転移直後2
校内は阿鼻叫喚の地獄絵図だった。
進也と同じように内臓を破裂させられたのか、苦悶の表情で座り込む死体。胴体を引きちぎられた死体。足がねじくれ、壁に身体をこすりつけた格好のまま亡くなっている死体。友人をかばったのか、折り重なっている死体。死体、死体、死体。
「ひでえな、こりゃ」
廊下も教室も、どこを向いても誰かが死んでいる。進也は家の連中や知り合いの警察官から、本物の死体や猟奇的な写真などを見せてもらったことはあるが、そういう慣れを踏まえても、凄惨な光景だと思わざるを得ない。
「うっ……」
ついてきていた梨子が口元を押さえて顔を逸らす。日頃、進也と一緒にいて多少の事態には耐性があるとはいえ、さすがにショックは大きい。
「何してんだ、お前は。外行け、外。鹿沼たちのとこにいろよ」
「だ、だって……ひとりじゃ危ないじゃないか」
青い顔をしながら梨子が答える。予想通りの間抜けな回答に進也は呆れる。
「自分の心配しろ。お前がゲロ吐いても置いてくぞ、俺は。というか写真撮って指差して笑う」
「最悪だよ!」
「そう思ってんなら、大人しくしてろ」
「いや、だってそもそも外にもいたんだし、安全なところなんてあるの?」
指摘されて進也は返答に詰まる。確かに校内も校外もこれでは、進也と一緒に行こうが、鹿沼たちと固まっていようが、危険に変わりはない。それなら梨子はついてくることを選択するだろう。
「ほら、問題ないじゃないか」
「そうだな。とりあえず――」
進也は梨子のすぐ真横に向け剣を振るう。天井から降ってきた怪物の身体が分断され地面に落ちた。傷口がぐずぐずと沸騰し、嫌な臭いのする煙を上げた。
「――剣を持ってる俺らは、こいつらを殺せる。全部駆除するぞ」
呆気に取られつつも、梨子はこくこくと頷く。
「……なんだか楽しそうだね、進也」
「そりゃ当たり前だろ。久々に、しかも喧嘩以上に暴れられる命の鉄火場だ。おまけにいくらぶっ殺してもお咎めがねえ。なにしろ向こうが殺しに来るんだからな。殺し返されても文句言えねえよなあ?」
進也は、ひひひひ、と凶悪な笑みを浮かべて剣を握る手に力を込める。
「さすがにボクでも引くんだけど……」
「同感。まあ今の状況じゃ頼もしくもあるけど」
そう言って七海が近づいてくる。彼女の背後には鹿沼もついてきていた。鹿沼は投げ出された死体の姿を直視できず、七海に縋り付いて目をつぶっている。
「何でお前らまで来るんだ、バカ女」
「いちいち人のことをバカって呼ばないでくれる? 私たちみたく、まだ生きている人がいるかもしれないでしょう? だったら助けに行かなきゃ」
進也は呆れる。この状況下で真面目に答えている辺り、七海のまともさがうかがえるが、一方でひどく危うくもある。戦力にならない鹿沼を連れて、しかも守りながら校内を歩くなど正気の沙汰ではない。
「やっぱバカじゃねーか。足手まとい連れてっても、ミイラ取りがミイラになるのがオチだぜ」
「皐月のことを足手まといって言うな!」
進也が鹿沼を見ながら言うと、すぐさま七海が叫び返してきた。七海本人は友情に篤いつもりなのかもしれないが、進也からすればどうにも滑稽に映る。
「まあまあ。それなら四人で行った方がいいんじゃないかな。戦える人間が多い方が、鹿沼さんも安全だろう?」
「それは……まあ」
「わ、私……あの……」
梨子が提案したことで七海は、鹿沼にとってどちらが安全かを考え込み出す。当の鹿沼は、やはりどうしたらいいかを自分で答えられずにいる。
時間がもったいないと感じた進也は、鹿沼に近づくとおもむろに腕を引っ張る。
「ちょっ、何す」
「うるせえ。だらだらやるのは御免だ。お前らは真ん中。俺は前。梨子、お前は後ろだ」
「へ、え?」
「りょうかーい」
「バカ女、おめーも真ん中」
「だ、だからバカって言わないで! ……何で真ん中? 一番後ろの方が安全じゃ」
「敵が前からだけ来ると思ってんのか。物陰、教室、天井、階段の踊り場。上や後ろからだって来る。挟み撃ちや不意打ちに遭ったら洒落にならねえ。頭もケツも警戒すんのが当たり前だ」
「け、ケツって……」
「まあ、言い方はともかく真ん中が一番守れるからね。逃げやすいのは確かに後ろだけど。あの怪物が何匹いるか分からないし」
「それは分かったけど……いいの?」
七海が聞き返してくる。戸惑いと、まだ不審も若干混ざった目だ。
「タダで連れてくと思ってんのか。どうせ生き残りがいたら、拾わなきゃならん。怪我人にしろ何にしろ、その場から移さなきゃならねえ。お前らがやれ」
「……わかった。いいわ」
「は、はい」
「出来りゃ、剣持ちに会いたいがね。戦力としてそのまま連れて行ける」
「確かにね。ボクもあんまり戦いたくないし」
「それはいいけど、どこから行くの? この辺りは……もう……」
「安心しろ。どうせ知らせが来る」
「知らせ?」
「たす、助けて!」
「ぎゃ、あああああ!」
四人の耳に再び悲鳴が届く。ごくり、と三人は息を呑み、進也は笑みで顔を歪める。
「上だ。行くぞ!」