったが、ある時を境に人を食べるようになったのだ。しかし、食べた相手は自分を襲ってきた男だけである。自ら進んで食べた事はないらしい。
「そうか。わかった!すぐに向かわせるんだ。私達も今から爆心地へ向かう」
「はい!」
そう言ってダンはマリエルの檻へ向かう。
「おい!マリエル!良かったな!ここから出してやる!食事つきだ!」
檻の中で祈りを捧げていたマリエルはダンの言葉に食いつく。
「まぁ!まさか、あなたが私の食べ『者』になってくださるのですか!なんとお優しい方なのでしょう…あぁ、神よ……こんな私をまだ見捨てはしなかったのですね…!!!」
「ばか!違う!俺じゃない!ある奴を食ってほしいんだ。もう一度いうぞ。俺じゃない!」
危うく自分が食われるところだったダンは必死に説明する。
「あら……そうなのですね…まぁ、でも、食べ者を恵んで下さるのには違いがありませんから。神に感謝いたします…!いや、 ダメよマリエル。あなたは腐っても神に身を捧げた乙女なのよ!人を食べるなんてあってはならないわ!いいえ、しかし、1年ぶりの食べ者……神の恵みと思わないで何と思いましょう!神のせっかくの届け物を断るなんて言語道断!ありがたくいただきましょう!いえ、しかし…」
マリエルは葛藤している。聖職者としての自分を貫くべきか、はたまた人喰いとしての本能のままに動くべきか。
「大丈夫だ、マリエル!お前が今から食うのは人間じゃない!人間だったのかもしれないがもはや怪物だ!人の姿ではないんだ!これは、神がお前に与えた試練だ!向き合ってみせろ!」
ダンは必死に説得する。被害が広まる前に何とかマリエルを連れ出さねばならない。
「神の試練…!そうですわね!あぁ、神よ!私はあなたの与えもうた試練を必ずやり遂げて見せますわ!『怪物』は食べたことがないですが私はあなたの期待に答えて見せます!」
「よし、そうだ。ただもう一回言っておく。俺は食うなよ。絶対だ。俺は食うな。いいか、食おうとした段階でまた、檻にぶちこむからな!最後だ。俺は食うな!」
マリエルの頭に自分を食すなという事を叩き入れて檻を開ける。
「あぁ、自由への解放とはなんと素晴らしいのでしょう!私、感動してしまいm…」
「いくぞ!」
無駄に時間を使っていられないダンは急いで怪物の元へと向かった。
びっくりした…
急に爆発が起きたのだ。シアは避難指示を出している最中に近くで爆発が起こったのを確認していた。
「ソロンが行ったところじゃない…!?うそ…!」
避難指示が大分伝わってきたのを確認してからシアは爆発地点へと向かう。その途中にまた爆発があった。
「急がなくちゃ…!」
シアは全力で走った。ソロンがとても心配だったのである。
「はぁ…はぁ……何これ…!」
爆発地点に着いたシアは絶句する。家があった場所が瓦礫の山と化していたのである。人もたくさん倒れていた。
「大丈夫ですか!……ダメだ…死んでる…」
目の前に倒れていた女性を、確かめるが既に事切れていた。他の人も確認したが息があった人はいなかった。しかも、ソロンが見つからない。恐らくここで死んでいる人は2回目の爆発で死んでしまったのだろう…
シアは辺りを見回す。ソロンの言っていた「赤い怪物」はどこにもいない。爆発が聞こえて大分経っているので移動してしまったのだろうか……
シアはソロンの捜索を再開した。もしかしたらソロンは瓦礫の下にいるのかもしれない。そう思って瓦礫の隙間を確かめる。
その時、声が聞こえた。「助けてー」と、小さい声だがはっきりと耳に聞こえた。
「…?……ソロン…?…ソロンなのー!?聞こえるー!?聞こえたら返事をしてぇ!」
「…シア?ここだぁ。助けてくれぇ」
シアは声の場所に向かう。
ここだ。ここから声が聞こえる。
「ここー!?」
シアは大声で叫んだ。
「ここだよー!」
すぐ様ソロンから返事が帰って来た。この大きな瓦礫の下にソロンはいるらしい。しかし、シアの力では持ち上げるどころか動かすことさえ出来ない。
「ソロン!ちょっと待ってて!動ける人がいないか確かめた来る!」そう言ってシアは人を探し始める。
「誰かー!いませんかぁー!」
「いますよぉぉぉ!」
返事が帰って来た。
良かった。手伝ってもらおう。そう思ってシアは声の方向へ進む。
「すいません!手伝ってもら……!」
「よく来てくれたねぇ。何を手伝えばいいんだい?」
ヤバい。シアの心の中はその言葉でいっぱいだった。
赤い怪物…!いないと油断して大声をあげすぎたか?
