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克己4

 学校を出立してから四日目の朝、生徒たちはついにストレーミア王国へと辿り着いた。

 街道の先に現れたのは、城壁に覆われた巨大な都市だ。行く手には跳ね橋を下ろした門が待ち構えている。


『このまま町中を通るのは目立ちます。王女からの迎えが来ているはずですので、そちらへ』


 カメーリアが先導し、生徒たちは門をくぐる。

 重厚な煉瓦造りの家屋の居並ぶ町並みが、生徒たちを出迎えた。普通なら圧迫感のある光景だが、屋根を紅に、壁を白に統一している姿は均整の取れた華やかさがある。


『こちらですよ』


 各々が呆気に取られていると、カメーリアはノアと共に数台の幌馬車の方へと案内する。

 馬車の御者が、二人と生徒たちへと丁寧にお辞儀をする。


『王女殿下の言いつけにより、皆様をお迎えに上がりました』

『さ、どうぞ遠慮せずに。ではよろしく頼みますよ』


 カメーリアが一足先に乗り込む。その姿に促され、生徒たちも続けて荷台へ入り込む。

 一台目が満杯になったところで、続けて二台目へ分かれて乗り込む。


『窮屈かもしれませぬが、しばしご辛抱を。それでは参ります』


 御者が馬を歩かせる。途端、がたがたと荷台が揺れ始め、生徒たちは一様に顔をしかめる。


「け、けっこう揺れるんですね」


 梨子は思わず感想を零した。恐らく、生徒全員の抱いた気持ちを代弁した。


『不慣れですかな? そういえば拠点にも馬はありませんでしたな』

「ええ、まあ……慣れてる人は少ないんじゃないかと」

『そうですか。この辺でも、輸送のため以外だと騎馬はあまり役立ちませんな。何せ魔物相手にはどうにも分が悪い』


 同席するカメーリアが、梨子の言葉に悠然と応える。


「魔物って、あれですよね。オークとか、あと旅の途中で戦った小さな鬼……角の生えたやつ」

『ゴブリンですな。ああした魔物の存在があるため、人は堅固な城塞を築いて安全を確保している。古くは遊牧していた時期もあったそうですが、神剣のおかげで危険と隣り合わせの旅は終わりを告げたのです』

「へえ、そんなことが」


 都市の成り立ちにも関する講釈に、梨子は感心して頷く。他の生徒たちも、関心を持った様子でカメーリアを見ている。


「あの、疑問なんですけど」


 そばの円花が手を挙げる。彼女も興味が湧いたらしい。


『何でしょう?』

「魔物って、そんなに数がいるんですか? もし神剣使いが長い間戦っているなら、もっと見かけなくなっててもよさそうですけど」

『もっともな疑問ですな。これについての議論は固まっていませんが、今のところ有力とされているのは、魔力の堆積が原因と言われています』

「堆積? どういうことですか?」


 単語だけではややイメージしづらい話だ。カメーリアも悟っているのか、聞き返す円花へ鷹揚に答える。


『ご存知の通り、神剣は魔力をもたらすことでその土地を豊かにする。しかし本来、世界にも元々魔力は存在し、ばらつきはあるものの、各地に実りをもたらすようにできています』

「神剣をまったく使わなくても、作物は育ちますからね。そうじゃなかったら大変だわ」

『ええ。だからこそ神剣のもたらす恩恵が大きいのですが、そこは今は置いておくとして。この通常存在する魔力が、何らかの原因で大量に堆積していくことがあります』

「それは……いいことなんじゃないですか?」


 円花が聞き返す。聞くだけでは特別問題ないように思える現象だ。むしろ土地が豊かになる前兆とも思える。


『確かに一見、そう思えますな。しかしこの堆積した魔力が、人の手に届かぬ場所で溜まり続けると悪さをする』

「悪さ?」

『消費されず行き場を失って溜まったものが、性質を反転し土地の魔力を食い荒らす者へと変貌するのです』


 カメーリアの言わんとするところを察し、全員が目を丸くする。


「つまりそれが魔物?」

『と、目されている、という程度の話です。あるいは単純に、女神のもたらす試練だと捉える者もいますし、動物が魔力を蓄積して変貌したという説もあります。いずれにせよ、どこからか自然と湧いていることは間違いない。そして彼らは例外なく、土地を荒らす、あるいは人を襲うのです』


