克己1
進也は食糧庫のそばにたむろしていた生徒の一人を蹴り飛ばす。
「ほい、確保ー」
「了解っス」
来夏が返事をして、蹴り飛ばされた学生を取り押さえる。そこに続いて時哉が、持ち出された食料を回収する。
「はい、ちゃんと返してくださいね」
「あっ、や、やめろ!」
「やめろじゃねーよ、盗人ども」
言いながら、進也は残っている生徒たちも殴り倒していく。
進也たちは、全員を捕らえ終えてから、その場で事情聴取を行う。
「何でこんなことしたんですか?」
時哉が穏やかに尋ねる。穏やかにとは言っても、しっかり神剣を構えての尋問だが。
「…………」
学生たちは全員が黙秘する。
時間を無駄にされるのは面倒なので、進也はさっさと白状させにかかる。
「耳の穴と鼻の穴、どっちを焼かれるのが好みだ? 両方か?」
「い、言う! 言いますっ!」
進也が熱を込めた神剣を向けた途端、あっさり盗人たちの心が折れた。
「ひ、人が減ったから、今なら少しくらい余分に食ってもいいと思って」
「わー、またっスか。もう三日連続っスよ、こういう人」
来夏が呆れたように学生たちを見る。
王国へ向かった二部隊分の消費が減ったことで、食料の余剰が出来ている。栽培の実験や、食料以外での転用も試みているため、実数ほど余っているわけではないのだが、盗人たちの目にはそう映らなかったらしい。
「余裕が出て来た途端これかよ。お前ら、脳みそ沸いてんのか?」
「うるさいなあ。そっちは好きなように食ってばっかのくせに。何が神剣使いだよ。ちょっとはこっちにも寄こしてくれよ」
主犯格らしい上級生が、反省の色が見られない様子で進也たちを眺めてくる。口調の勢いとは裏腹に、視線はずいぶんと恨みがましい。どうも神剣持ちの生徒にかなり敵意を抱いているようだ。
「そりゃこっちはお前らを守りながら働いてるんだから、優先的に食えるのは当たり前だろ」
「誰も守ってくれなんて頼んでねーよ。それが格好いいとでも思ってんの? お前らのことなんか、みんな嫌ってるよ」
「リーダーに限ってはそうっスね、嫌われてます」
「おいコラ」
もはや恒例となりつつある言い草に、無意味と知りつつも進也は抗議をする。
「しかしまあこの人、本気スかね? 頼んでないって言っても、守ってもらってたことに変わりはないでしょうに」
肩をすくめる来夏を尻目に、時哉が上級生へ説得を試みる。
「あのですね。大人しく言っているうちに反省した方がいいですよ。罰が増えちゃいますよ」
「うるさいなあ、一年が。お前なんて神剣持ってなかったら注意もできないだろ。雑魚は黙ってろ」
「いや……ええと」
半ば図星を差された様子の時哉が、言葉を詰まらせる。
「トッキー、こういうのは真面目に聞く必要はないんスよ。天杉先輩みたく、ほどほどにスルーして殴って言うこと聞かせておけばいいんス」
「ええ……来夏ちゃん、それはちょっと」
「へえ~、冴えないチビが女にかばわれてるよ。神剣ってすごいな、見るからにモテない奴までモテるようになるんだもの。元の世界だったら誰もこんな奴、相手しねえよ」
上級生は何故か時哉の方を集中的に口撃した。来夏が怒りをあらわに神剣を上段に構える。
「よし、処刑でいいっスね?」
「ちょちょっと来夏ちゃんストップ!」
「止めるなトッキー!」
「せ、先輩! 止めるの手伝ってください!」
騒ぐ二人を無視して進也は考え込む。横から、部隊の女子生徒が進也へ囁きかける。
「リーダー、なんだかこの人、単に食糧奪いに来たというのとは、違う気がするんですけど」
「そうだな……」
進也は同意する。やけ食いしに来たとか、他より食料を持っておくことでの充足感を狙ってきた、というのとは少し違う。
進也は上級生の言葉を思い返しながら尋ねてみる。
「……お前ひょっとして、神剣使いに彼女奪われたかなんかしたか?」
「へうっ!?」
上級生は奇妙な叫び声を上げたかと思うと、一挙に黙り込んだ。