「あ、あ…い、いえ…大丈夫です…」
シアは何も見なかったことにして引き返そうとする。しかし、怪物がそれを許さなかった。
「いやいや、遠慮はしなくていいんだ、よ!!」
怪物が走ってくる。シアはそれを見て全速力で走る。足場が悪く走りにくいが、防衛本能が足を休ませない。もはや体が勝手に動いてくれてるような感覚だ。
しかし、人間には限界というものがあり、それは例外なくシアにも訪れていた。
ヤバい…!どうしよう!追い付かれる…!
シアが諦めかけたとき、何かが自分の後ろに割って入ってきた。
もちろん、割って入るとは怪物と衝突するという事と同じである。怪物はその何かにドーンッとぶつかった。
「なんだ?」
怪物は困惑する。自分に自ら当たってくるなど自殺行為にも程があるというのに。誰だ?と当たった何かが『何か』を確認する。
そこには美しい女性がいた。怪物を見つめている。怪物も状況が分からず女性を見つめる。
この数秒だけを切り取ればさながら「美女と野獣」の完成だろう。もちろん、そんなことにはならない。
「まぁ!こんなに大きい食べ者だなんて!神よ!私はあなたの思うがままに平らげて見せますわ!」
怪物はますます困惑した。美女が何かよく分からないことを抜かしているのだ。そして「いただきます」と言って自分を噛んできた。
怪物が異常に気付いたのは美女───マリエルが怪物の腕を引きちぎったときだった。
「ぐああああああぁぁぁぁぁ!!!何をするっ!!!!」すぐさま女を殴り飛ばす。持ってかれたのは左腕の肘から下である。
「まぁ!こんなに元気の良い食べ者はしっかり食べなくてはもったいないですわね!」そういってマリエルは怪物に飛び付く。ここからはマリエルの独壇場であった。
怪物は爆発を起こせないのかわかった。マリエルを必死に殴っている。
「あれって…」
シアは驚いていた。急に人が食べ始めたのだ。驚かない方が異常だろう。
「間に合ったか。良かった…」
そういったのはダンであった。
「ダン……あっ!そうだ!今のうちにソロンを助け出さないと!段も手伝って!」
そう言ってダンを引っ張ってソロンのいるところへ行く。
「おぉ、これは骨が折れそうだ。あっちにいる隠密隊を呼んでくる。待っててくれ」
ダンは隠密隊を呼びに行った。
シアはもう一度女と怪物を見る。女は怪物に何度殴られても何事もないように怪物を食べている。食べているというより食べようしている。
「おい!シア!呼んできたぞ!」
早速みんなで瓦礫をどける。すると中から血を流しているソロンが出てきた。
「ソロン!無事か!俺がわかるか?ダンだぞ!」
ダンはそう言ってソロンを持ち上げた。
「みんな…ありがとう…それより早くここから離れよう。またあいつがいつ爆発するかわからないよ…!」
「そうだな。ひとまずはあいつに足止めしてもらっているうちに爆発の範囲が届かない場所に行こう」
ゼンのその言葉で皆は移動を始めた。
そこに残っているのは「美女と野獣」だけでだった。
「ソロン、大丈夫?」
シアの質問にソロンは答える。
「大丈夫だよ。意外と怪我は少ないみたい。大きいのは無いっぽいよ」
ソロンのその言葉でシアはほっと一息吐いた。
「しかし…あれは何なんだ…急に現れたな。あんなに目立つ 怪物、少し前から目撃されていてもいいと思うが…」
ゼンの言葉にダンが行った。
「あいつはただの怪物じゃないです。言葉を発していました。しかも、俺達と同じ言葉です。知能がある怪物か、それとも人間だったのか。その二つに絞られると思います」
「そうなのか…今の内に奴の観察でもしておこうか…」
ゼンがそんな事を呟いた瞬間、爆発音が響いた。もちろんさっきの場所からである。
「くっ!あいつでもダメだったか…?」
そんなゼンの言葉を肯定するように爆発地点から何かが飛んできていた。
「あれは…マリエルだ!」
