優しい調べは届かない17
「逃げろ!」
叫びはしたが、学生たちの動きは緩慢だった。
右前方に現れたジュノスの民、十名ほどの勢力を目の当たりにし、生徒たちはただ棒立ちになっている。
相手は問答無用だった。奮然と襲い掛かってくる。
「早く下がれ!」
自らは前へ出ながら、進也はもう一度叫ぶ。
ようやく学生たちが腰を上げるが、遅すぎる。
熱の視界、左側面に反応が多数ある。
(見えてんのは囮か!)
森の奥から矢の雨が降る。進也は相手の先陣へ視線を向けたまま飛び退いた。
鋭い音と共に矢がいくつも地面に突き立つ。そして。
「うわ、うわあああ!?」
「ひがっ!?」
後方から悶える声が響く。凄惨な目に遭っているのは見なくとも伝わってきた。
「しっかりして!」
誰かが助け起こしに行っているが、確認する暇はない。
幸い熱は衰えていない。つまり即死した者はいない。
だが唐突な痛みと混乱と恐怖で、行動不能になった者はいるはずだ。この状況下では、それも死に等しい。
「戦の習いくらいねえのか、ケダモノ共!」
不意を打たれたのは向こうが見事でこちらが愚鈍なだけだが、わずかにでも足止めになれと進也は叫び、攻め返す。
果たしてそれに答えたというわけではないだろうが、ひときわ目立つ熱源が、進也の前に立ちはだかった。
『呪いたければ、お前たちの好きな女神へ言うがいい! 利かず共!』
夏美との邂逅の時に交錯したジュノスの女性――進也は名を知らないが――モアが叫び返し、肉薄してくる。
矢の射程から逃れようとするのを塞がれ、進也は遮二無二応戦する。
この間合いだと弓手は味方ごと巻き込むはずだが、先ほどの斉射にはためらいがなかった。命中に自信があるか、そもそも味方には当たらないと踏んでいる。あるいはその両方か。
(こいつらが全員過激派? 数が多すぎる)
進也はモアの猛攻をかわしながら戦慄する。
集まっているのは五十以上。人数だけなら軍勢とは言い難いが、全員がモアのような実力者と考えれば、町ひとつを崩すのもわけはない。
『ここで出会うとは好都合、全員潰してくれる!』
「ざけんな! ネギでも食ってろ、ドラ猫!」
互いに吼え、刃と拳を応酬する。
恐らく敵の中で最も厄介な相手がこの女だ。向こうの認識も同じだろう。
だが現状でモアとの交戦は非常にまずい。学生たちを最低限指揮出来る自分が足止めされている。
背を向けて隙をさらすわけにもいかない。撤退の指示は飛ばしてある。学生たちが従ってくれることに懸けるしかない。
しかしそんな甘い考えを咎めるように、進也の神剣が突如として共鳴し出す。
気を取られて危うく顔を砕かれそうになるのをかわしながら、何の反応か確かめようとし、そして。
「うああああああああああ! ああっ、ああああああ!」
「はあっ、はあっ、よくも、よくよくもよくも、よくもおおおおお!」
後方から吶喊の声が響き渡り、直感的に悟る。
(――暴走!)
初日の自分と同じ、見知らぬ相手からの急襲、友の傷付いた姿、先ほど教えた死ぬかもしれないという現実。湧き上がった激情を、神剣が増幅する。
動揺する進也の隙に、容赦なくモアが猛攻を差し込んでくる。神剣を盾に、かろうじて連撃を凌ぐ。
状況が分かっていても止めに入る暇などない。与えてもらえない。
「戻って、お願い!」
悲痛な叫びも届かない。飛び出した二名が、矢の向かってきた方へ駆けていくのが熱の視界に映った。
届く風切り音――再び放たれた矢を、進也とモアは戦いながら避ける。
学生たちの悲鳴は上がらない。第二射はかわしたか、それとも。
(どっちにしろまずい。立て直す隙がねえ)
逃走はもはや不可能で、相手を退かせる情勢にもない。
生きる目として残っているのは相手の殲滅だが、その選択も、モアに手こずっている状態では為しようがない。
(……どうする。全部巻き込むか?)
迫る拳を捌きながら、進也は能力を使うかどうかを迷う。
生木が多少燃えにくかろうがこの剣には関係ない。一度火が点けば森中に広がることは必至だ。
だが当然、敵味方関係なく全員が炎に巻かれることになる。さすがに躊躇いがあった。
そもそも煙で自分が生き延びる保証もない。博打が過ぎる。
進也は打てる手の少なさに歯噛みしながら、せめてモアを倒して士気を崩せないかと攻勢に走る。無論、モアもそうはさせじと応戦する。
そこへ新たにやってくる熱源を感じ取る。同時に、神剣が微かに共鳴に震えた。
(援軍? どっちの――)
進也は咄嗟に泥土を蹴り上げて浴びせ、モアから間合いを引き離す。
視線だけ向けて確認し――そして愕然とする。
相対するモアも、同じような表情を見せていた。
現れたのは、アルディシアの兵士と、彼らに指揮され、虚ろな目で神剣を構えるジュノスの子供たちだった。