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克己10

 進也と鹿沼は、生徒たちの輪へと近づく。袋に入れられた軽食と薬草茶を取り出している所だった。


「あ……天杉先輩。その、お疲れ様です」

「ああ」


 声を掛けてきたのは護だった。相変わらずおどおどした態度を見せているものの、調子は良さそうだった。

 生徒のひとりがお茶を手渡してくる。容器の再利用なのか、ペットボトルに入れられていた。


「ところでこれ、誰が持ってきたんだ?」

「え? えっと」

「調理班の誰かじゃないの? 新作料理でも試したんじゃ?」

「そうか」


 護に代わって女子メンバーが答えた。進也もあまり気には留めず、生徒たちの様子を眺める。

 置かれている袋の数を見るに、ずいぶん大掛かりな差し入れだ。人数が人数のため仕方ないのだろうが。


「ねえー、なんか変な匂いしない?」

「そう? 畑のせいじゃないの? それよりまだあっち開けてないよ」


 ひときわ大きな袋に男子生徒が近付く。途端、表情をしかめる。


「あれ、何だ? 本当にクサ――」


 バンッ!


 鋭い破裂音と共に、黒ずんだ液体が辺り一帯にぶちまけられた。


「なん……う、くっせええええ!?」


 バンッ! バンッ!


 音は連続で炸裂し、同時に何度も液体が飛散する。それは進也や鹿沼の元にまで及び、無差別に生徒たちを巻き込んだ。


「きゃあ!?」

「な、何だ、これ!? クソだ!?」

「うげええええ!?」


 匂いや色からして糞尿交じりの液体だ。

 正体が判明すると、周囲は阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。皆が悲鳴交じりに差し入れの袋から逃げ出す。