ダンは、指を指して皆に伝える。そして自分はマリエルの落下地点へと向かった。
「おい、ダン!待て!」
ソロンも急いでダンを追いかける。
「ソロン!無茶するな!」
ゼンの言葉はソロンには届かない。ソロンはそのまま遠くへ行ってしまった。
「もう…ソロンたら…!私も行ってくる!」
なんとシアまで走り出してしまった。
「おい!あまり離れるな!」
例の如く、シアもゼンの言葉が耳に入らなかった。
「まったく…!」
そんなゼンの呟きは静かに空気へ消えていった。
「ねぇ…ワイホ…ソロン大丈夫かな…?」
ナギは逃げながらワイホに訊ねる。爆発が何度も続けて起きているのだ。心配になるのも無理はない。
「大丈夫だよ!あいつはそんな簡単に死ぬ男じゃないよ!ほらだから、今はソロンよりも自分達の心配だ!あんたは空が晴れない内に屋内に逃げなきゃなんないんだから!」
「そうだぞ!ソロンは俺と何回も戦ってるんだ!俺に勝ったことはないけど、大分鍛えられてるはずだ!」
大分落ち着いてきたテンもナギを励ます。ネマも「そうだよ…ちょっと違うけど……」と少し解せないようだがテンと同じような気持ちのようだ。
「そっか……そうだよね!うん、わかった!」
「よし!じゃあ、ちょいと急ごうか!少しでも離れておかないと危ないからね!」
ワイホと子供達はスピードを上げて逃げていった。
「おい!大丈夫か!?」
ダンはマリエルの落下地点に着いた。
「はい……でも、少し疲れましたわ…あの方、なかなか食べさせてくれなくて…不完全燃焼ですわ…!」
マリエルは大丈夫そうだ。その時、後ろから声が聞こえてきた。
「おい!ダン!早く戻るぞ!」
ソロンだ。満身創痍なのにダンを心配して追って来てくれたようだ。
「わかった!よし、マリエル立てるか?間違っても俺は食うなよ!」
ダンはマリエルに肩を貸して立ち上がる。その時だった。爆発が起きたのだ。大分近い距離で。
「おい!早くしろ!近くに来てるぞ!」
ソロンはダンに駆け寄って自分もマリエルに肩を貸す。
「姿を消して行こう。バレないようにな」
ソロンとダンは自分達の姿を消して、マリエルの姿も消した。その少し後、後ろから声がした。
「ここに落ちたと思ったんだがな…どこに行きやがったぁ…?」
怪物の声だ。大分近い。あと一歩姿を消すのが遅かったら三人は怪物の餌食になっていただろう。
「よし…ダン、絶対に音だすなよ…」
「お前もな…マリエルも気をつけろ…」
三人はそろりそろりと音を出さないように怪物から離れる。
「おーい!ダーン!ソローン!早く戻らないとー!!」
そんな三人と対照的に前方から声が聞こえた。まさか…この声は…!!
「あぁ?おいおい…!さっきの小娘ちゃんじゃねぇかよぉ!!わざわざ来てくれるたぁありがてぇなぁ!!」
まずい。怪物がシアに気付いた。シアの方は怪物にまだ気付いていない。
「くそっ!ダン!ここは頼んだぞ!」
ソロンはそう言ってシアの元へ走る。怪物が攻撃をしてこない内に。
「おい!シア!よく見ろ!怪物だ!前にいるぞ!」
シアはソロンの声だけが聞こえることに最初は戸惑ったがすぐにそれは収まった。他の事で頭がいっぱいになったのである。
「え…?」
シアの目にはこちらに向かって突進してくる怪物が映っていた。シアは恐怖と混乱で固まっている。
「おい!シア!くそっ!逃げろ!」
ソロンの言葉はシアの耳には届かない。いや、届いているがシアはそれを実行に移せない。目の前にある「死」に足が震えてしまっているのだ。
「ははははははっ!!!止められないぜぇぇぇ!!??」
怪物がシアにぶつかる瞬間、シアは右に大きく倒れる。シアには一瞬何が起こったか分からなかったが、それを見ていたダンには瞬時に何が起こったかわかった。
「ソロン!まじかよ…!!」
ダンの声に反応するかのように怪物の前方に倒れているソロンがだんだんと見えてくる。
