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人という名の怪物2

「あ」


 皐月は上階から下りてくる天杉の姿を見つけ、声を上げた。


「お、女子連中復帰したか」


「あ、はい」


 親し気に声を掛けてくる天杉に、皐月は頷いてみせる。

 汚水を湯浴みで流し終えた女子たちも、ようやく校内の捜索へ向かっていた。

 皐月は上層の方に犯人がいないか見に来た所だった。


「何か手掛かり、ありました?」


「ああ、まあな」


「えっ。じゃ、じゃあ犯人、分かったんですか?」


「分かった方がいいのか?」


「……え? それはみんなそうでしょう? ……あんなひどい事、したんですから」


「ならお前も怒ってんのか」


「それは……どうなんでしょう?」


「何でこっちに聞くんだよ」


「す、すみません。……確かに怒ってるし許せない部分もありますけど。それより犯人に反省してもらいたいですね」


「なるほど。フッツーの考えだな。つまらん」


「ええ? その、じゃあ天杉くんはどう考えてるんですか?」


「ムカついてるな」


「……それならみんなと同じじゃないですか?」


「そう思うか」


「え、はい。他にないでしょう?」


 天杉はその言葉には答えず、代わりに別のことを口にした。


「鹿沼、ちょっと頼んでいいか」


「……はい?」


「集めておいて欲しいものがあってな」


 天杉から告げられた物を聞いて、皐月はひどく違和感を抱いた。


「あの……それ、何に使うんですか?」


「必要なんだ。頼まれてくれるか」


「……構い、ませんけど」


 皐月は首肯した。だが奇妙さは消えない。

 言われたのは、食料、水、布や器などの資材や雑貨。遠征の準備でもしているかのようだ。

 尋ねようとして、皐月ははっとなる。天杉の手には、取り上げられていたはずの神剣があった。


「天杉く――」


「悪いな、頼んだ」


 それだけ告げると、天杉は振り返りもせず階下へ降りていった。




「あ、先輩っ」


 時哉は天杉の姿を見かけて声を掛けた。


「おう、時哉。……ん? そいつ」


 振り返った天杉は、時哉の背後に居着く女子生徒へ視線を向けた。


「あ、はい……屋上の時の……桃園聖華さんって」


「聖華でいいです、時哉くん。呼び捨てで」


 時哉の袖を引っ張りながら聖華が言った。


「い、いや、それはちょっと気安いっていうかなんていうか」


「構いません。呼んでください」


「ま、まだ知り合ったばっかりだし」


「時間なんて関係ありません。呼んでくれないんですか。呼んでくれないんだったら、私、また……」


「え、あの、ちょっと」


「うわ、面倒くせえ。時哉、お前厄介なのに捕まったな」


「あ、あはは……」


「うるさいですね。先輩だか何だか知りませんけど、時哉くんの邪魔しないでくださいよ。さっさとどっか行ってください」


「ちょ、ちょっと聖華さんやめて!? この人怖いんだから!」


「言われんでも別に邪魔はしねえよ。俺が解決する話じゃねーし。まあ、せいぜい鬱陶しがられんようにな」


「余計なお世話です」


「そうかよ……っと、そうだ時哉」


「あ、はい。何ですか」


「お前、ちゃんと来夏の面倒を見ろよ」


「……へ? ら、来夏ちゃんのって、え?」


「率先して動く割りに、どうもうまくサボろうとするからな、あいつ。要領良くするのはともかく、手抜きはやめとけと言っておけ」


「あ、な、何だそういう……わ、分かりました」


「おう。じゃな」


 言って、天杉はさっと立ち去っていく。


「……あれ? 先輩、剣――」


「ねえ、時哉くん」


「え、な、何?」


「来夏ちゃんって何?」


「え、いやあのそれはその」




 来夏は下駄箱の付近にいた生徒たちへ詰問する。


「あんたたち、犯人知らないっスか?」


「わ、分かんないって。俺たちも驚いて周り見てなかったから……なあ?」


「あ、ああ」


「本当に~? 嘘吐くと碌なことにならないっスよ」


 来夏が剣を突きつけると、生徒たちは一斉に怯えた表情を見せる。


「ほ、本当だって!」


「他の連中にも聞いてくれよ。みんな慌ててたし」


「使えないっスねえ、んもう」


「……何チンピラみてーな真似してんだ、おめーは」


 背後から声を掛けられ来夏が振り向くと、見慣れた相手の姿があった。


「何だ、天杉先輩っスか」


「何だはねーだろ。見つかったのか?」


「いえ、まだウチは聞き始めたばっかですし。そういう天杉先輩は何も見つけてないんスか?」


「あいにく他の予定が立て込んでてな。ま、見つけたらどうにかするさ」


「なんスか予定って。どうせ碌なことじゃないんでしょうけど」


「ひでえ言い草だな」


「日頃の行ないっスよ。……あれ。先輩、剣どうしたんスか?」


 腰の後ろに佩いて微妙に隠れているが、天杉は神剣を持っていた。


「うん? ああ……ちょっとな」


「……まさか盗み出してきたんじゃないっスよね? やめてくださいよ、巻き込むのは」


「安心しろ。不可抗力だ」


「何をどう安心しろって言うんスか、それ」


「いいから、そんなことよりちょっと頼まれてくれるか。南竹のおっさんに言われてたんだが」


 天杉は、学校や畑の維持をどうするかという南竹の話を伝えてきた。


「……ってことで会長に言っといてくれ」


「いいっスけど……上にいたんなら自分でやっといてくださいよ」


「あー、悪い悪い」


「全く……リーダーがもっと気を使える紳士だったらこっちが働かなくて済むんスよ。反省してください」


