優しい調べは届かない6
森の中を先導する夏美に、鹿沼と共についていきながら、進也は彼女がイールドへ転移してきた時の話を頭の中で反芻する。
「ある日、突然光に包まれ、気が付いたらこの世界にいた」
大まかな事情は進也たちとほぼ変わらない。唐突に異世界へ放り込まれ、神剣を与えられた。それだけだ。
差異としては、こちらが学校ごと移されたのに対し、夏美たちはひとクラスだけという点だが、あまり意味があるようには思えない。
(わざわざ数を絞ったところで女神に有利にはならねえ。力の節約? それもない。仮にそうなら、俺たちを転移させた時は、後先考えずに力を使い果たしたってことになる。一度出来たことを、何故か縮小させた)
考えられそうなのは、邪魔をされたか、でなければ進也たちの時と意図を変えたということである。無論、今判明している情報と推測からすれば、横槍があったと見る方が自然だった。
実際は女神が間の抜けた見通しをしたせいなのだが、さすがに進也もそこまで思い至ることはなかった。
「ね、ねえ? そろそろ私の剣、返してよ」
夏美が、進也の態度をうかがうようにおずおずと視線を送る。
「お前、立場分かってんのか? 斬りかかって来たくせによ」
進也は神剣を指し示しながら、冷ややかに言い返した。
「だ、だからそれは、さっき謝ったじゃんっ」
「舐めてんのか、クソガキ。こんな話がごめんで済むなら俺だっていくらでも謝るわ。テメエの代わりに殺された楠川とかいうのだって生き返って万々歳だ」
「うっ……」
痛い所を突かれたのか、夏美は涙ぐんで顔を逸らす。
「だいたい、あのケダモノ連中を追ってる理由にしろ、くだらねえ。頼まれたからそうしただあ? 意味も意図も分かってねえのに言いなりかよ」
「そんなの仕方ないじゃんっ。……これが現実なんて思わないもの」
後半は消え入りそうな声で、夏美が呟く。
自覚し切れなかったのは年齢の違いだけではない。進也たちと異なり、彼女とそのクラスメイト達は町中へと転移していた。
つまり、非現実感を強制的に払拭する様な事態がなかった。
それが先の戦闘でようやく覚めた。
「クラス丸ごとその認識か。めでてえ頭だな」
嫌悪感を隠さずに進也が指摘すると、夏美は所在なさげに顔を俯かせた。
「……どうしてそう、いちいち意地の悪い言い方をしないと気が済まないんですか? そういう病気なんですか?」
鹿沼がため息を吐きながら、非難めいた視線を進也へ向ける。
「ああ? お前も人のこと言えるのか? いちいち俺の言うことに何かと口挟んできてよ。おまけに最初と比べてずいぶん行儀のいい言い方になってるな、おい」
「そうですね。誰かさんと何度も話しているので、口の汚さが移ってしまっているようで」
鹿沼はさして気にした風もなく肩をすくめる。
「それはともかく、別にもう返してあげてもいいでしょう? 夏美さんも反省していますし」
「そ、そーだそーだ」
鹿沼が味方してくれたことに、夏美は若干強気になって自分も訴える。
「アホか。誰が反省したって保証すんだよ。意味あるか、そんな言葉」
「そうですね。仮に返しても、同じことをしないとは限りません」
「ちょ、ちょっと! ひどいよ! しないってば! ホントだって!」
意外にも鹿沼は同意を示した。
味方と思い込んだ相手からの無慈悲な言葉に、夏美はひどくうろたえている。
「でも、もし同じことをして来たら、その時あなたは彼女を単に敵と見るだけなんでしょう?」
進也は、理解した風な鹿沼の言い草に片眉を吊り上げるものの、無言で肯定した。
「なら返しても同じでは? 私と彼女が一緒になってもあなたには勝てません。意味のないことなんですから」
「……気に食わねえな」
「ええ、そうでしょうね。言いなりになるのは、きっとあなたには嫌なことなんでしょう。私もこういう言い方は好みません」
言葉とは裏腹に、しれっとした態度で鹿沼は告げる。それはちょうど、進也が普段わざと悪辣に振る舞うのと似ていた。
進也は、もっともらしくリスクを再考しようとし――やめた。
「ほらよ」
「えっ……わわっ」
無造作に投げ渡した神剣を、夏美が慌てて受け取る。
「あ、危ないじゃない」
「やかましい。どうせ町に入るんだ。その時にお前の神剣だけ取り上げてたんじゃ不自然だ」
「……だったら、最初から返してくれればいいのに」
「ああ? 口の減らねえ奴だな? そんなに喋りたきゃ耳まで切り開いて風通し良くしてやろうか?」
「うっ……ふんだ」
脅しに屈し、夏美は一旦口を閉じる。そのまま進也から離れ、鹿沼の隣に寄り添う。
「……皐月さん、よくあの人と一緒にいるね」
「そうですね。まあ、成り行きですよ。気難しいし悪い人ではありますけど、それだけではないので……なんというか、色々と複雑なんです」
「ふーん?」
「聞こえてるからな。つーか、道は合ってんのか、おい」
「あってるよ。目印は剣が覚えてるもん」
言って夏美は神剣を掲げる。
神剣の能力で、彼女にだけ分かる目印を任意の場所に付けられるらしい。それだけでなく、辿った道筋もある程度把握できるという。
帰り道を見失わないというのは非常に便利だし、うまく使えば地形や町の構造を完全に掌握できる。なかなか利点の大きい能力だと進也は考える。純粋な戦闘向きでないという点は、少々酷ではあるが。
「あ、見えてきた」
辺りの木々がまばらになり、視界が開ける。同時に、防壁を備えた都市の姿が垣間見えた。
「あれがアルディシア?」
「そうだよ。ね、早く行こう」
夏美は鹿沼の手を引っ張りながら急ぐ。町を案内したいというよりは、森から早く離れたいような動きだった。
進也は何も言わず、その後をついていく。自分にとっては初めて訪れる異世界の町だ。
果たして何が待ち構えているのか。今はまだ、期待よりも警戒の方が大きかった。