「あぁ?なんだなんだ?」
怪物は何もないところに自分が当たった事に困惑していた。
「ソロン!!嘘でしょ…!!」
その隙にシアはソロンの元に駆け寄る。怪物がすぐ近くにいることなんて忘れて。
「ソロン!ねぇ!ソロンってば!起きて!」
ソロンにはまだ息があった。だが浅すぎる。これでは長く持たないだろう。既に満身創痍だったソロンには重すぎる一撃であった。
「嘘…?ダメよ!!死んじゃダメ!ねぇ!…………そうだ……!」
シアは思い出したかのように携帯していたナイフで自分の腕に切り傷を作る。もちろんそこから血が溢れ出てきた。
「おいおい!!頭でも狂ったか!二人仲良くお寝んねしてろ!」
怪物は、二人に向かって走る。ものすごいスピードで。今の二人の状態からでは避けるのは至難の技である。
「お願い…!届いて…!」
シアは自分の血をソロンの口の中にポタポタと垂らす。パシオ族の血には癒しの力があることをシアは思い出したのだ。
しかし、ソロンが目覚めるのを怪物が待ってくれるはずもなく。二人は怪物の突進に巻き込まれた。
と思われたが、ぶつかる瞬間に異変が起きた。怪物が吹っ飛んだのだ。二人を吹っ飛ばしたのではなく。
「なんだ!?」
ダンには一瞬の事過ぎて何が起こったのか分からなかった。シアも同じだ。
しかし、一番驚きを隠せなかったのは他ならぬ怪物であった。
吹っ飛ばそうとは思っていたが、まさか吹っ飛ばされるとは…
「どういう事だぁ…?」
怪物がそんな事を呟いた瞬間、怪物はまた吹っ飛んだ。あまりにも急すぎて怪物も状況を整理できない。
「あれ…?ソロンは…?」
シアはソロンがいないかとに気づく。どこに行ったのか。辺りを見回してもそれらしき人物はいない。
「あれは…!」
しかし、ダンは見ていた。ソロンが立ち上がって消えるのを。消えるのではない。見えなくなったのだ。「不見力」によるものではない。速すぎてソロンを見失ったのだ。このソロンの動きにダンは見覚えがあった。
「側近の力じゃねぇか…!!」
「側近」とは1年前の奴隷革命の日、奴隷達を裏から支援していた隠密隊が対峙した王の側近である。側近は驚異的なスピードと力を持っており、その時戦っていたダン以外の隠密隊を一瞬で戦闘不能にさせたのだ。ヨゴ隠密隊最強と言われるゼンでさえも足元にも及ばなかった。ちなみに側近はダンの機転により、先程怪物を食べようとしていた女に食われてあっけなく死んだ。
「でも、何でだ…?」
ダンは怪物が急に吹っ飛んだ後、ソロンが急に消えるという早すぎる展開に頭が追い付かない。
「あら……?怪物様はどこに行ったのでしょうか?」
そんなダンには気づかず、怪物が消えたことに、今更気付いたマリエルがボソッと呟いた。
「おいぃ!!姿を見せやがれぇ!!」
怪物はそう言って例の如く周囲を爆発に巻き込む。が手応えなし。見えない敵に効果はなかった。
怪物の見えない敵───ソロンは動きながら驚いていた。急に目が覚めて、気づいたら怪物を追っていたのだ。
「なんかよく分かんないけど、これなら渡り合えそうだ」
ソロンは爆発を避けた後、すぐに怪物に向かって飛ぶ。見事に怪物に蹴りを入れた。
怪物は大きく吹っ飛ぶ。壊れかけの家屋にぶち当たり、そのまま崩れ落ちるそれに巻き込まれた。
そしてすぐガコンッと姿を現した。ソロンも少し距離をとって攻撃を止める。
「なかなかやってくれるじゃねぇかよ?俺も本気出させてもらう、ぜ!!」
その言葉と同時に怪物はソロンにものすごいスピードで突っ込んでくる。しかし、ソロンにはそれが遅く見える。軽くひょいと受け流すと怪物は少し通りすぎてからまた突っ込む。またソロンはそれを避ける。そんな事が大分繰り返された。
「おいぃ!小僧!なめてんのか!かかってこいよ、おらぁ!」