その様子を受け、騒いでいた来夏と時哉も動きを止める。
「うわ、当たりかよ。マジか」
進也は思わず呆れた。
根拠としては、やたら格好について言及していたことや、時哉には文句をぶつけたのに来夏にはしなかった、などがあった。それでも結局勘頼みがほとんどの質問だったのだが。
「え、いや。何でそれで食糧奪う方向に?」
「神剣使いに挑むのが無理だからでは? 真っ向から喧嘩したらこうなりますし」
時哉の疑問に女子生徒が答える。
上級生はしばしの間うつむいていたが、突如復帰して喚き始めた。
「うるせえうるせえうるせえ! 何でお前らがちやほやされるんだよ!? 俺だって、神剣くらい持てばなあ! あいつだって『付き合うの疲れた』とか言わなく」
「すみません。続きは外で簀巻きになってからにしてください」
割と容赦ないことを言いながら女子生徒が上級生を引っ立てていく。残りの生徒も順次、罰則のために連行されていった。
「……なんだかなあ」
時哉は、生徒たちの去った廊下の向こうを見ながら黄昏れている。
「何かおかしいっスね。みんな今までうまくやってたのに、ここのところ問題が増えまくりっスよ?」
「梅里先輩たちも、もう少ししたら戻ってくるはずで、そしたら王国と行き来できるはずですよね? それなのにどうして……」
「ストレスで、みんなおかしくなってるんスかね?」
「でもオークとかの襲撃はなくなってるのになあ」
拠点の安全はほとんど確保されつつある。相変わらず薬などの物資の足りなさはあるものの、食料と水は充実している。熊崎と護の存在がやはり大きい。
周囲のオークの巣も駆逐され、最近では見張りの人手も減らせるほど余裕が生まれている。
進也は、疑問符を浮かべている来夏と時哉へ声をかける。
「……とにかく、見回りを続けるぞ。神剣持ちじゃない連中の方が多いからな。そいつらの話を、きちんと聞いてやれ」
「はい、分かっています」
「でも地道過ぎてこっちがストレスたまりそうっスよ」
「まあまあ。頑張ろうよ、来夏ちゃん」
愚痴る来夏を時哉がなだめながら、他の階へと見回っていく。
(『みんながおかしくなってる』、ね)
進也は来夏の言葉に別の思いを描きながら、自身も見回りを再開する。
夕刻までの出来事を報告するため、進也が紅峰のいる会議室へ訪れると、そこには桂木の姿もあった。
「うっす、先輩方。お疲れ」
「あら、天杉くん、お疲れさま」
「……お疲れ」
紅峰が毅然として応えるのとは対照的に、桂木は相変わらず不愛想に返事をする。
ただ普段の桂木よりも、その気怠さは、やや増しているようにも思える。
気にはなるが、まずは紅峰への報告を済ませる。
「……友人間や恋人間、上級生と下級生での口論。仕事のローテーションに関するクレーム。それに食料の窃盗、横領……」
紅峰が、桂木からの報告も合わせて、現在生じている、あるいは解決した問題を読み上げる。
「まだ他にもある。いじめや、リスカなんかに走ったりする子もいるわ」
「なんともまあ。動物園みてーだな」
「……皮肉言って茶化してる場合でもないよ。目に見えて問題が増えている」
「そうね……そのうち出てくるだろうとは思っていたけど」
紅峰が嘆息する。予想出来ていたこととはいえ、実際に問題へ直面して受ける心労までは、備えることが難しい。
「オークっていう目に見える脅威が消えて、生活に余裕ができ始めた。そのせいでかえって不満のはけ口が無いことに、みんな気が付いた」
「この場所に娯楽なんかねーからな。暇つぶしに最適の電子機器はもれなく使えねーし。結果としちゃ、周りの人間を叩いて遊ぶしかなくなるわけだ」
進也の言葉に、紅峰が耐えるように瞑目する。
「言い方は悪いけどその通りね。王国へ向かった部隊が戻って来るまでまだ少しかかる。神剣使いの人数が減っているこの状態を、普通の子たちが逆手に取っているのよね」
「……不満が出る根本的な問題は、そこにあると思うけどね。その普通の子ってやつ」
