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転移直後4

 校門から校庭へ雪崩れ込んでくる怪物たちを、剣を構えた生徒たちが迎え撃つ。

 既に大勢が死んだ。だがいつの間にか握られていた剣を武器に、生徒たちは各々まとまり合い、無力な生徒たちを避難させ、脅威から守っていく。


「旗色が悪いな」


 梅里南波は、中心で指揮を取っている紅峰楓へ無骨に告げた。


「そうね。どうしてもこちらの人数が少ない。向こうは侵入し放題だけど、こっちは追い出す手が足りない」

「状況への混乱も大きい。わけのわからん場所でこの殺し合いだ。剣を持っていても、戦う勇気を出せない者もいる」

「幸い向こうの知能は大したこと無いから、罠やバリケードは通じる。ただそれも、怪力と数頼みで突破してくるわ。もう少しまとめて処理するような大きな手が打てないと、被害が拡大し続ける」


 南波は黙り込む。この広い場所でできるだけ相手をしてなお怪物の攻勢が緩まない。網やら油やら、原始的な足止めも試しはしたが、怪力とぬるついた皮膚のせいで功を奏さなかった。落とし穴などはそもそも掘る暇がなく、作れても一、二匹を誘い込むくらいしかできない。

 剣で討つことはできる。だがそれだけでは足りないのだ。


「うわっ!?」


 校舎近くを防衛していた剣持ちの生徒が吹き飛ばされた。既に疲労困憊なのが遠巻きにも分かる。身体能力が強化されているとはいえ、戦う技術まで付与されるわけではない。剣の取り回し、足運び、精神にかかる負荷の律し方、どれも一朝一夕で体得できるものではない。

 怪物が窓から校内へ侵入する。南波は急いでカバーへ入ろうと向かう。

 すると、校舎の中から鉄砲水のように勢いよく水が溢れ、侵入した怪物を外へ押し返した。


「やった、どうだ!」


 校舎の窓から、喜びをあらわにした男子生徒の姿が見えた。男子生徒はそのまま窓を飛び越え、流されて倒れもがく怪物へ止めを刺した。


「先輩、こっちは大丈夫ですよ! ほら、君も」


 男子生徒は南波へひとつ呼びかけると、吹き飛ばされていた生徒へ、気遣うように手を貸す。


「頼もしいのもいるじゃない」


 紅峰の、口笛さえ吹きそうな感想が届く。南波も思わず顔がほころびそうになる。絶望的な状況にあってさえ、なおも輝く者がいる。ならばこの危機を乗り越えられる。そう信じて剣を振るう。


「ひっ、何よっ!?」

「熱いっ!?」


 校舎の入り口から、慌てて逃げてくる生徒たちがいる。まさか知らぬ間に怪物が入り込んだかと考えるが、そうではなかった。

 景色が歪む。ぶわりと、生温い風が通り過ぎる。

 入り口から現れたのはひとりの男子生徒だった。上半身は裸で、手には剣を持っている。だがそれが南波たちと同じ剣だとは到底思えなかった。刀身は燦然と輝き、直接見れば目を潰してしまいそうなほどの光を放っている。まるで太陽のようだ。

 男子生徒の表情は、その輝きとは全く対照的だった。どうすればそこまで暗い光を宿せるのかと思うほどの殺気に満ちた眼と、夜叉さえ及ばぬような、憎悪を秘めた無表情をなしている。

 男子生徒は悠然と歩を進めて怪物たちの方へ向かう。その背には不動明王の入れ墨が彫られている。右手の剣で魔を退散し、炎で毒と不浄を焼き払う、仏法の守護者だ。


「ちょ、ちょっと君……っ!」

「どけ」


 紅峰が無謀にも男子生徒に呼びかけるが、にべもない。

 離れた位置であってさえ肌を焼く熱気が届いてくる。その熱の中心は間違いなく男子生徒自身だ。




(誰だ、こんなことを許したのは)


 感情の奥底。死にかけた恭二を見て、どうやって助ければいいのか、無力さに苛む自分の心。弱弱しい火が、どこを照らせばいいかもわからず、吹き消されそうになった――なっていた。


(力が無いからこうなった? 弱いから死んだ? 俺が間に合わなかったから?)