 その後も数度、音と液体を撒き散らしてから、異変は収まった。袋からは、汚水を垂れ流すペットボトルがはみ出している。


「……何だよ、これ」


 呆然と呟くような声がする。熊崎だった。騒ぎを聞きつけて駆けつけたようだ。

 近くにいた生徒ほど被害を被り、耐え切れず吐く者、泣き崩れる女子など、痛ましい光景が広がる。


「誰だ! 誰がやった! 出てこい!」


 激憤した熊崎の声が響き渡る。校内全てに伝わるような怒号だ。


「こんなこと許されると思ってるのか! 不満があるなら、はっきり言え! 姿を見せろ、卑怯者!」


 熊崎は血走った目で神剣を構え、今にも犯人を捜しに飛び出していきそうだった。

 進也は慌てて引き止めに入る。


「おい、待て、やめろバカ!」

「うるさい! 何で止めるんだよ! こっちの気も知らないくせに!」

「その前にやることがあるだろうが! 普通の奴もいるんだぞ! 下手すっと失明する!」

「~~っ、わかったよ!」


 熊崎がぎりぎりで踏み止まり、水を全員に浴びせ始める。




「……一体何なんだよ。どうなってるんだ……!」


 怒りの冷めやらぬ熊崎に、進也はいつもの軽口を控える。

 ひと通り生徒たちに水をかけはしたが、無論それだけで全て洗い流せるわけでもない。匂いや服に染み込んだ部分はもちろん、周りの畑や土にも被害が出ている。

 現状、ひとまず女子を優先的に湯浴みさせ、男子は見張りと畑周りの掃除、そして犯人探しへといそしんでいた。


「罰当たりな真似しおって……いいか、お前たち! 絶対に犯人を探し出せ! 見つけたら私が直々に説教してやる!」


 事態を知った南竹も怒りを露わにしていた。何しろ作物にまで被害を出したのだ。中心的に指揮している彼の憤慨も無理からぬことだろう。今回は正当な怒りと言える。


「……許せない」


 普段はあまり感情を表に出さない護ですら、静かに怒りをにじませている。


「……僕の班の先輩たち、みんな『大丈夫だ』って、言ってました。でもそんなわけない。泣いてる人だっていました。こんなの……こんなの許していいわけない!」

「そうだそうだ!」

「罰を与えるくらいじゃ済まねえよ、こんなの!」


 護に同調して周囲の生徒が騒ぎ出す。熊崎もそれに頷く。


「その通りだ。絶対に犯人を捕まえてやる」


 全員が一致団結するのを見て、さすがに進也は声を掛けた。


「落ち着けよ、バカ共」

「……天杉く、いや天杉。落ち着けって何さ。みんな十分落ち着いてる。その上で怒ってるんだぞ」


 熊崎が険しい表情で言い放つ。呼び方さえ変えて、進也をきっと睨みつけてくる。


「どこが落ち着いてるんだよ。どう考えても、これから殺しに行きましょうってツラしかしてねーじゃねーか。初日の俺のつもりか。鏡見ろよ」


 熊崎は虚を突かれたように視線をさ迷わせるが、すぐに顔を上げる。


「先生を理由もなく殴った君に言われたくない」


 思わぬ口撃に進也は押し黙る。聞きつけた周囲がにわかにざわつき出す。


「……え、何それ?」

「知らんの? 檎台先生に急に殴りかかったって」


 一般の生徒の中には事情を知らない者もいる。周りから説明を受けて、進也へ不信の目を向け始める。


「とにかく、俺たちは犯人を探すから」

「待てっての」


 進也は熊崎の肩をつかむ。当然のように払いのけられた。


「君には分かんないのか!? 分かんないんだろうな! 友達じゃないんだから! こんなのほっといていいわけないだろ!?」

「あのなあ――」

「熊崎、ほっとこうぜ。無視だ無視」

「神剣も持ってないんだから、こいつの言うこと聞く必要ないって」


 普段の反撃と言わんばかりに、周りの神剣使いたちが進也へ侮蔑の視線を投げかける。

 熊崎も今は彼らに同調し、メンバーを引き連れて校舎へと向かっていった。


「そのザマで犯人見つけてどうするってんだ、おい!」


 進也は去っていく背中へ向けて叫ぶ。


「まともにやるよ! 君とは違ってな! いきなり殴りかかったりするもんか!」


 熊崎は振り向きもせずに苛烈にまくし立て、その場を後にした。


「…………」

「……何だよ?」


 居残った護が、やはりこちらも不信感のこもった目で進也を見ている。


「……天杉先輩は、何とも思わないんですか?」

「何がだよ? まさか怒ってねーとでも思ってんのか? 俺だって引っかぶったんだ。やった連中を見つけたなら、同じ目に遭わせる程度で済ますつもりはねーよ」

「だったらどうして止めるんですか。おかしいじゃないですか」

「その話とあの態度は別問題だろ。そもそも許さねーつったってどう許さないつもりなんだ、お前もあのお人好しも」


 ここまでの問題行動を引き起こした犯人となると、単に労働させる程度では反省も自戒もしないだろう。だからと言って、ああも一直線に処罰へ向かうのは私刑の容認と同義だ。


「……やっぱり、冷たいんですね」

「ああ?」

「熊崎先輩が、なんであんなにみんなのことを気にかけてるか分かりますか」

「……んなこと知らねーよ。そもそもまともな奴なら普通そういうもんだろ」

「聞いてないんですか?」

「当たり前だろ。何で俺があいつの事情を把握してやらなきゃいけねーんだ」


 護は驚いた表情で進也を見た後、滔々と話し始めた。


「熊崎先輩、小さい頃友達にいたずらをして、そのまま喧嘩別れしたことがあるそうです」

「……あっそ。そういう話か。ありがちだな」

「なんてことない遊びのつもりだったそうですが、タイミング悪く友人は引っ越して別の場所に行くというのを知らなくて。謝る機会が無くなったそうです」

「ほーん。で、それを気にしてるって? はいはい、そうですか」

「……普通ならそこで終わりですね。でも続きがあるんです」


 護は言葉を区切り、改めて進也を見据える。


「どうしても謝りたいから、熊崎先輩は引っ越した先の友達に電話を掛けたそうです。携帯では繋がらないから、自宅へ」

「無駄に根性発揮してるな」

「……ええ、無駄になったそうです。いつも出てくるのは親の方で、『もう気にしてないそうだ』ってずっと言われたと」

「……ふうん」


 進也はどういう意味なのかすぐに察した。

 つまり友人は熊崎を許していない。だからいつも代わりに両親が対応し、本人は出てこないのだと。


「取り返しがつかないくらいのことになって、いまだに許してはもらってない。だから熊崎先輩、周りの人を大事にしようとするんです。……僕のことだって気にかけてくれる」


 護が実感のこもった言葉で呟く。そして顔を上げる。


「なのに、天杉先輩はひどくありませんか。もっと熊崎先輩に協力してあげてもいいじゃないですか。檎台先生の件の時も、せめて事情を話すくらいは。どうしてあんなに冷たくするんですか」

「別に俺が頼んだわけじゃねえよ」


 素っ気ない進也の返答に、護はショックを受けた素振りを見せる。


「……そうですか。あなたはやっぱりそういう人なんですね。あなたには、僕たちみたいな人間の気持ちは分からないんだ」

「……当たり前だ。そもそも知りたくもねーよ。熊崎の事情も、お前の気持ちとやらも」


 冷たく振る舞う進也に対し、もはや会話は無用と悟ったのか、護は剣呑な表情でひと睨みした後、熊崎を追うように校舎へと駆け出していった。


(……普通の人間や弱い人間の気持ち? もう分かりたくもねえよ、そんなもの)


 進也は胸中で呟くと、校舎へ背を向けるように踵を返した。

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