「? どういう意味かしら?」
紅峰が桂木へ疑問をぶつけた。桂木は、くたびれた様子ながらも詳しく述べる。
「つまり、神剣使いと一般の生徒の格差ってこと。あたしらは恩恵を受けてる側だから気付きづらいが、普通の子からしたら、そりゃうらやましく見えてたまんないだろう」
紅峰が難しい顔をする。これも当初から予想はしていたはずだ。だが納得いかないのか、桂木へ反論をする。
「それはもちろん、不満には思うでしょうけど。私は問題にならないよう、できるだけ両者の不公平は取り除いてきたつもりよ?」
「公正にはやって来ただろうね。あたしもそこは文句ない。だが別に平等ってわけじゃない」
「当たり前でしょう。この環境下で完全な平等にしたら、最前で命を張っている子たちの方が不満を覚えてしまうわ」
働いて得られる恩恵と働かなくとも受けられる恩恵が同じなら、人間は楽な方を選ぶ。だがその考えが全員に行き渡ってしまえば、前へ立とうとする者はいなくなる。
「そうなると、結果的に恩恵は神剣使いに行かざるを得ない。無い連中にとっては、わずかにでも他が持ってる部分があれば、うらやましく映るもんなのさ」
「頭痛くなりそうだわ。守られてるって自覚がないのかしら?」
「そこを突いたって向こうからしたら傲慢に映るだけだよ」
「……神剣使いに直接来てるクレームってあんのか?」
進也は気になって紅峰へ尋ねる。
すると紅峰も桂木も、急に可哀想なものでも見るかのような目線を進也へ投げかける。
「あるわよ。まあ件数も直接名指しもあまり多くないけど。誰に一番来てるか聞く?」
「……いや、いらん。その反応だけで予想がつく」
「反応見るまで自覚がなかったわけだ。割と幸せな頭してんのね」
「俺がどう言われてるかを知りたかったわけじゃねーよ! 神剣使い全体の話だ!」
不本意な言われ様に、進也は憤慨する。明らかに二人とも分かっててからかっているのだろうが。
「さすがに全体から見れば気にならない件数よ。……まあ、確実にあると言えばある不満だけど。ちなみに二位は桂木さんね」
「余計な情報をどうも、女王様」
桂木が肩をすくめる。進也と合わせて、不良生徒の看板は伊達ではない。殴る蹴るを容赦なく行なってくる相手に、誰も好印象など抱くはずなかった。
「とにかくこれが続くとマズいから、二人とも気を付けてね」
「なるほど。釘を刺したいからわざと熊崎たちを外したのか」
進也は、不自然に熊崎と護の姿が無いことから紅峰の意図を察する。
「あら、バレた? ……正直、あなたたち二人のことは買ってるから、このままうまく維持してほしいのよ」
「生徒会長が忖度しちゃいかんと思うがね。特に俺らみたいなタイプには」
「茶化さないでちょうだい。私は真剣よ。王国からの吉報が来れば、今出てる不満もすぐ解消するでしょう。それまでは何としてもみんなを一致団結させないと」
紅峰の言葉に偽りはないだろう。最初の誓いから変わってはいない。彼女の全員を生きて帰すという対象には、もちろん進也や桂木も含まれている。
別段、紅峰の思いを汚すつもりもない。だから進也は詳しいことは避けて、いつもの調子で答えを返す。
「ま、できる限りな」
「右に同じく」
初日の焼き直しのように、桂木も斜に構えた返答を合わせてくる。
「……本当に頼むからね?」
紅峰は盛大にため息を吐きながらも、二人の返事に納得してみせた。
会議室を出たところで、進也は桂木の方へ同行する。
案の定、怪訝な目をして桂木が進也に話しかけてくる。
「……なんだい?」
「ちょっとな。面倒かけるかもしれないんで、あんたにだけ先に言っておこうと思って」
「だったら紅峰にも言いな。こっちにだけ伝えられても迷惑だ」
「知ってるよ。ただまあ、どうしても他に言うと問題があるんでな」