 カメーリアの話に生徒たちが感心し、あるいは考え込む。


「……なるほど。ひょっとして私たちのいた付近に多かったのって、元々魔物が生まれやすい場所だったから?」

『かもしれません。推測の域は出ませんがね』

「……何でよりにもよってそんな場所で暮らす羽目になるのかしらね」


 円花がひっそりと愚痴を零した。

 梨子は、ある点が気になってカメーリアへ尋ねる。


「それって、もしかして魔物って一向に数が減らないってことですか?」

『どの説が当たっているかは分かりませんが、減っていると証明するのは難しいでしょうな』

「え、じゃあもしかしたら学校の周りにまた現れるってことじゃ……」


 梨子がつい口にすると、梅里を始めとした部隊の面々に動揺が走る。


『ふむ……一度駆逐すれば、残党でもいない限り、すぐまた現れるということはないはずですが』

「で、でも保証はないんですよね。大丈夫なのかな?」

「……問題にはなるまい。残っているのは、あの巨人を倒したメンバーだ」


 梅里が全員へ言い聞かせるように話す。横にいる円花が梨子に代わって頷く。


「確かに、熊崎くんも桂木先輩も、それに会長もいるし、全然平気そうですね。あとついでに天杉も」

「ついでって。まあボクも言ってて別に問題ないかな、って思ったけど」

「ただ、今の話は紅峰に伝えた方がいいだろう。カメーリア殿、構いませんか?」

『ええ、もちろん。許可などいりませんよ。曖昧な説ですから、盲信だけはせずに』


 さりげない忠告を交えつつ、カメーリアが快諾する。

 その後も雑談に花を咲かせつつ、王女の待つ屋敷まで馬車は進んでいった。




『では、ミナミとハクはこちらへ。他の皆は別室でくつろいでいてくれ』


 館内に通された一同は、ノアの言葉に従って移動する。

 リーダーたちは、カメーリア、ノアと共に王女の待つ部屋へ招かれる。梨子含む残りの生徒は食堂へと案内された。

 食堂の中央には、清潔なクロスをしつらえたダイニングテーブルがある。銀の燭台や、透明なグラスの置かれたその席へ、皆が座っていく。

 

『失礼します』


 メイドたちが声をかけてグラスへ水を注いでいく。客人へ出す飲み物としてはやや貧相かと思いきや、甘やかな香りが漂ってきた。ただの水ではないらしい。

 早速何人かが口を付ける。梨子も後に続いて水を飲む。実際に口に含むと甘い香りはさらに強く伝わってきた。味自体はほんの微かに変わる程度だが、もてなしの趣向としては十分に格調高く感じられる。