 敵がどこから来るか。知らせを待ったあの瞬間、恭二は既に怪物に襲われた後だった。

 だから、どうにもならなかった。終わってしまったことなら、変えられるはずもない。力の有無など関係ありはしない。自分にはどうすることも――


(ふざっけんな!)


 火が点いた。もはや自分でも止められない。この火はもう誰にも消せはしない。

 怪物たちの思惑は分からない。何故こちらを襲ってくるのかも明確ではない。あるいは襲っているつもりなどないのかもしれない。だがそんなことはもはや知ったことではない。


(全部壊してやる)


 白樺恭二の死が天杉進也に火を点けた。これはたったそれだけのシンプルな話だ。憎悪を種火に、敵を焼き滅ぼすまで消えない火だ。




 校内にいる、およそすべての者が、一人の男子生徒の繰り広げる光景に戦慄した。

 彼は、雲霞のごとく湧いて出てくる怪物たちの、そのことごとくを斬り、断ち、割り、抉り、焦がし、蒸発させ、燃やし尽くした。

 ほとんど現実離れした動きだった。明らかに戦い慣れた様子で複数を相手取り、無慈悲に殺戮していく。

 さしもの怪物たちも、目前の相手が今までにない脅威だと悟ったのか、恐怖に慄いて撤退し始めていく。


「――誰が逃げていいっつったよ」


 男子生徒は一切容赦しなかった。怪物たちが逃げ始めた途端、一撃で止めを刺す攻撃ではなく、足を潰すやり方へと移行する。次々と機動力を奪い、這い回るしかできなくなってから全員を焼き滅ぼしていく。

 元々、男子生徒の周囲には熱が吹き荒れており、近くにいるだけで一挙に体力を奪われる。その上で、戦いを熟知した動きで迫られれば、怪物たちになす術はない。一方的に蹂躙されていくのみだ。


「す、すごい。これなら全部倒せますよ!」


 先ほど水を放った男子生徒が、楽観的な声を上げる。

 紅峰にも同じ思いは浮かんでいる。だがそれで、いいのだろうか。あのまま彼に非情で苛烈な戦い方をさせ続けて、問題ないのか。

 紅峰の心配をよそに、男子生徒が最後の一匹に剣を突き入れ、焼き尽くした。辺りにもはや動く物はない。すべて焼き斬られ、黒く焦がされた死体があるのみだ。

 さしもの男子生徒の奮迅振りであっても、裏手や側面からの逃走は抑えられなかったが、ひとまず怪物たちの脅威は去った。


「終わった……? 勝った?」


 校舎を防衛していた生徒たちが、呆然と声を上げる。勝鬨も喜び合いもない。無理もなかった。ゲームと違って、戦闘終了の知らせがあるわけでもない。半信半疑のまま、傷付いた者同士で身を支え合う。


