人という名の怪物4
進也は校門のそばに鹿沼の姿を見つけた。特に待ち合わせを指定したわけではないが、察して場所を選んだのだろう。そのまま鹿沼の元へと歩み寄る。
「あ……天杉くん、その」
「荷物は?」
進也は鹿沼の言葉を遮って尋ねた。
複雑な表情を浮かべる鹿沼だが、素直に手に持ったリュックを差し出してきた。
「……できるだけ集めておきました、けど」
「そうか。助かった」
念のため中身を確認しつつ、進也は礼を言った。不足や多寡はあまり気にしていなかった。どうせ手持ちだけでどうにかなるものでもない。必要に駆られれば採取や節制、工夫をする。それだけの話だ。
「あの、その荷物はやっぱり」
「俺はここを出て行く」
「……!」
静かに告げた。鹿沼の表情が一変した。
「ど、どうしてですか……!? どうして急にそんな」
「世話になったな」
進也は、これ以上何も言い渡すつもりはなかった。適当な理由をでっち上げても良かったが、最後にこうして手助けしてもらったことを鑑みると、嘘を吐くのは憚られた。
リュックを背負い、歩き出す。
「待って……待ってください! みんなはどうするんですか!? 班の人や、熊崎くん、会長や他のリーダー、生徒たちは! 姫口さんのことは!?」
鹿沼の問いには一切答えず、進也は歩を進める。が、別の者が駆け寄ってくる気配に気付き、足を止めた。
「……天杉っ!」
振り返る。熊崎が立っていた。
熊崎が大声で呼びかけると、どこかへ行こうとしていた天杉がゆっくりと振り返った。
「何の用だ?」
見下すような視線。態度の大きさも相変わらずだ。それが彼のスタイルだと分かっていても、今は頼もしさなどまるで感じられなかった。
「どうしてだ……どうして……何であんなことを!」
内容の無い呼びかけに、しかし天杉は熊崎の背後へ視線を注ぎ、察したように頷いた。
熊崎の後ろには肩を貸されて連れて来られた護たちがいた。事情は既に熊崎たちも知るところであった。
「……聞く必要があるのか? お前だって分かるだろ? ムカついてたんだからよ」
「だからって、それでもやっていいと思うのか!? あの子たちは普通の生徒だぞ!? 俺たちと違って、怪我して治るわけじゃないんだぞ!?」
「……だから? じゃあ、あいつらがやったことは? 謝らせて罰を与えりゃ、無かったことにしていい話か? それで取り返しがつくのか?」
「違うだろ! 俺たちがあんな真似を当たり前にするようになったら、みんなは誰を信じればいいんだ! 俺たちはここを、取り返しのつく場所にしないといけないんだ!」
熊崎は自分の信念に従った言葉を叩きつける。だが天杉の返答は冷淡な物だった。
「そんなものはお前らだけでやれよ」
「なっ」
「周りを助けるまともな人間のつもりなんだろ。じゃあやれよ。勝手にな。だが俺はもう御免だ。お前らのおもりにはいい加減飽きた」
天杉が、神剣の切っ先を向けながら告げる。
「俺はここを出て行く。邪魔をするな」
熊崎を含め、その場にいる全員がどよめく。熊崎は慌てて尋ねる。
「な、何で……どういうつもりなんだ!?」
「理由なら言っただろ。相変わらず飲み込みの悪いバカだな、テメエは」
「みんなを見捨てるのか!?」
「そう言ってんだが聞こえねえのか?」
天杉が無表情のまま告げた。熊崎には信じられなかった。信じたくなかった。
「分からない……俺には分からない! 何でだ!? 今までずっと一緒に協力して! うまくやって来たじゃないか! 何がダメだって言うんだ!?」
「くどい。うまくいった? そりゃお前だけの話だよ。俺には何の意味もねえ」
天杉は冷酷な言葉を突きつけると、踵を返して歩み去ろうとする。
「っ、待て!」
熊崎はその背を追いかけるように踏み出し、水流を生み出しながら神剣を構える。
「止まれ、天杉! でないと――」
「……分かんねえ奴だな、テメエも」
天杉は肩にかけていたリュックを放り投げると、熱波と共にこちらを振り向いた。
「げっ」
「お、おい、熊崎、マズいぞ!」
周囲の動揺が増した。天杉の強さは誰もが知るところだ。その剣を自分たちへ向けられるなど、想像もしたくない。
「熊崎、お前がいくらバカでも分かるよな? 俺と戦おうとするってのがどういうことになるのか。それでも構わねえなら来い。邪魔するなら全員叩き潰す」
「ぐっ……!」
熊崎は歯噛みした。実力だけの問題ではない。本気で能力をぶつけ合えば、周辺全てを巻き込むからだ。
自分はそれをためらうが、天杉は容赦するつもりがない。そういう警告でもあった。
「……安心しろよ、こっちから出て行ってやるって言ってんだ。お互いメリットしかねえんだから、止める必要もねえだろ」
天杉がいつもの不敵な笑みを浮かべる。だがその突き放すような言動も態度も、熊崎の納得するところではなかった。
「……俺は! 俺たちは! 命さえかばい合ったのに! それでも足りないっていうのか!」
「ああ、そうだ。……言っただろ? 俺はテメエのことを、ダチだと思ったことはねえ」
どうしようもない怒りとやるせなさが湧く。熊崎は自らの感情で神経がはち切れんばかりだった。
けれど止められない。力も信も、彼には届いていないから。
「俺は……」
熊崎は、どうすればいいのかと自問する。
ここにいる全員で挑む覚悟であれば止めようがあるかもしれない。
だが、そうするべきなのだろうか。自らの意志で出て行くという人間を、己のエゴだけで、周囲を巻き込んでまで止めるべきなのか。
このまま見送るしか、ないのだろうか。
「――天杉進也」
凛冽とした声が響き渡る。熊崎が、次いで天杉が、そしてその場の全員が、声の主へと振り向いた。
そこには、神剣を構えた紅峰楓の姿があった。
「私は、あなたに罰を下す。生徒に理不尽な暴力を強いたことを、あなたを倒すことで償わせる。そして」
紅峰は、普段の柔和さなど微塵もうかがえぬ険しい表情で告げる。
「あなたをここから追放する」