「いい香りですね。あのこれ、何を入れてるんですか?」

『ストレーミアの花を漬け込んで香りをまとわせたものです。この辺りではラジェルと呼ばれている飲み物になります』

「ストレーミア……って国の名前と同じ?」

『はい。国花となります。町の家屋も、花の色を模して赤と白を使っております』

「へえー」


 感心しながら見渡せば、部屋の内装もほとんど赤と白に彩られている。王国の人間にとって、この二色が特別な意味を持つことは想像に難くない。

 梨子は、隅に飾られている鮮やかな花を発見する。紅というよりはピンクに近い色合いの花と、白い花とが一緒に並べ立てられている。


「あれがそのストレーミアっていう花ですか?」

『はい。色は違いますがどちらも同じ花です』

「……あらそれ、百日紅によく似てるわね」


 メイドの話に耳を傾けていると、円花がぽつりと呟いた。


「知ってるの?」

「皐月から少し教えてもらったことがあるのよ。まあ私たちの所と同じ物かは分からないけど」

「何だ、らしくない乙女な趣味があったのかと思った」

「……らしくないってどういう意味かしら。ねえ梨子?」

「いや、あははは。あ、その隣の花は?」


 迫られた梨子は、誤魔化そうとしてもうひとつ、白い小ぶりな花を指差す。


『そちらはガーデニアです。友好の象徴として、お客様を歓迎するときに用いられる花でございます』

「え、待って、ガーデニア?」


 梨子は驚いて声を上げた。聞き覚えのある言葉だったからだ。


「梨子、どうかしたの?」

「あ、いや……ちょっと」


 円花に尋ねられ、梨子は口ごもる。進也と星を見ながらふざけ合っていた時、その単語が出てきたのだ。

 梨子は円花と共に、花のそばへと近寄って眺める。


「クチナシの花に似てるわね。あれもガーデニアって言ったような」

「似てる……のは偶然かな?」

「多分ね。でもこれは小さいから、ヒメクチナシかしら?」

「ヒメクチナシ……」

「あなたの名前と同じね」

「あ」


 言われて梨子は驚嘆する。読みを少し変えれば、確かに同じ発音となる。


(……ああ、だからその名前にしたのか)


 あの夜のことが腑に落ちた。こちらの花と同じというのは偶然だろうが、進也は星の名前を、適当にはせず、しっかりと梨子のことを考えて付けていたのだ。


(なんだかな。何ていうか本当に――進也はバカだなあ)


 本人が聞いたらまた文句を言い連ねることだろう。けれど梨子は胸中でそう呟くことを抑えられなかった。笑いがこみ上げてくるのを、我慢できなかった。


「くくっ、くっくっくっ」

「り、梨子? 急にどうしたの?」

「うん? いやいや、何でもない」


 不審げにこちらを見る円花へ、梨子は手を振って、気にしないよう促す。

 ガーデニアの花を眺める。こちらの世界では友好の花なんて、出来過ぎているくらいの偶然だ。

 ふと思いついて、梨子はメイドへと声をかける。


「あの、これって一輪いただけません?」

『え? ええ、構いませんが』


 メイドは嫌な顔もせず、すぐに花をひとつ摘まみ、小型のナイフで剪定してから梨子へと差し出してくる。


『さ、どうぞ』

「わあ、ありがとうございます」


 梨子は胸元に飾ろうかと考えるが、さすがに制服の繊維には差さらない。短くなった茎を手で持ってくるくると回して遊ぶ。


(帰ったら進也を死ぬほどいじり倒そう。うん、そうしよう)