「やった! すごいよ!」


 無邪気に水使いの生徒が喜ぶ。彼はいまだ熱の吹き荒れる男子生徒の方へ近づこうとする。


「どけ」

「え? うわ!?」


 水使いの生徒が、火使いの生徒に剣を振るわれ弾き飛ばされた。そのまま火使いの方の生徒は、校舎の方へ向かおうとする。


「ちょ、ちょっと待ちなさい! 何をするつもり!?」


 慌てて紅峰が行く手を塞ぐ。話が通じるかも怪しいが、男子生徒は素直に口を開いた。


「まだいるだろ、中に。全部殺す。どけ」


 火使いの生徒はドスの利いた声で答えた。


「怪物たちは逃げた。中に入り込んでいたのも、もういないはずだ」


 梅里も割り込み、火使いの生徒の前に立つ。


「確かめたわけじゃねえだろ」

「そうだ。これから行なう。だがお前は、その状態で校内に入るつもりか?」


 冷静に諭そうとする梅里の額にはびっしりと汗が浮かび、更にそれが熱気で蒸発していく。紅峰も同じような状態だ。


「生徒に被害が出かねない。ここで大人しくなさい。でないと」

「……でないとなんだ? 邪魔するつもりか? できると思ってんのか?」


 熱気が増す。吹き付けてくる猛波は竜巻に近い。他の剣持ちとはまるでレベルが違う。彼の性質と剣の能力が噛み合いすぎている。

 はっきり言って逃げ出す方がずっと楽だ。だが紅峰は不敵に笑う。


「生徒を守るのが生徒会長の役目でしょう。そこで休んでなさい、ぼーや」

「テメエが寝てろ」


 男子生徒が疾走し、剣を振り下ろす。その突撃を梅里が同じく前へ出て受け止める。


「ぐっ……!」


 梅里は呻く。じゅうじゅうと嫌な音を立てて肌が焼ける。取り巻く熱気とは違い、剣の本身に宿った熱は、近くにいるだけで炙られる。直接叩き込まれれば、一瞬で焼き滅ぼされるに違いない。


「ふっ――!」


 臆せず、紅峰は側面から生徒を狙う。フェンシングのように軽やかにステップインし、熱気の中心へ剣を突き入れる。

 男子生徒は身をよじって避けると、一度間合いを離した。怪物たちを相手取った時と違い、慎重さが垣間見える。怪物以外を狙うつもりまでは無いのか、こちらの剣の能力を警戒しているのか、あるいは両方か。


「今だ!」


 水使いの生徒の声がした。紅峰たちが戦い始めた後に持ち直し、隙を伺っていたようだ。剣の能力が発動し、瀑布の如き大量の水が、火使いの生徒を襲う。


「ちょ、それはマズ――」


 水が熱の中心へ触れる。そして、爆発が起きる。

 叫び声を上げる暇もなく、紅峰たちは吹き飛ばされた。

 濛々と白い煙が辺りに立ち込め、水の蒸発する音が響く。雲海のような霧に包まれながら、紅峰はかろうじて身を起こす。


「何考えてるの!?」


 叫ばずにはいられなかった。水使いの生徒は、紅峰たちのそばに飛ばされ、転がっていた。


「お、おかしい……ゲームだと弱点のはずなのに」

「あんな熱の塊に水ぶっかけたら爆発するに決まってるでしょ!?」

「……ある意味、足止めにはなってるが」


 煙が充満して視界が遮られている。また爆発の衝撃を考えれば火使いの生徒も吹き飛ばされているだろう。梅里の言う通り、効果はあった。だが剣で体が頑丈になっていなければ即死だったと思うと、何やらやるせない。