進也はできるだけ言葉を選んで桂木へ伝える。解決しなければならない問題があること、できるのは恐らく今がベストであること、協力者を募れないことを、回りくどく言い渡し、それでもどうしても必要なことだと、強く主張する。
「……で? あたしに何をやって欲しいわけ?」
「後のことだよ。まあどうしたって問題にはなるからな。さっきの今で言うのはあれなんだが。多分、他にどうしようもねえ」
七海が学校を離れ、鹿沼がわずかにでも立ち向かう勇気を持った今のタイミングなら、檎台から鹿沼を解放することは可能だろう。
写真に関してはほとんど意味を失っているが、データである以上、現代に戻ればまた復活してしまう。檎台の手にある分は、取り返しておくに越したことはない。
「……ああ、評判を下げるのをあんただけにしようってことか。女王様は何も知らなかったで通すと」
「疑う奴は少ないだろうしな。ワーストワンの称号が効くからよ」
「なるほど……悪いけどお断りだね」
「あら、そーかい」
断られることも予想はしていた。ならば仕方ないと進也は踵を返そうとするが、桂木が「待ちな」と呼び止めてくる。
「何するのか知らないけどね。今の話はこの場で止めた方がどう考えても楽だろ」
「あー……そうなる?」
「面倒は御免なんだよ。だいいち、暴走したらあんたは自分で首を掻っ切っるって約束じゃなかった?」
「別に暴走してるつもりはねえよ」
「誰がそんな話を信用するんだい」
桂木が殺気のこもった視線を向ける。右手で神剣を構え、左手で何か握り込むような仕草。弾丸を持っているのか。
ハッタリだとしてもこの至近距離で撃たれればかわしようがない。進也の足が動くよりも、小石ひとつが弾け飛ぶ方が早い。
「……信用がねえのはお互い様だけどよ。でもやるって約束しちまったからな」
「約束? 誰と?」
「言えない。けど、それを嘘にすることは、できない」
「…………」
じっと、桂木が構え続ける。進也は別段、撃たれても構わないと思っていた。
どうにかすると、約束したのだ。自分ひとりに誓った言葉ではない。今さらそれを曲げて、このまま何もなかったことにする気は、毛頭ない。
「……面倒くさ」
桂木が大きく息を吐いて、剣を下げる。
「おい?」
「止めるのが、面倒くさい。だったら事が起きた後でいい。暴走してたらアンタも遠慮なく介錯させてくれんでしょ?」
進也は桂木をまじまじと見た後、意地の悪い笑みを浮かべた。
「いや、姉さん、あんたやっぱり面白いわ。――どわっ!?」
進也のこめかみを弾丸がかすめる。風圧が髪と皮膚をたわませた。
「あぶねえな!?」
「当ててないだろ。……軽々しく約束だのなんだの言いやがって」
桂木が何故か、自らの制服の胸ポケットへ手を当てる。何か大事な物でも入っているのだろうか。
「見つける前は知らない。見つけた後はきっちり処理する。ちゃんと覚えときな」
「りょーかい。……まあ、安心してくれ。そんな大した話にはなんねーよ、多分な」
「結果を見てから言いな。……ホントにどいつもこいつも」
文句を言いながら桂木が立ち去っていった。
進也は、深呼吸した後、階下にいる人物の元へ向かう。鹿沼の所だ。
「あ……天杉くん、こんばんは」
鹿沼は、進也がやってきたことに若干驚きつつも、以前のような怯えた目は見せなかった。
鹿沼の決意を確かめるべく、進也は尋ねる。
「覚悟は?」
「……できています」
じっと、感じ入るように佇んでから、鹿沼は凛として答えた。巨人との戦いから数日過ぎて、あの時の勇気はもう引っ込んだかという懸念もあったが、杞憂だった。
「なら、ケリを着けに行くぞ」
「はい」
檎台を呼び出しに向かう。人目に付かないよう注意は必要だ。進也はあらかじめ夜の見張りの時間をずらし、しばらくの間は誰も来ないように調節してあった。
初めて鹿沼と出会ってから今日まで、さほど時は経っていない。それでも、彼女にとってはどれほどの長さの地獄だったのだろうか。
少女を呪いから解放する日が、いよいよやってきた。