 我ながら意地の悪いことでもある。けれど進也も、文句は聞く、と旅立つ直前に言ってきたのだから、構わないはずだ。


「ずいぶん気に入ったのね」


 楽しげな梨子の様子を見て、円花が言ってくる。


「うん、ちょっとね。持って帰って見せびらかそうかと」

「そう……でも生の花だとすぐ枯れちゃうわよ?」

「えっ。あ、そっか」


 拠点までの日数を考えればまず花は保たないだろう。当たり前の話ではあるが、水を差された気分になる。


「いっそ種でも持ち帰る?」

「いや、さすがにそれは厚かましくない?」

『少量でよろしければお分けいたしましょうか? よほどお気に入られたご様子ですし、花もそのような方に育ててもらえれば喜ぶでしょう』

「……ですって? 遠慮しなくていいんじゃない?」

「えっ、じゃ、じゃあいいですか?」

『かしこまりました。少々お待ちを』


 言うが早いか、メイドがいったん部屋を出て行った。

 ほどなくして、麻手の袋を携えて戻ってくる。


『どうぞこちらを。乾燥を嫌う花ですので、お世話にはお気を付けください』

「すみません、ありがとうございます。……熊崎くんがいるから乾燥には無縁かな?」

「彼がいるだけで本当に大助かりよね。これを機に花を育てていけば、みんなの癒しになるかしら?」

「ちょっと面白そうだね」


 梨子と円花は、文字通り話に花を開かせる。農地の他に花畑まで作るとなると、どんどん普通の学校風景からはかけ離れていきそうだった。


「……なあなあ、二人とも。ちょっといいか?」


 ガーデニアに気を取られていた梨子と円花へ、花貝が手招きする。


「うん? どうしたの?」

「何かあった?」

「ちょっとさ、屋敷の中を探索してみない?」


 声を潜めて花貝が提案してきた。

 周りでは、梨子たちのように屋敷の住人と雑談する生徒もいるが、大半は退屈そうにしている。リーダーたちが王女の元から戻って来るまでの暇を潰したいらしい。


「何かと思えば……やめときなさいよ。迷惑をかけたら、梅里先輩や柊先輩に怒られるわよ」

「七海は真面目だなあ。そんなんじゃモテないぜ?」

「人の家を詮索するのとどういうつながりがあるのよ、それ」

「だってここにいてもつまんないじゃん。姫口さんもそう思うだろ?」


 またぞろ、梨子へ同意を求めて花貝が話しかけてくる。

 梨子は曖昧に首を傾げる。面白いことは歓迎だが、土産までもらった手前、素直に肯定するのも難しい。


「お姫様の顔だって気になるしさ。俺らだけ会えないってひどくない?」

「まあ確かに、ボクもそこは興味あるね」

「こら、梨子。……退屈だとか言うなら、ここの人にきちんと話を聞いてなさいよ。今も花の話とか、面白いこと聞けたし」

「花なんか役に立たないじゃん。ここの人、騎士や兵士じゃないから魔物の話も知らないだろうしさあ。つまんないな、こういうの」


 悪気があるのかないのか、花貝は不躾な態度で語る。


「勝手なこと言ってるわね。とにかく大人しくしてなさいよ。子供じゃないんだから」

「あーあー、はいはい。……うざったいな」


 ふてくされた様子の花貝が、二人を誘うのを諦めて席へと戻った。


「もうちょっと真面目にやって欲しいものだわ」

「暇なときに、何をするかっていうのが思い付かないんじゃないかな。ゲームとかないわけだし」

「別におしゃべりしていればいいじゃない?」


 至極当然のように言われる。コミュニケーション能力の強そうな円花ならではの意見である。


「多分、それが合わないから言ってるんだと思うよ。ボクもしゃべるのはそんなに得意じゃないし」

「……えっ、どこが?」

「何で意外そうなのさ。円花の中で、ボクの扱いってどうなってるの?」

「とてつもなく面倒で図々しい子ね」

「なんでさ!?」

「そういう返しを割と本気で言っている辺りかしら。まあ、そこが同じくらい可愛く見えるときもあるわよ、時々ね」

「そ、そう。ちょっと複雑……」


 同性からの評価は異性からとはまた違った意味で――特に梨子の場合は嬉しいものだが、面倒さが先立っていると言われると、やはり喜びづらい。


「それより、梨子も屋敷の探索なんてしないようにね」


 釘を刺すように円花が言い渡してくる。


「え、やだなあ、そんな礼儀のなってない真似はしないよ」

「本当に? あなた、剣の能力のせいでどこでも忍び込めるから心配なんだけど」


 円花の指摘はなかなか鋭い。というか、彼女は梨子ならやりかねない、と見ているということだろうか。それはそれで心外であった。


「何言ってるのさ、剣は今持ってないんだから、そんな真似できないよ」


 梨子は、円花の懸念を払しょくするように両手を広げ、丸腰をアピールする。

 仮にも王族との謁見ということで、屋敷へ入る時に武装は預けてある。もちろん神剣だということは伏せて渡してはいる。


「……それもそうか。じゃ、大人しく過ごしてましょう」

「うんうん。あ、ちょっとお手洗いに行ってくる」


 断りを入れて、梨子はメイドにトイレへと案内してもらう。




(と言っておいてなんだけど。円花には悪いけど、お姫様の顔を拝んでこようか)


 能力を使い、しっかりと姿を消した梨子は屋敷の奥へと向かう。


(神剣自体も隠せるんだから、我ながらひどい能力だね)


 預けた振りをして、手元に神剣は残しておいた。ややリスキーな行動ではあるが、王女が味方とも限らないし、念のための備えである。

 カメーリアやノアがいるので、交渉が問題になることはまずないと思うが。


(どんな人だろうねえ。進也も話の内容は聞きたがるだろうし、確かめておくのは悪くないはず)


 好奇心においては、梨子も花貝のことを責められない。実際の王族がどんな存在なのか、普段歴史でしか学ぶ機会のない学生にとっては、強く興味を引く命題だ。

 それと合わせて、後で進也に文句を言われないためにも、できるだけ相手の情報はつかんでおきたい。


(それじゃ、行ってみますか)


 どの部屋に入ったかはしっかり見届けてある。特にする必要もない忍び足を行ないながら、梨子は王女の元を目指した。

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