 紅峰たちは視界の利かない煙から逃れようと後退する。瞬間、再び熱風が吹き荒れ白煙を散らしていく。


「ふざけた真似しやがって――」


 残念ながら、火使いの生徒は健在だった。邪魔された怒りからか、一層殺気立って紅峰たちを見る。


「ちょっと一人くらい犠牲に捧げてもいいんじゃないかって思えて来たわ」

「え!? それって俺ですか!?」

「真面目な話、このままいくと死人が出る。どれだけ加減しようとも、さっきの爆発のような事態は、この剣の力なら自然に起きる」


 紅峰は苦悩する。梅里の言は正しい。あの爆発でさえ意識を奪えないなら、それ以上の力で抑え込むしか手がなくなる。もしそうなれば、始まるのは純然たる殺し合いだ。

 何か他の手はないか。頭を回転させる紅峰の耳に、聞き覚えのない声が飛び込んできた。


「進也!」


 ひとりの女子生徒が、紅峰たちを追い抜いて男子生徒へ近づく。


「ちょ、ちょっと君、危ないよ!?」


 水使いの生徒が叫ぶが、女子生徒は無反応だった。


「知り合いなの?」


 紅峰も尋ねるが、女子生徒は振り向きもせず、男子生徒へ声をかける。


「進也、ダメだよ」

「うるせえ、どけ」

「怒ってるのは分かるよ。ボクだって悲しい。でもダメだ」

「うるせえっつってんだろ!」


 熱が立ち昇る。女子生徒の呼びかけすら、火をくべ、勢いを増す行為にしかならない。


「何で死ななけりゃならなかった! 何で助けられなかった! 何でだ!」


 烈火のような声が轟く。それは今、ここにいる誰の心にも届く叫びだった。荒々しく熱の灯った声が、しかし生徒たちに冷たい悲哀をもたらす。


「許せないよね。ボクもそうだよ」


 女子生徒は、熱気に喘ぎ苦しそうにしながらも、賢明に話し続ける。


「誰を許さなくても、誰を恨んでもいい。気に食わないものがあるなら、それを壊して止めればいい。でもダメだ。今の君はダメだ。それは進也じゃない」

「ふざけんな!」


 激昂した男子生徒が剣を振りかざし、女子生徒に突きつける。


「よせ!」


 梅里が叫ぶ。刃が触れていないからといって、無事なはずがない。あんな熱を間近に受ければそれだけで人は死ぬ。


「今助け――」


 しかし女子生徒は腕を横に広げて遮る。


「進也は、ボクが失敗したときに、言ったよね。『なんでダメだったか、分かるか?』って」


 焼け付き、乾いているはずの喉が、それでも言葉を紡ぐ。憎悪に燃える火へ、心で立ち向かう。


「『お前が面白くないからだ。だからダメだったんだ』って。ボクはその言葉のおかげで今のボクになれた。とても嬉しかった」


 火使いの生徒はじっと動かない。だがその目に、微かに揺らぎが生まれる。


「今の進也はあの時のボクと同じだ。自分が許せないのは分かる。でもダメだ、それはダメだ。今の進也は、全然面白くないよ!」

「なん……」




 足りない。

 まだ足りない。

 もっとくべろ。

 何もかも燃え尽きるまで。

 いっそ自分自身さえ灰にするまで。

 目に付くすべてを焼き尽くして何もかも飲み込んで、それで初めて火は収まる。

 そうでなければ――そうじゃなければ、理不尽に死んだ奴に対して、どう報いるというのだろう。

 風が吹いた。

 誰かの呼びかけ。

 聞き覚えのある声。

 自分の目の前に梨子がいる。

 光が差す。

 ここは暗闇でもないはずなのに。

 だがいつの間にか自分の周りは黒く染まっている。

 熱い。

 灼ける。

 さっきまで熱など全く感じなかったのに。

 逃れるように光の方を見る。

 梨子が泣いている。

 目の前で涙を流して泣き腫らしている。

 一体なぜ?

 風が進也をなでる。

 火を静めるように、声が届く。




「だから進也、もう……」


 それが限界だった。熱に当てられたまま声をかけ続けていた梨子の身体は、ふらふらとその場に倒れ込む。


「マズ――」


 紅峰は急いで梨子に駆け寄ろうとして、逡巡する。梨子が倒れたとすれば、説得の失敗を意味する。進也が止まっていないのであれば、彼女を安全に運ぶことはできない。

 水使いの生徒も、飛び出そうとするが、その肩を梅里が押さえている。まだ様子を見なければ。その思いで一同は進也を見る。

 風が吹いた。

 いつの間にか、熱気が去っている。先ほどまで、何もかも枯れるほどの勢いで吹き荒れていたのに。

 進也は止まっていた。目に光が戻っている。憎悪の目ではなく、戸惑い、揺らぐ、普通の目に。


「リ――」


 梨子の名前を呼ぼうとしたところで進也が力尽きた。ぐらりと身体が傾ぎ、梨子のそばに倒れる。

 張りつめていた空気が嘘のように弛緩し、静寂が戻る。

 紅峰は数舜、まだ信じられない様子で倒れた二人を見ていたが、梅里と目が合い、やるべきことを口にした。


「……負傷者を運ぶ! 手伝って! 他の者は、校内に残っている生徒の確保! 合流は体育館の方に!」

「怪物たちが隠れていないかの確認もいるだろう。言った手前だ。俺が行く」

「あ、ええと、俺は……この二人を運ぶの、手伝います!」

「ええ、よろしく」


 紅峰の指示の下、生徒たちが動き出す。

 ひとまずの危難は去った。

 だがこれは、これから始まる苦難の連続の、始まりに過ぎなかった。

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