「ホント減らず口だな。まー、その勢いがあるなら心配いらねえだろうけど」


「……何の話っスか?」


「別に。んじゃ、ここは任せた」


「リーダーもサボるのほどほどにしてくださいねー」


 去っていく背中へ呼びかけると、天杉は手だけ振って返した。




「お? おい、天杉!」


 南竹は、校舎から出てくる不良生徒の姿を見つけて駆け寄る。


「何だよ、センセー。何かあったか」


「バカタレ、犯人はまだ見つからんのかっ? グズグズしてるんじゃないぞっ」


「気合入りすぎだろ。少しは落ち着けって。血管切れるぞ」


「余計なお世話だ! お前たちは飽食の世代だから物のありがたみが分からんのだろうが、食べ物を粗末にするほど悪いことはないと私の世代は」


「あーあーあー、分かった分かった。つか、俺に言ったってどうしようもねえだろ」


「だったらさっさと犯人を見つけてこい!」


「ムッチャクチャだな。他の連中にも言ってねえだろうな。やめとけよ、モチベ下がるから。……ああ、そうだ。言われてたやつ、伝えといたからな」


「うん? 何の話だ?」


「ほら、畑の維持の話だよ」


「うん……? ああ、それか」


「自分で言ったんだから覚えておけよ……」


「知らんわ。こっちはあちこち畑を見て回るから忙しいんだぞ。で、紅峰は何て言っておった?」


「まだ返答あるわけねーだろ。伝えたばっかだし。王国行った連中も戻ってねーんだから」


「かーっ、使えんな。返事をもらうまでがやるべきことだろうが。どうしてそう、伝えただけでやった気になるんだ」


「へーへー。悪かったね。あんたの言うことは正しいよ。正しいだけだから周りがついてこないってことを自覚してくれればもう少し楽なんだがな」


「ぬ……とにかく次からはきちんとしろ」


「気を付けるよ。それよりもう行っていいか?」


「どこへ行くんだ? そっちは裏手だぞ?」


「用があるから行くんだろ。裏にだって見張りは回るんだしよ」


「ふん、サボりじゃなきゃどうでもいいわい。柊たちといい、妙なことをするもんだ」


「……護たちもいるのか?」


「ああ、それがどうかしたか?」


「……いや。まあ、いいか」


 何やら煮え切らない態度で天杉は歩いていく。

 つと、その足が止まり、南竹の方を振り返った。


「先生、ちゃんと生徒に優しくしてやれよ。どいつもあんたより気が弱いんだからよ」


「分かっとるわ。余計なこと言っとらんでさっさと行け」


 南竹がしっしっと手で追い払うような仕草をすると、天杉はいつもの生意気な笑みを返して歩き去っていった。

 南竹は振り返り、畑とそこにいる生徒たちとを交互に眺める。


「ううむ……優しくか。熊崎の様には出来んしな……全員で料理とか……いや、しかし材料がなあ」




「放せよ!」


「柊、お前こんなこと俺たちにしていいと思ってんのか!」


 校舎裏の人気のない片隅で、護たちは追い詰めた生徒たちから予想外の罵声を浴びせられていた。


「往生際悪いなこいつら」


「おい、逃げるな!」


「放せって!」


「放すわけないだろ! お前ら、何やったのか分かってるのか!」


 護の班の先輩男子たちが、逃げ出そうとする生徒たちを押さえ込む。


「何でこんなことまでするんだ……僕だけじゃなくて、何で」


 護は静かに、しかし怒りをにじませて捕まえられている集団を睨みつける。

 捕えているのは、見覚えのある者たち――護をいじめの標的にしていたグループだった。


「はあ!? ふざけんなよ! お前のせいだろうが、カス!」


「……僕のせい?」


「お前が俺の神剣を取ったからだよ! ホントは俺が使うはずだったのに、何でお前が持ってんだよ!」


「……は?」


 護を含め、班の一同が呆気に取られる。


「……こいつ、何言っているんだ?」


「だーかーらー! 柊が悪いんだよ! 俺たちが神剣使うのを、あいつが勝手に取ってったんだよ!」


「……いや、そんなわけないだろ。神剣は持ち主にしか使えないし、女神が渡してきたんだから」


「だから間違えたんだよ! そうじゃなかったら、柊に渡されるわけねーし! ホントは俺がリーダーだったのに、このチビが奪ったんだよ!」


 周りの神剣使いが冷静に論理の破綻を指摘するも、生徒は聞く耳を持たない。完全に自分の考えに囚われている。


「ねえー、私たち関係ないんですけどー。行っていいでしょ?」


「あ、おい! どこが関係ないんだよ! お前ら運んでただろ!」


「言われてやっただけだから知らないしー。大体、女子殴るわけ? マジ最悪なんですけど」


「お前ら、少しは反省する気ないのか!」


「イッタ!? ちょっと、放してよ!?」


 無関係を装うとする女子生徒とも諍いが生まれ、さらに事態は混迷する。


「……そんな、そんなくだらない理由で……?」


 護がショックで震えていると、一番喚き立てていた生徒が蹴りつけてきた。


「あ、おい! テメエ!」


「何がくだらないだ! お前が悪いんだよ! 返せよ! 俺の剣を返せ!」


「……許せない」


 蹴られた痛みなど、護にはまるで感じられなかった。ただただ周りの人間を傷つけられた痛みの方が上回った。

 私刑は禁じられている。だがどうしても目の前の彼らを許すことなど出来ない。怒りのまま護は剣を握り締める。その時――


「あっ」


 蹴りつけてきた生徒を始めとして、全員が驚いて護の後方を見た。

 何事かと思い、護も振り返る。


「……天杉、先輩?」


 いじめグループより、怪物より、もっと恐ろしい相手が、そこにいた。

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