克己6
会談を終えたルエンは、梅里たちが十分遠ざかったと思われる間隔を置いてから、ようやく騒ぎ出した。
「……ええい、何だあれは!? ふざけているのか!? 本当に七十人以上の神剣使いだと!? 悪夢にも程があるぞ!」
「落ち着いてください、王女殿下。話はあらかじめお伝えしていたはず。紛れもない現実ですぞ」
突然の豹変ぶりにも関わらず、カメーリアが平然と発言する。
「分かっておるわ! そなたは気楽でいいな!? あんな連中、野放しにできるか! 他の国に取り込まれるのはもちろん、下手な人間が手出しして刺激しようものなら、敵対されて王国は終わりだ! 厄災どころの騒ぎではない!」
「だからこそ王女殿下にお任せしてよかったと考えているのです。ひとまず、譲歩し融和するという形で運んでくれましたので」
憤慨するルエンを、カメーリアが褒めそやしながらなだめる。
「あんなもの、断られたときに次善の策などない形だぞ……! 理知的とは聞いていたからまだ芽はあったが。下手をすれば、神剣使いへ毒が効くか試す羽目になった」
「そ、そんな綱渡りをしていたのですか、我々は?」
傍らで跪いたままのノアが、驚きの表情を浮かべる。交渉が上手く行かなければ暗殺も辞さない覚悟だったのだ。穏やかではない。
「まあおかげで、人間性についてはよく分かった。……というより、来ていた連中は政治的には使えんな。誠実は美徳だが、素直に過ぎる。譲歩の姿勢を見せただけであっさり条件を飲んだ」
「置かれている状況の過酷さもあったのでしょう。こちらの言葉をあまり疑ってこない。好感に値する若人ばかりだと私は思いますな。王女殿下の境遇も、素直に信じて同情されていたようですし」
カメーリアが盛大な皮肉をぶつけてくる。ルエンはじろりと睨み返す。
「私は嘘を吐いたつもりはないぞ」
「でしょうな。魔物というのが、宮中の人間の比喩であること以外は」
ルエンは鼻を鳴らし、忌々しげな表情を浮かべる。
「たかだか瑕疵ひとつを指摘しただけで、まともに継承が回って来るかも怪しい、しかも女の私を殺しにかかるなど、どれだけ器が小さいのだ。玉座に固執する姿勢は王族としては正しいかもしれんが、行ないは愚昧そのものだ。同じ血筋とは思えん」
まくし立てるルエンに、今度はカメーリアが苦笑する。
「ご兄弟にとってはあなたの存在が、自分を脅かす者のように映るのでしょう。全く逆に映る者もおりますが……人の心とはまことに度し難い」
「それで政治的意図から追い出された私に、あの神剣の担い手たちの面倒を見る役が回されたと。何とも因果なものだ」
ルエンは大きくため息を吐いて、自身の足を指でつつく。
そんなルエンへ、ノアが心配そうに声をかける。
「それはしかし……彼らを雇い入れるのは、王女殿下へのいらぬ疑心を、また掻き立てることになるのでは?」
「かもしれぬ。だがそれは二の次だ。我らには民を守る義務がある。宮中の魔物より、目先の魔物を排除せねばならん」
ルエンは敢然と告げる。
王国を守っているのは神剣使いの存在も大きいが、あくまで権力は王や貴族にある。
何故なら神剣は引き継いで渡すことができないからだ。女神に託されなければ、いかに血筋の者であろうと扱うことは出来ない。
時々、女神の気まぐれで無名の人間が名を馳せ出世することはあるが、その後の統治を果たすことが出来なければ、安定して国を保つことは出来ない。
「先ほどの娘はハクアと言ったか。人質として置かれることに自覚はなさそうだったが……」
ルエンは、白亜の様相を思い返しながら呟く。どうにも緊張感のない娘だった。
「王女殿下。恐れながら、ハクは王国に害を為すような者ではありません。他の者も、同様だと思われます」
「何だ、ノア。ほだされたのか?」
揶揄するように言うと、ノアは慌てて頭を下げる。
「い、いえ、そういうわけでは。ただ私は王女殿下のために」
「知っている。先も言った通り、どうにも危うさの付きまとう連中だ。せいぜい気を配っておくとしよう」
ルエンは言葉を区切り、カウチへ深くもたれかかる。
「それにしても、また女神のはかりごとか……彼らの台詞ではないが、面倒になものだ」
「王女殿下……さすがにそれは」
カメーリアが複雑そうな表情でルエンを見てくる。
「愚痴ぐらいは言わせろ。いつ生まれるかもしれん担い手に頼って国を守り生きながらえてきたものを、いきなりああも大量の神剣を、しかも嘘か真か異世界の人間へ授けるなど。いっそ呆れて笑えてくる」
「確かに、殿下にとっては今までの苦労が贖われたとはとても思えぬでしょう」
ルエンの率直な物言いに、カメーリアも苦笑する。
「さりとて我らも彼らも互いに利用し合うしかありませぬ。彼らには、せめて王国を敵と認識しないでいてもらいたいところですな」
「女神の信奉者にしては俗な言い方だな。教会を、あるいは全ての民を、でなくていいのか?」
「私自身、王国に住まう者ですからな。王国の未来について憂慮するのは、おかしなことではありますまい。それとは別に、人の安寧を常に祈り続けているだけのことです」
今度はルエンが苦笑する。いつもの煙に巻く言い回しだった。
「今回の調査ではいささか身を空け過ぎました。そろそろ教会の方へ戻らせていただきます」
「うむ。……教会はこちらへ口出ししてくると思うか?」
「今後の情勢次第でしょう。できる限り牽制はしておくつもりです。では、いずれまた」
カメーリアが一礼し、去っていく。
「利用し合うしかない、か。ああ、全くその通りだな。我らはひとりではろくに生きられぬ。女神の奇跡がなければ、立つことすらままならぬ。この足のように」
「殿下……」
ルエンは自虐を込めてひとりごちる。ノアが何とも言えぬ表情でルエンを見ている。
年配のメイドを手で呼び、ルエンは自分を抱えさせ、部屋を出ようとする。
「……ん?」
「ノア? どうかしたか?」
何故かノアが、部屋の扉――客人が出入りしていた側の扉を振り返った。
「ノア?」
「あ、いえ。何でもありませぬ。気のせいでしょう」
奇妙なことを言いつつ、ノアもルエンたちの後に続いた。