ソロンは言われた通りに怪物に飛び掛かる。もちろん、怪物はソロンに蹴られて吹っ飛んだ。
「これ、僕が強いのか?それともあいつが弱いのか?」
ソロンは無意識に怪物を煽ってしまった。それがきっかけとなり怪物は激怒してしまった。
「俺が…俺が……俺がぁ!!!弱いだとっ!!!???」
怪物はそう言って身を屈める。
「死ねぇっ!!!クソガキがあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
そう叫んだ瞬間、辺りをこれまでとは比にならないくらいの爆発が包む。油断していたソロンはしっかり爆発に巻き込まれた。
「おい!すげぇ爆発がしたぞ!大丈夫か、あいつ!?」
遠くで爆発を確認したダンがソロンを心配する。シアも同じだ。しかし、一人だけ違うことを、心配していた。
「ああああぁぁぁぁぁ!!!せっかくの食べ者がっ!神の試練がっ!あああぁぁぁぁ!!!私行って参ります!!!!」
マリエルは1年ぶりの食べ者を食べるために必死になって爆発の方へ消えていった。先程吹っ飛ばされたときの疲れはどこかへ消えてしまったようである。
「どこですか!あなたが血肉となる主がかえって参りましたわよぉ!さぁ、早く!!姿を見せてください!」
マリエルは急いで怪物を呼ぶ。
「おいおい、お前まで生きてるのか…!!化け物ばっかりか!」
お前が言うな感満載の怪物がマリエルの前に姿を現した。
「あぁ!良かった!先程は腕しか頂けませんでしたので今度は感触いたしますわ!!!生肉を食すのは神の教えに反しますがその神が食えと言ってるんですものね!!いただきまーす!」
もはや、神の教えなどどうでもよくなるくらいに極限状態のマリエルは怪物に飛び掛かる。しかし、怪物は先程と同じように身を屈めた。大爆発を起こす気である。
「木っ端微塵だぁ!!」
怪物がそう叫んで爆発を起こした、その前に怪物は吹っ飛ぶ。
「そんな何回も簡単に大技だすな!」
ソロンだ。先程の爆発を耐えたソロンが怪物を止めたのだ。しかし、目の前の食べ者を消されたマリエルは怒る。
「なんとっ……!!なぜみんな私の邪魔をするのですか!あああぁぁぁぁ!!!何で!!!何で!!!何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で……!!」
マリエルは我を忘れてソロンに襲いかかる。まさか味方と思っていた人から攻撃を受けるとは思っていなかったソロンは間一髪マリエルを避ける。
「おい!何やってんだ!僕じゃない!あっち!あっちに飛んでったんだよ!!」
しかし、マリエルには届かない。一心不乱にソロンを食べようとする。
「おいっ!何でだよ!」
ソロンはそう言ってマリエルを誘導すべく怪物の元へ急いだ。
「おいっ!ジャバト!閉じ籠ってねぇでよぉ!?出てきたら同なんだぁ!」
少年はそう言って家のドアを叩く。どうやら、家の中にいる
「ジャバト」という人物に用があるらしい。
「おいおい!居るのは分かってんだぜ?こんなドアもやろうと思えばいつでも開けれんだ!さっさと出てきた方がいいんじゃねぇ?」
少年はジャバトを煽り続ける。一方ジャバトは。自分の部屋のベッドに踞りブルブルと震えていた。
「は、早く行ってくれないかな……もう、やだ……!」
ジャバトの家の中にはジャバト以外人がいない。親は出掛けているのだ。そのためジャバトにやれることはただひとつ。ただ待つ。
「けっ!明日も来るかんな!遊びの準備しっかりしとけよ~!」
少年はそう言ってどこかへ行ってしまった。
「い、行った……?」
ジャバトは部屋を出て確認に向かう。そーっと家のドアを開けた瞬間。
「はい、見ぃつけたっ!」
先程どこかへ行ったはずの少年がドアの死角に隠れていた。
「ひ、ひっ……!やめ…」
ジャバトはそのまま家からぐいっと出される。
