優しい調べは届かない16
熱の視界に、森を行く集団が映る。緊張感のない足取りと神剣の反応から、夏美の同級生だと察する。
進也は夏美を促して先行させた。念のためだが、顔見知りがいないと襲撃される恐れもある。熊と間違われた猟師になるのは御免だ。
「おーい、みんなー!」
呼びかけながら夏美が近付いていく。できるだけ大げさに、こちらの姿に気付くよう手を振る。
ほどなくして何人かが夏美を発見し、合流する。
意外にも、まだジュノスの民とは接触していなかったようだ。
「仙波さん、どうしたの? もうそっちは終わったの?」
「地図作るって言ってなかったっけ?」
「えっと、ちょっと色々あって……そ、それより聞いて欲しいことがあるんだけど」
「大事な話なので、きちんと聞いてくれますか?」
夏美が事情を説明し始め、鹿沼もそれを手伝うように前へ出る。
その間、進也は学生たちの顔と数を確認した。
計十人の神剣使いの内、森に入った残りは六人で、この場にいる人数は八名だ。
余分な二名は、パドネが言っていた案内役の狩人だった。こちらの神剣に鋭く目を付け、互いに何やら耳打ちし合っていた。
と、そこで進也は今まで浮かびすらしなかった違和感に気が付いた。
(……仙波の能力があるのにわざわざ引き離して別の人間で道案内……)
森から町まで、新しい出来事が積み重なっていたせいで、察するのが遅れた。
対処するはずのジュノスの民のいる場所で、まるで道を覚えさせる気のない采配、これはおかしい。そんな真似をする理由など限られている。
森へ置き去りにする。思い当たる中では、一番可能性が高い。
(なるほど、勘違いしてた。害意が無いんじゃない。文字通り、こっちがどうなろうとパドネの奴は興味がねえんだ)
「……急に言われても信じられないんだけど」
「何かの間違いじゃ?」
進也がパドネの認識を再度改めていると、学生たちが夏美の説明に対して思い思いの声を上げる。
夏美も鹿沼も、学生たちを刺激しすぎないよう穏やかに話しているのが裏目に出ていた。
どうにも説得しづらいと思ったのか、夏美が進也の方を振り返る。
「ね、ねえ。あなたからも説明してあげてよ」
面倒くさい、と反射的に言いそうになる。煩わしさが先立って口が開くのが遅れたその一瞬に、狩人たちが言葉を滑り込ませる。
『皆さん。我々には関係ない話のようですし、少し外していいですかね? 便所を我慢しているもので』
学生たちは当たり前のように頷く。
狩人たちのやり口に進也は思わず、上手いな、と感心した。
引き際と、台詞を差し挟む機の見極めに、不自然でない離席の理由。立ち去るための芝居としては見事だった。
学生たちがジュノスの民と鉢合わせず森をさまよっていたのは、彼らの手腕だろう。置き去りにする適当な場所まで連れて行く必要があったからだ。
恐らくパドネのことについて尋ねても『雇われの自分たちは知らない』という回答が用意されている。学生たちとは、事態把握の年季が違った。
「ジュノスの奴らにケツを引っかかれんよう気を付けてな」
皮肉を込めた言葉に狩人たちはぴくりと眉をひそめるものの、それ以上は反応せず、離れていった。
特に引き止める必要はない。力ずくで留まらせる手もあるが、あまり意味がない。
帰り道は夏美がいれば事足りるし、わざわざ置いておいてもこちらの情報が渡るだけだ。
進也は学生たちへ向き直る。
「で、説明? 説明ねー……これは現実で、殺されりゃ死ぬし、そう出来る怪物も人間もごろごろ存在してる。理解したか?」
「……やっぱり夢じゃないってこと? みんなで同じ夢を見るなんておかしいと思ってたけど」
「僕らは、悪い奴らをやっつければいいんじゃないんですか?」
「そんな簡単な話なわけねーだろ」
「……これから皆さんが会いに行くのは、人間なんですよ」
鹿沼が告げると、学生たちに動揺が広がった。
ジュノスの民をはっきり人間と定義していいのかは怪しいが、向こうからすれば異世界から来た自分たちも大差ない。
「お前ら、パドネに何を相手にするのか詳しく聞いてなかったのか?」
「だ、だって……あの人、僕らを助けてくれたから」
「それで大して内容も聞かずに鵜呑みにしたのか」
学生たちがうなだれる。実に素直な反応だ。
呆れはするが、それでも進也は自分の学校の者たちよりは上等に感じられた。年齢が幼い分、良くも悪くもすんなり他人の言うことを聞くからだ。
「僕たち、これからどうすれば?」
「どうっつってもな。身の安全が欲しいならパドネに従えばいい。人殺し込みで」
「そ、それはいくら何でも……」
「嫌なら別の町へ逃げるか、あの町で後ろ盾なしに生活できるようにするか。当然、帰る方法の捜索と合わせてやれってことになる」
「……あなたたちも、帰る方法は知らないんですか?」
「ここにいる時点で分かるだろ。あいにく探している最中だ」
突き放すように言うと、一部の学生たちは限界に達したのか、はらはらと泣き崩れる。
苛ついた進也が叱り飛ばそうとすると、その前に鹿沼が割り込んでくる。
「気に入らないのは分かりました。分かりましたから抑えてください」
「うぜえ」
「泣くのと同じくらい、怒っても現状は変わりませんよ」
ふてぶてしく正論を告げられ、進也は行動を盛大に舌打ちするに留めた。
友人たちを慰めている夏美が振り向く。
「とりあえずその、どうしよう」
「何でこっちに聞いてんだ。やれることなら今言っただろ」
「だ、だって私たちだけじゃ……」
先導する者のいない現状、強く言い聞かせる相手がいれば鬼でも従うというのが、幼い集団の弱点だ。
だがすがりつかれたところで、進也には彼らをついてこさせる気がない。
「あのな、俺はジュノスに会いに行くっつったろ。お前ら、ノコノコ同行する気か? 大体、町に残ってる奴らもいるんだろうが。戦う気がないんならさっさと戻れよ」
進也がまくし立てると、夏美を始め、学生たちが得心してうなずく。
これも方針を与えることにはなってしまうのだろう。
無力な相手を都合よく誘導しているようで、進也としてはあまりいい気分ではない。さりとて他に言い方もないのだが。
泣いていた学生たちが持ち直し、ひとまず引き返す――
その流れに割り込むように、森がにわかに騒がしくなった。
無数の鳥が逃走のはばたきと鳴き声を撒き散らし、どこからか蹄の振動が響いた。そして獅子のような咆哮が轟く。
進也は多数の熱源が差し迫っているのに気が付いた。統率の取れた迅速な足並みは、どう見ても対話に応じそうな勢いではない。
悪寒が背筋を走るより先に学生たちへ向けて叫んだ。
「逃げろ!」
森の奥からジュノスの民が飛び出してくるのは、ほぼ同時だった。