優しい調べは届かない22
大森林の奥地、森猫族の集落は、かつてないほどのざわめきに包まれていた。
理由のひとつは火事だ。森は広大なため、そのうち食い止まるはずではあるが、集落まで及ばないとは限らない。拠点を移すべく、氏族の者たちが忙しなく行き交っていた。
もうひとつは、神剣を持った人間――つまりはクロムの氏族がやってきたことだ。それも、モアとプラムという森猫族の者を連れて。
族長は避難を優先しつつ、まずは怪我を負っているモアと、意識のないプラムを供回りに引き取らせる。
『ようこそ、お客人。……と、あまり歓待する事態でもない。そちらのお嬢さんは大丈夫かね?』
神剣を持った若者へと声をかける。警戒心の強い目だ。傍らには少女がひとり、地面に寝かされている。
「そっちのチビと一緒で気絶してるだけだ。大したことはねーよ」
族長が神妙にうなずいていると、背中にモアの叫ぶ声が届いた。
『族長! そいつは危険だ! 今のうちに始末するべきだ!』
モアの勢いは手当てを振り切らんばかりだ。
族長はエンネを呼びにやりながら、悠然と受け答える。
『……落ち着くのだ、モア。争う前に火事から逃れる方が先決だ』
『その火事を引き起こしたのがそいつだ! 焼き払われる前に殺し、ぐっ……!』
「うるせえ! 好きでやったわけじゃねえよ!」
傷の痛みにうめくモアと、居丈高に怒鳴り返す進也とを、族長は交互に見やる。
周囲の森猫族たちも、火事の原因と聞かされては、心中は穏やかでない。
ましてアルディシアが攻め込んできたという事実がある。モア同様、進也に対して敵意を剥き出しにしていた。
族長がどう対処するか決めあぐねていると、エンネがモアの元へと駆けつけてきた。
『姉さん! 大丈夫!?』
『エンネ……! 私は平気だ。それより離れているんだ。近くにいたら、お前までプラムたちのように』
『……? あっ』
エンネが神剣使いの二人を見やった。何やら複雑な表情で視線を送っている。
若者からも、やや剣呑さが失せた目線が返る。
その反応に、族長はエンネへと尋ねた。
『エンネ。お前は彼らを知っているのかね?』
『え、はい、あの……』
「そっちのドラ猫といい、よく会うな。狭い森だ」
エンネの言葉を後押しするように、若者も暗に肯定した。
説明を聞くと、どうやら森でエンネを助けた者たちだったようだ。
『ふむ……今度はモアとプラムも助けられた、ということか』
「そこまでした覚えはねーよ。そのエンネとかいうガキも、俺が助けたわけじゃない。そっちのドラ猫に関しては、プラムってのを返す代わりに道案内させただけだ」
『……卑劣な奴め!』
『族長! モアの言う通り、此奴は始末すべきではっ?』
忌々しげにモアが若者を睨んだ。同調して爪牙を構える氏族に対し、族長は手で制止する。
『一族の者が助けられたのだ。その恩を踏みにじる真似はすまい。だが……アルディシアが攻めてきた以上、信用するかどうかは別だ』
族長は、あくまで厳正に判断しながら、改めて若者を見やる。
『悪いが我々はここを移る。何を目的で訪れたかは知らぬが、無駄足だったな。恩義に報いて、そちらが森の外に辿り着くまで手出しはさせぬと誓おう』
「そりゃどうもと言いたいところだが、あいにくこの場所に用はねえ。俺はあんたたちに聞きたいことがあってここまで来たんだ」
族長は眉を吊り上げた。
『……手短に頼みたいところだが、一体何を?』
「女神を倒すには――神剣の呪いから逃れるにはどうすりゃいい?」
射貫くように放たれた言葉に、族長はもちろん、他の森猫族にも動揺が走った。
「……う、ん……ここは……?」
どよめく声に意識を引き上げられてか、若者のそばの少女が目を開いた。
それを見届けつつ、族長はモアたちを振り返る。
『……皆、遺跡へ向かう。他の氏族へも、使いを出してくれ』
『族長!?』
『ついてくるかね、来訪者よ』
族長が尋ねると、起きたばかりの少女はきょとんとしていたが、若者の方が大きくうなずいてみせた。
『よろしい。では行こうか。始まりの場所へ』