「お前は非力な『ノンパトム』だからなぁ?俺に遊ばれるくらいが一番適してんだよ!」
ノンパトムとは数ある大陸の種族の中で、特殊な能力を持たないもの達の総称である。
「や、やめて!も、もう…やだっ!」
「うるせぇ!黙ってろ!」
少年はそう言ってジャバトを殴る。とんでもなく力が強かった。
「ほら、行くぞ。みんながお前を待ってる…!」
「やめて!やめて!やだっ!お願い。お願いします!」
そんなジャバトなど気にもせず、少年はジャバトを連れてどこかへ行ってしまった。
「ふっ……くっ……くそ!くそくそ!くそっ!……何でだよ。何で僕には力がないんだ」
少年達に目一杯遊ばれたジャバトは芝生の上で泣いていた。
「ジャバト!大丈夫!?また、やられたの?」
そんなジャバトを見つけて女の子が駆け寄ってきた。
「ミミ……!」
ミミ。ジャバトが好意を寄せる優しい女の子だ。少年達に遊ばれたジャバトを心配してくれる清い心の持ち主である。
「もう!アンリ達ったら!何でこんなにジャバトをいじめるんだろ!」
ミミは少年───アンリ達に怒っていた。そんなミミをジャバトは宥める。
「大丈夫だよ、ミミ。僕に力がないのがダメなんだ……僕のせいだよ……」
「なに言ってるの!そんなのおかしいわよ!少しはやり返しなさい!」
「でも……」
やり返せと言われてもジャバトにはそんな勇気も力もない。ジャバトが言い淀んでいるとミミが言った。
「わかった!じゃあ、ジャバトがもういじめられないように私がずっと近くに居て守ってあげる!それならいいでしょ?」
ミミは穢れない笑顔をジャバトに見せる。
ジャバトは嬉しかった。好きな女の子に「ずっと近くにいる」と言われて。「守ってあげる」と言われて。その思いは内だけには留めることはできずはずもなく、ニコッと笑って
「うん!」
と答えた。その後もミミとお話をして暗くなるまで遊んだ。
15年後。ジャバトはもうすっかり大人になっていた。身長は伸びに伸び、筋肉もついて、いじめられていたとは思えない変貌を遂げていた。
「ねぇ……ジャバト。私ね大事な話があるの……」
ミミはジャバトと話しているときにふと切り出した。
「大事な話?どうしたの?」
しかし、ジャバトにはなんとなく察しがついていた。大人の男女間で「大事な話」とくれば、もう1つしかないだろう。
ジャバトは跳ね上がる気持ちを抑えて落ち着くのに必死だった。
「あのね……」
来る!
「私ね……」
うん!
「実は……」
うん!!
「結婚することになったの!」
…え?
「け、結婚!?あ、うん!すごいね!よかったじゃん!誰と?」
自分のことが好きであると伝えられるとばかり思っていたジャバトは一瞬戸惑ったが、すぐに切り替える。長年片想いをしてきたジャバトには複雑だったが、それでもめでたいことには変わらないのだ。
「アイリよ!結構前から付き合ってたんだけど…昨日、プロポーズされたの!」
アイリ…?
その名前を聞いてからジャバトの中の祝福の思いがパッとはじけた。
「へ、へぇーよかったじゃん」
何で?よりにもよってアイリと!?あいつは俺をずーっといじめてきた野郎だぞ!今はすっかり丸くなったけど、その過去は変わらない。恨みが消えることはないのに……!!
「えへへ…ありがとう。それでね!ジャバトにも結婚式に来てほしいの!いい?」
そんなジャバトの気持ちなど露知らず。昔と変わらない無垢な笑顔で聞いてくる。
「あぁ!も、もちろんだよ!おめでとう!」
ジャバトは必死に取り繕ってミミを祝福した。
何で…?ずっと一緒にいてくれるって、守ってくれるって言ってたじゃないか!15年前の事を未だに引き出すのは自分でも気持ち悪いと分かっているが、長年の片想いの末がまさか自分をいじめたいた奴との結婚だなんて……!昔の頃のいじめをまだ引きずってるなんて心が小さい奴だけど!嬉しかったのに……!
ジャバトは笑顔を作るのが精一杯だった。
結婚式当日。ジャバトは親友代表としてスピーチをした。
「えー、まさかまさか親友に先を越されるなんて思ってもいませんでした。僕には彼女達に結婚というイベントが来るなんて思っていませんでした(笑いが起こる)。それくらいに身近な存在だったんですね。新郎アイリとは昔から腐れ縁のように交流してきましたが、まさかそいつに新婦ミミを奪われるなんて、ミミから話を聞いた時まで知りませんでした。ちゃっかりやってくれましたね(アイリとミミが笑う)。さて、長々と昔の話をするのもあれなので、僕からは一言だけ言わせてもらいます。おめでとう!アンリ、ミミ!どうぞお幸せに!」
話終えると会場から拍手喝采を受けた。ここまで来たらジャバトも切り替えていた。昔の事をズルズルと引きずるのもさすがに気持ち悪い。自分には縁がなかったんだ、そう思うことにしていた。そう。あのときまでは…
「おい!早く医者を呼べ!死ぬぞ!」
「わかってるよ!今、向かわせた!」
「おい!死ぬな!死ぬな!戻ってこい!」
「待て、あまり刺激を与えるな!悪化するぞ!」
「医者はまだか!」
騒々しい家の中。そこには血を流して倒れる二人の姿があった。アンリとミミだ。
「嘘…だろ?」
ジャバトはその事を聞いてすぐに二人のもとへ向かった。
「おい!嘘だろ!死ぬな!」
現場につくや否やジャバトは二人に駆け寄る。
「おい!近づくな!変なことして悪化したらどうすんだ!」
ジャバトは二人に近づくことが出来なかった。二人が生きていることをただ祈ることしか出来なかった。
そして、しばらくして…二人が死んだのを聞かされた。家に盗人が入り、それを見てしまった二人が襲われたらしい。近所の人が悲鳴を聞いて駆けつけたときには犯人は既に消えていて、血を流して倒れている二人しかいなかったという。
ソロンは泣いた。悲しかった。悔しかった。怒りが止まらなかった。
「くそ!どうして…どうして!!」
ミミへの恋心を捨てて、アイリへの恨みを捨てて、二人を祝福した結果がこのザマだ。
ジャバトは神を憎んだ。もう、自分にはミミの幸せだけが望みだったのに。例え自分をいじめていた奴と一緒になっても。ミミが幸せなら。それなら。よかったのに……!
その後、ジャバトは荒れた。犯人がまだ捕まってないなんてのはもう、どうでもよかった。家に引きこもり自分の無力さに泣いた。その気持ちは酒で紛らす。切れればまた泣く。飲む。泣く。飲む。泣く。飲む。泣く。飲む。
そんな事を繰り返していたある日。ソロンが酒を買いに外に出た時。家の前に謎の人物が立っていた。フードを深く被っており顔がよく分からない。
ジャバトは驚いて聞いた。
「だ、誰だ!?」
フードの人物は答える。
「私は女神の血族。力を与える者ですよ。あなたにちょいとよいお話がございましてね。お暇でしょう。どうぞこちらに付いてきてください。
「……はぁ…」
ジャバトはなぜか分からないが怪しい人物に付いていってしまった。その人物が深い森に入っていっても何も疑わずに。
「さぁて、堅苦しい敬語はもういらないね。ちょいと待っててくれ」
そう言ってフードの人物は後ろを向いてゴソゴソと何かやり始めた。
「よし。じゃあ、早速こいつを飲んでくれ。そうすればお前は力を得る。強大な力だ。お前は力がないことを悔いていただろう。私は知ってるんだ」
そう言ってフードの人物は赤い液体が入ったコップをジャバトに手渡す。
「早速って…これは何だ?血か?だとしたら気持ち悪くて飲めるわけねぇだろ!俺が飲めんのは酒か水だ」
ジャバトは少しイラついていた。何かあると付いていったら血を飲めだなんてイカれすぎてる。
「ふっ……まぁ、血か、血じゃないかそこはお前の想像でいい。ただそれを飲まないなら何も始まらない。力がなかったお前には『ミミ』を守ることが出来なかっただろう?いいのか?そんな自分が嫌にはならないのか?」
「何でミミって……!」
ジャバトは少し考える。こいつは何だか怪しいが嘘を吐いているようにも見えない。
「こいつを飲めば、俺は力を得ることが出来るのか…?本当か?もう、何も失わなくて済むんだな…?」
「待ちなさい!待ちなさい!待ちなさい!待ちなさい!待ちなさい!待ちなさい!待ちなさい!待ちなさい!待ちなさい!待ちなさい!待ちなさい!待ちなさい!待ちなさい!待ちなさい!待ちなさい!待ちなさい!待ちなさい!」
ソロンは今、怪物のいる方にマリエルを誘導している。もう正気ではない様子のマリエルは狂ったように自分を追いかけてくる。
「……!いた!」
赤い怪物は倒れていた。さっきの蹴りが効いたらしい。好都合だ。
「おい!ほら!前を見ろ!美味しそうな赤身(?)が落ちてるぞ!ほら!見ろって!」
マリエルは視線をギュルンとソロンから怪物に向ける。
「あ…かみ?赤身?赤身?赤身……!?赤身……!赤身!赤身!赤身!赤身!赤身!赤身!赤身!赤身!赤身!赤身!赤身!赤身!赤身!赤身!赤身!赤身!赤身!赤身!赤身!赤身!赤身!赤身!赤身!赤身!赤身!赤身!」
マリエルはターゲットをロックオンして走る。もはや名前などどうでもいいらしい。ソロンの言った言葉を繰り返して怪物に近づいていく。
「ふぅ、なんとかなりそうだ」
ソロンが一息吐いて休もうとしたとき。爆発が起こった。マリエルはどこかへ飛んでいってしまっている。
「くそ…目覚めちゃったか!」
赤い怪物は雄叫びを上げて叫んだ。
「俺は…俺はぁ!!もう何も失わない!力だ。俺には力があるんだ!力が!みんなみんな消しとベえぇぇぇぇ!!!!」
まずい…!そう思ったのも束の間、今までで一番大きな爆発が起こった。
「フハハハハハハハハハ!!!!!そうだ!俺は負けない!弱くない!力だ!力があるんだ!」
怪物は大きく笑った。
大丈夫だ。俺には力がある。力がある。何も失わなくて済む。何も失わなくて済む?失う?何を?俺は何を失うんだ?何を恐れているんだ……?
「ミミ……」
ミミ?ミミはもうこの世にはいない。殺されたんだ。殺された?そうか。殺した奴だ。殺した奴を殺すんだ。そのための力だ……
「誰だ…?」
誰が殺したんだ?この村の人間か?そうだ。きっと違いない。この村の連中が悪いんだ。こいつらが殺したんだ。こいつらは俺の復讐すべき相手だ。
「ほんとか…?」
でも、何で殺したんだ?理由なんてないのか?それだったら許せないな。皆殺しだ。でも、お前が殺したのは本当に犯人なのか?もしかしたら違うだろ。いいのか?
「アンリ」
そうだ。アンリだ。奴だ。奴に違いない。俺を何回もいじめてきた。あいつだ。あいつがミミを殺したんだ。なんで?理由はないだろ。あいつが悪い。あいつを殺す。あいつ?でも、あいつは死んだんじゃないか……?殺せないじゃないか?おい!何でだ?
「俺、か…?」
まさか俺が殺したのか。そんなはずはない。なんでそう言える?お前が殺したんじゃないか?違う。俺は殺してない。いいや、お前が殺したんだ。何のために?嫉妬だ。お前は嫉妬をして二人を殺したんだ。お前が復讐すべき相手はお前だ。そんなはずはない。いいや、お前だ。
「嘘だ…」
怪物はポツリと呟く。
「嘘だ嘘だ!違う全部こいつらがわるいんだあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!俺じゃない!!!!お前らだ!」
怪物はジャバトは爆発を起こそうとする。しかし、出来なかった。
「おい…何でだよ……早くやれよ……?」
体が言うことを聞かない。何故だ?何故だ?
「赤身ぃぃ!!!!」
その時、不意をつかれた。後ろから首に何かが噛みついた。
「ぐっ!!死ねぇ!」
ジャバトは頭を振り回してそれを払おうとする。それがダメだった。
ブチィ。そんな音が聞こえて。ジャバトはそのまま後ろに倒れた。
「あっ……!あぁ!あああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!くそぉ…!」
首の肉を持ってかれた。もう、自分には死ぬことしか残されていない。
そんなジャバトに容赦なく食らいつこうマリエル。がソロンがそれを蹴り飛ばして阻止する。
「おい、答えろ。なんでこの村を襲った」
ソロンがジャバトに問う。すごい剣幕である。
「ふっ…力だ。力を得たんだ……俺にしか、ない…力を…」
「力?どういう事だ。得たって何だ?」
「血だ。血を飲んだ。フードだ。それ以外は知らん。ふっ……ふふふふ……ははははははは!!!力を得て、俺は何をしたかったんだ……?」
怪物は虚ろな目で自分自身に問う。
「わからねぇや………ミミ……俺もお前の所に行けたらよぉ……たっぷり叱ってくれ……ずっと…………近くで…………」
怪物はそのまま息絶えた。その風貌には似つかわしくない透明な涙を流して。
「赤身ぃ赤身ぃ赤身ぃ!!!」
ソロンが黙って怪物を見ているとマリエルが戻ってきた。 もう、食わせないと止まらないようだ。
「食えよ。死体だけどな」
そう言ってソロンは自分が食われないように距離をとる。
「赤身ぃ!ガブッ!ガブッガブッ!グチャグチャ……バリッ!……ガブッ!……」
マリエルはただただ自分の欲を満たすために怪物を貪っていた。